188話【咲夜の歴史】
◇咲夜の歴史◇
その言葉を聞いた時、何故か心臓が高鳴った。
サクヤの口から妹と言う言葉が紡がれて、その時を待っていたと言わんばかりに、全身の血液が沸騰したような、蒸発にも似た感覚。
まるで、あたしがその妹だって言われたみたいで、ドキリとした。
「――わたしは本来、双子です。妹の名は……コノハ。《咲くやこの花》、から名付けられたらしいです」
あたしの名前ではなかった。
でも、胸のドキドキは止まらない。全然止まってくれない。むしろ、コノハと言う名を聞いて心音が加速していた。
エド君もリザちゃんも、神妙な面持ちでサクヤの話を聞いてる。
唯一フィルヴィーネさんだけが、余裕がある様に、エド君が持ってきた紅茶を飲んでた
「――初めの頃は、【魔眼】なんて知らなくて……普通に過ごしていました。ですがコノハの、妹の心の臓を止めたのは、本当に偶然だった……と、思います。五つの時、庭で遊んでいたわたしは、妹を追いかけて外に。敷地外に出たんです……」
口調が変わってきているサクヤの顔は、懐かしそうに、悲しそうに。
あたしを見て、その言葉を並べていく。
「かけっこをしていたんです。でも、突然動きを止めた妹は、後ろ姿のまま……笑顔のまま……息を引き取った――その場で死んでしまったのです……どうにも、屋敷の敷地内には結界の護符が貼ってあったらしく、それを超えてしまった故に、【魔眼】が発動したのではないかと……」
「フィルヴィーネ殿の言う通り、石の様でした」。そう言うサクヤの言葉の重みに、あたしは胸を締め付けられた気がした。
いつもはおちゃらけて、ふざけて、笑って叫んで泣いて、悔しがって、エド君の為に一生懸命で。
そんな彼女の悲痛な笑顔が、見てられなかった。
話しを聞きながら、あたしは視線を合わせないように彷徨わせる。
丁度リザちゃんと目が合って、掴みかかる様にエド君からひったくる。
「うわっ……!?」
「――ふぎゅっっ!」
リザちゃんで顔を隠すみたいに、額に両手を持っていく。
「――はわぁぁぁぁ!」と、リザちゃんは変な声を出す。
うるさいとも思ったけど、誤魔化せるなら何でもいいや。
エド君も、何かを察してくれたのか何も言わないし。
「――その後は、目隠しをした生活でした……家族内でも、呪われた眼だと、処分すればいいと何度も言われていたそうです」
全てのきっかけとなった“妹”コノハの命の停止。
それが始まりとなって、サクヤの幽閉は進んで行った。
屋敷の中での幽閉、しかも目隠しをしてだ。
父親は、サクヤの左眼が【魔眼】である事を知っていたらしい。
自分が心臓を止められる事を恐れて、秘密にしていたのだと言う。
最低だ。でも、恐怖は理屈じゃない。
あたしだって、恐怖は知ってる。
声も出ず、身体が言う事を聞かない。
誰にも言えなくて、人知れず、心を侵食していく。
サクヤのお父さんも、そうだったのかな。
「五年ほど経ち、わたしは自分だけの部屋でなら目隠しを取る事が出来ました……その中で、シノビの……くノ一の技を学んだのです。【魔眼】の制御も、少しずつですが出来るようになり。動物で練習もしました」
「今思えば悪い事をした」そう言うサクヤの渇いた声は、とてもあたしの心に響いた。
「……制御を出来るようになっても、父上は私に会う事をしなかった。それどころか、制御が利くようになったことで、より自分の身を案ずるようになったらしく、いっそう部屋に籠りがちになったらしいのです……」
「徳川に仕える忍びが情けない」そう言いながらも、自分に怯える父の姿を想像したのか、悔やむように言う。
「わたしから歩み寄っても避けられるだけ……ならばどうするべきであったのでしょうか……」
長いサクヤの独白に、フィルヴィーネさんは。
「――どちらにせよ、お主が【魔眼】を使えるようになっても変わらなかった訳だな、待遇……いや監禁か」
自分の家に監禁されてた、か。
そう言えばあたしも、居場所は自分の部屋だけだったっけ。
「その通りですフィルヴィーネ殿、わたしの日課はひたすらに訓練でした……この【魔眼】を使いこなし、シノビの能力を高める。それだけを考えていました……」
サクヤは拳を握って、ゆっくり開く。
少し胼胝が出来た指、こっちの世界に来てからも欠かしていない訓練の成果。
最近はエド君とも剣術の訓練してるんだよね、この子。
「ある程度の制御を覚え、心の臓を止める事はなくなりました。訓練と称した、殺人のおかげで……」
この間の訓練で命を落としたのは数人。
家の人に用意された、下手人――犯罪者だったらしいとサクヤは言う。
それを言ったらわたしも変わらぬがな、と、寂しそうに。
「それでも。処遇は変わらなかった……わたしは。どれだけ頑張っても、努力しようとも……結局、《忌み子》だったのです」
「い、忌み……子?」
エド君が聞く。少し聞きにくそうにしてるから、かなり気を使っているのが分かった。
「はい、忌み嫌われ……厄災とされていました」
一人の子供を“厄災”扱い。
いくら異能を持っているからとはいえ、酷い。
「わたしは気にしていません」
「事実ですから」と笑うサクヤの表情は、優しげに溢れ、誰の事も恨んでいないと物語ってる。
そんなのは違うよ、恨んでいいはずだよ。とは、言えなかった。
それは多分、サクヤが妹を殺めてしまった事を、最大限に背負っているからだと思う。
「そうして数年何も変わらず、父上は隠居しました。名を息子、わたしの兄に譲り……家督も全て譲って、完全に隠れてしまったと……母上から聞きました」
懐かしそうに、母の面影を思い出すように言う。
そうか、少なくとも、お母さんは味方でいてくれたんだね。
――ああ。あたしとは反対だ。
サクヤの時代だと、女性の立場はかなり低い筈。
それでもサクヤの味方をしてくれてたと考えたら、いいお母さんだ。
「……兄上が襲名して直ぐに、わたしの嫁入りが決定しました」
そういえばそうだった。
「――なんと!お前は人妻だったのか……!?」
フィルヴィーネさん、それあたしも言いました。
「違うっ!……あ、いや違います」と、いつもあたしに言うみたいに言いかけて、フィルヴィーネさんにツッコむ。
「主様も……そんな目で見ないでください。わたしは感謝しているのですから」
ああ、その言葉だけで、エド君が勘違いしたのが分かる。
多分、大切な人がいたのに“召喚”してしまった。って思ってるんだ。
「……何の時間を過ごしていたのか、わたしの人生は何だったのか……体のいい厄介払いをされて。【魔眼】の事を伏せながら嫁に行く……その道中で、わたしはこちらに来たのです」
妹の死、家族から“厄災”扱いされた【異能】。
十年以上耐えて、耐えて耐えて耐えて。
そして辿り着いた――異世界。
あたしも一緒に居たとはいえ、もしかして、あの時のサクヤって、あたしに対してかなり緊張してた?
ああそうか……もうその時に、あたしが妹なんじゃないかって、勘付いてたんだね。
『そんなはしたない声を出すものではないぞ、そなたもヒノモトの女子であろう?』
あたしの顔を見た瞬間のサクヤ。よく思い出せば、凄く強張ってた。
やっぱり、妹さんの面影をあたしに重ねたんだ。
「主様には感謝をしているのです。わたしは、初めて自由を得た……不思議と、この世界では【魔眼】の自由も利きます……ローザ殿が言う変換された?からでしょうか……」
身体の再構築。そのおかげで、不安定だった【魔眼】の制御も、元の世界よりも上手くできるって事ね――って、その話はあの時しなさいよっ!!
「……ふむ……では、ここに来るのが運命、いや必然だったと思え」
「「――!!」」
フィルヴィーネさんの言葉は、サクヤにもあたしにも刺さった。
きっとこの場にいれば、ローザさんにもメルにも刺さるはずの言葉だ。
「正直言って、“運命”などといった安い言葉で買えてしまえるほど、我も、お主たちも売りになど出されていない……だがここに、エドガーのもとに来ると決めたのは自分自身、違うか?」
サクヤは頷く。
あたしも、内心で返事をしていた。
「ならば話は簡単だ……“運命”は“必然”に変えればいいだけ、運命的に出会うのではなく……初めから必ず出逢う事が決まっていた……そう思えばいい」
運命の出逢いを果たした。
そんな言葉、何の信用になるのか。
あたし達異世界人は、理由が個々にあるにせよ、元の世界を逃げ出したんだ。
そう取っても、取られてもかまわないと思っていた。
でも、自分自身で思う事が違えば、それだけで見方は変わる。
必ず出逢う。何があっても必ず。
絶対、エド君と出逢う。
運命の出逢いと、必然の出逢い。
相対的に似ているようで、全くの別物だ。
運命は変えられる。けれど、必然は変えられない。
逃げられない、確定の世界。
あたし達とエドガー・レオマリスは、そういう関係。
そう取るだけで、世界の色が変わる。
考え方、思考実験、思い込み。
なんだっていい。あたしが決めればいい。
あたし達で決めればいい。
――そう思えれば、どれだけよかったんだろうね……




