193話【異世界に赤い塔】
この話に出て来た建造物は、いたるところが現実と違っています。
◇異世界に赤い塔◇
視線をずらされる程の地響きに、会話は強制的に中断されてしまった。
ゴゴゴゴゴ――と音を鳴らして、荒野はあちらこちらで土煙を舞わせる。
「――空気読めないわねっ!!」
話の途中で水を差された形になり、ローザは苛立って地鳴りに文句を言う。
きっとフィルヴィーネ側でも同様だろう。
「ローザ!サクラ!」
様子がおかしいと感じたエドガーとメルティナも、空気がどうとは言ってられずに駆けてくる。
エドガーの胸ポケットに入り込んでいるリザが、走っている反動でピョンピョン揺れる。
エドガーは空を見上げながら走り、人為的ではないのかとローザを見る、が。
(……う、うわぁ……)
明らかに不機嫌な顔をするローザに、自分のせいではないとはいえ、質問をすることを止めたエドガー。
代わりに、同意見だったメルティナが助け舟を出すかのように言う。
「マスター、これは地震ではありません……ですが、人為的な何かとも思えません。しかし……震源は非常に近い可能性があります」
地震ではないが震源がある。
それはつまり、その地点で何かしらが存在しているという事か。
「――皆、周りに注意して。敵の可能性もある、むしろその可能性が高いわね――サクラも、今は集中なさい……【心通話】、出来るようにね」
「さ、流石に分かってますよっ……!」
あれだけ感情的になっていたサクラでさえ、この状況には文句も言わずにローザに従う。
確かにローザの言う通りで、サクラが精神的に不安定になると、【心通話】が使えなくなったりする。
それは契約しているエドガーや《石》で繋がっている異世界人も同様だ。
「フィルヴィーネ達はまだ来ないの……!?」
「ちょっと待って!」
<フィルヴィーネさん!状況は把握出来ていますか!?>
<フィルヴィーネさ――>
<――聞こえている……騒ぐな。サクヤも無事だ、案ずるがいい>
「<よかった……振動はそちらでも?>」
エドガーは声を出し、ローザ達にも聞こえるようにする。
治まってきた振動を足の裏で感じながら、フィルヴィーネに【心通話】を送る。
<ああ、邪魔くさいほどに揺れているな……――ん?……なんだ、あれは>
「<……あれ?>」
一体どれだろうと、エドガーも見渡す。
それを分かってか、フィルヴィーネが。
<北だ。赤い……塔か?>
「<塔?……あ、本当だ……>」
エドガーの声に合わせて、ローザやメルティナ、サクラもその塔を確認する。
「――!?」
その塔に反応する人物が、この場にたった一人だけいた。
その塔を認識でき、名を述べる事が出来る唯一の人物――サクラ。
「――うそ、でしょ……なんで、あれって……と、【東京タワー】!?」
「とう、きょう……タワー?」
サクラの世界【地球】。
【日本】の観光地であり、首都東京のシンボル。
サクラは東京出身ではないが、知らない訳はない。
「でも……なんで……」
一番驚いているのはサクラだった。
自分の世界の建造物が、地響きと共に現れた。
<いきなり現れたな……まさか生え出て来たわけではあるまい>
それではまるで。
「……“召喚”のようね」
「……うん」
ローザの言葉にエドガーは頷く。
同意見だった。そうとしか取れない。
出てきた瞬間を見逃してしまったが、地鳴りは短かったし、時間をかけて地中から出て来たという事はなさそうだ。
その瞬間、と言うには長い気もするが、その間にフィルヴィーネとサクヤが戻って来た。
ご丁寧にキチンと薪を持って。
「――“召喚”とはちと違うな……あれは具現、もしくは封解であろう」
「わっ!」
「フィルヴィーネ様……」
センサー頼りのメルティナが、真隣に現れたフィルヴィーネとサクヤに驚く。
リザはエドガーの胸ポケットから降りて、フィルヴィーネの肩に。
わざわざ抱えて、自らの肩に座らせる“魔王”様。
「具現って、でもあれは……あたしの世界の建造物ですよっ!?」
「フィルヴィーネ、貴女何か知っているのではない?」
サクラとローザの声に耳を傾け、フィルヴィーネは言う。
「……この前ここに来た時、我が力を使ったのは覚えておろう?」
「ええ」
「……はい。紫月、ですよね」
フィルヴィーネはバツが悪そうに。
「あの紫月の力はな――その場の環境をぶち壊すことだ」
「ぶ、ぶち……壊す?」
メルティナは首を傾げて、乱暴な物言いに疑問を持つ。
「――そのままの意味だ。紫月が地上に近付いた前回、我の傷を癒すために力を発動した【月の金木犀】は、その場の封印なども弱めたのだろうよ……」
【月の金木犀】は癒しの力を持つ。
癒しの効果はフィルヴィーネが立っていた地表にも発動し、そこら一帯に施されていた封印を弱めた。
つまり、封印されていた何かの力を回復したと、そういうことか。
「それじゃあ、あの塔がここに封印されていた……と?」
「それは微妙なところだな。我はあの建造物を知らぬ、この世界の物ではないという事はサクラが証明できるし、封印する理由もないであろう」
フィルヴィーネは未だ驚いているサクラの近くに寄り。
「サクラ、あの塔の目的はなんだ?」
「……も、目的?……【東京タワー】の目的?えっと……昔は電波塔だったって聞いたことあるけど、あたしの居た時代だと、ホントにただの観光名所だったはずです……」
顎に手を当てて考えるサクラ。
どう考えても、ただの観光名所としか思えないようだ。
「サクヤは……?貴女も同じ世界でしょう?」
ローザが聞く。
そしてサクヤは答える。
「……わたしの時代にはまだありません。もっともっと未来の話なのでしょう。それに、これほど大きな物見櫓は、建てられませんでした」
(あれ……なんか、雰囲気が……)
エドガーは、あまりにも冷静に話し始めるサクヤに違和感を覚えるも、とんとん拍子で進んでいく会話に、待ったをかけることは出来なかった。
しかし、サクヤの言葉の違和感はローザやメルティナも感じているようで。
「……そ、そう。じゃあサクラ、あの塔の高さは……?」
サクラは遠いようで近い塔の先端を見ながら。
「333m……メートルは、こっちで言うと」
この世界ではcmがセンツだ、もしかして。とサクラは思う。
「メドルだね」
「やっぱり……」
単純で分かりやすいと言えばそれまでだが、捻りは無かったのだろうかと、サクラは内心で呟いた。
「メルティナ、飛ぶのは?」
「可能ですが……皆を抱えては無理です。もしあそこに敵がいれば、的になりますから」
「333メドル(m)。高いね……城なんか目じゃないよ」
驚きと呆れ半々で呟くエドガーは続けて。
「……それでどうします?……行って、見ますか?」
恐る恐る、エドガーはフィルヴィーネに聞いた。
敵がいる可能性もあるとは分かっているが、サクラも興味を示しているし。
何よりも、異世界の建造物にエドガー自身が興味がある。
「……そうだな、行く価値はあるであろう。観光名所とはいえ異世界の物……十分に気を付けるべきだが……サクラよ、構造は分かるか?あの大きさだ、中にも入れるのだろう?」
「え、はぁ……そのままなら、ですけどね」
(あたし、東京行ったことないけど……)
複雑そうな表情を浮かべながらも、サクラも【東京タワー】がこの異世界に現れたことが気にかかっている。
簡易な案内なら。と、許諾して。
「では、行きましょう……何があるか分からないから、陣を組むわよ」
ローザが言うが、エドガーとメルティナが。
「じ、陣……?」
「この人数でですか……?意味がありますか?」
陣形。戦闘事にめっぽう弱く、意味が理解できなかったエドガーと、戦い慣れしているメルティナの、同じ様で違う疑問。
ローザはメルティナに耳打ちする。
「ええ。あの二人を挟む形にする」
「……なるほど。了解です」
メルティナもピンときたのか、ローザにしか聞こえない小声で返事をした。
そしてローザは直ぐに離れて、全員に聞こえるように編成を話し始めた。




