175話【王都の広さ】
◇王都の広さ◇
ローザとフィルヴィーネが焚火で暖を取っていると。
再び重々しく開く【ランデルング】の扉。
「ふわぁぁ~」と、大変眠気を誘う欠伸をしながら、エドガーが起きてくる。
その後をサクラ、サクヤにメルティナもが、ぞろぞろと続いて降りてきた。
どうやら誰か(まずエドガーだろう)が全員を起こしたのだ。
体内時計で朝の仕事がある事が分かっているからか、自然と目を覚ましたと思われる。
「あ、やっぱり起きてたんだね。いないからどうしたのかと思ったよ」
「おはよう。エドガー」
「おはよ――って……うわっ、メルティナ!?」
ローザに返事をしようとしたエドガーだが、後ろから来たメルティナがしな垂れかかって来て、二人が押されて搭乗口から押し出される。
メルティナは、まだ半分寝ていた。
「……マスター……すみま、すみ……――くぅ……」
「寝んのかいっ!」
既に目覚めているサクラにツッコまれて、メルティナはようやく身体を起こして自分の足で歩いてくれた。
「……あれじゃあ、帰りの運転は私ね……仕方ない」
眠たそうにするメルティナを見て、ローザは帰りも【ランデルング】を操縦する気持ちを固めた。本当は自分で運転したいだけだろうが。
◇
「改めておはようローザ。火の番してくれたんだね……――フィルヴィーネさんも、おはようございます」
「ええ。早く起きたから……」
「うむ、お主も早いではないか」
エドガーはローザの隣。フィルヴィーネの反対側に腰かけて、焚火に当る。
そろそろ出発しなければならない時間だが、メルティナがあれだし、サクヤもまだ眠たそうだ。その様子を見て、ローザは。
「……眠たそうね。あの子」
「ん?あぁ、サクヤね……昨日、随分考え事をしていたようだよ……能力について……かな?」
昨日と言っても、全員が同じ部屋にいたのだ。
何故エドガーがサクヤの考え事をしっているのだろうか。
その通りにローザは、どうして知っているのかと疑問に思ったが、その答えはエドガーがきちんと教えてくれた。
「昨日ね……寝ながら【心通話】を送って来たんだよ、サクヤが」
「……は、はぁ?」
「――フハハ、器用なのか不器用なのか分からぬな」
ローザは呆れ、フィルヴィーネは大いに笑う。
「多分独り言だよ……それが寝ぼけて、僕に【心通話】で送っちゃったんだと思う。僕が返事をしても返ってこなかったからね」
眠りについてから考え事をする。そんなことは誰にでもある。
事実サクヤは、昨晩一人で考え事をしていた。
自分の能力である【忠誠の証】と【幻想能力解放】についてだ。
考えても、結果は「分からない」ままだったが。
サクヤらしいと言えばそこまでだが、一人で考えようとしたという事は、それだけ真剣だともとれる。だからエドガーは。
「――内容は分からないんだ……寝ぼけてたみたいでね。こう、ごにょごにょ~って感じでさ」
言わないであげることにした。
彼女が、皆に相談できるその日まで。
自分で解決できる場合も勿論あるし、そうでない場合は協力すればいい。
ただ、サクヤ自身が己で解決しようと頑張っているのなら、それをサポートすればいいと、そう結論付けたのだ。
「昨日一日……大人しかったものね。フィルヴィーネとも戦いたがらないし」
血の気が多い方のサクヤにしては珍しいとローザは思っていたが、それが答えだったようだ。
サクヤは悩んでいる。しかし昨日、ようやく一歩進めたのだろう。
それでまた悩むことが増えて、坩堝に嵌っているのだ。
「考えなど、戦えばスッキリするであろうに……」
「人間は簡単ではないのよ。ね、エドガー」
フィルヴィーネの拗ねたような一言に、ローザは自分も覚えがあるかのような言い方をしてエドガーに同意を求める。エドガーは当然、縦に首を振り。
「うん……それを、フィルヴィーネさんにも知って行ってもらいたいかな」
フィルヴィーネが“魔王”としてではなく、一人の異世界人として生きていく考えを持っている以上、エドガーはそれに協力したい。
“召喚”した主として、《契約者》として。
「……ふむ。努めよう」
そう一言残し、フィルヴィーネは立ち上がってサクラとサクヤの所に向かっていく。
どうやら預けたリザを見に行ったようだ。
「……ぼ、僕、変な事言ったかな……?」
「……違うわよ。多分ね」
「……そうかな?――なら、いいんだけど」
不安気にフィルヴィーネを見るエドガーに、ローザは曖昧ながらも安心させようと頭を撫でた。
くすぐったそうに目を逸らし、頬を赤くするエドガーは、まだ色気の知らぬ少年なのだと、ローザは改めて感じたのだった。
◇
日差しも出て来て、低気温で発生していた霧も晴れて来た。
「だいぶ暖かくなったね」
そう言いながら、周りを見渡すのはサクラだ。
周囲をぐるっと一回転しながら見渡して言う。
「改めて見てもさ、本当に何もないよね……この【ルノアース荒野】……だっけ?」
「そうね。ただの荒野だわ……北国から入国する人は、嘸かし大変でしょうね」
そもそも、この荒野を渡って【リフベイン聖王国】に来る人などいるのだろうかと、サクラは目を細めて考える。
「う~ん……」
(あれ……?この世界に来て……他国の人って見たかなぁ?)
前提として、サクラはこの国の【王都リドチュア】しか知らない。
ローザ達にも同じことが言えるが、王都以外の街や村の名を、聞いたことが無かった。
そんなサクラの考えに答えるように、メルティナが口を開く。
「……この【王都リドチュア】は、全長1000平方キロメートルあると思われます」
「せ、1000平方キロメートル!?……それって、ちょっと待ってね……えーっと。と、東京都の、約半分……!?」
「……ワタシの世界には【地球】という星が存在していませんので、サクラの言う東京都がどうかは何とも言えませんが……少なくとも、ワタシが飛行して計算した範囲はそうです」
サクラが驚くのも無理はない。
たった一つの王都が、それだけの広さを誇っているのだ。
他の街や村を含めれば、いったいどれだけの範囲を持っているのだろうか。この【リフベイン聖王国】と言う国は。
「王都一つで……1000平方キロメートル。もしかして国範囲で言ったらアメリカくらいあるんじゃ……」
【リフベイン聖王国】。まだまだ謎な国だと心の底から思った。
「それだけ人もいる……区画一つ一つが大きな街だもの、そりゃあ移動も大変よね」
ローザは、“召喚”されたばかりの頃を思い出して呟く。
この王都、移動は大半が馬車だ。しかも区画自体が入り組んでいる為に、その移動が遅い。
下町の建物は大概が一戸建ての建造物であるが、貴族街の屋敷は豪勢な建物も多い。
エドガーの宿屋【福音のマリス】は二階建てで特別だ、広さもある。
ローザが初めの頃に言っていた「火を回せば一夜で壊滅」は、冗談でもなんでもない。
火事が起これば、それこそ壊滅に等しい損害は受けるはずだ。
「僕は生まれた頃からそうだから、不思議には思わないけど……変なのかな?」
唯一の現地民エドガーの発想は、それはもう圧倒的現地民であった。
生まれた時点でそうなのだから、疑問を持たないのも無理はない。
ただこれから、異世界人との触れ合いで変わってくることは、多々あるかも知れないが。
「ううん……そんなものだよ。地元だしね……あたし――」
グウゥゥゥゥゥゥ――。
「……おい【忍者】」
「――なっ!確かに腹は空いたが、わたしではないぞっ!」
サクラの言葉を遮った空腹の音は、サクヤではなかった。
決めつけてサクヤを睨んだが、申し訳な――さそうにはしていないサクラ。
「んじゃ誰よ」
「それは……」
サクヤは、聞こえて来た音の位置を確かめる。
「……我ではないぞ」
そこにいたのはフィルヴィーネだったが、フィルヴィーネは否定。
では誰か。
「――私です……フィルヴィーネ様……」
フィルヴィーネの胸元に挟まる“悪魔”リザが、両手で顔を覆って赤面していた。
いや、覆っているから正確な赤さは分からないけど、多分赤いとエドガーは思った。
というか、谷間で音が鳴ったのだから、フィルヴィーネは絶対気付いていたはずだ。
「……あはは――帰ろうか。僕も仕事があるし、お腹も空いたしね?」
気になる事は多々あるが、全員同意見だ。
腹が減ってはなんとやら、というやつだ。
こうして【ルノアース荒野】から、エドガー達は帰路に就く。




