153話【ローザVSフィルヴィーネ1】
◇ローザVSフィルヴィーネ1◇
空を穿った炎の柱は、フィルヴィーネの横を通り過ぎて雲を割った。
戦いが始まって、三度目の大きな《魔法》だった。
5連続で打ち出された炎弾を弾き、続いて飛んできた更に大きな炎弾を弾き、体勢を崩したフィルヴィーネに、ローザが炎の柱を見舞った。
しかし、フィルヴィーネは両手に魔力を籠めていなし、炎の柱はほんの少し逸れて直撃はしなかった。
その様子を、《魔法》を撃ったローザは驚いて見ていた。
「……《魔法》の芯を、狙って逸らした……?」
シュゥゥゥーッ――と、フィルヴィーネの両手からは摩擦熱の煙が上がる。
自分の《魔法》を軽く流されて驚くローザを尻目に、“魔王”フィルヴィーネは、煙の上がる手を、わざとらしくフーフーと冷ます。
「まったく、少しは楽しむという事を知るべきだな其方は……」
「――何をよっ!?」
「クックック……戦いを、に決まっているだろう?」
「ふざけないでっ!!」とローザは追加の炎弾を撃つ。
しかし――バシンッ!と、フィルヴィーネは足で蹴り捨てた。
チュドーーーン!!と、遠くで爆発する。
今、悲鳴が聞こえた気もしたが。
「巫山戯てなどおらぬわっ……もう少し余裕を見せてみたらどうだ?其方は、今まで年長者だったのだろう?」
「――そうねっ!!あんたが来るまではねっ!!」
そう言って、ローザは《石》から細剣を作り出してフィルヴィーネに向ける。
剣先には熱光線が集中し始め、数えるまでもなく、瞬時に発射された。
「クックック!このせっかち娘めっ」
フィルヴィーネは両手をクロスさせて防ぐ。
光線はフィルヴィーネの腕の枷に当たり、拡散して枯れ木や岩に当たってそれを燃やす、岩には貫通して穴が開いた。
「……どうなってるのよその手枷。足枷も……さっき炎弾を蹴ったでしょう……」
ただの枷には思えないフィルヴィーネの装備?に。ローザは内心で焦る。
そのフィルヴィーネは「ふぃぃ」と、“魔王”らしからぬ抜けた息を吐き出し。
「……ようやく慣れて来たわ。この枷にも、この世界の空気にも、な」
フィルヴィーネの四肢の枷は、謎の空間の支配者から強制的に授けられた贈り物だ。
その枷の目的は、フィルヴィーネの力を最低限まで抑えることだった。
枷は、超高度パズルのように組まれており、実はフィルヴィーネは精神だけで解除を試みている。
現在は力の5%を解放出来た。
“神”の生まれで、“魔王”。
そんなアホみたいな存在が強くない訳など無く、5%の力で、既にローザの力を超えている。
しかし、フィルヴィーネは多大な干渉をしないと決めている。
この世界の緩やかな進行を妨げることなく、自分も適度に楽しもうと、それだけを考えていた。
(……しかし、その為には……)
エドガーやローザ達に、もっともっと強くなってもらわなければならない。
その手始めが、ローザだったと言う事だ。
しかし戦い始めたローザは、元の世界での期待よりも、遥かに弱かった。
「其方……手を抜いている――訳ではなさそうだが……どうしたいのだ?元の時代で、近隣諸国を滅ぼした滅殺の《魔法》は、その程度ではあるまい?」
フィルヴィーネが見下ろすローザは、歯噛みしてフィルヴィーネを睨む。
ギリリと、奥歯が折れてしまうのではないかと思わせるほどの葛藤を噛み砕き。
「――おまえには関係無い事だわっ!私の、私の何を知っていると言うのよっ!!」
ローザは目を赤く変色させる。
その瞬間に魔力は膨れ上がり、比べ物にならない熱量の炎がローザを纏った。
「……ほぅ」
(……ロザリーム・シャル・ブラストリア本人の魔力ではないな……《石》にため込んだ魔力を解放している感じか……何故そんな回りくどい事をする?何か事情があるのか?)
ローザは、減少した魔力を使う事はない。
もう既に、ローザの魔力は底を尽きようとしていたからだ。
しかし《石》、【消えない種火】は違う。
その本質は不滅。文字通り、消えない炎を生み出すこの《石》は、無限にも等しい魔力を内包できる。
ローザはフィルヴィーネを睨めながら、先程までの《魔法》とはまた違う行動を取る。
それは、呪文だ。ローザはこの世界に来て、初めて《魔法》を唱える。
「……『光の空に一陣の風、彼方は焔の涙で燃え広がるだろう。赤の波動を纏う煉獄の炎よ、全てを浄化する天空の炎よ!』……」
ローザはフィルヴィーネの言葉に苛立ちを隠すことなく叫び、《呪文》を口にする。今までの炎は、単に炎を撒き散らしていただけ、ローザが真に戦っているとは言えなかった。
「――ほほぅ」
ローザの唱えた呪文に【消えない種火】は反応し、天空と地表に魔法陣を描き始めた。天に4つ、地に4つ。
一つ一つの魔法陣は、【ランデルング】を包み込むほどのサイズがあり、その計8つの魔法陣は、フィルヴィーネを完全に取り囲んでいた。
赤黒い地の魔法陣は、煉獄の炎。
赤白い天の魔法陣は、天海の炎。
「神の炎か……よくもまあ習得したものだ……」
(これは、確かに街では使えぬな……一つの街が、余裕で壊滅するぞ……)
フィルヴィーネは懐かしいものを見る目で、呪文を唱えるローザを見下ろす。
そのローザは、右手の《石》を輝かせて、フィルヴィーネを睨み続けている。
ローザは本気で撃ちこむつもりだ。跡形もなく、消し去るつもりなのだ。
「――クックック。こい、【滅殺紅姫】!その名の由縁、我に見せて見よっ!!」
「……『煉獄の炎は天海に穿ち、天界の炎は煉獄を滅す!』……燃え尽きなさい、“魔王”!」
ローザの呪文に合わせて、魔法陣は廻る。廻る。廻る。
既に逃げ道は無く、魔法陣からは溶岩のような炎が漏れ出ている。
あまりの魔力量に、周りの景色が歪んで見えてくる程だ。
天の魔法陣から溢れ出る炎で、景色は地獄の様に化し、地の魔法陣からはゴポゴポとマグマが吹き出ていた。
この《魔法》を街で放てば、一夜も掛からずに壊滅する事だろう。
そして、その《魔法》は放たれる。
無防備で受けて立つ“魔王”フィルヴィーネ、たった一人に向けられて。
「――【高潔なる煉天の炎】!!」
魔法名を叫ぶローザの赤い目は、完全に殺しに掛かっていた。
天と地、8つの魔法陣から放たれた極大の炎は、各々の魔法陣をつなげて回転し、超級の牢獄となってフィルヴィーネに襲い掛かる。
「――いいぞ!滅殺の《魔法》……我が見た通りの術式、計算など度外視した魔力量、慈悲も遠慮もない……手加減なしの一撃!――これが、我の求めた【勇者】の力か!!――クハハッ!――クハハハハハハハッ!!」
「黙って燃え尽きろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ローザは【消えない種火】に内包されていた魔力の殆どを操作して8つの魔法陣を動かし、それを2つにまとめる。
天と地、2つにまとめられた魔法陣は上下で繋がり、一本の巨大な筒となった。
高笑いしながら、フィルヴィーネは炎の中で喜びに打ち震えていた。
フィルヴィーネは、《魔法障壁》で防御をしていた。
しかし、高笑いを続けていたフィルヴィーネの声が、とうとう途絶えた。
その瞬間、ローザの脳裏に勝利の二文字が頭をよぎった。
だが、それはサクラが言う所の――フラグと言うやつだった。




