183話【敵】
◇敵◇
爆笑する【聖騎士副団長】を、立ち上がった王女が殴りかかる。しかしそれは華麗に躱されて、反動で王女は壁に顔をぶつけた。
「――へっぶ!!」
「「殿下!?」」
「おっと、靴紐が解けていたようです、失礼しました殿下」
「ふ、ぐぐ……私の目には、具足を付けているように見えるがなぁぁっ!」
鼻頭を押さえ、涙目でオーデインの足元を確認する。
しっかりと、靴紐は具足の下だった。
「顔が真っ赤ですね殿下。本当に【ビコン】のようですよ――ふふっ……」
「誰のせいよっ!」と、ローマリアはオーデインを半眼で睨むが、ものの見事にスルーする。
「――そろそろいいかしら?話しを進める……と言っても概要は聞いたし、後は……」
ローザはテーブルに片肘を着いて、ローマリア達の寸劇を見ていたが。
しかし、そろそろ話しを進めようと冷めた笑みを浮かべて声を掛けた。
「……ご、ごめんなさい……ローザ」
「申し訳ありません。ロザリーム殿」
「ひぃっ!」
「す、すす……すみません!!」
ロザリーム、オーデイン、レグオス、レイラの順で謝る。
二人は真面目に謝ったが、一人は怖がり、もう一人はどう聞いても心がこもっていない。
「あなた達……大概ね、まったく」
「本当にすみません!あの、お兄さんも……その……」
「――お兄さん?」
「あっ!……えっと、私……リエレーネの同窓生で、レイラと言います……」
レイラが一歩前に出て、遅めの自己紹介をする。
遅くなりましたと、エドガーの妹であるリエレーネの学友、レイラ・エルヴステルンがエドガーに頭を下げる。
「え……リエの同窓生……友達?」
エドガーは知らないようだ。
そんな中、ふんぞり返って椅子に座っていたサクヤが言う。
「……うむ。そう言えばエミリア殿の決闘の会場にいたな……其方」
「――ええぇぇっ!?」
「なんで分かんのよ!?」
エドガーとサクラが驚く。
意外な程に、サクヤは人を見ている。
あの日もサクヤは観察していた。害のある人物がいないかを。
そして覚えていた。会場にいた全員の人相を。
「はっ――!!そうか、あの時其方の近くにいた茶髪の女子……あれが主様の妹君かっ!!」
雷に打たれた様に、両手で頭を抱える。
「エド君に似てた!?ねぇ似てた!?」
「超似ていた!!」
「マジで!?」
「まじだ!!」
「わぁぁぁ!見たい、見たいぃ、【忍者】!あんた何で教えてくれないのよ!」
「お主は出場者だったであろうが!」
「……そ、そうだったぁぁ」
サクラとサクヤは、二人でキャッキャウフフと盛り上がる。
ローマリア達の視線など気にせずに。
「……す、すみません。殿下……」
「か、構わないわ……ある意味お相子よ」
「え?」
エドガーは恥ずかしそうにしながら、ローマリアに謝罪する。
ローマリアも、これでお相子だと笑ったのだったが。
「――あ!いや、なんでもないわっ」
言えない。
エドガーの妹、リエレーネ・レオマリスが、自分の部下である【聖騎士】に従う【従騎士】となり、城に勤め始めたとは。
ローマリアは、レイラに視線で「絶対言うな!」と合図し、レイラも物凄い勢いで頷く。
「あ、改めまして、レイラ・エルヴステルンと申します。リエレーネの学友で、このオーデイン様の【従騎士】をさせて頂いています」
「あ、これはご丁寧にありがとうございます。リエレーネの兄です……妹がお世話になって……」
「あ、いえ……どうも、お兄さん」
二人のやり取りに、サクラは「サラリーマンのやり取りじゃんか」と、他の誰も分からない事を言った。
様子を伺う様なレイラの雰囲気を、ローザだけが察する。
エドガーが【召喚師】である事と、友達のリエレーネの兄であるという事を、葛藤しているのだろうと推測して、ローザは笑みを浮かべて黙った。
「……そろそろ時間ですね、殿下……話を詰めないといけませんね」
「――誰のせいよっ!」
急に冷静になり、オーデインが時間を気にする。
ローマリアは、いぃぃぃっと睨みながらレイラを下げる。
「レイラ、すまないけれど話しはまた今度にしてもらうわね、リ――妹さんの知人なのだから、これから何時でも話せるわ」
リエレーネを影武者にしたローマリアは、バレない様に誤魔化すが。
ローザにジィーっと見られていた。
「は……ははは。ほれ!早く戻れっ」
ローザは「まぁいいけれど」と言う感じで視線を外してくれた。
ふぅ、と息を吐いて、ローマリアはやっと椅子に座り直す。
「それでエドガー……最終的な事は」
「あ、はいっ……協力します!」
背筋を正して、エドガーは了承する。
「そうね。私も協力はするわ……私の為でもあるし、ね」
【召喚師】の事を知るために、自分の事を知るために。
城に行かなければいけないのは事実だ。
協力することで、トラブル無く円滑に進めるのなら、それに越したことはないのだから。
「助かる――で、だ」
「はい。不審者の捜索……それと“北”の調査、ですね」
「そう。北門から出ていった馬車……不審者はそれに乗っている可能性が高い」
西門から王国入りした馬車は、北門から出ていった。
その後は目撃はされていない。
セルエリス第一王女が何を考えているのかは知る所ではないが、ローマリアを通じて、エドガーに何かをさせようとしているのではないかと、ローザは踏んでいる。
「……」
(可能性があるとすれば……その不審者の正体を、第一王女は勘付いている……それを私達、いや、エドガーに調査をさせようとしている……)
「もしも北国、【エルタント公国】に向かうただの旅人だったとしても……あの馬車では超えられないわ。荒野を、あの広大な土地を広げる【ルノアース荒野】を……」
「なるほどね。初めから分かっていて……他国の間者と疑っている訳ね、貴女の姉は」
頷くローマリア。
「詳しくは教えてもらえなかったわ。でも私もそう思っている。西には【レダニエス帝国】がある……そして、その帝国からこの聖王国に来るには……【カラッソ大森林】を抜けてこなければ入れない。観光目的で来る者など、居るはず無いから」
「その森から入ってくる人物も、たかが知れていると言いたいのね。つまり帝国人である可能性が、極めて高いと……」
【レダニエス帝国】から来たとしたら、ただの観光だとは考えにくいという事かと、ローマリアとローザの会話を聞いて考え込むサクラ。
「……どうして観光じゃないって言いきれるんですか?旅行くらい誰でもするでしょう?」
この世界に、入国制限や監視はない。
正式な手続きなどもなく、自由に出入りできる。
それは、サクラの世界【地球】ではあり得ないことだ。
サクラだからこそ感じることができる――違和感。
それは、この平和な王都に居れば感じる事が出来ない感覚。
他国になど行った事はなく、国民が内向的で、自閉ともとれるほどの出国の無さ。
「西、今回の場合北も……かな?……あたしの勝手な考えなので、答えてくれなくてもいいですけど。もしかしたらこの国って……他国……敵国に囲まれてます?」
「――!!」
「……なるほど」
「敵……?」
ローマリアの驚く表情を見て、サクラは確信する。
今、【リフベイン聖王国】は攻められる恐れがあるのだと。
東西南北、全ての近隣諸国に。
東と南は不確定だが、西の【レダニエス帝国】と北の【エルタント公国】は確実に敵だと。
そう判断できる。
「……――あ、ああ。それに近い……」
ローマリアは一瞬躊躇うも、口を開く。
しかし、後ろから。
「殿下っ!それ以上は!……――ぐっっ!!」
ローマリアはサクラの言葉を肯定する。
先程まで飄々としていた【聖騎士副団長】オーデインが、今までにないほど慌てて声を荒げた。
しかし、ローマリアに駆け寄ろうとしたオーデインだったが、誰に止められるでもないのに、動きを完全に停止させる。
「ふ、副団長……?」
「オーデイン副団長?」
不自然な程の動きの停止に、レグオスとレイラは困惑する。
どう見ても不自然。手を伸ばし、片足を一歩前に出した格好。
まるで彫刻か、時が止まっているかのようだった。
「……副団長殿……声を荒げた時点で“確定”だぞ……」
エドガーだけが、不安そうに眉根を顰めさせている中。
オーデインを停止させた張本人が声を上げる。
【忍者】サクヤが、オーデインの動きを“止めた”のだ。
眼帯を外して、その左眼の【魔眼】を輝かせる。
「敵国に囲まれている。それはつまり……戦争が起きようとしているのであろう?」
声も出せないオーデインは、苦悶の表情を浮かべながら必死に視線を左右に動かしてローマリアに伝えようとする。
「言うな」と。これ以上は「公務外」だと。
だが、ローマリアは頷きながらも、オーデインの考えとは反対の事を言い出した。




