163話【魂が巡る場所1】
◇魂が巡る場所1◇
エドガーが全員に果実ジュースのおかわりを入れている最中、リザが器に落ちた。
ジュースで溺れそうになっている人?を初めて見た。
慌てたリザは、飛び上がってフィルヴィーネに抱きついたのだが、当然濡れたままで。
怒りはしないが、まぁ呆れてはいた。
そして今、フィルヴィーネとリザはドラム缶風呂ならぬ装甲板風呂に入っている。
声ははっきりと聞こえるので、このまま話を進めてくれとの事だったが、折角なので小休憩を始めた所だった。
ローザとサクラ、それにサクヤは、テーブルに着きながらエドガーが淹れたコーヒーを飲んでいる。
フィルヴィーネとリザは風呂。メルティナも身体を拭くと言ってついていった。因みに火の番はエドガーがしている。
「なんか……毒気抜かれちゃったよ。すみませんでしたローザさん……熱くなって」
「いいのよ別に……キミの言いたいことも、分かるし」
「……」
サクラは一つ気付いた。
ローザがキミと呼ぶ時は。
警戒している時、触れられたくない時、そして――誰かを遠ざけようとしている時だと。
勿論それ以外でも使う時はあるだろうが。
特にローザは、男の名前を呼ばない。呼ぶのはエドガーだけだ。
それ以外の男性、エミリア・ロヴァルトの兄アルベールや、【鑑定師】のマークス、【聖騎士】のオーデイン、敵として戦った数人の男性等を名前で呼んでいる所は、見たことがない。
そんなローザのサクラに対するキミ呼び。
今回は、サクラ達を遠ざけようとしている。そう感じた。
(何か理由があるのかな……?まさか、好きな男の名前しか呼ばないなんて、そんな事ないよ……ねぇ……流石に……ねぇ――っていけないいけない)
考え過ぎる悪いところが出たと、サクラは切り替え直した。
◇
ローザは背伸びをして身体を解す。
「んん~!」と大きな胸を張り上げて、背筋を伸ばして両腕を夜空に掲げた。
「凄いわね……この星空」
「そう言えばそうですね。あたしの世界での都会じゃあ、絶対見れないだろうなぁ~」
「……お主の時代は、そんなにも空が汚いのか?」
「いや言い方!……空が汚いんじゃなくて、大気汚染のせいだよ……発展しすぎた弊害ね。【忍者】のいた時代からしたら、時代に順応できないんじゃ……あ、いや、あんたならできるかも」
《戦国時代》の世から来たサクヤだが、宿ではサクラの【スマホ】でアニメを見たり時代劇を見たりと、速攻で対応していた。
今では【スマホ】の操作もできている。
まぁその【スマホ】には、サクラが触れていないと電波が入ってこないと言う制限があるのだが。その光景を思い出して、サクラは笑っている。
何が理由で笑われているとも知らずに、サクヤは。
「――そうであろう!わたしは意外と出来る女子なのだっ!」
ローザの隣に立って、同じく胸を張る。
虚しくならないだろうか。
というか、何でわざわざローザの隣に立ったのか。
「貴女達、本当に仲がいいわね……」
「……ま、ここに来た当初よりは……そうかもしれませんね」
「……嫌いではないな、確かに」
「どの口が言ってんのよっ!!」
「――ふあぁぁぁっ!いはいいはいっ……!」
ローザの言葉に、サクラは恥ずかしさを抑えて肯定したのに。
当のサクヤの返答ときたら、少し誤魔化したように上からだった。
サクヤの口を真横に――びぃぃぃん!と引っ張るサクラ。
装甲板風呂に入るフィルヴィーネの謎の鼻歌を聞きながら、各々そんな感じで、小休憩は終了した。
◇
風呂から上がってきたフィルヴィーネは、のぼせたリザを頭にのせて戻って来た。
一緒に身体を拭いていたメルティナもだ。
「リザよ……お前は少し、その身体に慣れるために努力せよ……今までとは勝手が違うぞ?」
「はぃぃ……ニイフ様ぁぁ」
身体のサイズそのものが小さくなり、魔力もほぼ無しに等しい“悪魔”のリザ。
魔力の源はエドガーであり、一応異世界人でありながらエドガーとは契約していないリザの存在は、ある意味一番貴重なものだろう。
(……あののっぺらぼうが、リザを異世界に来ることを許可したのだろうが……リザはもう、以前のような力は出せまい……精々知恵を貸してやれる程度、勝手について来ただけでも凄い事だろうな)
頭に乗る、可愛らしく変貌した部下の“悪魔”に、フィルヴィーネは少し同情と感心をした。
リザは“召喚”された異世界人達と違い、身体を作り変えられている訳ではない。
そのままの姿を、魔力の消費という形で小さくして生存出来ていると、フィルヴィーネは予測している。
実際エドガーに魔力を与えられていなかったら、既に消滅していたはずだ。
その点を含めても、フィルヴィーネはエドガーに感謝をしている。
(……だから、答え合わせをしなくてはな……あののっぺらぼうと、エドガーの関係を……)
あの場所――【魂再場】でフィルヴィーネの前に現れたのっぺらぼう。
魔力の可視化によって、フィルヴィーネはその男の姿を見た。
【召喚師】エドガー・レオマリスにそっくりな、光の塊のような存在。
異世界人全員が会っているであろうその存在と、《契約者》――エドガーとの関係を。
◇
小休憩は終了し、エドガーは火の番から解放された。
「あ、暑かった……」
「ふふ、ご苦労様。エドガー」
「うん……ありがとう。休憩は終わったんだよね?」
「ええ。何時でも再開できるわよ……」
「分かった……」
労いの言葉を送るローザに感謝しつつ、エドガーは席に着き直した。
冷めたコーヒーを飲み直して、一息つく。
(結局……何も考えが進まなかったな……)
フィルヴィーネの風呂の火番をしながら、エドガーはローザの言ったことを真剣に考えていた。
ローザは、王女の依頼を受けるのだろう。
それはもう、仕方がない事でもある。ローザが決めた事に、エドガーがとやかく言う権利は無い。
出来る事と言えば、精々心配することくらいだ。
(ローマリア殿下は信頼できるお方だ……城にはエミリアとアルベールもいる……)
安心出来る材料は幾つもある。
だが、不安材料が多くあるのも事実。
【召喚師】であるエドガーが城に入ることは出来ないはずだし、そもそも【召喚師】を“不遇”職業にした前王がいるのだ。
バレたら即刻打ち首でもおかしくは無い。
(でも、でもだ……歴代の【召喚師】、特に祖父は……城にお勤めをしていた経歴もあるはずだし、何か手がかりがある可能性も、十分にあるんだ……ローザがそれを、率先して調べるって言ってくれているのに……僕は、弱気になって……)
ローザの強さがあれば、もし【召喚師】の関係者だと知られても、逃げ出すことは容易だろう。でも、その後はどうする。
きっと、ローザを採用したローマリア王女や、知り合いのエミリアとアルベールも罰を受ける事になる。エドガーは、それが何よりも怖い。
(僕の出来る事……僕が出来る事……僕にしか出来ない事……何か。何かあるはずだ……それを見つけないと……)
「――ガー、ドガー?……――エドガーっ!?」
「……えっ!?――あ、何?」
コーヒーカップを持ったまま固まるエドガーに、ローザが声をかけていたようで、考えに浸っていたエドガーは抜けた声を上げて応じる。
「何って……始めるわよ。続き……私達異世界人が、この世界に……エドガーに会う前に行った場所……サクラの言う【魂再場】について話をするから……聞きなさい、今は」
「……ごめん……」
考え事をしていたことを、透けて見えていたようだ。
それでもローザは「いいのよ」と言い、笑ってくれた。
きっとエドガーが考えている内容も、筒抜けなのだろう。
それでも今は、なさなければならない事をキチンと話すために、声をかけてくれたのだ。
「では、我ら全員が招かれた【魂再場】……あの場所は……この世界に“召喚”される為の前準備だと、我は思った……」
フィルヴィーネが先行して自分の考えを話し始める。
この“魔王”様も、エドガーがちゃんと聞くまで待ってくれていたようである。
「あの場所にいた……光の塊、其方等も会ったであろう?」
異世界人全員が思い当り、頷く。
「あの不思議な存在が何なのか……心当たるものはいるか?」
“魔王”などという存在が、不思議と言う辺り、相当なものなのだろう。
エドガーだけが分からない訳だが、分からないからこそ聞けることもある。
「その光の塊――って。人……なんですか?」
「……」
フィルヴィーネは考えるように腕を組み、少し間を開けて答える。
「分からぬな……魔力の可視化で、姿は薄っすらと見る事が出来たが」
「――あの変な声……形があったんですかっ!?」
「そういえばそうだな……わたしとサクラがいた時は、声だけだった」
サクヤとサクラが会ったのは、声だけの存在。
言い争いをしてきた二人は、その声だけの存在に自由を奪われて、そのまま説明をされたのだ。
「ノー。ワタシの時は……とても希薄な存在でした……声は確かにありましたが、ワタシは自分に身体があった驚きと、急な展開に対応できず……不本意ながらそのままこちらに送られたようです。そう言えば、座標なども全くの不明でした……記録にも残っていません」
「ローザさんは?どうでしたか?」
残るローザはどうだったかを聞くサクラ。
「そうね……私の場合は、光を纏った……人の形をしていたわ。能力を与える事を仕事とも言っていた……――そのせいで、こんな身体にされたけれど……」
最後の言葉は小さく呟いたせいで、誰にも聞こえなかった。




