200話【出逢い5】
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◇出逢い5◇
【東京タワー】を横に置き、空中で戦いを繰り広げる、元人工知能のメルティナと、“天使”スノードロップ。
高速戦闘と言えるほどの戦いは、スノードロップが優位に立っていた。
「……!くぅっ!この……何度も……」
メルティナの【エリミネートライフル】から放たれる弾丸は、スノードロップの光の《魔法》の前に成す術もなく消滅させられていた。
実弾も、エネルギー弾も双方だ。
「無理をしますねぇ。諦めは肝心と習いませんでしたか?」
フェイントを入れた小弾も、ミサイルも、グレネードも、スモークも意味をなさず。
【エリミネートソード】での接近戦ですらも、槍で軽く受け流されてしまう。
「……はぁ……はぁ……」
(くっ……魔力が……)
限りなく無様に近い戦闘。
一度、体勢を整えようと撤退しようとしたが、転移で回り込まれてしまい、エドガーやローザと合流しようにも邪魔をされ、下に向かえば、あの空気のサクラとサクヤを巻き込んでしまう恐れから、メルティナはスノードロップと戦う選択をしていたのだが、魔力が尽きようとしていた。
「堂々巡りですね……認めましょう。エンジェル・スノードロップ……あなたは強い。ワタシよりも、圧倒的に……」
「それはどうも。貴女の武器も、珍しくて戸惑ってしまいましたよ。まぁ……それだけですが」
「……あなたの慧眼があっての事でしょう」
「そう?――ウフフ。お姉さん照れちゃうわ~」
くねくねと身を捩らせて、スノードロップは照れる。
「――っ!!」
(今ですっ!)
隙ありと、メルティナは【禁呪の緑石】に残りの魔力を一気に流し込み、ある場所を目指そうとする。
「――だから、駄目ですってば、悪い子ですね……お姉さんを出し抜こうだなんて」
スノードロップは、転移でメルティナの行き先に回り込み、ウフフと笑いながら槍を振るう。
たったのそれだけで、衝撃と突風がメルティナを襲った。
《石》から噴出する浮遊エネルギーは、突風を受けて乱れに乱れ、メルティナは制御を失った。
「――うぐ、んぅっ!?――うあ!ああああぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」
「あ……!」
急速に上昇したメルティナを止めるために、スノードロップは気流操作の《魔法》を使ったのだが。威力が強すぎて、魔力が大幅に減っていたメルティナを軽く吹き飛ばした。加速度が高すぎて、逆に速度が異常に上昇してしまったのだった。
「……ん、ま、まぁ……楔も打ちましたし。上手く発動してくれることを祈りましょうか」
上昇気流となって。メルティナは錐揉み状に回転し、【東京タワー】に突っ込んでいく。
スノードロップは、メルティナの魔力低下を見越して、ある《魔法》を打ち込んだ。
それがどう作用するか、どう転じるのか、それはスノードロップですら知らない。
「……う、うん……少しやり過ぎましたかね?ウフフ……――てへっ♪」
盛大に出血して、全身をボロボロにしたメルティナがぶっ飛んでいった方向を見つめ。
スノードロップは、わざとらしくウインクする。
「――冗談はさておき……さぁ、どういう選択をしますか?これからが、貴方様の物語……その序曲ですよ……?」
スノードロップが見つめるその先。
そこは、エドガー達が戦う、【東京タワー】の展望台だった。
◇
エリウスの言葉は、エドガーの心象を揺さぶった。
自分が行う事が出来る唯一の取柄である“召喚”が、世界を変える?人を堕落させる?
それだけ言われれば、自分が悪く言われたのが分かる。
帝国が魔導の国と名を変えていた事も知らなかった。
世界が衰退していると言われ、それでも復興しているのだとも言われ。
そしてそれが、“召喚”によって危険な存在を招いていると、自分が調べられていたと。
幾つもの重要な事が一気に押し寄せてきて、エドガーの頭はこんがらがってしまいそうだった。
「――この世界とは異なる世界……異世界。赤髪の魔法使い、ローザ……貴女はその世界から来た、侵略者だ……!私には分かる、理解できてしまう」
「……そうだとしたら、帝国はどうするのかしら?」
国の在り方については誰よりも詳しいだろうローザが、エリウスに言う。
剣は向けられたまま、エドガーを守るように身体を入れて。
「我が国は……異世界からの侵攻を防ぐべく、戦力を集めているわ。もし、協力をしてくれるのなら……異世界人であろうとも、好待遇で招待しましょう。そこの【召喚師】も……好待遇で迎え入れるつもりよ」
「――!?」
エドガーは、心をそのまま物理で殴られたかのような感覚を覚えた。
「私達が【召喚師】を調べていたのは、その絶大な力が……この聖王国で持て余されていると聞いたからよ。こんな強大で未知数な力……ほったらかしにする国柄も、その力を理解出来ない荒唐無稽な民たちも……正直言って意味不明だわ」
「そ……れは」
エドガーだって何度も思った。認められない現状に、何代も続く“不遇”に。
「私達の国、【魔導帝国レダニエス】では……《魔法》が日常的に使われているわ、貴君がこの国のように扱われることは決してない……その者、ローザも……異世界人であろうとも保証はするわ。貴君が協力をしてくれて、私達の指示を聞いてくれるのなら……ね」
「保証ね。つまり、首輪をつけて飼い殺しにしようと言うのね?」
「……それが、異世界人の力を抑える最善手よ。その為の“魔道具”もある……」
「……」
(まるで、他にも異世界人を知っているかのような言い分ね……)
ローザはエドガーを横目で見る。
何かに取り憑かれたかのように、エドガーはエリウスの言葉を考えているようだった。
「……僕、は」
エリウスから聞いた事実を知らずに、自分が持つ力の意味も考えずに、のうのうと生きてきた。エドガーは、嫌でもそう考えてしまう。
決してそうではない事は、異世界人達と出逢って分かっている。
だが、皇女エリウスの言葉は、それだけエドガーの心を突き刺したのだ。
そのエリウスはエドガーに、言葉を続ける。
「――エドガー・レオマリス……貴君は、こちらに来るべきだ。それなら、私達も貴君の身辺調査などせずに済む」
そう言って、エリウスはエドガーに手を差し伸べる。
「この手を取れば、貴君の見える景色がガラリと変わる事だろう……さぁ、エドガー・レオマリス」
それは、希望への勧誘か――それとも、絶望への誘いか。
そのエリウスの手を、エドガーはジッと見つめる。
(……帝国に、行けば……)
自分への“不遇”は無くなるのだろうか。
誰にも揶揄されず、後ろ指をさされずとも生きて行けるのだろうか。
暗い過去の陰鬱さが、エドガーの心を染める。
(……そうだ、皆で一緒に……一緒に行ければ……きっと、リエも、メイリンさんも……アルベールやエミリア……も……)
思い出されるのは、大切な幼馴染や数少ない知人、実の妹。
アルベールとエミリアの兄妹、たった一人の家族、リエレーネ。
宿屋【福音のマリス】の従業員、メイリン。
エドガーの心が、安堵と言う心地よいものに支配されそうになった、その時。
エドガーは気付く。自分が手を伸ばしかけていた事に。
そしてその手を、温かいものが包んでくれていた事に。
「……ローザ?」
ローザは、エドガーの手を握ってくれていた。
暖かい温もりを、与えてくれた。
「――エドガー。決めるのはキミよ……異世界人は誰もが、キミの言葉に従う……私も、皆も……きっとね」
「僕は……」
約束された“不遇”からの脱出。
差し伸べられた手を、取ってしまえば。
「……」
考えは尽きない。
でも、一番考えなければならないのは――自分の事じゃない。
「【召喚師】としての地位は約束しよう。その者の処遇も、善処しよう……だが、全部を全部許容は出来ない……貴君が考えている事が全て受け入れることは出来ないかもしれないが……従ってくれてさえいれば、きっと明るい未来が待っているわ」
エリウスは不敵に笑う。
本来、【召喚師】のスカウトなど命令に含まれてはいない。では何故、エドガーをスカウトするのか。それは。
(私の手を取れば……未来永劫レダニエスに協力してもらう。酷な事だとしても、それが今よりもはるかに楽になれる事だと……本能で理解できるでしょう……王国中で笑われ、“不遇”だと無能だと蔑まれ……自分自身でも深く心に刻まれているでしょう……この国の異常さが。それでも……もし、拒むのなら……)
帝国の礎になってもらう事が出来ないのなら、当初の予定通りに。
――聖王国という腐った地で、朽ちていくかだ。
「さぁ……エドガー・レオマリス。この手を取りなさい……そうすれば――」
「――僕は……僕は、行けない……行けません」
差し伸べた手を、エドガーは取らなかった。
「……何故です?待遇も良い。収入も、確実に今の数十倍は上がりますよ……?」
エドガーは、ローザの手を握り返す。
そこに、先程までの陰鬱な考えは無かった。
「確かに、きっと僕一人だったら……その言葉に素直に従っていたかもしれません。とても魅力的で……夢のようなお誘いです……でも」
「……でも?」
エドガーはローザを見る。
目が合うローザは、「大丈夫」と言ってくれている。
それだけで、今後の苦悩も、きっと乗り越えていける気がする。
「でも、僕は一人じゃないから……妹も、宿の従業員も……それに大切な友人も……います。僕だけが国を出ることは出来ません。それに皇女様の言う通りに、異世界人達を縛り付けるのは、僕の意志に反します……それだけは、やってはいけない事だ」
幼馴染の二人は、エドガーの“不遇”を無くしたいと【聖騎士】に成った。
妹のリエレーネも、騎士学校に通い勉学に勤しんでいる。
どちらも大変な道だ。それを知っているエドガーが、聖王国から逃げ出すことは出来ない。してはいけないと思えた。
そして、何より考えたのは、異世界人。
ローザ、サクヤにサクラ、メルティナにフィルヴィーネ。
彼女達を、帝国は危険視している。
【召喚師】である自分が従ったとしてても、彼女達に自由が与えられないのは、“召喚”の約束を齟齬にするようなものだ。
それだけは、したくなかった。
「……荊の道を、自ずと進もうと言うの……?そんなことをしても、何も変わらないわ……聖王国に居る以上、貴君が幸福になる未来はないっ!!それを……――っ!なっ!何っ!?」
エリウスが一歩前に出た瞬間、少しずつ聞こえてくる風を切る音。
響くような衝撃と、けたたましい異音。
塔が、激音と衝撃で揺さぶられる。
「――なんだと言うのっ!」
「これはっ!」
「……下からよ!」
エリウスも、エドガーとローザも、その異常な気配に息を吞む。
そして。
――ドガシャーーーーーン!!と言う音と共に、緑色の塊が、全身をボロボロにしながら、床を突き破って来たのだった。
◇
天井にぶつかって、どさりと落ちる。
緑色の魔力を纏っていたメルティナが、エドガーとローザの前で倒れると、その纏っていた魔力は消えてなくなる。
この塔の床を突き破ってくる際に、防御として使ったのだろうなけなしの魔力が、とうとう底を尽きたのだ。
「メルティナっ!?」
「メルティナっ……――何があったのっ!!」
エドガーとローザは駆け寄り、エリウスは少し考えたようにして言う。
「【召喚師】エドガー……そして赤髪の魔法使い、ローザ……話しは終わりではないという事を忘れないでほしい。だけど、今回は引くわ。その者もまた、異世界からの来訪者なのだでしょう……?」
倒れるメルティナを見下げて、エリウスは歩き出す。
「……っ」
去り際にエドガーと視線を交わせるが、その瞳は非常に冷たいものに感じた。
自分をスカウトしていたとは思えないほどの、憎々しいものだった。
「……――マスター、ローザ……外にも、いま……す」
「なっ!……貴女、まさかそれを教えるためにっ!……そういう事ね……!!」
【心通話】を使えばいいだろうと言いたかったのだろうが、それが出来ない状況だとも理解して、ローザは眉を顰める。
去っていくエリウスの背を睨みながら。
(……初めから、私達には眼中もないという事!?初めから狙いはエドガー、いえ……【召喚師】と言う訳ね……)
フィルヴィーネと戦っている存在と、外にいる存在。
それがエリウスの仲間だという事は確定だろう。
エドガーを勧誘しておきながら、外では戦闘を行っていた。
それはつまり、エドガーだけが必要だという事だ。
(私達に与えると言う保証は、やはり首輪ね……エドガーを引き込むついでに、私に声を掛けただけに過ぎない……舐められたものだわっ!!)
エドガーがエリウスの言葉に惑わされたのは事実。
エミリアやアルベールの事を考えていなければ、どうなっていたかも分からない。
更には、ローザと戦っていながらのあの余裕。
やはり帝国には、異世界人に対する何かがあるのだと、ローザは確信した。
(もし、エドガーが【魔導帝国レダニエス】に渡っていたら……私達は処分されていたのでしょうね……)
簡単にそうされるつもりはないが、そうならなかっただけで御の字。
(……人を信じるという事は……それだけで大きな賭けになる。救われたわね、エドガーの少ない交友関係に……)
「――ローザ!メルティナが……!」
エリウスを完全に見送った後、ローザもメルティナに目をやる。
全身傷だらけで、《石》の反応も微弱だ。
ローザは予想する。
「この床を突き破る為に……わざとやったわね……この馬鹿っ!」
「……そうしないと……マスターに、知らせ……られなかったので」
ローザはメルティナに悪態をつきながらも、自分の服を破って止血を始める。
「エドガー!シャツをっ!」
「うん!!わかっ――」
「――待て」
目の前に、フィルヴィーネが現れた。
突然の事にローザですら驚愕し、ビクッと身体を震わせたが。
「……貴女、敵は……!?」
「――逃げおった。青髪の小娘が来てな……奇妙な“魔道具”を使いおって……小癪な事だ」
「そ、それよりも、フィルヴィーネさん。待てって……どういう事ですかっ!メルティナが傷だらけで……」
今はエリウスよりもメルティナだ。
待てと言われても、余裕のないエドガーには無理な話だ。
「だから落ち着けと言っているっ……傷自体は深すぎるものはない、《石》の魔力を回復させれば、自然治癒も高まるはずだ……我にしたように、こやつにもしてやればいいだけだ」
(この傷……《魔法》か……?しかし、何故ロザリームが気付かない?)
説明しながら、魔力の譲渡をすればいいと言うフィルヴィーネ。
その視線はローザに送られているが、気付くことはなく。
「それだけで、全身傷だらけの怪我が治るんですかっ!?もっと何か、か、《回復魔法》とか!!」
「“魔王”の我に《回復魔法》が使えるとでも?……疑っている暇があれば試さぬかっ……ほれっ!緑が死ぬぞ?」
急かされて、エドガーは困惑しながらもメルティナの手を握り、魔力を集中させた。
そんなエドガーを見ながら、フィルヴィーネはローザに小声で。
「ロザリーム……もう直ぐこの塔が消える、我がエドガーを連れて転移で跳ぶから、お主は自力で何とかしろよ?」
「――は、はぁ!?」
色々と怒鳴りたい気分だが、メルティナが開けた大穴を見てローザも分かっていた。
「――!!……やはりこの塔は……残留思念なのね……」
ローザは、少し歩いて落ちている棒状の物を拾い上げる。
それは、メルティナが開けた床の穴の建材だった。
「……人骨……」
サクラの世界の建造物。名を【東京タワー】。
しかし、この塔は異世界から現れた物であると同時に。
――大量の骨で出来た、呪魂建物でもあったのだ。




