18話【対面】
◇対面◇
エミリアが冷静を取り戻し、手の治療を完全に終えてから少しの時間が経った。
不意に、【召喚の間】の扉が音を鳴らす。
「あ、お嬢様!」
「――うん、よかった……エド、無事みたいで」
事前にエドガーから説明を受けていた。
『このドアは、一度閉めたら僕しか開けられないから、ちゃんと待っててね』と。
エミリアは、今更思い出して恥ずかしくなる。
それほどまでに自分を見失っていた。
そんな姿を、エドガーに見られてなくて良かった。と。
「「「……」」」
ギィィィィィ――と、金切り音が廊下中に響き渡り、部屋の中から人影が見える。
エミリアは、エドガーだと確信してダイブする。
「エドっ!!」
がばっ!と飛びついたエドガーはとても柔らかく。
非常に女性的な、薔薇の花のような、いい香りをさせていた。
「エド!!よかった!無事で……ホントに……ん?」
エドガー?の柔らかい胸に顔を埋めて。
エミリアは感動の再会。とばかりに頬擦りする。
しかし。
「――随分と熱烈な歓迎ね。キミの幼馴染は」
「……――だ、誰っ!!?」
エミリアは素早く飛び退き戦闘態勢を取る。フィルウェインも警戒しているようだった。
因みにナスタージャは階段近くに隠れた。
「――!違うよっ、敵じゃないから!エミリアっ!フィルウェインさんもっ!」
【召喚の間】から現れた謎の女性に続き、本物?のエドガーも姿を現す。
「エ、エド!無事なのっ!?」
エドガーの元気そうな言葉に安堵するエミリアだが、それよりも気になる。
この長身の女性が。
「うん。おかげさまで……何とか無事だよ。心配かけてごめん」
隣に並ぶと、何故か女性に頭を撫でられるエドガー。
「そっか、よかった……――って、何してるのよ!貴女っ!!」
エドガーの頭をナデナデする長身の女性。
フィルウェインと同じかそれ以上。
エミリアよりは頭一つ、20センツ(20cm)違う。
「この子の頭を撫でているわ」
「――っそんなの見りゃ分かるわっ!何で貴女がそんなことをするのっ!?――ってか誰なのよっ!エドも何で撫でられっぱなしなの!?」
憤るエミリアを。
フィルウェイン、そして身を隠していたナスタージャが宥める。
「お嬢様……」
「お嬢様ぁ」
「大丈夫!私は冷静よ……今はまだね!」
この後冷静でいられるかどうか分からないのなら、フィルウェインもナスタージャもエミリアを抑える事をやめられない。
「私の名前はロザリーム・シャル・ブラストリア……この子の契約相手……よね?」
エドガーを見て、確認を取るロザリームと言う女性。
撫でられっぱなしのエドガーも頷く。
「契約?……じゃあ、この人が“召喚”された“精霊”イフリートってこと?」
「あら貴女。中々鋭いじゃない……“精霊”ではないけれどね。この子なんて私のむ――」
「――っうわあああっ!!」
何を言おうとしたのか、エドガーの手に塞がれ口籠る。
「な、なにしてんのよぉっ!?」
堪らず、エドガーとロザリームを引き剝がそうとするエミリア。
突然現れた正体不明の女が、大切な幼馴染エドガーと仲良くするのを、黙って見てはいられない。
「うわぁっ!?」
「おっと」
ロザリームは、引き剝がそうとするエミリアをひらりと避け、エドガーを身代わりにして防ぐ。
「ちょっ!」
「エド!大丈夫……?ひどい事されてない!?」
エドガーに抱きつき、確認をするエミリア。
まる、母親が迷子の子供を心配するようだった。
「あ……と、とにかく貴女。えーっと……ロザリームさん」
自分の行動が恥ずかしいと気付き、顔を赤らめるエミリア。
誤魔化すようにロザリームに話を振る。
「長いしローザでいいわ」
「……そ、それじゃあローザ……話は上でしましょう……ここは、狭いし動けないから」
動いて何をする気なのか。と思ったエドガーとメイド二人であった。
◇
そして現在。
【福音のマリス】・二階の休憩スペース。
フィルウェインが三人に紅茶を淹れ『メイリン様を見てまいります』と部屋を出ていった。
それを見ていたナスタージャも『わ、私も!』と、逃げるようについていった。
残されたエドガー、そしてエミリアとローザは。
「で……何で貴女がエドの隣なんですかっ!?」
広い休憩スペースで、二つあるソファーにエミリアが一人。
もう一つのソファーにローザを座らせたが、ローザは自分の隣にエドガーを座らせた。
ごく自然に。
「ん?……私はお客でしょう……?」
「何を言っているの?」みたいな顔でエミリアを見るローザ。どう見ても本気だ。
「そういう意味なら、エドはこっちっ!」
エミリアは立ち上がり、ローザの隣に座るエドガーの腕を取って、反対席の自分の隣へ座らせようとする。が、エドガーの隣という特権を持つローザは、待ったをかける。
「キミはいいのよ……」
エドガーの反対の腕をガッチリ固め、決して離さない。
「ぐっ――は、離しなさいよぉぉっ!」
「貴女が離しなさい、そうすれば済む話だわ」
「はははっ、面白ーい!」
怒りマークをいくつも並べて、エミリアはエドガーを引っ張る。
しかし、微動だにしないローザの片手に、全力で引くエミリアの力は完全に負けていた。
「――いたっ、痛いよっ!二人共!!」
ここまで静観していたエドガーの言葉に、折れたのはエミリアだった。
「あ、ご、ごめんエドっ……」
エミリアが手を離しても、ローザは決して離さず。
エドガーを再び隣に座らせた。
「……」
(な、なんなのよぉっ!)
エミリアは、湧き出る怒りに何とか蓋をして自席に戻り。
ドカッ!と座る。
「でっ?……ローザ。貴女は一体何処の誰で、エドの“契約者”?……それって何っ?――あとソレ!その《石》は、私がエドにプレゼントしたものなんだけどっ!!」
ローザの右手に光る赤い宝石を、エミリアは勿論見落とさない。
「ぼ、僕が説明するから、エミリアも落ち着いて……ね?」
「……分かってるっ!」
(なんなのよっ!エドもっ!私の呼び方、また元に戻ってるし!)
エドガーは説明すると言い、渇いた喉を潤す為に紅茶を一口飲む。それを見たローザも、紅茶のカップを持つが。
「……紅茶、ねぇ」
そう言って紅茶をチビっと飲むが――途端に顔色を変えた。
大きく目を見開いて、紅茶に感動しているようにも見える。
「じゃあ説明するね……いい?エミリア」
「あ、うん。お願い」
◇
エドガーの話によると。
彼女、ロザリーム・シャル・ブラストリアは、“精霊”イフリートを“召喚”しようとしたはずのエドガーが、別の世界から“召喚”した異世界の人間らしい。
人間離れした腕力に、この国には存在しない、《魔法》を使い、エドガーを“悪魔”から助けてくれた。――らしいのだが。
エミリアは、半信半疑でエドガーとローザを交互に見やり。
「……噓くさい」
全く信じなかった。
「そう言われても……事実だからね」
エドガーは一筋汗を流し、エミリアはソファーに思いっ切り背を預けて腕組みした。どう見ても納得していない。
「キミっ。紅茶のおかわりをくれないかしら……」
エドガーは「あ、はい」と言って、フィルウェインが置いていったティーポットから新しい紅茶を注ぐ。
「ほらエドっ……続き」
エミリアはエドガーに「早く続きを」と、顎で促す。
とんでもない態度だが、エドガーは続きを話し始める。
赤い宝石については、この【消えない種火】が、元の世界での自分の所有物。だと言う事。
エミリアからプレゼントされた《石》は、残念ながら粉々になった。と、伝える。
【召喚の間】で会った“魔人”、いや“悪魔”との戦いも、簡易的には伝えたが、エミリアがどこまで信じるか。
「こんな感じ。ですかね?」
「そうね。後は、まだ説明してないこともあるけれど……まずは服をくれないかしら」
エドガーの説明が一旦終わり、ローザが割って入る。
「服……?」
エミリアは不思議に思い、身を乗り出してローザを見る。
「ええ。このドレス、《魔力》で出来ているのだけれど……もうそろそろ限界みたいでね」
「げ、限界って?」
エドガーも初耳らしい。
「その限界超えると……どうなるの……?」
「――こうなるわ」
ローザのセリフが合図になったかのように、パァンっ!と弾ける真っ赤なドレス。
ローザが着ていたこのドレスは、薔薇の花が空中で霧散したかのように消滅した。
残ったのは、ローザのグラマラスな身体だけだった。
「「えええええええええええええっ!!」」
エドガーは自分で両目を隠しながら、直ぐに後ろを振り向く。
一方エミリアは、何かにショックを受けたのか。
「……エドが、裸の女を“召喚”した……裸の女。裸の女。裸の女ぁぁぁ!」
と、ブツブツ呟きソファーに座りながらも、一人でどこか遠くへ行ってしまっていた。
「フフフ。……ほんとに退屈しなさそうね。この世界は……」
そしてローザは、退屈な世界からの脱却に、心躍らせていたのだった。
◇
エドガーとエミリアの大きな声を聞き、駆け付けたメイド二人だったが。
悲鳴をあげて蹲りながら、目を覆う少年と。
ブツブツ独り言を言いながら、ソファーの上で膝を抱えるご主人様。
そして全裸で優雅に紅茶を飲み、笑みを浮かべる女性を見るという、何ともカオスな空間に遭遇した。
結果。フィルウェインとナスタージャは。
そっと、休憩スペースのドアを閉めたのだった。




