171話【星空の下に騒ぐ】
4章プロローグ【喧騒の薄紫】は、この話を短略化したものになります。
◇星空の下に騒ぐ◇
暗くなった荒野の夜空に、ローザの炎弾が散る。
フィルヴィーネが魔力で作り出した鞭を、波のように振るって消し飛ばしたのだ。
一振りでローザが撃ちだした炎弾を全て叩き落したその光景に、ローザは憎たらしいものを見るように見上げていた。
そのローザと、光になってチリチリと落下する火花を見下げて、フィルヴィーネは叫ぶ。
「クックック――フハハハハハ!そんなものか!?【滅殺紅姫】!!効かぬぞ!そんなへなちょこな炎は!!」
「――ちょっ!!……へ、へん、変な名前で呼ばないでっ!何度も言っているでしょうっ!?」
その長ったらしい異名を呼ばれるのはどうにも嫌らしいローザの抗議は、興奮気味に叫ぶフィルヴィーネには通じていない。
「アッハッハッハァ!知らぬわっ、我が言いたいのだ!それに攻撃も……――こっちの緑の鳥の方が、幾分マシではない、かっ!!」
ローザを見下げていたフィルヴィーネの背後を、緑色の軌跡を残して襲い掛かるメルティナの蹴り。
意表をついた見事な攻撃だったはずだが、フィルヴィーネは難なく片手で防いでメルティナの足を掴む。
「――そ、そんな……完全に裏を――あぁっ!!――あああぁぁあっ!」
完全に裏をかいた一撃だった。
それを防がれて、メルティナは困惑と畏怖を持つ。
そして簡単に防がれ足を掴まれたメルティナは、ブンブンと振り回されて、勢い良く投げられた。
異常な遠心力と怪力で、メルティナは投げ飛ばされた。
そしてぶつかる。丁度攻撃に転じようとしていた、ローザと。
「……あうっ」
「――ぐ……メ、メルティナっ!?」
「クックック……アーッハッハッハッ!!!」
ローザとメルティナは絡み合ったまま、地面からフィルヴィーネを見上げる。
フィルヴィーネが漂う先の月は、薄っすらと紫になっており、フィルヴィーネが強化されていることを証明していた。
「……今までの戦いは手を抜いていたのね……!」
「――失敬な!手など抜くか馬鹿者っ。我は“魔王”だぞ、全て全力で叩き潰してこそ“魔王”と言えるではないか!……それに先程までは能力の解析に力を回していたからな、今は17%と言った所か」
倒れたまま恨めしい視線を送ってくるローザに、フィルヴィーネは身振り手振りで説明しながら恐ろしい事を言う。
「……じゅ、17%……あれで……!?」
自分が負けた時と、やっとの思いで打ち負かした先程の戦闘、それが実力の17%だと知って、珍しくへこたれそうになるローザ。本当はその数値以下であるが。
しかしフィルヴィーネは。
「――なに、戦い方も思考も我は本気だった……負けは負けだ。ロザリームが気に病むことではない」
「――き、気にしてないわよっ!」
「アーッハッハッハッ。そうか、すまんすまん……其方等は我からしたら小娘なのだ、傷心かと思ってなぁ……」
不敵に見下ろすフィルヴィーネの笑みに、ローザはメルティナの頬を引っ張って、目を回したメルティナを正気に戻す。
「――い、痛いです。ローザ」
「今の聞いていたでしょう……?」
「……ええ、まぁ……」
腹が立たないか。という事だろう。
「ワタシは……そういう感情はまだ……分かりません」
「そんなこと無いわ。貴女はもう怒りを知っている……その握った拳が、物語っているわよ」
「――え……い、いつの間に」
メルティナは、自分の手をついていた地面を見る。
両手は地面の砂を思い切り掴み、色が変わるほど強く手を握っていた。
えぐり込まれるように跡を残した土が、ローザの言う物語っている、だろう。
「悔しさなんて、自分が強くなればなるほど味わえないものよ……学べてよかったわね」
立ち上がったローザを、メルティナは座りながら見据える。
ローザのその目は赤く、炎のように燃え上がっている。
怒りの炎、その言葉が最適なのではないかと、メルティナは一瞬で悟った。
そして、自分の強く握られた手を開き、メルティナは。
「怒り……」
「そう、私も……一度の勝利で浮かれる程子供じゃないわ……何度も勝って、あの“魔王”の鼻っ柱をへし折ってやるわよっ!」
ローザの楽しそうな笑みに合わせるように、メルティナも立ち上がる。
「――では、お供します……ワタシも、どうやら負けは好きではないようなので」
「上等よ」
二人は息を整えて、【紫月の神】ならぬ【紫月の魔王】を見上げる。
「クックック……良いぞ良いぞ、それでこそ……人の【勇者】と機人の民、かかってくるがいいっ!」
◇
【簡易フォトンスフィア】を覗き込む二人の少女。
サクヤとサクラ。二人は、サクラが鞄から取り出した缶ジュースを飲みながら、とても優雅とは言えない観戦をしていた。
「……すっごいわね、あのドエロい人……」
「エロ……そう言う言い方はやめた方がよいのではないか?サクラよ……」
最近覚えた言葉。エロ。
サクヤは少しだけ頬を薄紅に染めて、隣で平気そうに口にするサクラを見る。
サクサクっ――と、缶ジュースと一緒に取り出したマカロンを口に運んで、談笑しながらローザ達の戦いを見続けていた。
先程のローザとの会話から、既に結構な時間が経っていた。
ローザとメルティナは、届きそうで届かない場所に手を伸ばすように、何度もフィルヴィーネに挑みかかっていたが、勝機は一度たりとも訪れてはいなかった。
ローザとメルティナが届かない勝利にヤキモキしている中、サクラとサクヤの二人は吞気にマカロンを食べ、缶のジュースを飲みながらフィルヴィーネの恰好について話し合っていた。
「いや~、だってさ……どう見ても女王様でしょ……あれ」
SMの女王様のような恰好に、高笑いしながらローザとメルティナを手玉に取り、サディスティックな笑みを浮かべて高揚する姿は、少年には見せられない。
「女王なのは確かなのだろう?……ではいいではないか、好きにさせたら」
“魔王”=女王と言う発想で、サクヤは不思議ではないと言う。
しかしサクラの言う女王様は、サクヤの発想とは全然異なるのだ。
「だから~!あんな服着てエド君の横に居られてみなさいよ……バカ【忍者】!」
「ん?……――はっ!……そ、そういうことか……」
サクヤが忠義を向けるエドガーに、フィルヴィーネが近寄る想像をする。
先程の様な表情でフィルヴィーネが近寄ると、エドガーの身体を舐めるように見て、クスクス笑ったかと思うと、手に持った鞭でエドガーの背を叩く。
反対の手には何故かロウソクが持たれており、いつの間にか仮面のようなものまで付けていた。
「――うむむ……!いかんっ……絶対にダメだ」
「でしょぉ!?」
腕組みして納得するサクヤに、サクラは同意を得られたことを喜ぶ。
「あの恰好は良くないな……今のローザ殿もまぁまぁ破廉恥だが……あれに比べてみたら痒くもないな」
ローザは、上着を脱いでビキニスタイルの恰好にポニーテールをしている。
何と比べる訳ではないが、誰かさんにないものが物凄く揺れている。
揺れているのだ。
サクヤは自分の胸に手を当てる。
――ストンと落ちる――絶望を味わった。
「……」
「残念ね」
「……くぅ。理不尽ではないか?」
「何がよ」
「わたしはこうもぺったんなのに、どうしてお前はそう胸が成長しているのだ!」
「――いや、そんなことあたしに言われても……ふっ」
どこを見なくても、サクラが何を笑ったかは分かるはずだ。
同じ魂を持つ、別世界の自分同士。
そんな二人の他愛もない会話だ。
「――うがぁぁっ!笑うなぁぁっ……そうであろう!エミリア殿ぉぉぉぉ!!」
急に名を叫ばれて、きっとクシャミをしているだろうエドガーの幼馴染。
そんなサクヤの悲痛な叫びを耳にした、唯一の男性。
エドガー・レオマリスが、ようやく帰ってきた。
「――何を言ってるんだい……二人共。あっちまで聞こえて来てるよ?」
「――ぬわぁっ!!主殿!」
「あ、おかえりエド君」
サクヤは驚きのあまり、自分で宣言した主様と言う呼び方を忘れて、前の呼び方に戻った。
まだ初日だし、仕方はないが。
「ただいま……――うわぁ、まだやってたんだね。あの三人」
エドガーは、両手に持った薪をカラカラと下ろす。
随分と歩いたせいで、汗もかなり掻いていた。
「それにしても、凄いねこれ……サクラが?」
自分で淹れたばかりの紅茶を飲みながら、疲れたように、けれども感心しているかのように呟く。
【簡易フォトンスフィア】を覗き込んだエドガーは、球体に移り込むローザ達三人の姿を見て、第一声は「まだやってたの」だったが、直ぐにこの“魔道具”が見慣れないものだと気付きサクラに目をやる。
「え……?う、うん。あたしだけど……よく分かったね」
「うん。魔力がね……サクラの色に見えたから」
「――色?」
エドガーは、この【簡易フォトンスフィア】がサクラが自作したものだと直ぐに気付いた。
魔力の色。それはオーラに近いものだ。
ローザなら赤く、メルティナなら緑、サクラは白く、サクヤは黒い。
フィルヴィーネは紫だ。
因みにここに居ないリザは橙色をしている。
「そうだよ。魔力の色……普段は見えないけど、《魔法》に関係していれば……少し見えるんだ……――あ、終わったみたいだね」
「ほ、本当ですね!主様!」
サクラに魔力の色の説明をしていると――ちゅど~ん!と可愛らしい爆発が起こり、【簡易フォトンスフィア】の映像が途切れた。
恐らく、ローザに持たせたカメラが壊れたのだろう。
つまりは終了、フィルヴィーネがエドガーの帰還に気付いたものとみる。
その証拠に、直ぐに。
「は~、スッキリした……」
フィルヴィーネが近くまで転移して、そのまま歩いて帰ってきた。
しっかりと、両肩にはローザとメルティナが抱えられていた。
まるで荷物の様に。
「お、お疲れ様です……フィルヴィーネさん。大丈夫ですか?」
「クックック……我が傷付くわけなかろう。平気だ」
(あ……いや、ローザとメルティナが……なんだけど、まぁいいか)
エドガーは「ははは……」と渇き笑いを浮かべる。
フィルヴィーネは、その荷物二人をドサッと投げおろして軽快に笑う。
どうやら、二人は気絶しているようだった。
「――では、約束通り話をしようか……我を呼び出した、主……【召喚師】エドガーよ……」
異世界人二人を一人で、長時間相手にしていたにもかかわらず。
疲れを見せない“魔王”フィルヴィーネ・サタナキアは、こうして異世界一日目を終えたのだった。




