184話【天然】
◇天然◇
ローマリアは椅子から立ち上がって、【聖騎士】オーデインの前まで来ると。
「――すまないわね。オーデイン・ルクストバー卿……私は、やはり【あほ面】なようだわ。でも、後悔はしない……エドガー達は信頼に値するわ――それだけは、私が感じた……私だけの特権だから」
サクヤの【魔眼】で動きを止められたオーデインの視線は、今も「駄目だ」と語っている。
しかしローマリアは、エドガー達に向き直り。
「――事実だ……サクラ殿の言う通り、この【リフベイン聖王国】は、東西南北を他国……敵国に囲まれている。その為、現在【聖騎士】の半数が……南の国境付近に駐屯している」
「……西・北・東は……?」
ローザが聞く。
「西には【カラッソ大森林】が……北には【ルノアース荒野】がある。どちらも、【リフベイン聖王国】へ到達する為には何日もかかる難攻箇所だ、大群で侵攻するには、少しばかり無理があるわ」
西の【カラッソ大森林】は、険しい森と渓谷が。
そして【鉄の荊】と呼称される、天然の牢がある。
北の【ルノアース荒野】は、エドガー達も行ったように、何もない荒野が無限のように広がっている。
補給できる食物など無く、水もない。
どちらも天然の要塞と言う訳だ。
「……東の【ロディルー女王国】は……そうね、実はこの前。間者に襲われたけれど……正直大したことはないわ。兵も素人みたいなものよ。騎士学生でも撃退できるのだから」
助けられた本人が言うか?とサクラがジト目で見ているが、ローマリア王女は気にせず続ける。
「南の【ルウタール王国】が、一番距離も近く……一番躍起になっている国ね。だから【聖騎士】を国境付近まで送り込んでいるんだけど……」
現在、聖王国に残っている【聖騎士】は片手で数えられる程しかいない。
しかも、二人は新人だ。
「残り全部南って……アンバランス過ぎじゃないですか?」
極端な采配に、サクラが訝しむ。
「ええ。でも、今まではそれで済んでいたのよ……今までは」
「だから西、そして北ね……」
ローザが、顎に指を這わせて何かに納得する。
「そう――あ、そろそろオーデインを解放してくれない?もう観念したでしょうし」
「……」
何故かサクヤはエドガーを見る。勝手に【魔眼】を使ったくせに、解除には同意を求めるとは。どの様な心境なのだろうか。
その視線にエドガーは頷く。
その瞬間に、オーデインは【魔眼】の縛りから解放される。
「――っと……殿下……引き返せませんよ?いいのですか?……レオマリス殿達を、今後巻き込むことになる……それに【従騎士】二人にも知られました。帰ったら、お話しさせて頂きますよ」
呆れているのか怒っているのか。
オーデインは冷静な口ぶりだが、かなりキテいる。
話しをすると言うのも、セルエリスに――だろう。
「構わないわ……攻め込まれてからじゃ遅いのよ。それに【従騎士】を新たに新設したのだって、エリス姉さまのお考えなのだし、おそらく【聖騎士】を増やす為でもあるわ。いずれ知る事よ……」
「――はぁぁ……分かりましたよ。団長には私から伝えます。ですが、レオマリス殿達に言った事……是非とも内密に願いたい……」
エドガー達に頭を下げるオーデインは、いつもの飄々とした態度では無かった。
それだけ、この内容が深刻だという事だろう。
「分かっています……ルクストバー公爵閣下、皆もいいよね……内密、内緒だよ?」
「しぃー」と指で口元を押さえるエドガー、実に子供じみている仕草だ。
「エ、エド君……」
「……ふふっ……」
「え……あれ?」
流石に緊張の度合いが違うと、サクラは口端をヒクヒクする。
ローザは肩を震わせて笑っているが。
「……え~っとぉ」
やってしまった。と、エドガーは内心で絶望する。
別におちゃらけた訳ではなく、天然だ。
見れば、【従騎士】二人も「ええぇ」と引いている。
オーデインは少しばかり口元を緩めている程度だが。
そしてローマリア王女は、とても嬉しそうに笑った。
「あはははははっ!しぃー、しぃーっだって……子供ではあるまいに……あははっ、本当に面白い!こんな状況を聞いてそんなことが言えるなんて……大物だわ、エドガー・レオマリス」
「――す、す、す……すみません!!」
「ふふっ……いいのよエドガー……近隣諸国のいざこざなんてどこにでも、いつの時代にでもある事よ。別に気にする事ではないわ」
何故かローザが許したエドガーの行動。
そもそもローマリアは怒っていないし、ただ単に会話の流れでする行動では無かっただけだ。
空気を読み間違えた、それだけの事。
「ローザの言う通りよ。おかげで気も楽になったわ……改めて、協力感謝するわ、エドガー」
頭を下げるローマリアに、オーデインも続く。
それを真似てか、レグオスとレイラも頭を下げた。
最後に、ローマリアが差し出した手をエドガーが取り。
こうして、ローマリア王女が急来した【福音のマリス】の緊急会議は終幕した。
◇
『調査のタイミングはエドガー達に任せる。報告は……そうね、数日後に誰かを送るから、その時に』
「――ねぇ……任せると言っておきながら、数日後には報告聞きに来るき満々じゃない……まったくもう」
王女達が帰ったあと、一階の食堂で冷めた紅茶を飲むローザとサクラ。
帰り際に放ったローマリア王女の言葉に、呆れていた。
「あはは……ホントですね、明日には始めないと間に合わないかも」
【ランデルング】を使ったとしても、数日で荒野全てを回ることは出来ない。
それだけ広く、遮蔽物のある荒野を調べるなど、本来この数人でやれることではない。
「まぁ、協力すると言ってしまったものは仕方がないわね。期間が短い事以外、別段反対する気も無いわよ」
「それは……まぁ、そうですけど」
サクラだって、初めから反対する気でいた訳ではない。
誰かがああ言わなければ、エドガーが損をするだけになる。サクラはそれが嫌だった。
「そう言えば、メルティナはいなかったのね……」
ローザはようやく気付く。大変遅いのだが、メルティナ・アヴルスベイブが居なかった事に。
「メルならエミリアちゃんのとこですよ……最近はずっと会いに行ってます。ローザさん、引きこもってたから」
「……す、好きでそうしてたわけじゃないわよ……知っているくせに」
「えへへ、すいません」
【スマホ】をいじりながら、笑って言うサクラ。
「で、サクラはさっきから何をしているわけ?」
気になったのか、ローザは【スマホ】を覗く。
別段覗かれても平気――むしろ見てもらわなければならなかった事なのでありがたそうに、サクラはローザに【スマホ】を見せる。
「予定って言うにはまだショボいですけど……明日からの行動予定表です」
「……起床、朝食……移動、到着、調査、休憩……調査、昼食、調査……休憩、調査……」
明後日まで、二日分の行動指針が、きめ細やかに書き込まれている。
「どうですかっ!?」と、喜々としてローザに問う。
「……この通りに行けると思ってる?」
「……う。やっぱりそうですよね……」
【ルノアース荒野】の広さを数人で調査。
一度見たからこそ、その広さに無謀感を感じる。
空を飛べるメルティナがいるにせよ、一人に任せる訳にもいかない。
ましてやメルティナは、話し合いに出ていない。
エドガーの手伝いを断る事は、万が一にも無いにせよ負担が大き過ぎる。
「それに、王家の予想通りに西の国の間者が居たとしたら……戦闘もあり得るわ。馬車から考えて、大人数だとは思えないけれど」
「……で、ですよね~」
戦闘と言う言葉に、汗を流すサクラ。
一度対人戦を経験したとは言え、サクラがサクラとして戦った訳ではない。
「もし西国……【レダニエス帝国】でしたっけ……その人たちが居たら、やっぱり戦うんですか?」
「相手にもよるわね……問答無用で襲ってくるようなら、こちらも容赦なく斬るけれど……話が出来るに越したことはないでしょう?」
「エドガーの為にもね」と。ローザも、考えの優先度を決めていた。
「それに……怪しいのもいるのよ。サクラとサクヤ、メルティナは知らないだろうけれど、私がこの世界に来た時……」
ローザはサクラに、自分がこの世界に“召喚”され。
グレムリンと戦闘を行った時の話しを始めた。




