197話【出逢い2】
◇出逢い2◇
ドガァァァァァァァァァァァン――!!
厳重に作られていたはずの鉄板の扉は、熱と衝撃によって拉げて吹き飛んでいった。
展望台内の帝国の四人は、それが吹き飛んで来た方向を見ていた。
かなりの距離を跳び、強化ガラスを突き破って下に落下していく扉。
「――来るぞっ!反応は三つだ!」
魔力感知の“魔道具”でエドガー達の侵入を察知したレディルが叫ぶ。
四人は、事前に立てた作戦通り、動き出す。
◇
吹き飛ばした扉と、爆発による煙がカモフラージュとなって、先制攻撃を防ぐことは出来た。しかし、煙い。
「――ゲホッ、ゴホッ!」
緊迫した状況と言えど、我慢の限界。
エドガーは咳き込むが、ローザとフィルヴィーネは何ともなさそうに周りを伺っていた。
「――あっちの反応をお願い」
「うむ。いいだろう」
視線と、たった一言だけで合図し、ローザとフィルヴィーネは動く。
エドガーも、出遅れない様にとローザについていく。
「……出てきたらどう?西の侵入者さん」
ローザが掛けた言葉に、反応があったのは左方向。
暗がりから、コツコツと歩く一人の影。
「――やあ、赤髪の魔法使い……グレムリンの時以来だ、そっちは【召喚師】君だね。知ってるよ」
「あなたは、誰ですか……?」
「……そう簡単に言うとでも思っているのかい?」
男とも女とも取れる声音に、低めの身長。
一見少年にしか見えない風貌に、ローザは目を細める。
「その不快な声、確かにあの時の声に違いないわね……」
「……うん。君は、帝国の人……なのか?」
エドガーも頷き、フードの人物に声を掛ける。
その人物は嬉々として。
「……さぁ、どうかな。僕は自分の意志でここに居る。例え聖王国であろうと、帝国であろうと、ましてや公国や女王国、王国であろうと、キミに関係はないだろう?」
「……いや、悪いけどそうもいかないんだ……だから、君を捕まえさせてもらう」
「エドガー……?」
エドガーは剣を構える。
そんなエドガーにローザは、積極的に前に出る事に、嫌に違和感を覚えた。
「……」
(なんだ……この感じ……肌が焼け付くようだ……胃の奥が、熱い……!)
「へぇ、随分と好戦的なんだね、【召喚師】って言うのは。事情も聴かずに、誰とも知らない人間を捕まえるのか……――いい度胸だ」
フードの奥で、笑ったのが分かった。
ゾッとする声音は、背筋を震わせるには十分だった。
「――ローザ!!」
エドガーは衝動的にローザを庇う。
悪寒に襲われ、冷や汗を流しながら、ローブの人物を睨む。
「ちょ、エドガー……どうしたの!?」
「――黙って!ローザは近づいたらダメだ!!」
「だから、どうして!」
ローザは前に出ようとする。しかし、エドガーはそれを制す。
不自然で意味不明な行動だ。
それを知るのは、ローブの人物――エリウスだけ。
「……流石に同類。分かるんだ……でも、その反応だけで、その女が異物だと分かったよ……これで大義も立つと言うものだっ!」
「――異物っ!?」
「ちょっと、エドガー!」
ガシッ――と腕を掴まれたローザは、そのエドガーの手に込められた力の強さに顔をしかめる。
手汗もかなり掻いて、少しの震えもある。
(エドガー……怯えているの?でも、どうしてこんなにも私を庇うの……?)
不自然なほどに、エドガーの行動が読めない。
しかし、それを知っているとでも言いたそうなフードの人物は、声を掛けようとしたが。
「――!!」
「……!」
さほど遠くない場所から、音が響く。
「……ん?ああ、あっちでも戦っているんだね……」
聞こえてきた衝撃音と怒号に、フードの人物は。
「――さて、僕も早く戦いたかったんだよ。【召喚師】、そして赤髪の魔法使い、ローザだったかな……お相手願うよ」
ローブの中、腰元から取り出されたのは、剣だ。
赤黒く、血に染まったかのような長剣。
それに、ローザが気付く。
「――【魔剣】ですってっ!?」
「ああ、知っているんだね……そう、これは【魔剣ベリアル】……“悪魔”を封じた、最強の一振りだよ」
“悪魔”を封じたと言う言葉通り、その剣には《石》が装飾されていた。
【魔石】、しかも、あの時とは比較にならない程精錬された、おぞましい邪気。
嫌悪を抱きながら、ローザは言う。
「エドガー……小物の時とは比べられないわよ、あの剣……“悪魔”より厄介だわっ」
「“悪魔”より……!?」
たった一本の剣が、御伽噺の“悪魔”よりも厄介。
それは、ローザの表情を見れば明らかだった。
余裕のないように笑い、剣を持つ手には力が籠められる。
「【召喚師】君はどうでも……はよくはないけど、個人的にはそっちの魔法使いを消したいんだ」
「――け、消す!?」
平然と強烈な言葉を口にするローブの人物に、エドガーも剣を構え直すが、やはり不自然な感覚に戸惑いを隠せなかった。
(クソっ……――何なんだっ!この感じ……まるで、誰かに見られているような……気味の悪い感覚……汗が止まらない、手も震える!それに、ローザから離れてはいけない……そう思ってしまう!)
「それじゃ行くぞっ、魔法使いっ!!」
「エドガー散開!――って!エドガー!?」
ローブの人物は動き出し、ローザも戦いに入ろうとした。
別れて二対一の状況を作ろうとしたローザに対して、何故かエドガーが離れなかった。
ぴったりとくっついて、まるで磁石のように。
ガギン――!!
ローザを庇うエドガーが防ぐが、二人まとめて薙ぎ倒されてしまう。
「――うわっ!!」
「……くっ……」
ローブの人物の剣は重かった。
【魔剣】と言うだけではない、何か別の物が籠められた一撃。
「……はぁ?――ふざけてる?」
嘲笑うローブの人物、エリウス。
戦う気が感じられないエドガーに剣を向ける。
ヒュン――っと、首筋に向けられる【魔剣】。
「ん~?震えてるねぇ……そんなに怖いかな?この【魔剣】……それとも別の――おっと!」
ガキィィィィン――!!
反響する剣の金切り音。
ローブの人物は後方に飛び、弾かれた【魔剣】を見る。
剣には薄っすらと一筋の線が引かれており、ローザの長剣で弾かれた箇所だった。
「……その体勢から剣を振るんだ……驚きだよ。それに【魔剣】が傷付いた……――ふぅん、やっぱり異世界から来たんだねぇ……」
「「――なっ!?」」
倒れるエドガーも、剣を弾き返したローザも、その一言に衝撃を受けた。
◇
その一方で、フィルヴィーネは困っていた。
確かに、相手をするとは言った。
しかし、その相手は二人いた。
「――ロザリームめ……上手く使いおって、癪だが仕方が無い……それに」
「――てめえっ!このクソ痴女がぁ!!さっきから避けてばっかで、何故反撃しねぇ!舐めてんのかっ!――あぁん!?」
「避けていると言うよりも、時間を稼いでいる……そう取れるがな」
戦闘は直ぐに開始された。
ゆっくりと歩いてきたフィルヴィーネを、レディルとカルストが急襲したのだ。
だがしかし攻撃は当たらず、フィルヴィーネは全ての攻撃を避け続けていた。
そして、それがフィルヴィーネの困っている理由だった。
「……」
(困ったものだ。攻撃できぬ……因果に逆らえぬように、定められた理を無視できぬ……くそったれな能力だな――のっぺらぼう!!)
フィルヴィーネは、何も舐めてなどいないし、時間を稼いでいるつもりもなかった。
攻撃そのものが出来ないのだ。防ぐことも出来ず、避ける事しか出来ない状況だった。
その理由は、フィルヴィーネに与えられた能力が起因していた。
【世界の不条理】。
この能力は、元“神”であり、“魔王”であるフィルヴィーネ・サタナキアの能力を、限界点まで下げる力だった。
それだけではなく、|この世界の人間と戦えない《・・・・・・・・・・・・》と言うデバフまでが、常時かかっている。
「――ふざけやがって!!」
「ふざけてはいないのだがなっ」
レディルの剣を避ける、後ろから来たカルストの攻撃も、前転で回避した。
「貴様、その身のこなし……いったい何者だ……この国の者ではあるまい、北か、南か……いや、それとも……――異なる世界か」
「……ほぉ、お主は少し知恵が回るか」
カルストの言葉に、フィルヴィーネは目を細めて褒める。
その言い方がレディルの癪に障ったらしく、怒号を上げる。
「クソ女ぁぁぁぁっっっ!!」
「――おいっ!落ち着け!……俺たちが乱してどうする!」
カルストはレディルに近付き止める。
そして小声で。
「リューネを下に向かわせた意味がなくなるぞっ、何が何でも足止めする。わざわざエリウス様が二人も引き付けているのだ……分かれっ」
「……ちっ!分かってんよ……クソがっ」
腕を振り払い、フィルヴィーネを睨む。
「貴様が異なる世界からの侵略者だとしたら、我々はそれを食い止める……!」
(侵略者か……なる程、言い得て妙だ……と、なると……ある程度の事情を開示しても……いや、それは時期尚早か)
フィルヴィーネは、横目でちらりとエドガーとローザの方向を見る。
小柄な人物と戦っている様子だが、実に動きずらそうにしていた。
(……まったく、何をやっている……馬鹿どもめ)
当初の目論見が完全に外れ、フィルヴィーネは二人を引き付けている。
それはまだいい。
問題は、フィルヴィーネは攻撃できず戦いにすらならない事と、エドガーもローザも、子供の様な追いかけっこをしている惨状だ。
そんなさまを、嘆くフィルヴィーネだった。




