181話【国からの依頼】
◇国からの依頼◇
サクラの世界である、【地球】。
その英国式で淹れられた紅茶を堪能しながら、ローマリアは息を落ち着かせる。
紅茶のおかげで、だいぶ精神的にも余裕を持てそうだった。
「話に戻ろうか……姉上。第一王女セルエリスからの王命は……調査なのだ」
「調査……?」
「ですか?」
ローザ、そしてエドガーが。
疑問符を浮かべずにはいられなかった。
それを述べたローマリアにも戸惑いがあったが、姉に逆らう事も出来ないのが現状ではある。
「ああ。そう……調査だ、最近……不審者が王都の北門から出ていくのが、目撃されている」
「不審者、ねぇ……」
最近、自分達も王都北門を出入りしたが。
「それって、もしかして……」とエドガーはローザを見るが、ローマリアが先に。
「……いや。ローザやエドガー……殿、達ではない」
切りが悪いローマリアの喋り。気が抜けて、どうしても口調が軽くなってしまいそうになる。
ローマリアは、普段ようやく友として話せるようになった者たちと、こうして仕事モードで話をすることが嫌だったのだ。しかし、後ろに控える部下たちの手前もある。
下手な事も、冗談も言えない事がなんとももどかしかった。
しかし、ローザが気になるのはそんなんことではなく。
「――ふぅん……私達ではない。どうして知っているのかしら?私達が北門から出た事を……」
「――うっ……や、やはり気になるか?」
「――ああ。なるほどそういうことか……」
他の誰よりも早く、サクヤがローザが言った言葉に勘付く。
何故知っているのか。門番すらいなかった北門から、エドガー達が出たことを。
「確かにわたしも気になります……あの鉄馬車【らんでるんぐ】は、まぁ見られていたとしても……わたしたちが門を出るところは見られていません。誰にもです」
門番すらいない北門、通行人は皆無。
外国からの旅行者もいない。では何故、王族のローマリアがエドガー達が北門を出た事を知っているのか。
「……何かあるわね?ローマリア」
「……ええ。そう……この王都の全ての門には……“魔道具”が設置されているわ。監視の“魔道具”が」
観念したように、ローマリア王女はそれを述べる。
「――えっ!?」
「監視カメラってこと……?」
「カメラが何かは……ああ、ソレか……」
サクラが簡単に例えるソレを、【スマホ】で見せる。
ローマリアはうむ、と頷く。
「そういったものだ。門には、それと同じ概念の物が設置されている訳だが……数日前、エドガー達が帰ってきた後……その後に、不審者が映っていたらしい。一瞬だったが、馬車を使って出て行っていると聞き及んだ……そしてその馬車は――西から来たものだ」
「……西?」
「ああ、西の門の監視“魔道具”にも、同様の馬車が映っていた……」
西から来た馬車が、北から出ていった。
「普通に旅行者じゃないの?……ですか?」
サクラの言葉にローマリアは首を振る。
「それはない。有り得ない……」
全否定だった。確信を持って言っているのを見て取れる。
「また自信満々ね……ローマリア王女。不自然な程だわ」
「――そ、それは……」
目を逸らすローマリアは、一筋汗を流す。
何か知られたくない事を隠す子供。そんな感じだ。
「ローマリア殿下……その不審者を僕たちが調べる……調べなくてはいけない理由を教えて頂けますか?――そうしてくれたら、深くは聞きません」
エドガーは深く追求しようとする隣のローザを制して、ローマリア王女に答えを望む。
ローザは「聞かなくていいの?」とエドガーに視線だけで確認するが、エドガーは首を縦に振って頷いた。
そしてローマリア王女は。
「……わ、私の試練だ。エドガー殿……これは、私がセルエリス姉様から突き付けられた――私の……王族としての課題なの」
「試練?課題?……何のよ?」
「……」
ローザに急かされて、ローマリア王女は口籠る。
ジト目を受けて、ローマリアは汗を掻き狼狽しそうになった所、後ろから声が掛かる。
「――殿下……もういっそ、正直に仰ったらよいではないのですか?」
「オ、オーデイン……!?」
ローマリア王女は振り返るが、汗が遠心力で飛んだ。
後ろから口を出したオーデインは一歩前に出て、空になったティーカップをテーブルの上に置き、王女に助け舟を出す。
「――言いにくい状況を作ったのは殿下ご自身ですし、セルエリス様が仰ることもごもっとも。国に仕える私達【聖騎士】には口出しできません。ですがローマリア殿下は違う。今ここにいる殿下が、今回のこの公務を任された。それは、ローマリア殿下が多少なりとも利益を得る事が出来るものでしょう……」
「それはそうだけど……でも、こんな命令……私は」
「そうですね。嫌でしょう……ならば誠意をもって依頼をし……認めて貰う事こそ、王女の仕事ですよ。それに、セルエリス様には『我儘を言うなら、それ相応の対価を』……そう言われたではないですか」
「――うっ!!」
「「我儘?」」
エドガーとローザがハモッた。
ダラダラと、ローマリア王女の汗はとどまる事を知らない。
レイラはそれを、そっと拭いている。
レグオスだけは、どうしたらいいのか分からないのか、サクラを見た。
「――!?」
どうやらサクラと目があったようで、ギギギと視線を逸らす。
このレグオスだけは、ハッキリ言って会話に集中していない。
「むぅぅ……――はぁ……」
ローマリアは一人、必死に苦渋の顔を浮かべて。
そして何かを諦めたかのようにため息を吐き。
「――エドガー殿、ロザリーム殿……私がロザリーム殿に依頼を出した件、覚えているだろう?」
「……え、ええ。勿論です」
「覚えているわよ……指南役、でしょう?」
「そう。私は……それを姉上に打診したのだ……ロザリーム殿を、指南役として城に招きたいと」
「……あ~、そういうことね……」
それだけで、サクラは気付いたようだ。
この話しに繋がると言う事を、予め予測していたのだ。
「――つまり、ローザさんを指南役として迎えたいのなら、この不審者の事を調べろ、もしくは解決しろって条件付けされたんじゃないですか?――しかもそれを王女様じゃなくて、“不遇”職業とか言う訳も分からない設定されてるエド君に、正確には【召喚師】に、ですかね?」
「――うぐっ……す、鋭い……」
サクラはもう完全に理解していた。
既に答えまで導き出ているのか、うんざりした顔を隠すことなく、ローマリア王女に言葉を向ける。
「あたしは元々、ローザさんが城に行くのは反対派です……でもローザさんが、それにエドガー君がいいなら……って理解しようとしました。でも、それに更に難題が追加されるようじゃ、考え物ですよ。王女様……」
エドガーを愛称で呼ばないくらいには自制が利いているが、目つきは鋭い。しかし心なしか、額の《石》が光っている。
「サ、サクラ……ちょっと落ち着い――」
「――ごめんエド君。あたし冷静だよ」
「あ、はい……」
睨まれた。サクラの鋭い眼光に、蛇に睨まれた蛙のように大人しくなるエドガー。
サクラの眼光は、そのまま王族側に移される。
王女は生唾を飲み込み、レグオスは必死に視線を逸らす。
レイラは困ったようにあわわ、と慌てる。
そんな中、オーデインだけが笑顔を絶やさず、サクラの言葉を理解していた。
「サクラ殿……貴女のお言葉はごもっともですよ……気持ちも分かる。しかしその言葉は、不敬にも取られかねないという事をご理解して……いえ、愚問でしょうね」
サクラが完全に理解して言葉を述べた事を、オーデインも感じ取った。
この娘は、それだけこの【召喚師】との関係性を大事にしているのだと。
「――しかし我々も、協力が得られると確証をもって来ている訳ではありません……そこだけは分かっていただきたい。ローマリア殿下も、この王命を出すことを受け入れたくはなかったのです」
「それは分かってます。理解もしてます……でも、あたし達には関係ないんで。あたしは、自分の大切な物だけを優先します。『我儘を言うならそれ相応の対価を』……それはあたし達にも言えます。エドガー君が【召喚師】だからと言って、無償で聞くほど……あたし達は善良心を持ってません」
ローマリア王女は、サクラの視線から逃げ出せないままそれを受け止める。
そしてその言葉を重く受け止め、言う。
「――分かっている。サクラ殿の言う通りだ……私は甘えている。エドガー殿なら、ロザリーム殿達ならと……勝手に頼ってしまっている。自分の都合だけで話していた」
背筋を伸ばして、誠心誠意の言葉を尽くす。
誤魔化してはいけないと。逃げてはいけないと。
同世代の少女が、覚悟を以って向き合ってくれている事実に。
「我儘を言った……すまない」
ローマリアは頭を下げる。
テーブルに手をついて、額を押しつけて。
「で、殿下……!――っ」
一番焦ったのはエドガーだ。
「頭を上げてください」と言おうと腰を上げたのだが、ローザに止められる。
「しっ」とローザはエドガーを制す。その顔は少し複雑そうであり、嬉しそうでもあった。
そんな中ローマリアは続ける。
「当然……依頼の報酬は用意する。【召喚師】だからと、差別することはしないと約束しよう。国の為の依頼……確かにそうでもある。だが、私が王城以外で信頼できるのはローザやエドガー達だけなのだ……!頼むっ――いや、お願いします!」
サクラは思った。
この時点で、【聖騎士】を動かせないのは確定。
きっと姉のセルエリスには、『自分の力=聖騎士の力ではない事』を示せ。
そう言われた可能性が高い。
ローマリアは、姉から試されている。
現在の【聖騎士】の大半は、ローマリアに尽くしていると言う実態があるにせよ、確実に指示を出せるかと言えばそうではない。
【聖騎士】を『軍事』として動かすには、王の言葉が必要になる。
そしてその実権を持つのは、公に出てこなくなった王と、第一王女セルエリスだけだ。
セルエリスからこの王命をされたという事は、【聖騎士】は使えないという事だ。
だとするとローマリアには、使える手札、頼りに出来る人物がいない。
今この瞬間、エドガー達以外には。




