198話【出逢い3】
◇出逢い3◇
剣戟が鳴り響く上部の室内を見上げながら、リューネ・J・ヴァンガードは階段を一気に駆け降りる。
「エリウス様……!カルストさん……!」
レディルの名だけ呼ばずに、リューネは心配そうに汗を伝わせる。
エリウスは直前まで、リューネに対して『一人を引き付けろ』と指示を出していた。だが、それは寸ででキャンセルされていた。
急に冷静になったエリウスが、『うん、やっぱりいいや!』と撤退を考慮して、その算段をつけるために、隠していた馬車を確保しておかなければならなかった。
その為一番動きの速いリューネが、煙に紛れて展望台から脱していたのだった。
ローザの炎弾による煙があったお陰で、より迅速に対応する事が出来たのが大きい。
それが無くても【薄幸の法衣】の力で、人目につく確率が少なかったが『幸運はこちらにある』と、先程エリウスは笑っていた。
「長い……!上るのも下りるのも一苦労だわ、いったい何段あるのよ!」
本来ならば約600段、だが。
しかもご丁寧に段数が書かれていたはず。
だが、この異世界から来た【東京タワー】は、下部の施設が丸ごとなくなっており、その代わりに階段が長く、地面から始まっていた。
つまり、本来よりももっとある訳だ。
「――!下に……誰かいる……!?」
レディルさんの噓つき!馬鹿!乱暴者!と、心の中で罵声を浴びせ。
情報の差異に頭を抱える。
リューネはこっそりと下を向き、確かめる。
黒髪の少女が二人に、緑色の髪の女性が一人、警戒した様子で辺りを窺っていた。
「……さ、三人……私一人じゃ無理だよ、エリウス様……」
腰をかがめて、鉄の手摺に額を押し付け、立ち尽くしてしまいたい気分に駆られてしまう。
腰に刺した【裂傷の魔剣】の柄を握り締め、リューネは泣きたくなった。
「――っ!――!?」
しかし、突然背後に気配を感じ、【魔剣】を抜き放って斬撃を浴びせてしまった。
「――あ、やばっ!」
咄嗟とは言え、確認もせずに斬りかかってしまい。リューネの顔は青ざめる。
だが斬撃の軌跡は空を切り、手摺を切断した。
そしてリューネの斬撃を回避したと思われる人物は。
「……あらあら。いきなり酷いですね……流石に驚いてしまいましたよ、リューネ・J・ヴァンガードさん」
「――だ、誰っ!?……って……う、浮いてる?」
背後に立っていた人物の足元は、空中にある。
どうやら手摺から跳ねてリューネの斬撃を避けたらしいが、その足場には何もなかった。
「――ええ、そうですね。わたくしはスノードロップ……シュルツ・アトラクシア様の部下ですわ」
その人物は、背に翼を持っていた。
白い、まるで新雪の様な、真っ白い翼を。
「シュルツ・アトラクシア様……って。確か、軍事顧問の……?じゃあ、貴女が、エリウス様が言っていた……?」
帝国に初めて行った時、エリウスがレイブンを連れ、会いに行っていた、帝国のお偉い様。
リューネと、弟のデュードは用意された屋敷で留守を言いつけられていたが、翌日エリウスが話していた事を憶えている。
彼女が、その軍事顧問、シュルツ・アトラクシアの部下の一人、スノードロップ。
「その翼……“魔道具”、ですか?」
「あらあら、それよりもいきなり斬りつけられて、お姉さん困っているのに~しくしく。しくしく」
誤魔化された。
「え、あ、す……すみませんでしたぁ!」
疑惑の目を向けたり顔を青ざめたりと、忙しそうにするリューネ。
スノードロップはクスクスと笑い、白い翼をはためかせながら言う。
「うふふ……ここは彼女達からも死角ですからね。あの緑も気付いていないようですし……このまま馬車までお送りしましょう、サービスですよ?」
「――え、いいんですかっ!?」
「勿論ですわ。ついで、ですからね」
「つ、ついで……ですか?」
「ええ。ついでです、ついで中のついでですわ」
何それ。とツッコむ余裕もないリューネは、藁にも縋りたい想いしかなかった。
白銀の髪を風に靡かせる、この変なお姉さんを信じるしかなかったのだ。
「……ねぇ何か言ってよ~、お姉さんがスベったみたいじゃない!」
「えぇ!?」
どれがボケだったのか分からない。
あいにくリューネには、そういったものに精通していなかった。
「――あら。遅かったみたいだわ……?」
「……へ?」
笑顔が一転して、険しいものに変わるスノードロップ。
ボケっとするリューネの手を取って、自分の側に引き込む。
それは即ち、足場から離れるという事で。
「――いっ!!」
一瞬で理解した。
空に引き込まれたと。落ちてしまうのではないかと。
しかし自分が立っていた場所に、緑色の衝撃が直撃したのを目の当たりにして、息を吞んだ。
◇
上空には、緑色の魔力光を噴出させるメルティナ・アヴルスベイブが滞空していた。
「……避けられましたか……」
自分達がいた反対側、その少し上部の階段付近に反応があったことを、メルティナは気付いていた。
ローザに言われたことを早速試し始めていたら、《石》の反応があったからだ。
「――《石》の所持者は、貴女ですね……」
そう言って、メルティナは【エリミネートライフル】を向ける。
白銀の髪と翼を広げて、神秘的とまで言えそうな女性が、ローブの人物を抱えて滞空する。
メルティナの正面まで上がってくると、その女性は。
「……気付けましたか【禁呪の緑石】……おっと、大丈夫ですか?リューネ」
リューネは顔面蒼白でスノードロップにしがみついていた。
必死に、落ちまいと懸命になって。
フードは風ではだけて、顔を晒してしまっている。
「何者なのですか、貴女……達は……」
まじまじと背の翼を見て、その白翼が本物だと認識するメルティナ。
抱えられた少女は気を失う寸前にも見えるが、根が気丈なのだろう、必死の形相だが堪えている。
「……困りましたね~、わたくしはただ見ていただけなのですけれど……それだけ敵意を向けられてしまっては……――戦う事も吝かではありませんが……」
「――た、戦う!?私は!?落ちます落ちます!!」
「あらあら~。暴れないでくださいな、それこそ落ちますよ?大丈夫です、キチンとお送りしますから」
まるで信頼関係のない二人に、メルティナは不信感を拭えないまま、背の《石》に集中する。
【心通話】で、エドガーに通信を行おうと試みる。
<――マスター!外にも敵がいます……>
<……マスター?>
しかし、【心通話】は通らなかった。
エドガーにも余裕がないのか、あるいは本来の能力の持ち主、サクラか。
「――やめておいた方がいいですよ?」
「――!!」
不気味なほどの笑顔を見せる白翼の人物。
直ぐに、メルティナは警戒する。
元々警戒を解いた訳ではないが、その一言で、正面にいる白翼の人物が何かを知っていることは分かる。
「――下にいる子が悪い訳ではないですから、安心してくださいね。ウフフ」
「なっ!――っく……」
それは、サクラが通信能力を持っている事を知っていると言う告白だ。
メルティナは急上昇して、エドガー達がいるであろう展望台を目指す。
「――知らせなくてはっ……マスターに……!!――っなっっ!?」
空中で急ブレーキ。
目の前に、今この瞬間、下に居るはずの白翼の女性がいた。
「こ、これは……」
ローザに言われてから、センサー頼りを抑えていたメルティナだが、この状況になってからは常時発動していたのだ。
しかし、今の今まで、出し抜いて上を目指したメルティナの真下にあった反応が、今は目の前、自分の上にある――いや、居る。
「――だから駄目ですってば。わたくしはやめておいた方がいいと……言いましたよ?」
「今の……転移……ですね」
「あら、ウフフ……ご存じなんですね?」
「……ええ、身近な者が、今と同じことをするもので……」
「あらそうですか……流石はニイフ様、力が出せなくても……転移は御手の物ですか」
「――ど、どういうことですか!?」
眼前にいる白翼の女性から聞き覚えのある名前。フィルヴィーネの本名が出て来たことで、メルティナは更に困惑する。
「う~ん……では……改めてご挨拶を申し上げましょう……わたくしの名は――スノードロップ。見ての通り、“天使”ですよ」
“天使”。“神”の使い、天上の種族。
スノードロップは懐から光る輪っかを取り出して、両手で頭の上に乗せる。
「……“天使”……という事は、フィルヴィーネが……“神”の時代の……部下!?」
神秘的な光を放ち、それに合わせて白翼も光を放つ。
神々しいとまで取れるその輝きは、メルティナの目を細めさせるほどに眩かった。
「ウフフ。まぁそんなところですね……――さて、すみませんが上には行かせませんよ。【禁呪の緑石】……わたくしにもわたくしの都合がありますので、ここでお相手して頂きますわ……」
そう言うと、右手に一瞬で槍が出現し、空に向けて掲げる。
「――突破しますっ!!」
メルティナも、両手に持つ【エリミネートライフル】の銃口をスノードロップへ向けて、対峙する。
◇
「「「……。……。……へ?」」」
素っ頓狂な声を上げたのは、三人だった。
地上にいたサクラ、サクヤ、そしてリューネだった。
「――なっ!敵襲だと!?」
「噓でしょっ、こんないきなりっ!?」
「え、ええええぇぇ!?」
「な、なんだか……本人が一番驚いているが……」
「そ、そうね……」
リューネは、突然自分が地に下り立っていることに驚いていた。
スノードロップが、転移でリューネを真下に送ったのだ。
(馬車の所まで送ってくれるんじゃなかったの!?っていうかなんで!?なんで目の前にこの子達がいるの!?なんで私は地面にいるのぉぉぉぉっ!!)
内心で大号泣しながらも、リューネは後方にジャンプして、ローブの中から【裂傷の魔剣】を抜く。
どうやら「送る」とは、真下までだったらしい。
「……サクラは下がっていろ……わたしがお前を守る……!」
「……サクヤ……」
こんな不安定な状況で、サクラとサクヤの前に現れた敵。
本人ですら驚いていた様子だが、冷静に距離を取り剣を抜く相手に、サクヤも腰から小太刀を抜く。
「……参るっ!」
普段のサクヤならば、リューネの姿が見えた瞬間に、もしくは敵と分かった瞬間に斬りかかっていただろう。
その状態に、サクラは気付く事が出来た。が、声を掛ける事が出来ない。
そして、まったく状況が呑み込めないリューネも、戦う覚悟を決める。
こんな所で死ぬわけにはいかない。
エリウスに恩を返すため、何より、そのエリウスに忠義を果たすために。
こうして、【東京タワー】内外、両面での戦闘が始まったのだった。




