194話【帝国の優遇職業】
◇帝国の優遇職業◇
突如として現れた、赤く高い塔。【東京タワー】。
この異世界には似つかわしくない、鉄骨で組み上げられた建造物。
この塔の出現に驚いていたのは、エドガー達【福音のマリス】一行だけではなかった。
【魔導帝国レダニエス】、皇女エリウス。
それら一行もまた、エドガー達と同じく驚いていたのだ。
そして彼女らは、エドガー達よりも近くに。【東京タワー】が現れた真下にいた。
この塔が出現した瞬間を、目撃している。
「……驚くに決まっているわよね……流石に」
驚愕に目を剥くエリウス、部下のレディルやカルストですら、声を出すことすら忘れて見上げていた。
その驚きようで、この塔の出現がエリウス達、帝国の仕業ではないことが分かる。
リューネなんかは、驚いて尻餅をついていた。
「――なんだこの建物……鉄骨で出来てんのか……?すっげぇ数だな。ざっと見積もっても300メドル(m)はありやがるぞ……」
「4本の足で支えているのか……ん?入り口らしきものもあるな……どうやら入れるぞ」
レディルとカルストが、異常事態を調べ初め、リューネが起き上がる前に目測を付けた。
「……そうね。行ってみましょう」
エリウスはリューネの手を掴んで起き上がらせると、そう宣言。
「――エリウス様……危険ですこんなの、私は長年聖王国に住んでいたのに、こんな建造物知りませんでした……!明らかに不自然ですっ」
リューネの不安を孕んだ言葉に、レディルが。
「んなこと言ってもここにあるんだ。仕方がねぇだろ……川跡を掘り返していたら塔が出てきましたって報告するつもりか?……馬鹿っざて言われて終わりだぞ。それにな、調べるに越したことはねぇ」
「で、でも……!!」
「落ち着きなさい。この国では中々に存在しない鉄骨の建造物……入れるという事は登れるという事なのでしょう……レディルの言う通り、調べる価値はあるでしょう……それに」
と、エリウスは、大量にあった筈の人骨を探す。
「――私達が掘り起こした大量の人骨……どこに行ったと思う?」
「……えっ!?」
「そうだ。丁度この塔の位置だ」
エリウスの言葉に、リューネはそれがあったはずの場所を見る。
そしてカルストは、リューネが理解したと解釈して述べた。
「千体近い人骨に、無数にあった家畜動物の骨……それが消えて、この建造物が急に現れた……不審に思うのも無理はないだろう……エリウス様、ここは俺が――」
「――い~や、俺が行く。お前らは待機してろ」
カルストの言葉を制して、レディルが塔の足の一本に手を添えながら、不敵に笑う。
「どういう事?レディル。戦闘能力で言えば、カルストの方が上……それは自分でも自覚しているのでしょう……?」
ならば何故、自分から進んで名乗り出たのか。
「おいおい皇女殿下……俺は、【魔道具設計の家系】だぜ……?」
【魔道具設計の家系】。
グレバーン家。長い帝国の歴史で、“魔道具”を作り続けて来た、名家。
その中でも、類稀なる実力を兼ね備えた、天才。
素行が悪く不真面目、その実力を発揮しないまま消えていくと言われた、不肖の男。
レディルを見出したのは、帝国の皇太子、ラインハルト・オリバー・レダニエス。
エリウスの実兄だ。
そのレディルが【魔道具設計の家系】と自ら言うという事は、それなりに“魔道具”が関わっている可能性を示唆している。
レディルが言い出した事を、カルストも意味合いを分かって引く。
しかしエリウスは。
「……ならば、私を連れて行くことが条件よ」
「――はぁ!?なぁエリウス、お前は俺が言った意味……」
「分かっているわ。危険な“魔道具”がある可能性、それが高いと言いたいのでしょう……?」
重々承知していると、エリウスは笑う。
そして、何か決意したかのように前に出て、部下の三人に言い放った。
「それならば、余計に私が行かなければならないわ。皇女エリウスとして、この異物を……“送還”する為に……」
「……!」
「――!!」
「……“送還”?」
レディル、カルストはエリウスの言葉を理解し、膝をつく。
エリウスがそういうと言う事は、そうしなければならない理由があるからだ。
リューネだけは分からず「え、えっ?」としていたが、空気感に倣って同じく膝をついて首を垂れる。
ちらりと覗くと、レディルもカルストも、唾をごくりと飲んで喉を鳴らし、首を垂れる相手、エリウスが話す言葉を待っていた。
「――【魔導帝国レダニエス】……皇女エリウスの名において、この建造物を異世界の異物と認定します……帝国の名誉のために、遺物は排除する……」
帝国の歴史上、最も“優遇”された職業。【送還師】。
それは、異世界からの不純物を排し、元の世界に送り返すと言う、強制送還させる力だ。世界を平穏に保つ為の職業である。
それが、この青い髪を持つ、皇女エリウス・シャルミリア・レダニエスだ。
奇しくも、聖王国の“不遇”職業、【召喚師】と対になる力を持ち。
加速する異文化に楔を打ち込む、異能の職業。
帝国皇女エリウスは、生まれつきその力を持つ。
「カルスト、レディル。そしてリューネ……力を貸しなさい。この塔は異物……世界のバランスを崩しかねない“害”になる可能性がある……力が使えなくとも、調べることは出来る……」
塔の先端を見上げようとしながら、エリウスは告げる。
その言葉には悔しさが滲んでいた。
エリウスは、ある条件を満たさなければ、“送還”の力を行使する事が出来ない。
それが、悔しさの理由だ。
「――私も感じるわ……この塔はこの世界の、延いてはこの国のものではない……私の責務、別世界からの進行を抑える……防ぐこと……まさか、目の前に現れるとは思いもよらなかったけれど」
「はい、エリウス様。【帝国騎士長】カルスト・レヴァンシーク……御身の望むままに」
「……【魔道具設計の家系】レディル・グレバーン……御身の望む通りに……」
「……えっと……」
エリウスに首を垂れながら、カルストとレディルは忠誠を口にする。
慣れないリューネは、その姿を見てあたふたと慌て始めるも、隣のレディルに肘で小突かれて、急かされるように言う。
「――わ、私も頑張ります!エリウス様の為に……!!」
精一杯の言葉だった。
急すぎる展開に、頭が追い付かないままに言葉を並べたが、以外とそれらしいのではないかと、内心自画自賛してやりたい。の、だが――。
「「「……」」」
「え、えぇ……」
三人の冷めた顔ときたら、リューネの心を抉るのには十分だった。
しかし。
「……フフッ……」
エリウスがクスクス笑い出す。
それだけで、リューネはからかわれていたと悟った。
「――ひ、酷いですっ!エリウス様、カルストさんも……レディルさんは別にいいですけど」
「すまんな」
「なんでだよっ!」
どうやら三人で息を合わせていたらしい。
実にいいコンビネーションな事で。
「フフフ……それでも、何も知らない貴女がここまでの事を言ってくれるのだもの……一度国に帰ったら、しっかりと話させてもらうわね……」
「は……はいっ。エリウス様!」
笑いながら、それでもしっかりと対応して、年上の部下たちを手玉に取る。
【魔導帝国レダニエス】の皇女、エリウス。
そんな彼女のカリスマ性に、リューネは改めて、この少女の力になりたいと、高鳴る気持ちを募らせた。




