169話【喧騒はやってくる】
◇喧騒はやってくる◇
メルティナからの苦情(せめてもの抵抗)を受けて、フィルヴィーネは服を着た。
流石に裸のままでは、エドガーが冷静ではいられないだろうと理由を付けて、気にしないと言うフィルヴィーネに無理矢理着せた形だったが。
フィルヴィーネが魔力で作り出した服は、俗に言うボンテージ服だった。
これが“魔王”の戦闘服だと言う。
光沢のあるレザー素材の上下、トップスはビキニに近くコルセットの様な短いもので支えられている。
下はかなり短いスカートだ。タイトとも言えずワイドでもない。
見た人によっては、超ローライズパンツにも見える事だろう。
手足にも同じくレザー素材のロングブーツとアームカバーを装着しており。
枷と相まって、監獄にでもいそうな風貌となっていた。
“召喚”されてからは借り物の服を着ていたフィルヴィーネだが。
先程の戦いで、ローザの炎によって焼却されてしまった。
これで自分の好みの服を着れると言うものだと、内心喜ぶフィルヴィーネ。
「さてと、これでいいであろう?」
「イエス……」
「む?なんだ不服か?」
「いえ……そうではなく……」
メルティナはローザを見る。
ローザも、まぁまぁな露出の服を着ている。
初めは、エドガーの妹の服を何着もアレンジして着ていたのだが、最近自分で購入した物は、この前の戦いで焼け焦げていた。
なので今は、ローザも自分の魔力で作ったビキニスタイルの軽装だった。
暑いのか、それとも対抗しているのかは定かではないが、髪もアップにして、ポニーテールになっている。
「……メルティナを交えて、もう一戦するのでしょう?」
ローザはフィルヴィーネに話しかけている。
メルティナの視線を気にせずに、二人はトントンと話を進めていく。
なんだか少しは打ち解けたのだろうか。
「そうだな。それで今日は終いだろう……エドガーと話もあるしな」
「そう。分かったわ……」
「え……あっさりと許諾しましたね、ローザ」
すんなりとフィルヴィーネの宣言を許したローザに、メルティナが驚く。
メルティナが到着するまでの数十分で、なにが起こったのかと思うレベルだ。
「別に。フィルヴィーネも異世界人の仲間だしね……順番に与えられるものでしょう?」
「――え、ええっ?」
驚きでは済まされなかった。
受け入れたどころか、好意的にも見える。
実の所、ローザは先程の戦闘で、ストレスの大半を解消していた。
“魔王”に敗北を与えた事で、一旦の平穏は訪れるという事だ。
しかし、それもフィルヴィーネの対応次第だが。
「うむ。では始めるかな……【滅殺紅姫】!機人の民よ!」
「だ、だから、それやめてってば……!」
フィルヴィーネはカッコいいと思って言っているのだが、ローザはやはり気に入らないらしい。
眉間を押さえて、ローザは準備をしに歩き出した。
「ほれメルティナ。お主も準備をせぬかっ」
「え……あぁ……了解しました」
フィルヴィーネは夜空に上がって行き。
メルティナもまた、少し離れて上昇した。
そして、本日最後の戦いが始まる。
◇
開始の合図は、ローザの火炎だった。
フィルヴィーネのいる夜空に、直線状に伸びる赤い火炎の糸。
先制をさせたのはフィルヴィーネだが、ローザもそれを受け入れて攻撃している。
フィルヴィーネの背後に位置するメルティナは、両手に持った【エリミネートライフル】を構えるが、フィルヴィーネが上手く射線軸をローザに合わせている為、中々撃てていなかった。
「――どうしたメルティナ!このまま何もせずに終える気か!?我の腹に風穴を開けたのを忘れたか!?」
「そ、そういう訳ではっ!」
メルティナは戦略を切り替えて【エリミネートライフル】を仕舞い、【アトミック・レールガン】を取り出す。
“悪魔”バフォメットとの戦い以来に使うが、メンテナンスはばっちりだ。
「そこですっ!!」
キュインと一瞬音を鳴らすと、電撃を走らせて射出される弾丸。
音速で、しかも背後から迫る弾丸を、フィルヴィーネは手枷で弾く。
――ガギン!と音を鳴らした弾丸は、メルティナの横をかすめて行った。
「なっ!?」
(理解不能!!音速の弾丸を!?――しかも完全に裏をかいたはずです!)
しかも、ローザの攻撃を回避した直後でもあった。
それを、見もせずに弾き返された。
「――お主……複数戦闘が苦手だな?」
「……イ、イエス……その通りです」
フィルヴィーネの言葉に、メルティナは頷きながらも肩を落とす。
完全にその通りでショックを受けたのだ。
メルティナがまだ戦闘サポートAIだった頃、その主な戦闘相手は【惑星外生命体】だ。
その戦いでは、周りを気にする必要は無かった。
【ランデルング】に積まれた【エクステンションバリア装置】が、実弾もエネルギー弾も弾く力を持っていたため、敵との戦闘に力を入れればいいだけだったのだ。
だが、今は違う。
【惑星外生命体】は存在せずバリアも使えない。
しかも味方がいる事で、攻撃の計算が全然違ってくる。
パイロットがいた時とは違い、自分の攻撃の軌道上に仲間がいるという事に慣れない。
時間と経験がそれを覆すが、この異世界人達には、まだそれも足りていない。
「そんな事――経験して慣れろ。経験に勝る努力はないぞ……?」
「そ、そうは言われても」
メルティナは一人ではない。
そう伝えたかったフィルヴィーネだったが、どうも下手だった。
そんな混乱するメルティナに、地上にいるローザが助け舟を出す。
「――私と“魔王”に気を遣うんじゃないわよっ!……今、自分が最も戦える……そう感じているんでしょう?――なら、遠慮なく戦いなさい!」
少し悔しそうに。少し暖かい気持ちを持って。
ローザが言う――今、メルティナが自分よりも強いと。
「……ローザ……」
見下ろす形になっているローザは、優し気な表情をしていた。
しかし何かすっきりしたような、そんな表情だ。
(……ワタシいない間に……ローザに何があったのでしょうか)
しかし、そのローザの言葉はメルティナに刺さった。
気を遣う。遠慮をする。
それは、ローザもフィルヴィーネもがされたくない事なのだろう。
メルティナも意識的にそうしていたわけではない。
ただ、知らなかっただけだ。
「クックック……先輩らしい事も言えるのだなっ、ロザリームよ」
「うるさいわねっ!それなら貴女だって後輩でしょうが!少しは後輩らしくしなさいよっ!」
ローザは火炎放射をフィルヴィーネ、そして射線上にいるメルティナに向けて放つ。
その攻撃に、遠慮など一切なかった。
「――なっ!?」
「むっ……!」
竜にも似た闘気を纏った火炎放射は、ローザの《石》から直接放たれていた。
拳を振り上げるローザは笑っている。
それを避けたフィルヴィーネもまた、笑っていた。
「……ロ、ローザ!」
ローザとフィルヴィーネの言葉を考えていたメルティナは、まともに直撃していた。
自身の身体よりも大きいサイズの【エリミネートソード】を展開して防ぐことは出来たが、これでは同士討ちだ。
そんなメルティナの心を見透かすように、ローザは言う。
「フッ……それでいいのよ、私達にはね」
遠慮など不要。要らぬお世話だ。
ローザは、どんなに強い相手にだろうと立ち向かう。ローザの場合突っかかるとも言うが。
事情も状況も違う、異なる世界からやって来た。
そんな異世界人である自分達の間には、絶対的な遠慮がある。
それはそれぞれが違うものであることは明白で、謙遜とも言えるかもしれない。
けれども、それが壁になっている事が、フィルヴィーネが来てよく分かった。
この無遠慮ともいえる“魔王”様は、その壁を軽々と越えて、あっという間に懐に入り込んで来た。
「――メルティナ。私は……能力によって、弱くなっているわ」
「それはもう、分かっているでしょう?」と、メルティナに問い掛ける。
が、その言葉はカメラの向こうにも言っているようで。
「なんと……やはり其方もそうか、元の世界と違う訳だ……」
【心通話】からは無言。驚いているのだろうか。
「ローザ、それは……い、いいのですか?」
知られても、いいのかと。
フィルヴィーネを“召喚”する時、ローザはそれを知られるのを嫌がった。
メルティナに挑発されて、逃げたのだ。
あの時、それが自分の中でも許せなかった。
着地し、メルティナはローザに近寄っていく。
フィルヴィーネも空中で仁王立ちはしているが、話をする気があるようで攻撃はしてこない。
「……ええ。決めたわ……このままでは、私はエドガーの役に立てない。立てなくなる……それよりだったら、私の矜持なんて安いものよ」
「しかしそれでは……マスターはきっと……」
エドガーは傷付くだろうか。
自分のせいだと。自分が“召喚”したせいだと、自分を責めるかもしれない。
「――かもしれないわね。でも、それは違うわ。私は後悔してない……この世界に来たこと、“召喚”された事……全部、選んだのは私」
幽閉されていた塔で見たエドガーの映像。
望んだのは、きっとローザ自身なのだ。退屈を変えたいと、変えてほしいと願った。
「だからメルティナ。貴女も……あの子達も……遠慮を持つべきじゃないわ」
それは、異世界人での間の話。
忠誠と言う別の形を持っているサクヤもいるし、謙遜や遠慮だけで済ませることは出来ないかもしれない。
「――面白いではないかっ!遠慮も気遣いも我はせぬ!何故ならば!我は“魔王”だからなっ!!アーッハッハッハッ!!」
最初からしていないでしょう。とローザは感じていたが、口にはしなかった。
「そういう事よ。何もああなれって訳じゃないけれど……巻き込むつもりで攻撃して構わないから。戦いに関しては、私に遠慮は要らない。例え――弱くなってもね」
ウインクし、ローザは駆け出した。
フィルヴィーネもまた、合わせるように空に上がっていく。
「……」
(ワタシに……出来るでしょうか。マスター、エミリア……)
人として生まれ変わり、感情も持った。
人工知能のままでは、こうはならなかっただろう。
この感情を育んでいけるのは、メルティナ本人だけなのだ。
◇
枯れ木の森を抜けるローザ。
フィルヴィーネを常に視野に入れつつ、メルティナとも距離を取る。
(悩みなさい。メルティナ……きっとそれが、貴女を強くするわ)
気持ちを切り替えて、今度は。
「――さてと、聞いていたでしょう?返事をしなさいな……」
胸元のカメラを持ち上げ、レンズを覗く。
ローザの弱体化を聞かされたもう二人は、何を思っているのか。
こちらも聞いておかなければ。
全員で――先に、未来に進むために。




