186話【神意と口付け】
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◇神意と口付け◇
フィルヴィーネの部屋の前まで来たエドガーとサクヤ。
エドガーはトレーに食事を持ち。サクヤは顔に緊張を滲ませていた。
「フィルヴィーネさん、リザ。入りますよ……?」
コンコンとノックをし、エドガーは声を掛ける。
すると、部屋からはフィルヴィーネが。
「――うむ、くるしゅうない。入るがいい」
どこぞの殿様かと思わせる入室許可だった。
エドガーは普通だったが、その返答に反応するサクヤ。
殿様に仕える事を夢見ていた【忍者】は、まるで本能に従うように。
「――は、ははぁ~~~!!」
「うぇっ!?」
サクヤは雷に打たれた様に崩れ、膝をついて首を垂れる。
突然すぎる行動に、当然エドガーは驚く。
変な声を上げて、サクヤから身を遠退けた。
「――主様っ!!さぁ、主様もお早くっ!」
「ええ?何で土下座を?」
「――土下座ではありませぇぇぇん!さぁ!お・は・や・く!!」
「……わ、わかったよ……」
異常な剣幕に押されて、エドガーも土下座――ではなく頭を下げた。
「「……」」
扉は開かない。それはそうだ。
誰が開けると言うのか、フィルヴィーネは「入れ」と言った。
開ける側はエドガー達なのだから。
「それで、これからどうするの?」
「開くまで待ちます」
「……サクヤ。誰が開けるの……?」
「……誰でしょう?」
リザには無理だ。
フィルヴィーネはきっと座っているだろう。
剣幕に押された自分がダメだったと、エドガーは立ち上がるが。
サクヤはエドガーのズボンの裾を引っ張って顔を青くする。
「大丈夫だよ――」
エドガーはサクヤに声を掛け、扉を開けようとした、が。
「――早くせぬかぁぁぁぁぁっっっ!!」
――ドバン!!
「わあぁっ!」
「ひゃああああああああっっ!!」
扉は勝手に開いた。ではなく、痺れを切らしたフィルヴィーネが豪快に開けたのだ。
肩にはリザが座っており、呆れたように言う。
「何をやってるのよあなた達。バカなの?」
返す言葉もなかった。
◇
フィルヴィーネはベッドに腰を下ろし、エドガーは椅子に座る。
サクヤはエドガーの後ろに待機した。
「やれやれ、まったく困った奴らだ……」
そう言いながら、フィルヴィーネはリザを掴んで優しくベッドに降ろす。
その微笑は本当に優しく、“神”と言われても今は信じられる。そんなものだった。
しかし、その微笑を向けられている“悪魔”リザは。
視線をエドガーに向けて「あ・や・ま・れ」と、口パクで知らせる。必死だ。
「……?」
伝わらないエドガーを尻目に、フィルヴィーネは。
「――私はね……エドガー、待たされるのが苦手なのよ……」
「「――っっ!?」」
その解放された神意に、エドガーもサクヤも、リザですら身を竦ませる。
薄っすらと紫色のオーラを纏い、優しくリザを撫でる姿はまさに女神。
だが、そのリザの表情は固く、強張る。
理解した。フィルヴィーネは怒っているのだと。
先に述べた通り、待たされるのは嫌いなのだろう。そうとう。
“魔王”になっても、本来“神”であった力は残っている。
それが溢れて来てしまうほど、待たされたことに怒っているのか。
「エドガー、こちらに来なさい」
「……え」
「は、早くしなさいぃ!(私の為に)」
リザが小声で叫ぶ。
エドガーは緊張しながらも、フィルヴィーネの足元に座する。
片膝をつき、見上げるようにベッドに腰掛けるフィルヴィーネを見た。
(こ、神々しい……身体が、本能から傅いてしまいそうになる……)
正直、半信半疑だった。
元“神”の“魔王”様と言うふざけた存在の女性。
噓ではないと分かってはいたものの、知ら締められる神意はエドガーでも身体を震わせる。
目の前にいるのは、まさしく“神”。
――そうとしか思えなかった。
「エドガー」
「は、はいっ!」
フィルヴィーネ左手を差し出す。
エドガーは分からなかった。それがどういう意味なのか。
だからリザが言う。
「キスだ、手の甲にキスをしろっ」
「は、ええっ」
「きす……キス……接吻!?」
サクヤも、サクラの【スマホ】のおかげで知っていた。
「そうしたら許しましょう。さぁ、早くなさい」
「あ、主様……」
「……」
エドガーは、恐る恐るフィルヴィーネの手を取る。
指先に触れた瞬間、全身に走る官能的な衝撃。
(――なっ!!……ふ、触れただけなのに……身体がぴりつく……?――なんだ、この感覚……この前抱えた時と全然違うっ……!)
“召喚”した時に、弱ったフィルヴィーネをおんぶで運んだ時を思い出して、その違いに唾をのむ。
ゆっくりと近付き、おおよそ人とは思えない綺麗な肌に顔を近付ける。
(……凄い……意識が、途切れそうだ……歯を食いしばらないと、何も考えられなくなるっ)
フィルヴィーネ、いや【紫月の神ニイフ】の神意に、エドガーは飲まれそうになる。
なんとか腹に力を入れて、足の指にもグッと力を込める。
そしてゆっくりと唇を近付けて――ちゅっ、と手の甲に触れた。
(――!!……な、なんだこれ……ず、ずっと口付けていたくなる……ヤ、ヤバい……ヤバすぎるっっ)
しかし意識を高め、何とか口付けを終えて唇を離し、フィルヴィーネの様子を伺う。
「ふむ……まぁいいでしょう。許してあげる」
(……の、脳が痺れるかと思った……)
実際痺れたかもしれない。
【紫月の神】でこの刺激だ、もしも【美の女神】や【愛の女神】なんてものだったら、エドガーは正気でいられない自信がある。
椅子に座り直すエドガーだが、手の汗が尋常じゃなかった。微かに震えもある。
そしてフィルヴィーネは、満足気に手の甲を見ていた。
神意はもう出ていない。
何の時間だったのかと、心底疲れたエドガーだった。
◇
「ニイフ様……そろそろお話を」
「黙れリザ、我は今機嫌がいいのだ……今にも、自分の手の甲にキスしそうなほどにな」
「……そ、それって……」
「お戯れを。エドガーと小娘が引いています……」
今にも間接キスをしそうなフィルヴィーネ。
エドガーはドキリとしたが、後ろのサクヤが自分の肩を掴んで来たので押し黙った。
「クックック……そうだな、そうするか――ゴホンっ!」
わざとらしい咳払いをして、フィルヴィーネは話しをする気になってくれた。
本当に何の時間だったのか。
「――さて。小娘……お主、今……【魔眼】を使おうとしていた事、気付いていたか?」
「――えっ!?……わ、わたし?」
エドガーも振り向く。
サクヤは指で自分の顔を指して、ポカンと口を開けている。
「やはり気付いておらぬのか……やれやれ」
サクヤの力、つまり能力。【魔眼】の事だ。
それを、サクヤは使おうとしていた?今?ここで?
どのタイミングだろう?と、エドガーは考える。
「キスのタイミングに決まってるでしょ……」
答えを出す前に、リザに釘を打ち付けられた。というか内心を読まれた。
「鈍感ねぇ……」と、呆れたリザはベッドからジャンプで降りて、とてとてとエドガーのもとに。
「ほら、早く!」と、急かされて、そっと両手で抱え上げる。
「エドガー、お前は少し女心を学ぶべきね……その内、痛い目を見るわよ?」
「……はい、すみません」
叱られた理由がいまいち分からずも、エドガーは取り敢えず謝る。
しかし、今はそれどころではない。
「眼帯を外すがいい……小娘、いや……サクヤ」
「……う、うむ……」
サクヤは【魔眼】を隠した左眼の眼帯を外す。
ローマリア王女達が来ていた際もつけていたのだが、一度オーデインに使用した時もそのままにしていた。
「外したが……ん?主様?“魔王”殿も……どうし……」
「サクヤ……【魔眼】、使ってるの?」
「――何を言うのですか主様……どこにそんな理由があります?」
「いや……でも」
エドガーはフィルヴィーネを見る。
「うむ。自覚なしか……仕方ない。勉強の時間とするか……」
こうして、怒ると怖い元“神”様。
“魔王”フィルヴィーネ・サタナキアの講座が始まる。




