160話【キャンプ】
◇キャンプ◇
ローザが枯れ果てた大木の丸太に座っていると、戦い終えたメルティナとフィルヴィーネが戻って来た。
フィルヴィーネは軽快に笑い、メルティナは物騒な物を見る目で笑う“魔王”を警戒しているように見える。
「……随分とお疲れのようね、メルティナ」
「あぁ……ローザ。目を覚ましましたか……どうです、体力の回復は出来ましたか?」
「ええ。そこはありがたかったわね……貴女は、相当参っているようだけれど……」
ローザは、元凶であるはずのフィルヴィーネ見る。
メルティナの疲労は、確実にこの高笑いをする“魔王”のせいだろう。
「時間的にも、一旦仕切り直しかしらね……」
赤い髪を指先でクルクル弄りながら、ローザは右手から炎を出し、天に打ち上げる。
既に真っ暗な時間帯になり、月明かりだけが三人を照らしていたわけだが、ローザが上げた炎は臨界点まで到達すると、ゆっくりと落ち初めて、やがて破裂する。
「これは……信号弾ですね。終わりの合図ですか?」
「そうよ。エドガー達にね、時間も時間だし私も反省したわ。お腹もすいたし……」
「……そうですね。流石にマスター達も待ちくたびれているかもしれません」
ローザは、休めた事で冷静になれたようだ。
二人は破裂していく火花を見ながら、結構な距離を置いて待っている筈の《契約者》と仲間を思って、クスリと笑ったのだった。
◇
一方でエドガー達はというと。
装甲車【ランデルング】の中に設けられたシャワールームを使用可能にするべく、様々な《石》を(主に赤色)試していたのだが。
組み合わせを間違えた誰かさんのせいでシャワーが暴発し、サクラとリザがびしょ濡れになっていたのだが。
「はぁ~~~~、極楽極楽、《魔界》の湯にも劣らないわ~」
「ですね~……《魔界》は知りませんけど~……――で、反省した?に・ん・じゃ!!」
リザの言葉にサクラは機嫌よさげに頷く。
そして、下にいる誰かさん。サクヤに声を掛けたのだが。
「……した」
ムッとしながら答えるサクヤ。
「――絶っ対してないわね……ったく、あんたが無理矢理《石》を取り付けたからこんなことになってんでしょ!まぁエド君がこんなに素晴らしい物を用意してくれたから。水に流してあげるけどっ」
ちゃぱちゃぱと、自分が入る湯船のお湯を掬い肩にかける。
「……ぐぅ~」
涙目で、サクラが入る湯船の下にある火種に息をかける。
そう、【ドラム缶風呂】だ。正確にはドラム缶ではなく、エドガーが【ランデルング】のあまった装甲(薄板)で作った浴槽だが。
サクラはその浴槽に入っている。外で。
因みにリザは、更に小さな浴槽(というか桶)の中に浮かんでいた。
「あれ~?あっついんですけど~」
「申し訳がございませぬっっっ!」
「――はぁ?」
「――ごめんなさぁぁいっ!!」
月が輝く空の下で疑似露天風呂を楽しむ一方で、エドガーは今、車内にいる。
一人で寂しく、夕食の調理中だった。
◇
綺麗に作られた真新しいキッチンで、エドガーはフライパン片手に野菜を炒めていた。
(ローザとメルティナ、フィルヴィーネさんの事も気になるけど……あれだけお腹を鳴らされちゃあね……あはは)
外でメルティナとフィルヴィーネの戦いを見ていたエドガーは、【ランデルング】の小窓から「きゃっ!」という小さな悲鳴を聞き及んで、直ぐに駆け付けた。
そこには、びしょ濡れになったサクラとリザ。
「やってしまった」と、居た堪れない顔をするサクヤの姿があった。
実はサクラには、今回かなり頑張って貰っていた。
エドガーが今キッチンで調理を出来ているのも、サクラのおかげだ。
鞄から、調理器具一式と食材、そして浴槽を溶接する機材を出してもらったのだ。
それは勿論、魔力を使って。
もしかしたら今回は地味に、ローザ達に引けを取らない魔力の消費かもしれない。
このフライパンもそうだし、炒めている野菜もそう。
(サクラには感謝だな……ローザ達もお腹を空かせてる頃だろうしね)
自分達も腹ペコではあるのだが、エドガーの考える先はいつも自分以外が最優先だ。
もし、びしょ濡れになったサクラのお腹が鳴らなかったら、エドガーは今もメルティナとフィルヴィーネの戦いを見ていた事だろう。
「よしっ!出来た……皿、皿……あっ!!皿がないっ!?」
六人分+αの野菜炒めを盛り付けようとしたエドガーだが、肝心は皿がない事に気付く。
(どうし……このままでも……いや、食事は大切だ!気持ち良く食べてもらわないとっ)
そうして、エドガーは【心通話】でサクラを呼び出す。
非常に申し訳ないが、もうひと頑張りして貰う為に。
◇
外に設置された組み立て式のキャンプテーブルには、人数分の野菜炒めとパン粥、そして果実のジュースが置かれている。
あの後サクラが、慌てたエドガーの【心通話】に駆け付けたのだが、そのサクラの姿はバスタオルを一枚纏い、鞄を持つだけの煽情的?な姿だった。
何かあったのかと勘違いをしたサクラと、皿がないと変に慌てたエドガーがお互い間違いに気付く。
一瞬時間が停止した車内で、サクヤとリザが追いかけてくるまで、二人は見つめ合っていた。固まっていたとも言うが。
そして無言のまま車内を降りたエドガー達は、こうしてテーブルに着き、ローザ達を待っているのだが。
「……その、ごめん」
「う、ううんっ。あたしもその……つまらないものを見せちゃって」
「――つまらなくなんてっ……な、ないよ」
顔を赤くして、エドガーはジュースを手に取る。
「ホ、ホント?」
サクラも疑問視する所はそこじゃない気がする。
エドガーも思いっきり照れてはいるが、別に裸を見た訳ではない。
「……う、うん。綺麗だった」
どうやらバスタオル姿は上から下までガッツリ見ていたらしい。
「……え、えへへ……」
照れる所ではない。絶対に。
「……二人の空気の所悪いけど。エドガー、そろそろ我が“魔王”……フィルヴィーネ様が来るわよ、気配が動いた」
テーブルの上で胡坐を掻いていたリザが、立ち上がってエドガーの肩に昇っていく。リザは人形用の服を着ており、サクラがリザちゃん人形と呼んでいた。
「そそ、そうですか……」
「二人の世界って……別にそんなつもりじゃ」
「そういう所よっ、あと“世界”などとは言っていなわよ……小娘」
「「うっ……」」
二人は、精々からかわれるしかないと観念した。
◇
少しして、疲れた様子で三人が帰ってきた。
いや、疲れた様子は二人だけだったが。
「……お腹すいた」
「イエス。同意です」
「クックック……待たせたな!」
「ローザ、メルティナ……フィルヴィーネさんも、お疲れ様です」
「やっと来たか……わたしはもう待ち草臥れていたぞ?」
「あ、ごめん……あたしはパンだけいただいてるよ」
「フィルヴィーネ様!お風呂がありますよ!入りましょう、一緒に!」
エドガーは立ち上がって、三人を席に。
サクヤはやれやれと言った感じに、サクラは既に食べていた事を謝る。
リザはフィルヴィーネを風呂に誘った。
また入るつもりらしい。しかしフィルヴィーネ以上に、ローザが反応を示した。
「お風呂……」
「大丈夫だよ。サイズは小さいけど、ちゃんとしたお風呂だから」
「そ、そう……ありがとう、エドガー」
「うん……さ、とにかく……まずは食事にしよう。席について?」
「ええ」
「イエス」
キャンプテーブルの端にエドガーが、その両隣にはローザとメルティナ。
反対側にはサクラサクヤ、そしてフィルヴィーネが座っている。
全員で、ようやく食事を始めた。
「そう言えばローザさん……凄い炎でしたね、あれ」
「……ん?ああ、《魔法》ね……凄くないわ。あれは中級よ。普段使う炎は、《石》から出る炎を魔力で操作しているだけだから……《魔法》とは呼べないし、《魔法》はやっぱり疲れるわね……久しぶりに使ったけれど」
「あ、あれで中級、ですか……?」
サクラの質問に答えたのはローザではなく、フィルヴィーネ。
「――そうだ。この娘が使ったのは……《神理解魔法》、その一つだ」
「……」
「神、理解?」
「ああ。『“神”の理を理解する事で、神々の《魔法》を使う事が出来る』と言うものだ……普通は使えぬよ。きっと、この娘に力を授けた“天使”が教えたのだろう……違うか?」
「……――そうよ。元“神”なら、知っているかしら……ウリエルって言うのだけれど」
「……【四大天使】ではないか……――何をやっているのだアヤツは……」
フィルヴィーネは、どうやらローザの師匠、“天使”ウリエルを知っているようだ。
「しかし合点もいくな……ウリエルは炎を司る……そして、知恵を与える“智天使”でもあるからな……其方に教えたのだろう、《神理解魔法》を……しかし、アヤツは芸術がどうとか言って《天界》から旅に出ていったと聞いたが……」
「……はぁ~。あの【バカ天使】の言う“芸術”って言うのは……幼い子供よ……私もそうだった。昔は私も小さかったから……興味を持たれたのでしょうね……」
「……」
ローザの言葉に、フィルヴィーネは固まっていた。
元“神”としては、“智天使”と呼ばれる知り合いが、幼子目的で旅に出たことが衝撃だったのだろう。
フィルヴィーネがこの世界に来て初めて、絶句する顔を見たエドガー達であった。




