192話【Get Lost】
◇Get Lost◇
荒野の入り口付近で、フィルヴィーネとサクヤが一瞬の攻防を繰り広げていた頃。
別位置にいるエドガー達は、村の跡地であるこの平地に、キャンプをすることを決めていた。
「テントはこれでよし……っと」
「イエス。こちらも終わりました」
エドガーとメルティナは、テントの設営をしていた。
ローザは、サクラの所にいる。
(任せろって言われたけど……すごく気になるな)
エドガーはちらりと見やるが、サクラは下を向いて俯き。
ローザはどこかから持ってきた切り株に座った。
エドガーも行った方がいいのではと思わせる程、空気が重い。
しかし。
「エドガー、お腹が空いたわ」
コートの胸ポケットから、そんな言葉が飛んでくる。
「リザ……君は何もしてないだろ?」
呆れ半分若干の苛立ち半分で、胸ポケットの小さな“悪魔”を指で小突く。
「――いたっ!何をするのよっ……!私はフィルヴィーネ様に頼まれて、娘どもを監視しているのよ!?」
「監視?」
「ですか?」
エドガーも、いつの間にか隣にいるメルティナも、その言葉に疑問符を浮かべる。
「……あ、いや……そこまで大したものでは……ないけれど」
「聞かせて下さい。今は早く、二人の問題を解決しないと……」
エドガーは、胸ポケットの前に干し肉をひらひらと揺らす。
「う~ん……し、仕方が無いわね」
いとも簡単に釣れた。
「なんて食い意地の張った“悪魔”でしょうか……」
ジト目でリザを見るメルティナ。
とても人間らしい仕草をしつつ、リザに呆れたメルティナだった。
◇
簡易的に用意したテーブルに降り立ち、干し肉に齧りつく。
むしゃむしゃと食べ、あっと言う間に自分と同サイズの干し肉を平らげたリザ。
「ノ、ノー。いったいどこに入ったのでしょうか……」
非人体的な構造に、メルティナは目を輝かせてリザを見ている。
「ふぅ~、美味しかった……」
「じゃあリザ、聞かせてくれるかい?」
「ええ。約束だし……別にフィルヴィーネ様に止められている訳でもないからいいわ」
「それじゃあ、監視ってどういう事だい?」
「そのままよ。サクラを監視しているわ……昨日の話から様子がおかしかったのはエドガーも知る所でしょう?」
「うん。そうだね……サクヤの妹……コノハさんの話をした時からだ……」
思い出しても、少し胸が痛くなるサクヤの過去。
双子の妹を【魔眼】の発動によって失い、その後の人生を屋敷内で過ごした。
あの時のサクヤが、誰に話しているのか。それは一目瞭然で、目の前にいるサクラと、妹のコノハを重ねているとエドガーも気付いていた。
(――だけど、僕は声を掛けられなかった……)
話はキチンと聞いていた。理解もした。
でも、サクヤにもサクラにも、エドガーは掛ける言葉を引っ張り出すことは出来なかった。
「私は、あの時小娘……サクラに盾にされていた。まぁサクヤと目を合わせられなかったからだろうけど……目が合えば、その瞬間に答えが出るとでも思ったのね、きっと」
分かる気もする。それだけ、あの時のサクヤは真摯で、直接心をぶつけていた。
「昨日、エドガーが部屋を出て行った後、あの子は少しフィルヴィーネ様と話しをしたの、けれど、答えは出ていないように見えたわ。それで夜も考えに考えて、結局受ける事を拒んだのが……サクラでしょう。似てるけど似てないわ、あの二人」
サクヤの言葉を受けない。それがサクラの答え?
エドガーは、サクラとローザの様子を見る。
ローザはサクラに声をかけるぞと、目で合図する。
エドガーは頷き、ローザに託した。
そのローザの言葉は、救われる言葉か、それとも逆か。
どうとるかは、サクラ次第だ。
◇
「わたしは……サクラはコノハの生まれ変わりだと思っています。それ自体に根拠はない、でも自信はある……だが」
「本当であってほしくはない……という所か」
「……はい、そうなのでしょう……ですが、わたしはサクラにコノハとして接してしまう時がある……生きていればこうだったのではないかと、夢想して……」
地べたに座りながら、サクヤはフィルヴィーネに話を聞いてもらっていた。
さながら、昨日の続きのように。
「……それの何が悪い。いいではないかそれくらい」
「駄目なのです、それでは。あ奴は他人にばかり気を遣う……それが能力にも反映しているのだとも思うし……」
他人になりきる力。気を遣い、相手を慮る事で得た、サクラだけの能力。
「わたしは……サクラはサクラでいて欲しい……矛盾しているのは分かっています。自分からコノハと見ていて何を言うと、思うかもしれないですが……サクラはサクラだ、何者でもない」
自分が妹として見続ければ、サクラはきっと演じてしまうだろう。
無意識にでも、きっとなり代わってしまう。
サクラがコノハに代わってしまう。
それは、サクラを殺すことだ。
「言わなければよかったと、昨日は思った……でも、言わねばならないとも思ったのだ……わたしが、わたし達が進んでいく為にっ……!」
心では決まっている。考えは既にまとまり、ブレないと心に誓った。
「――だがわたしは!……わたしはサクラの顔を見るたびに……妹の、コノハの……!」
死んだ瞬間を思い出してしまう。
生きて成長した姿を想像してしまう。
生きていてほしかった。
自分が奪った、妹の生。
もしも別の時代に生まれ変わり、その元気な姿が目の前にあれば、きっとだれでも夢見てしまう。
◇
「随分とへこんでいるようね、サクラ」
「いきなりなんです……?」
上からの見下ろしてくるローザに、サクラは睨むように腕の隙間から目を出す。
サクラは三角座り(体育座り)をして、顔を覆い隠していた。
「エドガーに聞いたわ。昨日の話……ここに来るまで、【心通話】でね」
「……そうですか。で……なんですか?」
サクラの目の前に、ゴトン――と枯れた切り株を置いて座るローザ。
ダイナミックに大股開きで座り、膝に肘をつく。
「――どう思っているの?」
「――!?」
直球。ローザが何を言いたいのかを直ぐに理解し、サクラは顔を上げて睨む。
「あんたに関係ないっっ!!」
拒絶するように、きつい言葉で返す。が、ローザは優しげに微笑みを浮かべて。
「逃げては駄目よ……サクラ」
「――!!……なっ――あたしはっ!」
「――立ち向かいなさい。現実に……この異世界に」
数奇な運命を持って巡り合った、それぞれ別の異世界からやって来た少女達。
同じ《契約者》を持ち、その少年に好意を抱く。
「今逃げれば、サクヤも……エドガーも、もう戻らないわよ。なにより、貴女自身が……」
「――知ってるよそんな事!!何度も考えた!前向きな事も、サクヤに言ってやりたい事も自分に言いたい事も全部!!でも!!……考えれば考える程……自分が自分で無くなっていく感覚が、あたしがあたしじゃなくてなっていく感覚が……考えを押し潰すのよっ!!」
きっと今の叫びは、エドガーやメルティナにも届いた。
全部、聞かれている。けれども、一度決壊した防波堤は、留める事をしてくれなかった。
「あたしがサクヤの妹の生まれ変わり!?そんな事、理屈じゃなくて分かってる!きっとそうだよ、心が訴えかけてくるものっ!でも違う!そうじゃないって……あいつだって思ってる、あたしだってそう、あたしはあたし、あいつはあいつ……そんな簡単な事が分からないわけないでしょ!」
だけど。
「――あいつの顔を見ただけで……胸が締め付けられる!!痛いっ……苦しい……!会いたかった!!そう思ってしまう……逃げられない、逃げたくない……でも、もうどこに行けばいいか分からないのよっっ!!」
涙を流して、手の平に食い込む爪先が皮膚を裂き、血が滲む。
悲しく、痛々しい姿だった。
◇
「わたしが思えば思うほど、きっとサクラは代わってしまう、変わるではない……代わるのだ!!」
変身ではなく、成り代わる。
そして。
「もし、もし戻ら無くなれば、サクラはどこに行く……!?現世から逃げてこの世界に来たわたし達は、いったい何処に逃げればいいのだっ!|フィルヴィーネ殿っ!」
サクヤのそれは、今まで偽って来た愚者を捨てた証。
馬鹿で間抜けな【忍者】。忠義に厚く、絶対的な忠誠心で主人に尽くす。
おどけて、お茶らけて、ふざける。そんなサクヤは、どこにもいなかった。
「――そんなもの……決まっているだろう……」
しかしそんなサクヤの叫びも、フィルヴィーネは受け止めた。
◇
ローザ、そしてフィルヴィーネは言う。
サクヤに、サクラに。
互いに別の場所で。
「そんなことは決まっているわ……私達に逃げればいい……」
『逃げる事も、決して間違いではない。愚かだと、卑怯だと言う者も勿論いるだろう……』
「でも……そうじゃない。一人で抱えて、逃げて、その先に答えがあるのなら……誰も止めない、気にもかけてくれないわ。そんなことで解決できないから逃げたいのでしょう?だけど」
『だが、お主等には仲間がいるであろう……たとえ短い付き合いだとしても、信頼し合える仲間がいる……同じ異世界人である我々であり……この世界で出会った人間であり、な』
「――頼りにならないなんて言わせないわよ。どんなに貴女達が逃げても、追いかけて行ってやるわ。それが……」
『仲間ではないか……?』
「この世界で会えた……エドガーと言う橋を渡って辿り着いた異世界で……彼に救われた、切っ掛けも動機もそれぞれ違う。でも」
『エドガーに惹かれ、気に入り……好意を抱く。悪い事ではない、それが自然だ』
「「仲間……」」
「そう、仲間よ。私達は……だから共に進むの。エドガーと、貴女達と……」
『それが出来るから、面白いのだ……世界は』
◇
ローザの言葉に、フィルヴィーネの言葉に。
サクラは返す、サクヤは返す。
「昨日から、あたしの頭の中ぐちゃぐちゃで……初めは言い聞かせられたんだけど、フィルヴィーネさんと話して確信して……その後部屋から逃げたら、もうわけわからなくなってた」
『そんな姿を見てしまったのです……わたしは、酷な事をしたと後悔した……でも』
「乗り越えられるって、思ったのに……朝になったらもっとぐちゃぐちゃで……まともに顔も見れなくてさ……」
『わたしも同じだった。サクラと同じ……乗り越える、進むと言っておきながら、結局こうだ……』
――ゴゴゴ――ゴゴゴゴ――ゴゴゴゴゴ!!
「――なにっ!?」
「……きゃっ」
『――む……?』
『……な、何事だっ』
二人は同じ気持ちで迷い、痛め、助けられる。
そんな二人の気持ちを、ローザとフィルヴィーネの思いを無にするように。
荒野中に、突如として地響きが鳴り響き、空気を断絶させていった。




