165話【朝日の雫】
◇朝日の雫◇
異世界人達の話し合いは、エドガーとメルティナが木を拾っている最中に終わった。
【心通話】で連絡を受けたメルティナは、申し訳なさそうにエドガーに言う。
「――マスター」
「……ん?」
「どうやらローザ達の話し合いが終わったようです。戦いを再開するので、戻って来いとの事でした」
「えぇ~……僕達、全然聞いてないじゃないか……勝手だなぁ、もう……」
「あはは」と笑いながらも木を拾う。
小脇には既に十本近い薪代わりの木が抱えられており、そろそろ戻ろうかと考えていた所だったのだが。
「申し訳ありません。詳細はワタシが聞く予定ですので、後でマスターにもお知らせいたします」
「――ん?――そっか……分かった。頼むよ」
それは僕に直接でもいいのでは?と思うも、エドガーはその言葉を飲んだ。
「それと……」
メルティナは申し訳なさそうに続ける。
「……今直ぐに戻って来いと催促が止まりません。どうやら、ローザとワタシで、フィルヴィーネと戦う事が既に決まっているようです……」
いつの間にか、ローザとメルティナのタッグでフィルヴィーネと戦うことが決まっていた。
そして、ついでと言わんばかりにエドガーにも【心通話】が入る。
<エドガーよ、赤と緑を鍛錬してから話がある……キチンと戻っておれよ>
赤はローザ、緑はメルティナか。
<……分かりました>
今のフィルヴィーネからの【心通話】はメルティナにも聞こえていたようで。
「……と言う訳だから、メルティナは今直ぐ行ってあげてくれる?」
「イエス。マスター……では申し訳ありませんが……この薪をお願い致します――では」
言い終える前に、メルティナは既に背中に緑色の光翼を出現させていて、なんだかんだ言っても戦う気があるようだった。そして飛び立つ。
残されるエドガーは。
「――えっ……ちょっ!せめて持って行ってくれても……――い、行っちゃった……」
手を伸ばすが、既にメルティナはぎゅんぎゅんスピードを上げて、キラーンと《石》を輝かせて行ってしまった。
残されたのは、まぁまぁ大量の薪と、虚しく夜空に手を伸ばすエドガーだけだった。
◇
食事を終えて、フィルヴィーネとローザは被害が出ない様に遠くに向かっていった。
残されたサクラとサクヤの二人は、消えてしまった焚火の傍でもぞもぞとしている。
この二人が何をしているかと言うと。
「……こう、かな?」
「分からぬ……いや逆にわたしが分かるとでも思っているのか?」
「――なんで開き直ってんのよっ!ってか、その顔やめいっ!!」
サクヤの開き直った態度に、サクラは一旦作業の手を止めてハリセンで叩く。
――スパーン!と。
「痛いであろうが……」
「……噓つけっ!」
二人は、暗くて見えないローザとフィルヴィーネの戦いを見るために、わざわざサクラが開発した【簡易フォトンスフィア】の設定を行っていた。
エミリアとセイドリックの決闘時に、王族のローマリアとセルエリスが使用していた物。
その簡易版。何故そんな物をサクラが作っているかと言うと。
元の世界での【ビデオカメラ】を意識して、この世界での“魔道具”を使って改造したのだ。
【遠見の水鏡】と呼ばれる、水面に波紋を広げている様な手鏡。
その鏡部分を数枚と、【拡大四角形】と言う物凄く小さなキューブ。
そのキューブを加工した鏡で包み込み、磨いて球体にした。
それを今、使用できるか試していたのだ。
その最中にサクラが呟いた独り言に、サクヤが反応したのだった。
「ああもう。無視無視……」
サクラは鞄から様々な工具を取り出しながら、色々と試して新たな“魔道具”を作っていた。
エドガーが様々な“魔道具”を組み合わせて【異世界召喚】をするように、サクラもそれに似たことを考え付いたのだ。
組み合わせて、新しい“魔道具”を作れないかと。
結果は、出来る――だった。
サクラの《石》である【朝日の雫】は、“接続”の力を持つ。
それは【心通話】の心の繋がりであり、空間を繋げる鞄もそう。【スマホ】の電波を繋げる力も、全ては《石》の力だ。
物質を繋げる事も容易だった。
組み合わせ次第では、万能を超える可能性を秘めている。
サクラは、自分をゲーム機本体に例え、“魔道具”をソフトとして考えた。
初めはエドガーの家である宿屋【福音のマリス】、その大浴場の“魔道具”を直せないかと考えた。
エドガーの父が作ったと言う、お湯を出す“魔道具”。
しかし、その力は欠陥で、お湯を室内から持ち出せないと言う【福音のマリス】でしか温泉を堪能できないものだった。
室内そのものが一つの“魔道具”として扱われているのか、身体が濡れている状態で浴場から更衣室に出ると、身体に付いた水滴まで消える。
一見、拭かなくてもいいと便利に思いがちだが、湯に入ったと言う余韻が台無しだった。
お風呂好きのサクラにとっては、是非とも直したかったのだ。
そこから、サクラは地道に“魔道具”を調べ始めた。
温泉に入る度に何度も何度も調べて、唯一同じ温度の湯に一緒に入れるローザが「鬱陶しい!」と怒ったこともある。
そんなサクラの成果が実り始め、サクラは“魔道具”を理解し始めたのが、ここ数日前。
温泉の“魔道具”はまだ直せないが、小型や単一の物は作れ始めて来ていたのだ。
「――おっ!!起動した~!後は……二人に持たせた【小型カメラ】に接続して……っと」
サクラは【スマホ】を操作して、カメラのアプリを起動。
自分が触っている時にしか電波が入らない【スマホ】だが、現代技術が使えるサクラの異世界での力の一つだ、有効に使わなければ。
「――おぉ!……ローザ殿が映っているな!」
身を乗り出して、サクヤがスフィアを覗く。
「ちょっと!まだ試験中だっての!」
「――ぐぬぬぅぅぅ!何をするかぁぁ!」
顔を押し合う似た者同士。
そんな事をしながらも、サクラは【スマホ】を操作して、カメラアングルを切り替える。
次はフィルヴィーネが映り、二人に持たせた【小型カメラ】は、キチンと【スマホ】とリンクしているようだ。
「にしても……カメラの設置位置、何とかならなかったのかなぁ……?」
ローザもフィルヴィーネも、自分の固定アングルの下方に地肌が見える。
きっと、いや確実に胸に挟んでいる。
「すっごい揺れるし……」
「た、確かに……――うぅ……また酔いそうだ」
「うげ!――なら離れて見なさいよっ……テレビは離れてみるのが、いい子のルールよっ!」
口元を押さえるサクヤに、サクラはリバースされない様にスフィアを上に挙げる。
「……心得た」
「マジで頼むわよ……あたし、釣られやすいから」
半眼でサクヤを睨みながら、サクラは戦況を見やすいように、キャンプテーブルの上に【簡易フォトンスフィア】を置いたのだった。




