173話【一日の終わり】
◇一日の終わり◇
エドガー達に少し遅れて、フィルヴィーネ達が【ランデルング】に乗車して来た。
しかしその時見たものは。サクラの胸に飛び込むリザと、そのリザをよしよしと撫でるサクラ。
そして「冗談だよ」と和やかに笑うエドガーの姿だった。
「……何をしているので――あ、いえ……なんでもありません」
一番初めに乗り込んで来たサクヤは、三人の様子を不思議に思いつつも、もしかして聞いてはいけない事を聞いたのではと、【忍者】の勘を働かせて質問を自らシャットアウトした。空気を読んだのだ。
「今、ふいるび……ひるびぃ……“魔王”殿が、ローザ殿メル殿を連れてまいりますので」
フィルヴィーネと言う事を諦めた。
むすっと、言いにくい名前に恨めしそうにするサクヤ。
サクラは「慣れなさいよ……」と言いたそうにサクヤを見ている。
そして、その言いにくい名前のご本人は。
「おいこらっ……シャキッとせぬか!お主等……」
肩にローザを担ぎ、小脇にメルティナを抱えてやって来た。
随分と面倒見のいい“魔王”様だ。
「……荷物の様にするんじゃないわよ……」
「……想定外です……」
「――なら歩けっ!!」
メルティナを降ろして、空いた手でローザの尻を叩く。
ペッシーーーン!と気持ちのいいくらいの音を鳴らした。
「――きゃ!……ちょ、ちょっと!何するのよっ!?」
ローザらしくない「きゃ」と言う可愛らしい悲鳴に、エドガーは意外そうにローザを見る。サクラやサクヤも同じく見ていた。
「――ふんっ。尻の青い小娘が……色気づくのは早くはないか?」
「あ、青くないっ!!」
フィルヴィーネに取っては誰もがそう取れるだけで、ローザの尻が青くない事はエドガーも知っている。見てしまっているから。
「い、いいから降ろしなさいよっ!いつまで私を……――わっ!いったぁ……何するのよっ!!」
「其方が降ろせというから……」
ドスン――と、尻から落ちたローザ。
隣にはメルティナがへの字に折れ曲がっている。
「……想定外ですね……」
「――い、一緒にしないで」
二人は魔力の大半を使ってしまい、まともに動けないでいるようだ。
その証拠に、ローザは汗を掻いているし、メルティナの背の《石》は輝きを失っている。
そんな二人を見て、エドガーが近付き手を差し伸べる。
「大丈夫?二人共……」
「マスター……お帰りなさい」
自分で置いて行っておきながら、そんな事を言うメルティナ。
「エドガー、わ、私は平気だから!」
「あはは……無理があるよ、流石に……ほらっ」
ローザの強がり?を笑顔でスルーして、手を掴んで起こす。
立ち上がりは出来なかったが、ローザのいい香りが珍しい汗と混じって、エドガーの鼻腔をくすぐった。
「もう……本当に平気なのに」
ローザの顔が赤い。それを見ただけで、エドガーも赤くなる。
【消えない種火】の内包された魔力を失っているから、ローザの《石》の加護も無くなっているのだ。
「……う、うん。それなら、いいんだけど……ははは」
どうしても照れてしまう。普段は見れないローザの姿に。
しかし、そんなエドガーの緊張を打ち消すかのように。
「主様……」
「うわぁっっ……!サ、サクヤ?」
いつの間にか隣にいるサクヤ。
視線はローザとメルティナを見ているが、声はエドガーにかけられている。
「“魔王”殿の準備が整いましたゆえ……お話するとお聞きしましたが」
「……あ。そ、そうだね!ありがとう」
エドガーは、さささっと移動する。
どことなくサクヤの雰囲気に押されてしまった。
「あ、あの子……私を威圧してきた……?というか、胸を見てた?」
「ワタシも感じました。その……臀部に……視線を」
「な、何を考えているのか時々分からないわね……サクヤは。はぁぁ」
ため息を落として、ローザはメルティナと共に休む。
雑な扱いに怒りはしたものの、取り敢えず外に放置されなくてよかったと、心から思ったのであった。
◇
エドガーがフィルヴィーネとサクラが座る座席に向かうと、ダルそうにリザをむんずと掴む“魔王”様がいた。
「え……え~っと……」
リザは泣いていた。しくしくと、フィルヴィーネの手を濡らして。
どうやら、エドガーがいないほんの少しの間に、相当怒られたらしい。
何に対して怒られたのかはエドガーが知るところではないが、これで少し物を大切にしてくれれば、それでいいかとエドガーは思った。
「――おおエドガー。話だがな……今日はもうよそう」
「――えっ……はぃ?」
つい変な返事になった。
「……はぁ~」
サクラも、事前に聞いたのだろうがため息を吐いている。
どういう事?とエドガーはサクラを見るが「あたしに聞かれても」と降参のポーズ。
「フィルヴィーネさん……話ですけど、どうして急に止めるなんて……」
夜の戦闘の前にエドガーは、フィルヴィーネから話があると持ち掛けられていた。
先程も、自分から話しをしようと言ったにもかかわらずだ。
エドガーはてっきり、それに合わせて戦闘も終わったものと思っていたのだが。
「疲れたからな。今日はやめだ」
フフンと、胸を張る。
いや、そんな晴れ晴れした顔で言われても、エドガーも納得できないだろう。
「理由はないんですか?」
「そうですよ。理由……せめていい訳でもいいですから、聞かせてもらわないと納得できないですよ?」
言い出しっぺのフィルヴィーネが、突然止めると言い出す事は想定していなかった。
サクラが、いい訳でもいいから聞かせろとフィルヴィーネに言う。
そしてそのフィルヴィーネは。
「――言ったであろう。疲れたのだ」
「は?」
「え?」
「ん?」
それだけ?それだけの理由で、あんなに神妙な感じになっていたのを中止にするのかと、エドガーとサクラは顔を見合わせる。
「……」
「……マジですか?」
「フィルヴィーネ様……流石に、私達“悪魔”でも……今の彼らと同じ顔をしますよ」
ぽかんとするエドガーとサクラ。
リザが「この感覚は共通だ」と言ってくれなければ、“魔王”だからと変に納得してしまうところだったかもしれない。
「フハハハハハ!我は疲れたのだ。あの二人が思ってたよりもやりおるからな……今日は随分と楽しませてもらったぞ……」
豪快に笑うフィルヴィーネは、背中合わせで休む二人を見ながら、最後は優しく微笑む。まるでやんちゃな子供を見守る、母親の様に。
「フィルヴィーネさん……分かりました。今日は終わりにして……一度帰ってから話しましょう」
エドガーも――フッと笑い。座席に着くとリザがビクッとする。
あわわと震えるリザは、かなりエドガーに恐怖心を持ったようだ。
「うむ。いい判断だなエドガー……言い出した我がこんなことを言うのもなんだが、本当に疲れていてな。正常な受け答えをする自信がないのだ」
それだけローザとメルティナが善戦した、という事か。
しかし今日を終わりにするという事は、寝るという事なのだが。
それを初めから知っていたかのように、サクラが言う。
「……寝床はともかく、寝具は無いよ?」
この装甲車【ランデルング】は、サクラが設計した。
内装はキャンピングカーのようになっていて、実は二階もある。
さっきの戦いの間に使えるようになった設備は、水が出るようになったシャワールームだけだ。
「そのまま寝ればいいではないか」
「いやいや、痛いですよ……少なくともあたしは嫌です」
床で寝ると言い出す“魔王”様にサクラが否定する。
それだけは断固拒否だ。
「でも……帰ろうにも、ね」
帰路は勿論、また運転して帰るしかないのだが。
エドガーは、ぐったりしているローザとメルティナを見る。
ローザとメルティナは魔力不足。フィルヴィーネに転移を頼もうにも、本人が「疲れた」と言っている以上、恐らく【ランデルング】を含めて転移するには魔力が足りないのだろう。
ならばどうするのか。答えは一つしかなかった。
サクラには申し訳ないが、今は。
「床で寝るしかないね……」
「えぇぇ……」
こうして、長い一日が終わる。
新たな異世界人、フィルヴィーネ・サタナキアに全員が振り回されて、大変精神を摩耗して、あっと言う間に就寝するのだった。




