161話【転体魂再】
◇転体魂再◇
フィルヴィーネは無言で食事をしていた。
食事が不味いわけではなく、ローザから聞いた話が衝撃的すぎたらしい。
「……まさか叡智ある【四大天使】の一人が――幼女趣味の変態だったとは……」
「それは激しく同意するわ……実際、私が成長期で大きくなったら、直ぐにいなくなったし」
「――ア、アヤツ……はっ!そう言えば《天界》にいた頃も、侍らせていたのは子供ばかりだった……!」
擁護する訳ではないが、“天使”ウリエルは女である。
「よく堕天しなかったわね……あいつ。あんなに欲望に忠実なのに……」
「確かに……我ですら、ある種で欲で魔に堕ちたと言うのに」
「貴女の……欲望?」
ローザはパン粥を運ぶスプーンの手を止めて、フィルヴィーネを見る。
そのフィルヴィーネは、懐かしむように言う。
「単純な話だ……退屈だったのだよ、平穏が……」
フィルヴィーネが【紫月の神ニイフ】だった頃、既に《天界》と《魔界》、そして《人間界》は既に分け隔てられていた。
世界が一度終わり、新たな【主神】となった【ザフィルセイオス】は、《天界》と《人間界》を行き来する道を全て閉鎖した。
人間界でも、戦いは無きにも等しい時代が数百年続き、《魔界》からも侵攻が無くなり、本当に争いと言う言葉が無くなりつつあった。
しかし、それをよしとしない“神”達もいた。
フィルヴィーネ――ニイフがその神々の中枢メンバーと言う訳では決してないが、暇をしていたのも事実。
【紫月の神】の司るものは、躍動と興奮。そして騒動だ。
正直言って、人々が挙って信仰する“神”ではない。
それでも、ニイフが所持する《神器》【転竜の玉石】は、神々に必要不可欠な存在だった。
《人間界》へ渡る為には転移をするしか、行き来する術が無くなったからだ。
だが、退屈に退屈を重ねて過ごしていたニイフに限界が来た。
『私は……“神”を辞める!!』と【主神】に宣言したと思うと、御付きの“天使”達を連れて《魔界》に転移し、数千数万の“魔族”を屈伏させて、“魔王”を名乗り始めたのだ。
それが、この時代から凡そ四千年前、ローザがいた時代から数えても、約千年だ。
「《魔界》に来てからは、それはもう毎日楽しかった……だが、その日々も長くは無かった。“魔族”は、繁殖性が極めて低い……それは《天界》でも同じだが、“魔族”の場合はちと違う」
「……と、言うと?」
黙って聞いていたエドガーが聞き返す。
「滅びの寸前だったのだ。“魔族”も“天族”も……だから、もう純粋な“悪魔”も“天使”も生まれぬ。その為には生み出された術が……【転体魂再】だ」
「転体……魂再?」
ローザとメルティナはなるほどと納得していたが、エドガー達留守番組には何が何だか分かっていない。
それを思ったのか、メルティナが説明してくれた。
「マスター。フィルヴィーネは、ワタシとローザに【転体魂再】の説明をしてくれると言う話でした……ですが、ここに戻って来てからという事で、先延ばしになっていたのです」
「ああ、それで……」
この話をするしないで一悶着あったのだろう。
だからローザとメルティナは疲れていたのだ、とエドガーは予想した。
「エドガーやその他がいた方がよいだろうが……!」
「その他はひどくないっ!?」
「……その他……わたしの事か!?」
その他が反論。
「いいから黙っていなさい……」
「「……はぃ」」
しかし、あっけなくローザに封殺された。
こう言う、人を黙られるのは本当に上手いローザ。
「続きを」と、ローザがフィルヴィーネに促す。
「“魔族”の上位が“悪魔”“魔人”、そして“魔王”だ。逆に“天使”の下位が“天族”、上位が“神”だとする。それは人間にもあるが……――まぁ、もう存在していないだろうからそれはいいか……」
「聞いたことないわね……そもそも私は“天族”なんて知らなかったし」
「“魔族”“天族”は……翼のない“悪魔”“天使”のようなもの。気付かぬのも無理はない……それに、極端に数が少なかったしな、“天族”は……人間は非常に弱く寿命も短い。しかし種族の中でも繫殖力が強く、戦争が無くなってからはあっと言う間に増えていった……それこそ、数だけなら《天界》も《魔界》も、既に追いつけるわけがないくらいに、な」
「……ん?それって、もしかして」
その他。ではなくサクラが何かに気付いたのか、神妙な面持ちで考える。
フィルヴィーネは、それを面白そうに。
「ほぅ。小娘……何か気付いたか。どれ、言ってみるがいい」
「いや……でも」
「言いなさい。サクラ」
「――うぅ……分かったよぉ」
ローザとフィルヴィーネに気圧されて、まだ自分の中でもまとまっていない仮説を述べる。
いや、述べらせられる。
「フィルヴィーネさんの言う【転体魂再】……?文字にするとこうでしょ?」
サクラはそこら辺い落ちていた木の棒を手に取り、地面に【転体魂再】と一文字ずつ書く。漢字で。
「――ほぅ。小娘の世界の文字か……しかし、分かるのが不思議だな」
「そうね。私の世界の文字もサクラが読めるように……異世界の不思議ってやつかしらね」
「あたしの考えだと……身体だけを転生させるんじゃないかな。文字通りだとしたら、人間の身体を再構成して、同じ魂を入れる……そうして“天使”とか“悪魔”にする……みたいな?」
「そんなことが可能なのかな……?いや……でも」
エドガーはその複雑怪奇な仕組みを理解しているのか、う~んと考え始める。
それを余所に、サクラは続ける。
「例えばだけど……同じ人間の魂だけを同じくして再構成、転生させるとして……“神”様とか“魔王”様みたいな、尋常ならざる者なら……可能なんじゃないかなって」
その考えにフィルヴィーネは軽快に笑い、サクラを褒めた。
「クックック!流石は異世界の知恵という事か……ほぼ正解だ」
「ほぼ……?」
「うむ。正確には、我ら“魔王”や“神”でも、それを行うことは出来ぬ。魂の転生だけならば――流転するのだ、自動で勝手にやってくれるがな……だが選択することは違う。魂を同じくして、身体をも同じに作り直す……しかしその構成は別物だ。脆弱な人間を姿を同じままに別の存在にするなど、そんな力は、余程の事ではない」
「……?」
エドガーは首を捻る。
フィルヴィーネが、エドガーを見ていたからだ。
「エドガー……其方、鈍いと言われるだろう?」
「え……ええ!?」
なぜ急にと、エドガーは椅子から尻を上げて驚く。
そしてサクラも考えがまとまったのか、サクラはエドガー以上に驚く。
「もしかして……!!」
「「“召喚”……」」
サクラの声に合わせて、ローザも述べる。
どうやら、ローザも少し勘付いていたらしい。
「心当たりがあるのだろう?ローザよ……」
フィルヴィーネは、既に当たりをつけていたようで。
ローザに対して邪悪な笑みを浮かべた。
「ええ……気に食わないけれど……貴女の言う通り、きっと私は……私達は――エドガーによって、再構成されている……」
「「!?」」
「驚いている暇は無いわよ……サクラやサクヤ、メルティナも。きっとフィルヴィーネも……ここにいる異世界人は、皆そう……エドガーは分からない世界。あの場所が、それを行う場所だわ」
異世界人全員が思い当たるあの場所。
エドガーは、混乱しそうになる頭を落ち着かせて、ゆっくりと席に座り直して。
「……聞かせてくれないかな……その話」
【異世界召喚】と【転体魂再】、二つの共通点。
まだ仮説にせよ、限りなく正解に近いであろう答えを、ここにいる異世界人達は、導いていく。




