17話【傷】
◇傷◇
エドガーが【召喚の間】に閉じ込められて二時(2時間)が経った。
叫ぶエミリアと、それを宥めようとするナスタージャの大きな声を聞き、騒ぎに駆け付けたフィルウェインは、現在エミリアの治療をしていた。
手の皮は剥け、爪も何枚も剥がれて、手の至る所から血を出し、とても痛々しい姿になっている。
「エミリアお嬢様……こんな無茶は、二度とお止めください……」
「……」
(【トーマスの秘薬】が少し残っていて助かった……それにしても……)
フィルウェインは横目で、赤く血濡れたドアを見やる。
先程フィルウェインが止めるまで、エミリアはずっと鉄の扉と格闘していた。
必死の形相で涙を流しながら、何度も扉を開こうとしたのだろう。
フィルウェインが治療するエミリアの手が、全てを物語っている。
エミリア自身も体力を使い果たしたのか、肩には力が入らず、首を垂れてぐったりとし、放心状態と言える。
それでも、フィルウェインが止めなければ続けていたに違いない。
フィルウェインの後ろで休むナスタージャも、止めようとはしたのだろう。
しかし必死のエミリアを止められず、逆に顔に痣を作っていた。
「……お嬢様」
「……」
「――エミリアお嬢様っ!!」
フィルウェインの声に驚き、エミリアの身体がビクッ!と反応する。
気付いたエミリアは、心底驚いたような顔をして言う。
「あ……フィルウェイン?」
顔をポカンとさせて、まるで寝起きの子供みたいに目を擦る。
「――っ痛っ!」
ボロボロになった手、フィルウェインが治療していたとはいえ、まだ数刻(数分)だ、もちろん痛みはある。
「お嬢様……大丈夫ですか?」
「うん……ありがとう。でも、エドがっ……」
「その前にお嬢様。ナスタージャを御覧なさって下さい……」
フィルウェインが促すのは、エミリア付きのメイド。エミリアの友達でもある、ナスタージャ・クロムス。
「えっ?……――!ナスタージャ……その顔……あ、まさか私が――」
エミリアは気付く、無我夢中で扉をこじ開けようとした自分が、彼女を傷付けたのだと。
「あ、あの。お嬢様、私は大丈夫ですのでぇ」
ナスタージャは頬に当てた氷嚢をサッと隠して、主を心配させまいと振る舞う。が、エミリアにはそれが自分の犯した過ちだと、更に痛感させられる。
必死に扉を叩き。殴り。隙間に爪をねじ込んでまで開けようとしたエミリア。
その行為を止めようとしたナスタージャは、無理にエミリアを止めようと間に入り込み、エミリアの腕を顔に当ててしまい、吹き飛ばされて壁にぶつかった。
「――ご、ごめん。ナスタージャ……私、気付かなくて……」
「しっかりとナスタージャに謝ってくださいお嬢様。エドガー様を待つのはそれからです……」
フィルウェインは、厳しくエミリアに言葉をぶつける。
「フィルウェインさん、何もそこまでぇ……」
ナスタージャは「私は大丈夫」だと、エミリアを庇う。
「お嬢様、ナスタージャはこう申していますが。どうしますか?」
フィルウェインは、なおもエミリアに「これでいいのか?」と取れるように聞く。
「……ダメ、だよ」
悪いのがエミリアなのは明白だ。
自分を見失い。暴れ、ナスタージャを傷付けたのだ。
当のナスタージャが大丈夫だと言っても、エミリアは自分を許せなくなる。
「大丈夫ですよ……信じなさい。貴女の幼馴染を……」
フィルウェインは、エミリアがエドガーを心配している事を承知で、ナスタージャのことを気にしろと、視野を広げろと言っている。
(ナスタージャを傷付けちゃった……大事な、私に仕えてくれている子に)
エドガーがピンチだとパニックをおこし、フィルウェインが言うように、自分を見失っていた。とは言え、自身に仕えるメイドに手を上げた事になる。
「ナスタージャ、ごめんなさいっ!私、あなたを傷つけた……それに気づかないまま、馬鹿みたいに自分まで傷付けて」
エミリアは自分の両手を見る。フィルウェインに治療された包帯だらけの指。
血が滲んで赤く染まり、フルフルと震える。
ナスタージャは自分のケガよりも、エミリアのケガを心配しているだろう。
それは考えずともわかる。だから余計に、エミリアは自分を顧みなかった自分を恥じる。
「お、お嬢様ぁ!?――いえ、いいんです。私が勝手にしたことなので……!頭をあげて下さいよぉ」
「――ううん、本当にごめんなさいっ」
エミリアはナスタージャに頭を下げる。
綺麗な角度で、真剣に。
「お嬢様……お顔をあげ――」
「ダメっ!!あなたは私に仕えてくれているのに……」
エミリアは、つい最近見たエドガーの真似をして、地べたに座り。
――額を床につけた。
「……――ごめんなさいっ!!」
「「……」」
「ぷっ――」
吹き出すような笑い。このエミリアの完璧な土下座に、笑ったのはフィルウェインだった。
「……えぇ」
さすがに困惑するエミリア。
「ぷふ。いえ……すみません、余りにも綺麗なポーズだったもので」
「ええぇ……」
自身の間違いに気付き、真剣に謝った。なのに何故か笑われた。
しかもナスタージャではなく、フィルウェインに。
「な、何で笑うのよぉ!フィルウェイン!」
「いえ、本当……申、し訳ございませっ、お嬢様……」
口元を押さえ、肩をひくひくさせながら、フィルウェインは笑いを堪えていた。
「そんなにっ!?そんなに可笑しかったっ!?」
「いえ。それもですがその、ナスタージャが……」
「はぁっ?」
フィルウェインが、プルプルと手を震わせながらナスタージャの方へ向ける。
「う、ぅぅうぅうぅっ~、ううぅうぅううぅ~っ」
ナスタージャが、大号泣していた。
「――ええええっ!?ごめんっ……ごめんねナスタージャ!やっぱり痛かったよね、本当にごめんなさいっ!!」
エミリアは立ち上がってナスタージャに駆け寄り、自分の服でナスタージャの涙を拭く。
「違うんですぅぅ、お嬢様ぁ。お嬢様は私なんかに謝らないでくださいぃぃ。フィルウェインさんも、お嬢様を冷静にさせるだけならここまでしなくてもぉぉ!」
「は、はいぃ!?」
ナスタージャの主張は、お嬢様は傍若無人でいて欲しい、考えるのはエドガーの事だけで十分だ。と言う事らしい。
それはそれでどうなのだろうか。
「そ、そうですね。ごめんなさいナスタージャ、私にも責任があります」
フィルウェインも、ナスタージャの大号泣に若干引き気味だが。
「なんなのよ、もう……」
エミリアは呆れと恥ずかしさ、自分への情けなさを実感して、いつの間にか冷静になっていた。
「……それでもさ、ナスタージャ……故意ではないといえ、あなたに手をあげた事は事実だわ。ごめんなさい。これは、私の心からの言葉だから。それとフィルウェインも……心配させてごめんなさいっ」
真摯に頭を下げるエミリア。
それを見たナスタージャは、また泣いてしまう。
「お嬢様ぁぁぁぁぁっ!」
「はい。では、エドガー様をお待ち致しましょう」
エミリアはナスタージャを「はいはい、大丈夫大丈夫」と言って宥めている。
「……」
(エド……信じてるからねっ!!)
鋼鉄の扉を見て、この扉の向こうで何が起きているのか、エドガーは大丈夫なのか。
思うことは多々あるが。
エミリアは、大事な幼馴染を信じて待つと決めた。




