201話【出逢い6】
◇出逢い6◇
展望台でエドガーとエリウスが邂逅を果たし、その力を帝国に。と衝撃の勧誘をしている最中。
地上では、サクヤとリューネの戦いが繰り広げられていた。
「――速いっ!……でもっっ!!」
ついていけない訳ではないと、リューネは【魔剣】を横に払う。
キンッッッ!と、サクヤは小太刀で弾くが、勢いと腕力の違いによる威力に押され、空中で一回転して着地する。
反応速度が桁違いなはずなのに、リューネの攻撃を避ける事が出来ない。
そんな状況が数度続き、サクヤは焦り始めていた。
(何故だっ……先程から何度も仕掛けているのに……全て防がれる。この者の速度は脅威ではない……なのに、決めきれないどころか……反撃までされるなんてっ!)
じりじりと乾いた砂利を鳴らし、小太刀を構えてリューネと向き合う。
はぁはぁと息を荒くし、一瞬で着けられたはずの決着を何度もチャレンジしていた。
「……スピードが落ちて来てる……私でも対処できるくらいに、この子……最初の一合目と別人だわ……」
対するリューネも、反対側に動くように、摺り足でサクヤとの間合いを取る。
息もまだ整っていて、サクヤとは対照的に体力の低下はない。
「――来るっ……後ろっっ」
耳をピクリと反応させて、リューネは構える。
一瞬でその場から消えて無くなるサクヤ。
気付いた時にはリューネの背後に回り込み、首筋めがけて小太刀を振るう。しかし。
「はぁっ!!」
「――ふっ!」
サクヤが踏み込んだ足の一音。それだけに反応して、リューネは防いだ。
ほんの少し首を傾け、【魔剣】を這わせる。
ガキン――!と受け止められるサクヤの小太刀は、ギリギリと音を鳴らすがリューネには届かない。
「くっ!!」
「はあああっ!」
「――んぐっ!……なっ!!」
リューネはそのまま反転して蹴りを見舞う。
小太刀を持った手を上部に弾き上げられ、隙だらけになったサクヤに、這わせたままの【魔剣】を無造作に振るう。
力のままに、思い切り。
小太刀を引っ掛けたまま、サクヤはリューネに宙で引きずられ、振るう【魔剣】を肩に受けた。
「が――ぁっっ!!ぐっ……ぐ……ぅ……」
ゴロゴロと転がって、サクラのもとまで吹き飛ばされたサクヤ。
「――サクヤっ!!」
サクラは青ざめた顔でしゃがみ込み、肩に受けた傷を見る。
ダクダクと流れる鮮血、ぱっくりと開いた傷口に、サクヤは思い切り目を瞑り痛みに耐える。
「待っててサクヤ!今止血するからっ」
「無理に刺激するんじゃないわよサクラっ、血を止めるだけでいい」
「――うん!」
サクラのポケットに入っていた“悪魔”のリザが、アドバイスの言葉を掛ける。
その言葉に従い、サクラは冷静に、鞄から真っ白い布地を取り出して、巻き始める。
「か、構うなっ!お主は離れていろっ……わたしは、わたしは……!」
「黙って!傷が開くでしょ!」
「――黙るのはお前だっ……いいから、離れろっ……」
無理矢理起き上がり、血が滴る右手で小太刀を拾い上げる。
「……ぐっ……ち、力が……」
「――無理しないでって!……今、【心通話】で……――な、なんで……【心通話】が使えないっ……あたしは平気なのにっ……なんでっ!!」
焦るサクラ。
薄く明滅するサクラの額の《石》からは、しっかりと魔力を感じている。
ポケットの中のリザは、呟くように言う。
「……この感覚……サクラの《石》にジャミングが掛かっている……!?この《魔法》……まさかっ!」
リザはポケットから顔を上げて、塔の上部を見上げる。
そこではメルティナと誰かが戦っており、その白い翼から微弱な波動を感知した。
その波動は、確かに覚えのあるものだった。
(――!?あ、あれは……!“天使”……スノードロップっ!?……何故ここに……)
元の世界、すなわち過去の世界での知り合いでもある“天使”。それが真上にいた。
魔力が極端に弱まっているリザでは、視認しなければ気付けなかったが、絶対にそうだと確信した。
「メルティナが戦っているの……!?」
スノードロップの強さは、“天使”の中でも上位だった。
メルティナでは分が悪いと、リザは瞬時に悟る。
(――ちっ!!そういうことねっ……あの女の得意《魔法》は“妨害”……サクラの【心通話】を無効化してるのもあの女の仕業と言う事ねっ!)
そうなると、フィルヴィーネとも連絡が付けられない。
リザはポケットの中から歯噛みする。
あの光り輝く白翼が、《石》の効果を弱めて、《石》による特殊な効果を使えなくしているのだ。
そんなリザの考えなど関係の無いサクヤは、痛みに顔を歪めながらも、リューネに歩み出す。
「わたしが……サクラを、守る……!」
(……くそっ……【魔眼】が疼く……何故使うことが出来ぬのだっ……)
「……サクヤ」
サクヤは反対の手で左眼を押さえながら一歩を踏み出す。
その様子を見て、リューネは【魔剣】を構える。
【魔剣ベリアル】の試作量産型、【裂傷の魔剣】。
帝国の技術で量産され始めているこの【魔剣】の効能、それは、筋力の低下だ。
「……よくそんな身体で立ち向かおうだなんて思えるね、貴女」
斬られたサクヤの腕には、小太刀を握るまでの力は残されていない筈なのだ。
【魔剣】の効能で著しく筋力を低下させられ、立ち上がるだけでもそうとう気力を使っているはず。
「……行くぞっ――」
「来るっ……でも、遅いっ……私でも対応出来るっ!」
飛び出したサクヤの動きは、筋力を弱めているとは思えない程の俊敏さを出していた。
しかし、リューネでも見える程に、やはりその最大の持ち味が失われている。
そして――決着は一瞬だった。
「……――はぁぁっ!!」
リューネが一瞬、視線を逸らした。
それが最大の隙だと踏んで、サクヤは斬りかかる。
背後を取り、死角から突撃した。だが、それはフェイクだった。
一歩避けただけで、サクヤの一撃は簡単に躱されて、その小さな身体にはリューネの膝がめり込む。
振り向きざまに放った膝蹴りが、丁度サクヤのみぞおちに直撃した。
「――うっ、ぐはっ……」
膝から崩れ落ち、腹を押さえる。
「サクヤっっ!!」
「サクヤ!!」
心配そうに名を呼ぶサクラとリザの声も虚しく。
サクヤの身体に、リューネの【魔剣】が襲う。
アッパースイングのような斬り上げが、サクヤの黒い眼に映り込み、そして気付いた時には、速度を上げて吹き飛んでいた。
上空でメルティナが、スノードロップに吹き飛ばされたのもまた、全く同じタイミングだった。
◇
サクヤは吹き飛び、塔の鉄骨に叩きつけられた。
鉄骨が拉げる程の衝撃と、【魔剣】による威力でだ。
サクヤは、自分の身体が砕け散るような感覚と、何も出来なかった失望感に襲われた。
「――がはっ……!!」
血反吐を吐き、意識を手放しそうになっても、その小さな身体で立ち上がり、リューネを見る。
いや――もう、意識はない。
「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
下を向き、血まみれになりながらもサクヤは立ち上がる。
フラフラと足元を覚束無くさせ、鉄骨に左手を着き血を吐く。
「――サクヤっ!!」
「まだ立ち上がるなんて……人間離れしてるわ、【魔剣】の効果で力も入らない筈なのに……」
駆け出すもう一人の少女サクラを見ながら、リューネはサクヤのしぶとさに感嘆としていた。
しかし。
「――っ!!――そ、そこの二人っっ!!逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
咄嗟の大声だった。
上空での異常な衝撃音も、気付いていた。
走り出していたら、もしかしたら間に合ったかも知れない。
塔の上部に何かがぶつかった衝撃で、物凄い数の鉄骨がまき散らされ、それが真下に落ちて来ている事を、リューネだけが気付けていた。
走り出しているもう一人の少女サクラも、リューネの大声で何が起きたかを察する。
落下してくる無数の鉄骨を視認すると、一目散に駆け出し、サクヤのもとに急いだ。
大量の落下物。
鉄骨や建材、ガラスに鉄パイプ。
その全てが、サクラが向かう場所――サクヤの真上から降って来ていた。
今のサクヤでは、絶対に避けられない。量も速度も、絶対にだ。
何度も声を上げて逃げろと叫ぶ敵の少女、その声が無ければ、サクラは動けなかったかもしれない。
なぜ動いたのか。
――そんな事、決まっている。
「――サクヤーーーっ!!サク、ヤ……サクヤ!!……――あ、姉上ぇぇぇぇぇ!!」
何が起きたのか。もう、考える暇もなかった。
気付けばサクヤをそう呼び、無我夢中で駆け付け、サクヤの身体を掴んで――投げ飛ばしていた。
◇
ドン――!!――ガッッッシャーーーン!!
瓦礫が崩れていくような、そんな耳に響く轟音だった。
今、二人の少女が、その瓦礫の下敷きになった。
リューネは、ポカンと口を開け、その大量の鉄骨や建材が積まれた山を見る。
土煙が巻き起こり、その全容が明らかになっていくと、そこにあったのは瓦礫でも鉄骨でも無く、ありえないほどの大量の、白骨の山だった。
「――な……なにが……起きたの?……あの子たち、無事で……」
呆然となりながらも、リューネは辺りを見渡す。
すると、一人の少女が横たわり、全身を血と土で汚していた。
よく見れば、小さな人形も近くに倒れている。
リューネは近寄ろうと一歩踏み出す、が。
腕を掴まれ、ハッと振り向いた時には、そこは崖の間。
馬が暴走してどこかへ行ったと思われた、帝国の馬車の真ん前だった。
「――えっ……?」
夢だったら、どれだけ安心出来ただろう。
魔導帝国の民となったとは言え、リューネは元聖王国民、何とも後味の悪い夢だと、頬を抓りたくなる。
がしかし、当然夢ではない。
視線の先には、半ばから折れ始めた異世界の塔が存在し。
今もなお、轟音猛々しく、崩れを止めてはいなかった。
「……バレてはいけなかったのです」
「――っ。ス、スノードロップ……さん?」
振り向いた先には“天使”が居た。
白銀の髪と白翼を持ち、槍を持った美しい“天使”。
リューネをこの場所に移したのはスノードロップだ。
“魔王”フィルヴィーネの気配を感じ取り、一瞬で下まで転移して、リューネを連れて跳んだのだ。
「――あ、あの子達は……!」
スノードロップは首を横に振るう。
「一人は無事でしょう……ですが、その一人を投げ飛ばし、身代わりになった子は……分かりません」
「そんな……ス、スノードロップさんなら、助けられたんじゃっ!!」
「……敵を、ですか?」
「――っ!?そ、それは……でも、あんな……」
「リューネ・J・ヴァンガード……貴女は【魔導帝国レダニエス】に亡命した身です。もう、敵なのですよ?……あの子達は」
そんな一言で割り切れる程、リューネは大人ではない。
まだ17歳の、少女だ。
命がけで救おうとした、あの二つ結びの少女が最後に言ったのは、「姉上」。
姉妹だったと取れる。
リューネは馬車に背を預け、そのままズルズルと尻をついて座り込み。
そのまま一言も発することはなく、悔しさに涙を流していた。
「……」
スノードロップは崩れる塔を見る。
(ニイフ様が転移をして来ましたね……反応は四つ。我が主と……赤と緑、そしてニイフ様……その他にも、ゆっくりと降りてくる反応……これは皇女エリウス達ね……)
自分にも使命があったとは言え、この惨状のきっかけを作ったのは自分だろう。
戦っていた相手、メルティナがあそこまで全身を使ってエドガーのもとを目指すとは、想像もしなかった。
それに、偶然真下にいた黒と白も。
サクヤとサクラに関しては、スノードロップは手を出していない。
こればかりは、不運が重なってしまったとしか言いようが無かった。
(身勝手だと言われても申し開きようがありませんね……でも、今はまだ駄目です……我が主、それに黒と白……あなた達の物語りは、こんな些細な茶々で変わってしまうほど、短いものですか?これで終わりなのですか?)
何かを悟るスノードロップが見つめる塔には、これ以上の被害は出さまいと言わんばかりの豪炎が、まるで怒れる竜の如く襲い掛かり、空高く舞い上がった。
塔は、その炎に半分以上を消滅させられ、ようやく崩れを止めたのだった。




