189話【サクラフブキ】
◇サクラフブキ◇
サクヤの過去の話は、それで終わりだった。
でも肝心な事、“もう一つの魔眼”については謎のままになっていたのだが、“魔王”フィルヴィーネは、サクヤの話しを聞きながらももう一つの在処について考えていた。
(生まれつき持っていた……だとすれば、双子の片割れ……コノハだったか、それが持っていた可能性もあるな。最早探しても見つかる事はないが……サクヤが望むのなら――この世界はきっと……)
視線はサクラに向けられて、そこでフィルヴィーネの考えは終結した。
結論をフィルヴィーネが口に出そうとした、その時。
――ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ!!
「――わぁぁぁぁっ!!」
まるでフィルヴィーネの発言を邪魔するかのように、サクラの服のポケットから音が鳴り。
驚き、声を上げたのはリザだった。
「わっ、ごめんごめん……アラームだ!」
サクラは【スマホ】をタップして、解除をする。
その様子を、少し戸惑ったように見るフィルヴィーネは。
(このタイミングで空気を換えさせるか……コレは完全に。つまり、そういうことか……まだその時ではないと……)
そう内心で結論付け、フィルヴィーネは言う。
「クックック……終いだな」
(まぁいい……しばし様子を見よう。楽しみでもあるしな……)
「そ、そうですね……明日も早いし、サクヤも疲れたでしょ?」
エドガーも、少し疲れを顔に滲ませつつ、サクヤを気遣う。
「――あ、はい。少しだけ喉が渇きました……」
自らの喉元を擦るサクヤ。
「うん。それじゃあ、おわりだね」
優しげにサクヤに接するエドガーを見ているサクラだったが。
「ねぇサクラ――そろそろ私を離してくれないかしら?」
「……え?あ……ごめんごめん、リザちゃん」
サクヤの独白中、ずっとサクラに握られ、額に押しつけられていたリザは、何故か艶々していた。
機嫌もよさげに「ま、まぁいいのだけれど」と、言っていた。
リザをテーブルに降ろすサクラを見ながら、エドガーがフィルヴィーネに声を掛ける。
「――僕は先に戻ります。そろそろメルティナも帰って来てるだろうし……今日の事を説明しないと」
「ああ、それならあたしがローザさんに言ってあるよ?」
「……え、ローザに……?」
エドガーの目は「出来るの?」と問いかけているように見える。
サクラは自信なさげに言う。
「あはは……た、多分」
自身はないのか、視線を逸らすサクラ。
「と、とにかく。戻ってるかどうか確認しに行ってくるね。サクラとサクヤは……お風呂にでも入ったらいいよ、その……ゆっくり休んでね」
そう言って、サクヤとサクラ、二人に気を回して部屋から出ていったエドガー。
「そうしようかサクラ。わたしは先に行くぞ?」
「――あ……う、うん」
サクヤもかなり疲れたのか、エドガーの言う通りに大浴場に向かうようだ。
残されたのは、サクラとフィルヴィーネ。とリザ。
自失気味にサクヤを見送るサクラ。その姿に、フィルヴィーネが声を掛ける。
「……気を遣われたな。エドガーにも、サクヤにもな」
「……そう、ですよね」
フィルヴィーネは勿論、サクラの心境を察している。
理由も分かる。それでも、助言はしない。
それをしてしまえば、この少女の必然を捻じ曲げてしまうと、分かるからだ。
サクヤもエドガーも、サクラに気を遣って早めに出て行った。
エドガーは二人に気を遣って、考える時間を与えようとしたのだろう。
サクヤは、おそらく気まずいのだろうとフィルヴィーネは考えた。
「――どう、思いますか?フィルヴィーネさん……」
「サクヤの、妹……の事か?」
少しビクつきながらも、サクラは肯定する。
「……はい」
フィルヴィーネは眼鏡を外してサクラに返す。
スーツの様な服を、魔力で切り替えて、ラフな服装に着替える。
フィルヴィーネの服は全てサクラが用意したもので、日本のトレンドを織り交ぜながらも、この世界で怪しまれない程度には適応したものだ。
アップにした髪を解き、ベッドに腰掛ける。
「サクラ。お前はどう思った……サクヤのあの話を、そのまま信じるか?」
「嘘を言っているようには見えませんでしたけど……」
「――であろうな。エドガーの【天秤の紋章】も発動していない。つまりは真実だ……」
(しかし、この娘が真に気にかけているのは……)
エドガーの新たな能力、【真実の天秤】は異世界人の嘘を見抜く力がある。それが発動していないという事は、サクヤの話は全て真実だという事だ。
「……だがなサクラ――お前が真実に怯えている事……あ奴もエドガーも気付いておるぞ……そして、その答えをどう受け取るかは、お前次第だ」
怯える。正しい表現かどうなのか、サクラ本人には分からないだろう。
少なくともフィルヴィーネには、リザを両手で握って祈るように顔を隠す仕草は、怖がっているようにも取れた。
サクラは、サクヤが帰った後の扉を見つめ、呟くように、絞り出すように。
「……知ってます。あたしは、サクヤの言葉に怯えてました……きっと、聞きたくなかったんだと思います……それは、【忍者】……――サクヤも、エド君も気付いてて……サクヤもきっと言わないようにしてたんだと思いました……多分、初めて会った時に、もう気付いてたんだと思うんです」
ふぅ、と息を落とし。
推測、邪推とも取れる言葉を並べる。
しかしもう、疑う余地のない答えを、自ら指し示すように。
「――あたしがもし、サクヤの妹の……生まれ変わりだったら、あの子は……どう思いますかね?」
「……ふむ」
(答えに辿り着いていながら、他人に助言を求めるか……人からの言葉を吸収して、何を歪める?……その気持ちはお前だけの物であろう。決して他人に委ねていいものではない……)
フィルヴィーネは顎に手を当てて考える。
自分がサクヤに話させたとは言え、言動にすら理を乗せる“神”の力は、うかつな事を言って良いものではない。
フィルヴィーネは慎重に、それでもサクラに言える範囲の言葉を与える。
「――サクヤからすれば、悪くはない気分だろう。だが本人からすれば、【魔眼】の暴発とは言え……殺してしまったと言う事実があるからな……」
異世界のもう一人の自分。
そう思っていた。だがそれは、サクラが思っていた事だ。
しかしきっとサクヤは、あの時初めて顔を合わせた瞬間、サクラが妹の生まれ変わりだと気付いたのだ。
「お主達は、同じ魂と言っても別世界……正確には歴史も時代も違う世界なのだろう?」
「え……うん、多分……そうだと思うけど……」
「お前が妹の生まれ変わりだとして……サクラ、お前はどうするのだ?――まさか、妹として生きていくつもりか?」
「それは……違う、けど……」
「――けどなんだ?あ奴の話しに同情でもしたか?」
「――ち、違うっ!!」
カッとなって、大きな声を出してしまう。
それでも視線は外さず、フィルヴィーネを見据えて言う。
「それだけは違うんです。あたしは……同情なんてしてない、だって、だってそれじゃあ……」
自分自身に同情するのと同じ。
自分がカワイソウだと、不幸だと思っていると認めることになる。
それだけはしてはいけない。
「カワイソウでしょ?」と、自分から同情を煽るようなことは、絶対に嫌だった。
「……――ならばそれでいいではないか。馬鹿者が」
「――え?」
「やれやれ」と言って、フィルヴィーネは疲れたように息を吐き。
「――サクヤに言ってやれ。自分は違うと……妹ではないと、ハッキリとキッパリと……その口で言えばいい。あの視線は妹ではなく、お前を見ていたぞ……?」
サクラがリザで顔を隠している間、サクヤはサクラを見ていた。
それを、サクラは気付いて隠していた。目が合えば、確定だと言われる気がして。
「……し、知ってますってば、そんなこと!」
中途半端に開いていた扉を開けて、サクラは出ていく。
フィルヴィーネの様に、「何事も愚直に対応など出来っこないですよ!」と背中で語って。
最後はバタン――!!と扉を閉めて、サクラは逃げて行った。
「……やれやれ、青いな」
「そりゃあ、フィルヴィーネ様と比べてしまえば誰だって青いでしょうに……」
若く青い果実の様な、少女達の葛藤に。
ん千年とん百歳の“魔王”様は、郷愁を偲ぶように、ベッドへ寝転んだ。
(……これが精一杯か、今の我には。因果を断ち切るのは簡単だ……だがそれは、己で切り開くべきもの。精々悩め、乙女たちよ……)
目を閉じて、悩める少女達の葛藤を尊ぶ。
助言の一つで運命を歪めてしまう神意を持つフィルヴィーネには、答えを出してあげる事が出来ない。
例えその悩みの答えを知っていようとも、その先にどんな選択肢が存在していようとも、フィルヴィーネには、この世界に干渉することが出来ないのだった。
◇
二階の休憩スペースの柱の影から、一階に下りる為の大階段を見つめる。
少しして、全速力で階段を駆け下りていくツインテール。
その走っていく少女の後ろ姿を見ながら、もうひとりの少女は失笑する。
当然、自分自身にだ。
過去を話したことで、何か歪が生まれるかもしれないとは思っていた。
《契約者》である彼か、はたまた自分か。
まさか彼女にだとは、思いもよらぬ形に自分を罵倒してやりたくなる。
記憶を辿って、思い起こされるもう一人の自分。
笑顔のまま時を止め、そのまま息絶えた二つ結びの黒い髪。
『――あははっ!姉上ぇ!こっちです、こっちこっち!』
思い出されるのは笑顔のままの幼い妹だ。
けれども、ありえない筈の成長した姿の妹が、脳裏に焼き付いて離れない。
「……話さねばならぬ状況だったとはいえ、酷な事を言ったな……わたしは」
彼女が感情的な事を忘れた訳ではない。
喜怒哀楽がはっきりしているからこそ、悩みも人に伝っていく。
それは蜘蛛の糸のように、絡みつき執着する。
「――だが……わたしは信じるさ。サクラ、お前を……コノハではない、別の世界に生きていてくれたお前を……わたしは、絶対に守って見せる……!」
妹を殺めた【魔眼】に誓って。
もう二度と、同じ過ちにならない様に。




