191話【雑念】
◇雑念◇
敵の存在に注意しながら、エドガー達【福音のマリス】一行は荒野を調査する。
と言っても、その敵が調査対象の可能性が高い為、待ち受けると言う手もあったが、その選択は捨てた。
理由は単純であり、待ち受けるという行動に適した人材がいなかったからだ。
ローザにせよメルティナにせよフィルヴィーネにせよ、待っている事を得意としない。
特にフィルヴィーネだ。自分でも「待たされるのが嫌い」と言っていた手前、エドガーが気を利かせた。というかそうせざるを得なかった。
「……《石》の反応はなしね。よし、進みましょう」
ローザは右手を胸の前に出して、《石》の同調で探る。
しかし、《石》の反応はなかった。
「分かった」
頷き合い、みんなで進む。
エドガー達は既にキャンプからは離れ、歩いて探索で進んでいた。
荷物はエドガーとメルティナが背負っている。
一応の為、二日分ほどの食料と水を背荷物として持ち運び、野宿できるようにしていた。
勿論、拠点であるキャンプ地点に帰れるように計算はしているが、敵といつ遭遇するか分からない。
ハッキリ言って、遭遇戦は望むところでなかった。
「……」
「……」
敵が近くにいるかもしれないとローザが言っても、サクヤとサクラはぎくしゃくしたままだった。
本人達はそうは言わないかもしれないが、エドガーからすればそう見える。
この状態のパーティで戦闘を行う事は難しい。
どちらかがミスをすることも、十分考えられる。
その二人に注意しすぎて、エドガーがミスをする可能性だってなくはない。
それを考慮して、留守番をさせる事も考えたが、ローザは「そちらの方が危険でしょう」と却下。
そうして結局、全員で探索を開始したのだ。
「メルティナ、マッピングは?」
「イエス。しています。本当は空からしたいところですが……」
メルティナが、荒野の地図を書き記している。
空を飛び写真を撮ればいいのではとも考えたが、どこから見られているかも知ったものではない。
罠を作動させてしまった時点で、先制はあちら側だ。
「地図もないなんて……どうやって行き来しているのかしらね。本当に……」
「イエス。同意です」
ローザとメルティナの会話に、エドガーは不思議そうな顔をし。
フィルヴィーネは「転移をすればよかろう」と、規格外な事を言い出す。
「……ここって」
少し歩き、開けた場所に出る。
やけに綺麗に地均しされ、ところどころには木材が乱雑に散らばっている。
その木材をよく見るに。
「……村、かしら……」
「であろうな。この規模、数十人は住んでいたであろう……だが、この様子ではかなり年季が経っている」
「村の跡地という事ですか?」
乾き切った砂を掬い、さらさらと流れる様を見ながらエドガーが言う。
「跡地と言うには何も無さすぎだな……精々廃墟の数ヶ所でもあればな」
「何もなさすぎだものね……家の痕跡なんて一切ないし、どこに何が建っていたかも想像できないわ」
「……検索完了。この木片の劣化具合から、推定でも15年以上は経過しています」
バラバラになった木材を片手に、メルティナが言う。
持った瞬間にパラパラと崩れ始め、木屑となった。
「――これじゃあ焚火にも使えないわ……予備をもって来てて正解だったわね」
そう言いながらローザはサクヤを見る、が。
「……サクヤ。薪は?」
「――へ?」
薪を背負っていた筈のサクヤを見たのだが、その背に薪は――無い。
「……サクヤ、もしかしてだけど……忘れちゃった?」
エドガーが指示してサクヤに頼んでいた筈の、薪持ち。
「……あっ……――も、申し訳ありませんっっ!」
全員に向かってサクヤは土下座をする。
その姿は必死であり、自分のミスを自覚して顔を青ざめる。
「敢えては言わないけれど……どうするの?」
小声で、ローザはエドガーに言う。
頭を下げ続けるサクヤも気になるが、普段こういう時にサクヤにツッコむはずのサクラの様子も気になっていた。
サクラは上の空で、どこか遠くを見ている。
「えっと……どうするも薪を用意しないと」
「――そっちじゃないわよっ」
「……ぅっ!!――ご、ごめん」
バシンっ!と背中を叩かれた。
エドガーもふざけた訳ではない。本当に薪は用意しなければならないのだが、ローザが言いたいのはそうではない。
珍しい、ローザのエドガーへのツッコミ(物理)。
「……まったく、どうするの?アレは」
「僕も思ってるよ……」
今も頭を下げ、地に額を付けるサクヤ。
それとは正反対に、背を向け我関せず。サクラは話しすら聞いていない様に、遠くを眺め続ける。
その肩にはリザがちょこんと座っており、様子をちょくちょく教えてはくれるのだが。
首を横に振り、「駄目っぽい」と合図してきた。
「……主様っ。わたしが取りに戻ります!失態を取り返させてください!」
「え、いや……そこまで」
しなくても、と言えればいいのだが。
荒野の夜は冷える。ローザに消えない炎を出してもらったとしても、魔力には限界がある。
無暗に魔力は使わせられなかった。
「今すぐに――」
「よい。我が行く」
サクヤが顔を上げて、涙目でエドガーに申し出た直後。
辺りを見渡していたフィルヴィーネが、戻って来て述べる。
「わざわざ戻らなくても我が転移で持って来よう……この人数を転移させるには骨だが、薪の束くらいは構わぬ」
「「……」」
「む……なんだその顔は。心底意外と言いたそうな顔だな……」
その通りだった。エドガーもローザも、無言で驚いていた。
フィルヴィーネが自らそれを言い出すとは露とも思わず、ついポカンとしてしまったのだ。
「あ、いや……ありがとうございます!助かります!」
「そ、そうね……感謝するわ」
「……では行ってくる。サクヤを借りるぞ」
「え、わたしは……一人で――」
フィルヴィーネは、サクヤがいつも巻いている赤いマフラーを掴むと、シュン――っと消えていった。
本当に一瞬で、問答無用だった。
「――なるほどね……」
ローザは、フィルヴィーネの意図が分かった。
フィルヴィーネが転移する瞬間、視線はサクラに向いていた。
話しをしろという事だ。その為に、わざわざサクヤを連れて行ったのだ。
「……本当に、変な“魔王”様ね……」
元の世界では、愛が深い程《残虐な魔王》と言われた、フィルヴィーネ・サタナキアの考えに、ローザは嘆息しながらサクラの方に歩み出した。
◇
装甲車【ランデルング】の入り口付近に置かれた、薪の束。
キッチリと揃えられた長さに太さ、用意した人物の性格が出ていた。
「あやつ……【悪魔の心臓】はあんな埃溜めに置いておいて、こんなにもキッチリと薪を並べるか……可笑しな奴よ」
クックックと笑みを浮かべながら、フィルヴィーネはエドガーが用意していた薪に手を伸ばす。
以前、フィルヴィーネを“召喚”する際に使用した貴重な魔“道具”が、乱雑に置かれていた事を思い出して。
「――フィルヴィーネ殿!!どうしてわたしを連れ出したのですっ!わたしは一人で……」
「なんだ……?一人で――逃げ出すつもりか?」
「――っっ!!」
その言葉を聞いた瞬間。
怒りか、焦りか分からない。
だがおそらく、図星だったのだ。
それでも認めたくなくて。サクヤは駆け出していた。
小太刀を抜き放ち、フィルヴィーネの首めがけて。
一閃の如き軌跡は、誰にも見えはしない必殺の一撃。
首を切断するつもりで振りぬかれた刀は、半ばから折れて乾いた地面に突き刺さった。
「――なっ……!」
ガギン――と鈍い音を響かせたフィルヴィーネの手枷。
反射的に差し出した右手で防がれた、サクヤからの攻撃。
「――見事だ。我にも見えんかったぞ……だがしかし、力が圧倒的に足りぬ……ロザリーム程もあれば、我の首も飛んでいたかもしれぬぞ……?」
半分は冗談、しかし半分は本気だ。
フィルヴィーネは素直に褒めた。
自分を殺しにかかって来た抹殺の一撃を。笑顔で。
弾かれ、飛び、着地するサクヤ。
空中で一回転し、反動で着地した地面は土煙を巻き起こす。
「――言って良い事と悪い事がある……フィルヴィーネ殿!!」
「クックック!悪い事をするのが“魔王”であろうが……それに、噓は吐いておらぬからなぁ!」
「――くっ!!」
迸る紫色のオーラを全身に漲らせ、フィルヴィーネは高らかにサクヤに告げる。
「お前が逃げるも勝手、あやつが逃げるのもまた勝手だ。ならば、我が何を言おうとも勝手であろうがっ!!」
「――だ、黙れぇぇぇぇ!!」
全て真実。しかしその事実は、サクヤの心に突き刺さる。
棘を持ったその言葉に激高し、サクヤは今まで使ってこなかった【忍術】を使う。
怒りのままに、衝動的に。
「何にそんなに怒る所があるっ……本当のことを述べただけであろうがっ!!」
飛翔してきた何本もの苦無を、フィルヴィーネは手枷で弾き返す。
と、そこにサクヤの姿はない。
「――消えた……いや、気配を消し切れてはいない……なっ!!」
フィルヴィーネは、足をドスンと地に突き刺す。
声が漏れたのは、その中からだった。
「……くっっ」
シュッ――と、フィルヴィーネの影の中から出てくるサクヤ。
見破られる筈のない初見の技を破られ、歯噛みする。
【影移動】。
魔力を用いて、影と影を移動し敵に近づく【忍術】。
「クックック……気配を出し過ぎだ。隠し通せていないぞ」
「ならばこれでっ……!」
焦るサクヤが懐から取り出したのは、数個の丸薬。
それをフィルヴィーネの足元に投げつけると、ものの見事に煙が充満していく。
風が凪いでいる為、ドンドン視界は奪われ。
「煙幕か……だが逃げるものではない……ならば――こうだっ!!」
フィルヴィーネは煙中に手を突っ込み、思いっ切り掴みとる。
「――なっ!?――ぐぅっ……な、何故……!?――がはっ!!」
見えもしないのに、フィルヴィーネはサクヤの首を掴んで引っ張り出した。
殺意を持って近づいてきたサクヤの首を、指がめり込むほどに握り、そのまま地面に叩きつけた。
衝撃で、煙幕などあっと言う間に晴れていく。
そこには、仰向けで悔しさを滲ませるサクヤと。
ニヤリと不敵に笑うフィルヴィーネが。
「何度も言わせるなよ小娘……気配が駄々洩れなのだ、【鈍獣】でも気が付けるわっ!」
サクヤは、地面に叩きつけられて呆然としている。
【鈍獣】ってなんだ。とは考える時間もなかった。
「お主、自分で言ってて馬鹿らしくはならないのか……?」
「な……なに、が……」
背中から叩き付けられたサクヤは、肺に空気が入らず上手く話せない。
「お前自身が昨日言うてたであろう……?あれだけ覚悟を持って、サクラに言葉を連ねたと言うのに……そのお前がサクラの空気に晒されてどうする。巻き込まれ体質か?」
重々しいサクラの感情に自然と巻き込まれ、引っ張られて、サクヤもどんよりとした感情になっていた。
それは認めざるを得ない。
昨日までは本当に何ともなかった。サクラに述べたことも嘘偽りはない。
サクラがどう考えるかも分かっていた。それでも覚悟を持って話した、妹の話。
【魔眼】の話をしたのが切っ掛けとは言え、自分の思っていた事を曝け出した。
そしてサクラがそれを気にしている事は明白で、サクヤは気に止めながらも進んでいこうと心掛けたつもりだった。
だが実際は、サクラの空気に思いっ切り巻き込まれ、同じ感情を持ってフィルヴィーネに突っかかった。つまり、八つ当たりだ。
「わ……わたしは……」
起き上がろうとして、フィルヴィーネに手を掴まれる。
引っ張られ、座る形ではあるがフィルヴィーネに顔を見せる。
「なんと無様なものよ、ほれ……涙を拭かんか」
グシグシと、フィルヴィーネは自分の服でサクヤの頬を拭う。
「……よ、よしてくれ……自分で出来る」
何なんだこの人。と、サクヤの心は少しづつ、冷静を取り戻していった。




