195話【最新機器VS魔道具】
◇最新機器VS魔道具◇
エドガー達【福音のマリス】一行は、突如として現れた、異世界の建造物。【東京タワー】の麓までやってくると、警戒しながらも、その圧巻の大きさに声を上げた。
「す……凄いね、首が痛いよ……」
<結局、サクラとサクヤの二人を間に挟んでも、何も無かったね……>
<そうね、失敗だわ……少しでも話しをしてくれるとよかったのだけれど>
<仕方があるまい、どうにもお互い遠慮しているようだしな……やはり、地鳴りで邪魔されたのが痛い。我らが取り持つのは簡単だが、結論を出すのはあの娘達だ……今はこの塔に集中するがよい>
<確かにそうね、この塔を放っておく訳にもいかないし。なんだかまた腹が立って来たわね……!>
「「「……はぁ」」」
【心通話】で会話をしながら、エドガー、ローザ、フィルヴィーネは同時にため息を吐くのだった。
◇
「――近辺に敵の姿は確認できません。隠れてはいなさそうですね、マスター」
「あ、うん……そうだね」
エドガーは、ほんの少し注意散漫になってしまっていた所をメルティナに引き戻された。
先程の【心通話】での会話は聞いていなかったらしいメルティナは続ける。
「近辺範囲のサーチの結果も……熱源はなしです。敵は本当にいるのですか?」
メルティナが疑問の声をかけるのはローザだ。
ローザが一番警戒心が強く、ここに来るまでも何度も《石》の反応をチェックしていた。
結果はメルティナのサーチ同様、何もなしだったが。
今も尚、警戒心は緩めてはいないようだ。
「機械に頼りすぎるなって言われたのを忘れたの……?相手が気配を消す《魔法》を使っている可能性、あるいはそれに似た“魔道具”を備えていれば、どうとでもなるわよ」
「……イ、イエス。それはそうですが……当初言われていた馬車もありません、考えすぎでは……?」
《魔法》なんてものが存在している以上、機械は信用度を落とす。
メルティナの装備は、《魔法》に関する設定がなされていない。
それは元の世界での設定上、《魔法》に関する事柄がなかったからだ。
だが、ここは異世界だ。【禁呪の緑石】をもっとうまく使えれば、それも解決出来る可能性は充分にある。
「数値だけが全てではないわ。馬車をここには置いていない可能性と、隠した可能性……これ、どう見ても車輪の跡じゃない?」
そう言ってしゃがみ込み、ミミズや蛇が這った跡を見つけるローザ。
このミミズ腫れの様な不自然な車輪の跡は、車輪が何度もブレている証拠だ。
「慌てて隠したか、馬が逃げた……?」
「――この塔が急に現れて、驚いた……とかかな?」
「そうだとしたら、この塔が敵の仕業って言いにくくなるわね……」
ローザとエドガーの推測は概ね当たっている。
帝国の面々が馬車で来ていた事。
それは、エドガー達が当初の目的通り探していたターゲットでもあった。
その馬車を引く馬は、ローザの言う通りこの【東京タワー】出現の際の地響きに驚き、逃げ出してしまっていた。
因みに、その馬車の目の前にいたリューネが、それに驚いて尻餅をついていたのだった。
(……悔しい……ローザは最新の装備がなくとも、いとも簡単に答えを出してしまう。センサー頼りでは、やはりダメです……目視で確認する事を努めなくては……ワタシの目下の目標は、《石》の制御と……《魔法》の解析、ですね)
メルティナは、ローザとエドガーのやり取りを見ながら猛省する。
そして目的を定めて、次こそはと悔しさを滲ませた。
「――居る。ここに居るよ……」
ローザとエドガーが敵の存在を確認できないと小言を言っている中。
一人静かに塔の中程を見つめるサクラ。
「いるって、敵が?」
エドガーの言葉に頷くサクラ。
視線は逸らさないままに、ある場所を見つめ指をさす。
「あそこ。確か展望台だったはず……電気がないからエレベーターは使えないし、わざわざ上ったんだ。でも……なんだろ、なんか色々違う気もするんだよね」
薄っすら輝く【朝日の雫】がそれを可能にしているのかは定かではないが、サクラの言葉は信用できる。
何より、今のサクラの雰囲気がそうさせる。
近くにある上り階段を見つけ、フィルヴィーネがそこまで行くと。
「ここか。ふむ……そうみたいだな。サクラの言う通り土の跡がある。まだ新しいぞ……それに、階段入り口が壊されている、切断面も新しいな」
「……階段って、ここにあったかなぁ?」
自分のいた世界とは若干違う気がする構造に、サクラは戸惑っている様子だ。
展望台へ行くにはエレベーターか、直通階段のあるフットタウンから行くのが普通だと思っていたサクラ。
都民ではなく【東京タワー】に来たこともないサクラが知る由もないが、このタワーは、あらゆる所が別物と化していた。
しかし、見た目は完全に【日本】の【東京タワー】だ。
「よし。これで気配を隠していることも分かったわね……いるのはローマリアの言う通り……西、かしらね。あと、やはり機械に頼り過ぎなのは良くないわ。メルティナ」
敵が【気配遮断】を使用している事も、これで想定できる。
どのような装備かは分からないが。
「イ、イエス……善処します」
「それにしてもフィルヴィーネ様……これを上るのですか?少し骨が折れますよ……」
フィルヴィーネの肩に乗っているだけのリザが、「やれやれ」と疲れたように言う。
それにイラっとしたのか、フィルヴィーネはリザを下した。
「――え、フィルヴィーネ様!?何故私を下ろすのですか!?まさか自分で上れと!?」
「お前な……我だけ浮いていくことは可能だが、それをしたらのけ者だぞ!少し反省しろっ!この愚か者めっ!!」
「そんな殺生な!」と叫ぶリザにフィルヴィーネはまぁまぁ本気でキレていた。
確かに、フィルヴィーネが一人先行して塔を調べる事も出来る。が、それはしない。
フィルヴィーネにもフィルヴィーネなりに考えがあるのだ。
「――今は特に、あの二人……――よっと!」
フィルヴィーネは階段からジャンプで下り、エドガーに言う。
「してどうする?これで、敵が待ち受けているのは明白。この狭い階段を全員で上るのも危険だぞ……?」
「はい。分けるしかないかと……思います」
「そうね、私もそれでいいと思う。今のままでは敵が優位すぎるもの、わざわざ嵌ってやる必要ないわ。それに敵も大勢ではないでしょうからね」
フィルヴィーネの問いにエドガーは答え、ローザも賛成する。
メルティナやサクラ、サクヤも異存はないようで、反対の声は上がらない。
そしてエドガーは、そのメンバーを分けることにした。
個人的にも解決しなければいけないと思っている、サクラとサクヤの関係を、修復するために。
「じゃあ、メンバー分けをしよう……まずは――」
◇
「圧巻なものね……まさか、ここまで見晴らしがいいだなんて」
展望デッキまで上って来たエリウス達は、その高さに驚く。
高さだけではなく、その見晴らしの良さと異世界の建造物の技術そのものに。
そして、この国のある形にも。
「――完全に荒野ね。村の一つどころか、北国へ渡る為の中継点まで存在しないなんて……」
何一つとして存在しない。ただの広い地平。
時折見えるのは、崖や渓流の跡地だけだ。
「確かに、ここまで放置するなんてイカれてやがるぜ……何の対策もされないまま、この雄大な土地を放置したって事だろ?領土を捨ててるようなもんだぜ?」
「……そうね。馬鹿らしい話しだわ……」
この荒野は【ルノアース草原】と呼ばれていたはずだ。
それは過去の事とは言え、【ルノアース荒野】となっての歴史はまだ浅いはず。
それがなんだ、この広さの旱魃地帯を、この聖王国と言う国は完全に放置している。
数ヶ所の村の跡地や、観光も出来そうなほどの平原跡も見える。
「利用も何も考えていねぇのか……それとも望んでこうしたか……なんにしてもえげつねぇって話しだな」
「……これだけ広大な土地をここまで捨てきるなんて、領土の狭い帝国の民に申し訳が無いわ……――ん?何かしら、アレ……」
自国の民に申し訳なさそうに、外を見るエリウスは何かを見つけ、目を細める。
「ちょっと待て。今、遠見の“魔道具”を……」
レディルはエリウスに渡す。小さな望遠鏡の様な“魔道具”を受け取り、エリウスは覗く。
カルストとレディルも合わせて同じ方向を見る。
「わ、私のは……ない、ですよねぇ」
シュンとするリューネにレディルは。
「ちょっと黙れリューネ……――おいマジかよ……!!エリウス、アレは……」
「――え、ええ……アレは、【魔導車】……かしら、それもかなり大型よ……!?」
【魔導車】。
それは、帝国でも最近導入し始めたばかりの、最新鋭の“魔道具”だ。
核となる魔導コアに魔力を注ぎ、魔力を操作して走らせる、四輪駆動の乗り物。
「……おいレディル。聖王国にアレを作る事は可能なのか?」
「――バカ言えカルスト……無理に決まってんだろぉがっ!帝国でも導入されたのは最近だ!それも四人乗りが限度、それがなんだありゃ!!どう見ても数倍のデカさがありやがる……」
万が一出来たとしても動させる筈は無いと確信するレディル。
「……魔力を持たない聖王国民が、【魔導車】を動かす方法……国外、【召喚師】、赤髪の魔法使い……それならどう?」
エリウスは指を窓ガラスに這わせ、呟くようにレディルに問う。
「――ありえ……なくはねぇ……あの赤髪の女の魔力指数がどれほどかは知らねぇが、【魔石】の“悪魔”をぶっ殺したんだろ……?それに、ユングの奴が【召喚師】に知られたって言ってやがった時もそうだ……あのデカブツを動かせるとしたら、それくらいの魔力量じゃねぇと無理だ」
「【召喚師】、エドガー・レオマリス……あの少年、もしかして……カルスト」
「はい。エリウス様」
何か思い当たったのか、エリウスはカルストに。
「赤髪の魔法使い、ローザだったかしら……あの女の《石》、売ったのは貴方よね……?」
「はい。聖王国で出土した【厄災の宝石】の一つです。帝国には適性者がいなかったため……軍事顧問が売りに出せと。聖王国民には、価値は分からないからと言っていましたが……」
帝国軍事顧問、シュルツ・アトラクシア。
昨年ふらりと現れ、瞬く間に軍事顧問へと成り上がった実力者。
その実力は本物であり、自作の“魔道具”を皇帝陛下に献上して信用を獲得し、帝国の技術力を一気に何世代も加速させた。
エリウスは当初、この人物は異世界の“異物”だと踏んだが、それらしい不思議な力は無かった。
「あの人が何を言おうとも、その聖王国民が《石》を使っているのよ……それもかなりの適合力を……――!!」
「エ、エリウス様……?」
エリウスは気付く。気付いてしまう。
「――まさか、初めから所持していた……?あの《石》、適合力が如何こうじゃない……!圧倒的な整合性、“悪魔”を倒せるほどの実力……」
それは、個人の物であるという証拠。
最強の【専用装備】。
「エリウス様は、あの女が異物である……と?」
カルストも、エリウスが何を言いたいのかを理解した。
「ええ。初めて見た時は、他国の魔法使いかとも思ったけど……アレを動かせるとしたら、そうではないかしら」
異常な程の強さ。それは即ち、異世界の異能。
この世界には本来、あり得ないもの、在ってはいけない物だ。
「……なるほどな。そう考えたら、俺等が起こした監獄の蜥蜴野郎は……」
「――あの女が仕留めた可能性が高いわね」
あの時は、レイブンを脱獄させて逃げる事が最優先だった。
十日ほど経ち戻って来たが、何も変わらずといった雰囲気の王都に、再侵入したエリウス達も戸惑っていたのだ。
「……!!――ちっ!!そういう事かよっっ!!」
「レ、レディルさんっ!?急に何をっ」
レディルは突然走り出し、そして扉を閉め始めた。
乱暴に、荒々しく。
そして叫ぶ。
「感知の“魔道具”に反応したのはその赤髪だっ!――クソが!もう近づいてきてやがるっ!」
「――なっ……!いつの間にっ!?」
【召喚師】エドガー、そして【送還師】エリウス。
相反する力を持つ二人の出逢いは、もうすぐ始まってしまう。
それは――戦争への導入。




