159話【メルティナVSフィルヴィーネ3】
◇メルティナVSフィルヴィーネ3◇
轟音が鳴り響くと、その振動で軽い地震が起こった。
少し離れた場所で、ローザは木の根に背を預けながら、メルティナとフィルヴィーネの戦いを見守っていた。
少し前に目を覚まし、今し方聞こえて来たメルティナの言葉に、考えさせられていた。
(……メルティナは、私の代わりをしようとしている……)
本人になり替わるのではなく、ローザの代わりに戦う事を、深くまで想定しているのだ。
今フィルヴィーネと戦っているのも、それを示すためだ。
フィルヴィーネにもだろうが、きっとエドガーに対しての思いの方が強いだろう。
(私と正反対……まるで、天と地ね。本当に情けない……)
ローザは、自分が弱くなっている事を知られない様に努めている。
メルティナには【解析】で見破られてしまっていた様だが、エドガーには知られていない筈だ。多分。
メルティナが言った先程の言葉も、きっと本音の筈だ。
『エドガーに申し訳が立たない』。フィルヴィーネは、あくまでも新しい異世界人だ。
それがローザが負けて、メルティナまで負けたら立つ瀬がない。
メルティナは分かっているのだ。サクラとサクヤでは、あの“魔王”には勝てないと。
その考えはローザも同じだが、もしかしたらサクヤは、その気になれば意外と善戦するかもしれない。と言うのがローザの考えだ。
サクラの場合は、おそらく仲間と戦うと言う考え自体がない。きっともう、フィルヴィーネの事も仲間として見ている筈だ。
彼女は、身内に温もりを求めている。
その生温い考えは、ローザやメルティナには無い考えだ。
だからこそ、サクラは貴重な存在なのだ。
その考えは、戦いを重きに置いている面々にとって癒しにも近い。サクラこそが、一番エドガーに近い考えをもっていると、ローザは感じている。
今も、本当はフィルヴィーネと戦う必要など無いと、ローザも分かっている。
自分が短気を起こして喧嘩を売った。そんなローザが言うのも変な話だが。
フィルヴィーネがエドガーに協力的な以上、一触即発は避けるべきだった。
しかし、ローザと同じ世界から“召喚”された“魔王”フィルヴィーネに、ローザは挑まねばならなかった。
フィルヴィーネがそれを望んでいたと言うのもあるが、ローザ自身、弱まる自分の力を。その本当の強さをエドガーに見せておきたかったのだ。
――自分が――戦えなくなる前に。
しかしローザはあっさりと負けた。
危険だからと、市街地では使えないと言った《魔法》を使っても、魔力をどれだけ使っても、勝てなかった。
今のメルティナの方が、善戦しているに違いない。
ローザは上を向き「ふぅぅー」と自分を落ち着かせるように息を吹き。
少し考えをまとめていると。続いていた轟音が止んだ。
戦いに決着がついたのだろうか。
「……音が止んだわね……終わったのかしら――よっ……と……くっ、あの“魔王”……まだ眩暈が」
脳震盪を起こし、三半規管を揺さぶられて強烈な酔いにさらされた結果。ローザは気を失った。
《石》が万全だったなら、気絶まではいかなかったかもしれないが。
その気絶がフィルヴィーネにされたことだとは分かっている。
ローザは眉間を指でつまみ、戦いが終わったであろう方角を睨んだのだった。
◇
音が止み、メルティナは目を見開いて驚愕する。
「……」
「――どうした?メルティナよ……」
目を見開き、上下に揺れるメルティナの視線に、攻撃を受けたフィルヴィーネが声を掛ける。
その声は、夢見心地の少女のように高らかだった。
しかし声を掛けられたメルティナは、戸惑いながらも聞き返す。
「い、いえ……その……あの……えっと……」
メルティナはしどろもどろになり、視線は先程からフィルヴィーネの顔と腹を行ったり来たりしている。
そう。バンカーで攻撃を与えた、フィルヴィーネの腹部に。
「――なんだ?そんな不思議そうな顔をして……」
フィルヴィーネは未だに嬉しそうにしている。
「いえ、ですから……その、腹部……人類は、腹部に頭サイズの穴が開いていても、生きていられるのですか?」
メルティナが言うように、フィルヴィーネの腹部には人間の頭よりも大きな穴が開いていた。
ぽっかりと綺麗に。
血も出ている。滝のようにドバドバと、止めどなくだ。
つまり、メルティナのパイルバンカーはフィルヴィーネの障壁を穿ち抜いたのだ。
しかしその穿たれたフィルヴィーネは。
「――ん?無理に決まっているだろうが。我だからだぞっ……いやそれにしても、いい一撃だったな!アッハッハッハ!」
どてっぱらに開いた穴を見下げながら、フィルヴィーネは軽快に笑う。
それにしても、随分と気分がよさそうだ。
「……ノー。血が出ていますが……その――と言うか、内臓は何処に?」
蠢いている血肉に、メルティナは元の世界で戦っていた【惑星外生命体】を思い出していた。倒しても倒しても、何度も再生した化け物を。
ふと、その生命体対策で作り出されたある兵器を思い出す。
再生阻害弾頭【GYN-12】。
その特殊弾頭があれば、フィルヴィーネを倒せるのではないかと。
生憎、【GYN-12】は非常にコストがかかる為、今のメルティナでは【クリエイションユニット】を使っても作り出せないのだが。
「う~む……――再生が遅いな。こう……か?」
そう言うとフィルヴィーネは、腹に開いた穴に手を突っ込んで、弄る。
ぐちゅぐちゅ――と一見淫猥な音に感じるが、実際見ているメルティナの顔はどう見てもドン引き、顔も青い。
そんなメルティナの様子に気づいたフィルヴィーネは、的外れな事を言い出す。
「我の身体は特注だからな!」
「――そうではなくっ!!し、心臓を握って何を……!」
《近未来の世界》から“召喚”された元AIでもハッキリと分かる。
心臓をにぎにぎしながら会話をするこの“魔王”は、尋常ではないと。
「心臓マッサージだが……?」
「そんな何を聞いている?――みたいな顔はやめてください!」
セルフ心臓マッサージ(直)を行うフィルヴィーネの不思議そうな顔に、流石にツッコむメルティナ。
「なんだ。可笑しな奴だ……心臓くらい潰れたところで、死ぬわけなかろうが、機人の民であるお主もそうであろう?」
「――死にます!あ、いや……機械であった頃はそうではないですが……今は死にます!」
「なんとそうであったか……お主、機人の民は機人の民でも、《神機種》であったか!?」
「……エクス……マキナ?」
「なんだ。自分の詳細も知らぬのか……――おっ!?」
心臓マッサージを続けていたフィルヴィーネが、メルティナとの会話中に何かに気付き、手に持っていた心臓を元に戻す。
その時点で既に人間とは違うのだが、フィルヴィーネはもうフィルヴィーネという新しい存在なのではと、メルティナは半分以上諦めた。
「ワタシの詳細?……正直言えば……ワタシはマスターに“召喚”された際に、身体を作り変えています。更には以前の戦闘時に、“召喚”時よりも身体が人間に近付いた現象がありました……自分の意志ではない筈ですが……まさかこんな感情を持つ日が来るとは、思いもよりませんでした」
「なるほどな――【転体魂再】していたか……」
「てんたい、ごんさい……?」
「ああ、我にダメージを与えた褒美に説明してやろう――だがしばし待て……このどてっぱらを治すのでな!」
どうしてそんなに嬉しそうに言えるのか。
そんなフィルヴィーネは、魔のオーラを溢れさせて、身体の再生を開始した。




