185話【二つの索】
◇二つの索◇
【ルノアース荒野】。
荒れ果てた荒野を走る、一台の馬車があった。
ガタゴトと音を鳴らして、回る車輪は木ではなく鉄。
荒野の硬い地面にも負けない車輪は、【リフベイン聖王国】にはない、鉄で出来た車輪だ。
隠蔽するように、車輪を覆い隠すように張られた幕は、地面ギリギリを擦っている。
渓谷があったであろう川の名残跡に馬車は一時停止をして、その中から数人降りてくる。
「……ちっ。なんだよ、くせぇな……」
大きめの男と見られる人物が、警戒しながら真っ先に降りつつも、悪態を吐く。
「――うっ……何の臭いでしょうか……」
その後には少女と見られる人物が続き、フードの中からちらりと出ていたイエローグリーンの髪が風に吹かれて揺れる。
馬車から降りた全員が、一様に目深にフードを被り、全身をローブで覆い隠している。
ローブとフードは繋がっており、白の色彩と相まってどこぞの宗教のようだった。
誰も見ている人などいないこの荒野で、全身を隠すローブの集団。
ハッキリ言ってかなり怪しい。
「……腐った魚、かしら……この川は随分前に涸れているように見えるけれど。それとも――もっと何か別の……」
馬車から最後に降りてきた人物は、スンスンと鼻を利かせて腐敗臭を嗅ぐ。
その様子を、お付きであろう二人は慌てて止める。
「おい、やめとけって!」
「おやめください!鼻が取れてしまいますよ……!」
「取れる訳ねぇだろ……」
「万が一があるでしょうっ!?」
「――ねぇよっ!!」
「おやめなさい。私達は堂々としてはいられないのよ……?」
「「――!!」」
ローブの奥から放たれた威圧感に、二人は身を竦ませる。
「わ、わりぃ」
「申し訳ありません!」
男はそっぽを向き、少女は不敬な態度に謝辞をする。
頭を下げて下を向いた少女は、目線を地面に下げたことで、そこにあった物を目にする。
「――きゃっ!!」
後退って、男にぶつかる。
「……いってーな!――どした?」
「い、いや……これって……骨、じゃないですか……?」
「ああっ?」
男はしゃがみ込んで、涸れた川に沈んでいたとみられるそれを引き抜く。
完全に涸れ切って、土塊と化している川底の汚泥。
腐敗した何かと、長年の汚れたヘドロで、異常な臭いを出していた。
「……人骨だな。足の骨だ」
「――ええっ!!」
「……やはり、この臭いは人の腐敗臭だったのね……」
一際オーラを持つ人物は、男が持つ人骨をまじまじと見ると。
「ここ一帯を掘り返しましょう。川であった筈だし、土は柔らかいでしょうから……」
考えがあるのか、御者をしていた人物にも声を掛けて指示を出す。
「全員で掘るわよ。その方が早いし……それに、ここの秘密が分かるかもしれないわよ?」
「――仕方がないな」
馬車の御者をしていた男は、車内から鍬を出して真っ先に土を抉り始める。
「――いや、俺等の分も取れよっ!」
一人で作業を進める御者の男に、ガラの悪い男は声を荒げる。
「まぁまぁ。そういう方ですから……はい、どうぞ」
「ちっ……おう。わりぃな」
少女から鍬を受け取り、照れくさそうに礼を言う男。
「……ふふっ」
リーダーと見られる、指示を出した少女が笑う。
「ああ――?何が可笑しいんだよっ……」
「いいえ……仲良くなったものだなと、思ってね」
「ちげぇよ!」
「ち、違いますっ!」
二人は否定するが、タイミングもばっちりだった。
「……さぁ。捜索するわよ……この国の闇を……」
ローブの四人は、それぞれが鍬を持って土塊を掘り返す。
この川があった場所に、どれ程の闇が埋まっているかを知らしめるために。
◇
宿屋【福音のマリス】。
休憩所にて、ローザとサクラが話しを終えた。
紅茶を飲みながら、一息つく二人。
「……確かに怪しいですね……姿を現さない《男か女か分からない声》の人物……《石》と関連ありそうな言動に……“悪魔”……」
「あれからそいつらは出て来ていないわ……それ以前に《魔法》か“魔道具”か、いずれかを用いた会話だった。そのせいで近くにいたかも分からないのよね……ただ、やはり《石》ね。あの時は【魔石】だった……そして、先日も」
ローザがこの世界に来た直後に戦った、“悪魔”グレムリン騒動。
警備隊の男、イグナリオ・オズエスを暴走させた紫の【魔石】。
フィルヴィーネの《石》、【女神の紫水晶】と同じ色をしながらも、その質はまったくの別物。
「ん~……“悪魔”って言われたら、あたしの中では今は真っ先にリザちゃんが出てくるんだけど……」
「一旦あの小さな“悪魔”は忘れて……そうね、エミリアの決闘時に戦った“悪魔”バフォメット、あれに最も近いわ」
グレムリンとバフォメットに共通するのは、【魔石】だ。
紫色で、禍々しい程の雰囲気を醸し出す《石》。
鮮麗のせの字も無いような、無骨な、加工のされていない《石》。
ローザ達が所持する“魔道具”の《石》と、対極と言える存在。
「……グレムリン、バフォメット――っと……」
サクラは【スマホ】で“悪魔”を検索し始める。
「……グレムリン、伝承上の生物……“妖精”の一種で、機械にいたずらをする……――“妖精”?」
「私も同じ反応した記憶があるのだけれど……サクラの世界でもそうなのね、グレムリン」
サクラの反応に、前に自分も同じ反応をしたと笑うローザ。
「いやいや……あたしの世界だと空想上の生き物ですから!存在しませんから!」
左手にティーカップ、右手に【スマホ】を持って。
自分の世界とローザの世界の違いに改めて驚く。
サクラからすれば、自分以外のどの世界も、果てしない程の異世界なのだ。
「あら、そう……」
何故か残念そうに、ローザは紅茶を飲――まずにフーフーする。
「淹れてから随分経ちますよ」とサクラは笑う。
「バフォメット……グレムリン……アスモデウス、でしたっけ。リザちゃんの名前」
「ええ、確かそうね」と、ローザはちびっ――と紅茶を飲んだ。
サクラは着々と【スマホ】で“悪魔”を調べていく。
「アスモデウスのイメージ……まったくないんだけど、リザちゃん」
ポンコツ具合が先行して、“悪魔”の怖いイメージなど皆無だった。
「もし、あの時と同じ奴らが現れるとしたら、確実に戦いは起きるわ。それが“悪魔”かは分からないけれど、事前に情報を共有しておくことは悪くないわね」
「ですね。いない【忍者】は置いておいて……」
いない【忍者】サクヤは、エドガーと共にフィルヴィーネの所だ。
話しが終わった後、フィルヴィーネの部屋に行こうとしたエドガーだったが、そのフィルヴィーネが「ポニテの小娘を連れて来い」と、リクエストされていたので、サクラは何も言えなかった。
「あたしは色々調べておきます。ローザさんは、メルが帰ってきたら今日の事を教えてあげてくれませんか……?エド君達はまだ来なさそうですし……」
「……了解、仕方がないわね……」
紅茶を飲み干して、ふーっと息を吐き。憂鬱そうな顔をするローザ。
「くれぐれも、適当に話しをしないでくださいね……?」
「分かってるわよ」
ローザが戦闘以外の事を熟せない女性だと理解し始めて、少し不安気な表情を見せるサクラ。いや、不安と言うよりも、心配だろうか。
「――心外ね。大丈夫よ」
「……」
「だ、大丈夫だってば……」
ジト目が止まらないサクラ。
「大丈夫」と言われれば言われるほど心配になる。
「……」
「――大丈夫だってば!しつこいわよっ!!」
「いはぁははっ、ふみまへん……おはひふて」
テーブルに身を乗り出して、サクラの頬を引っ張る。
みょ~んと伸びるサクラの頬は、餅のように柔らかかった。
「全く……随分と変わったわね、サクラ」
ぷるん!と戻ったサクラの頬を優しく撫でながら、ローザが言った。
「……そ、そうですか、ねぇ……?」
先程までその動向が心配だったはずの、ローザのお姉さんの様な顔にドキリとする。
女の子でも、同性にドキリとすることがあるものだと、サクラの心は跳ねた。
「ええ。変わったわよ……自分では気付けないものなのかもね、案外と」
撫でていた両手を離し、腕を組んで逡巡とするローザ。
うんうんと頷いて、自分の中では解決してしまったのか、ローザはそのまま休憩所から出ていった。
「……そういう所なんだろうなぁ、ローザさんの魅力って……まるで猫みたい」
自分で解決して、自分で去っていく。
数日部屋から出てこないかと思えば、サクラですらこんなにも気になってしまう。
自由奔放で自信気質、プライドが高く、誰にも従わない。
まるで、捨てられてしまった血統書つきの野良猫だと思えた。
去っていくローザのその様を見つめていたサクラは、後ろ姿を【スマホ】のカメラで撮る。
「……カッコいいんだけどなぁ……」
ローザの後ろ姿は、誰にも屈さない自信と悠然に満ちた、いい女の背中だった。




