156話【マジック・アンプル】
◇マジック・アンプル◇
現場に到着したメルティナは、先ずはエドガーに報告をした。
『マスター』
『メルティナ!意外と早かったね……』
『イエス。プリンセスの護送、完了しました』
『うん。助かったよ……ゆっくり休んで――』
『いえ。早速ローザのもとに向かいたいと思います』
『……なんで!?――ちょっとメル、もしかしてあんた……』
『――その通りですサクラ。ワタシは、ローザに助太刀します』
空中に漂ったまま、メルティナはエドガーとサクラに言い放った。
ローザを助ける、のだと。
『助太刀って……ローザさん、そんなにピンチなの?』
『いや、だが先程ローザ殿は、物凄い炎を使っていたが……』
先程リザに、フィルヴィーネが得意な《魔法》を聞いていたエドガー達でも、そこまで深刻だとは思えなかった。しかし、メルティナは違う。
――ローザの状況を。
ローザが能力、【孤高なる力】の影響で弱体化していることを知っている。
それをメルティナは、エドガーに言うべきかを迷っている。
『……いえ。それは違います――マスター』
メルティナはサクヤの言葉を否定し、そしてエドガーを見る。
その視線は、迷いを孕んでいることが明白だった。
エドガーもそれに気づき、言う。
『……分かった、行ってあげて。ローザを頼むよ』
『――イエス!感謝します、マスター!!』
一言それだけを言って、メルティナはローザとフィルヴィーネの戦いに向かっていった。
エドガーは、《契約者》の少女達の考えや行動に、自分から進んで関わって行くことは少ない。
それは、不安と信頼、双方の表れでもある。だがそれと同時に、“恐怖”を感じているからだ。
異世界人の異能の力に、ではない。彼女達に否定される事が――怖いのだ。
◇
「ワタシも混ぜて頂きます……ローザ、フィルヴィーネ」
「メルティナ……貴女、こんなに早く……」
ローザの直ぐ傍に着地し、メルティナはローザの様子を見て確信する。
「ローザ、あなたはやはり……“力”が弱まっているのですね……?」
ローザの顔が、見る間に不機嫌なものになる。
「……――メルティナ、やっぱりあの時……挑発してきた理由はそれなのね」
メルティナの言葉に、ローザは刺すような視線で睨む。
しかし、メルティナはその視線を受け止めて頭を下げる。
「――イエス。それについては……申し訳ありません。ワタシには、個人の戦闘能力を判別する《能力》があります……それであなたの現在の力を知りました」
謝辞を告げるメルティナの真剣な姿勢に、ローザは怒気を鎮めて気を抜かれる。
「……そう素直に謝られたら、怒る私がバカみたいじゃない。怒る気も無くなるわよ……でも――力を見ることが出来る……便利な力ね」
メルティナはエドガーに約束していた。ローザに謝ると。
頭を上げたメルティナは、【クリエイションユニット】の収納モードからあるものを取り出し、それをローザに渡す。
「……これは――【マジック・アンプル】じゃない」
フィルヴィーネを“召喚”した際に生じた溢れ出た魔力、それを回収し、魔力の回復薬とした物だ。
ローザはそれを受け取りながらも、この数が限られたアイテムを、メルティナがローザに渡してきたことを怪しむ。
「……これは、貴女が予備で持っているのではなかったの?」
そう。この【マジック・アンプル】は、6本しかない。
一人1本を所持し、残りの1本はメルティナが予備として持っている。という事だったが。
何故メルティナはローザにその1本を渡したのか。
「……どうせ、渡していた分を使う気でいたのでしょう?」
「……」
「目を逸らしても見ればわかります」
メルティナのセンサーは、滝のように流れていたローザの汗の中に、新しく反応を示した冷や汗を確認した。
そこに、いつものようなクールな姿は無かった。
「し、仕方がないでしょう……《石》の力が弱まっていて。今じゃこの世界の人間とそう変わらないわよ……」
ローザの《石》、【消えない種火】は、自然干渉効果が多い。
汗が蒸発する。体温が異常に高くなる。
エネルギー消費が高く、空腹になりやすい。
顔色が変わらない。その他いろいろだ。正直言ってデメリットはかなり多い。
それでも、戦闘面では無類の強さを発揮するし、今まで何度もローザを助けてきたことに間違いはない。
「――イエス。了解しました……ですので、この【マジック・アンプル】を使用して回復してください」
メルティナはローザが持つ【マジック・アンプル】の針を出して、打とうとする。
だがローザは。
「ちょ、ちょっと待って!自分でやるわっ」
「そうですか……?では、どうぞ」
「……」
「……?」
メルティナの疑問を浮かべた視線に、ローザは目を逸らして呟く。
「……わ、分かってるわよ……ふぅ~――んっ!」
ローザはふぅ~っと息を吐いて、勢い良く腕にぶすっと針を刺す。
顔が青いが、本当に大丈夫?子供のように目も瞑ってもいる。
(……こんなにも、普通の少女の様な反応をするのですね……)
【消えない種火】の効果が、ローザを完璧な存在にカモフラージュしている。
顔色も変えず発汗もしない。常に冷静に見えて、戦いでは一番の功労者になる。
そんなローザの意外な一面に、メルティナは思う。
きっと本来、感情の起伏が激しい、表現の豊かな女性なのだろうと、そう思った。
「――!!……魔力が、一気に……」
ローザ自身の空っぽな魔力を、一気に回復させて、【マジック・アンプル】は空になる。
《石》の魔力は自然回復が通例なので、【マジック・アンプル】では回復しないが、それでも戦う事が出来る。ローザは直ぐに行動に移ろうとする。
「“魔王”フィルヴィーネ!――もう一度っ!」
「――ロ、ローザ!?」
回復するなり、ローザはフィルヴィーネに喧嘩腰になる。
メルティナはローザの腕を掴んで静止する。
「クックック。気概は認めるがな……二人共少し休むがいい。特に其方はな」
フィルヴィーネが、座った丸太から足でローザを差す。
それを見たローザは、当然ながら不愉快に感じ、一歩、また一歩と踏み出してメルティナを引きずっていく。
「ロ、ローザ!あなたは本当に……魔力の有無で全く変わりますねっ!?」
引きずられながらも、何とかローザを抑えるメルティナ。
身体をくの字に曲げて、脚甲足裏の小型ブースターを点火させてまでしても、ローザは止まらなかった。
「――本当に弱まっていますか!?ローザ……!」
「ハハハハハ!狂犬めっ、いい加減大人しくしていろっ!」
フィルヴィーネは、愉快そうに笑みを浮かべながら、人差し指を弾く。
するとローザの額に。
「――あぐっ!」
バッッシィィィン――!と衝撃が走り、ローザはそのままメルティナを下敷きにして倒れた。
「なっ!――ロ、ローザ!?」
ローザは、きゅ~っと目を回して気絶していた。
(……ローザを一撃で!?しかし、一体何が……)
「デコピンだ。魔力でのな……」
「デ、デコピン!?――まさかっ!それだけでこのローザを気絶させるなんて、出来るわけが……」
ローザを木の根に寝かせ、メルティナはフィルヴィーネの言葉に反論する。
確かに、今までのローザの戦いを見ても、デコピン一発で気絶するとは考えにくい。
そんなローザが、完全に目を回して倒れているのだ。エドガー達が見ても、きっと目を見開いて驚くだろう。
「簡単な事だ。……その【マジック・アンプル】は、体力は回復しないだろう。魔力を戻せても、疲弊した体力は変わらぬのだ。それに、《魔法》による脳の疲労感は、普通の白兵戦よりもずっと多い。その娘は、絶えず《魔法》を打ち続けていた……疲弊してへたれている脳を揺さぶることなど、容易いという事だ」
「……脳震盪、ですか。それでも……ローザが一撃でなんて」
「それだけではなく三半規管を……――いや、まあいい。2~30分は目を覚ますまい。それまではお前が楽しませてくれるのだろう?機人の民……メルティナだったか……?」
値踏みするような“魔王”の視線に、メルティナはローザの眠る木の根元から立ち上がる。
身体をゾッとさせて、楽しそうに笑みを浮かべるフィルヴィーネを見るメルティナ。
無意識に流れる汗は、頬や背中から伝う。
震える足は、悟られない様に必死に力を籠める。
腕の震えは、片方の手で押さえる事で何とか自分を誤魔化す。
しかしメルティナには、この症状に知識として覚えがあった。
それは――恐怖だ。
(これが恐怖……ですか、マスター)
元・人工知能であるメルティナが感じた、初めての恐怖。
それは、同じ異世界人であり、仲間であるはずの“魔王”フィルヴィーネ・サタナキアからもたらされたものだった。




