148話【荒野へ向かう】
◇荒野へ向かう◇
“魔王”フィルヴィーネは、装甲車【ランデルング】を製造している最中、誰にも悟られない程の魔力を行使し、この王都一帯を《魔法》で伺っていた。
その結果、北門と城壁が思いのほか小さく、この【ランデルング】が通れない事、そして荒野がありえないほどの広さだとも知った。
フィルヴィーネからすれば、ある《魔法》で直ぐに解決出来る事柄であるが。
それを踏まえても、エドガーの問いに『無理』だと噓を言ったのだ。
だが結果、エドガーの新たな能力【真実の天秤】によって、その『無理』と言う噓は、看破されてしまう。
そうして仕方なく、“魔王”フィルヴィーネはエドガー達に、正確には自分がローザと戦う為に力を貸すことにしたのだった。
「このままこの鉄屑を外に移す。それからはもう勝手にしろ……いいな。それだけしか力は貸さぬからな」
フィルヴィーネは【ランデルング】を鉄屑と呼ぶが、メルティナがムッとしている。
「は、はい……」
エドガーはメルティナを宥めながら、自嘲気味に返事をする。
「――でも、移すって……どうやってです……?」
もう一つの座席、助手席とでも言える場所に座るサクラが、フィルヴィーネの言葉に疑問を持つ。
それはエドガーも思っていた。サクラが聞かなければ、エドガーが聞いていただろう。
「文字通りだ。コレを――転移させる」
「転移ですって……!?」
一番驚いたのは、ローザだった。
《転移魔法》は、超高難度の《魔法》だとローザは認識していた。
それをそんな簡単にも言い放つこのフィルヴィーネに、疑心の目を向ける。
「《転移魔法》……私も、使ってる“天使”を見たことがあるけれど……そんな簡単に出来るものではないと言っていたわよ?」
転移は“神”の専売特許だと。
“天使”はその“神”の加護のお陰で、恩恵的な《転移魔法》を使えるのであって、“魔族”の転移とはそのもの自体が違うものだと言っていた。
「……ほう。確かにな、《天界》や《魔界》、《人間界》を行き来するには、転移は必須だ。我ら“魔族”は、“魔道具”を使う事によってそれを可能にしていた……」
ローザは脳内に【バカ天使】の顔を思い浮かべて、ほんの少しだけ感謝をした。
しかし、フィルヴィーネは続ける。
「――だが、だ。我にとっては容易な事よ……“神”にできて、我にできぬ訳がなかろうが!ハーハッハッハ!!」
「どれだけ自信過剰なのよ……まぁ、何となくそんな気もしたけれど」
ローザは思う。この“魔王”はどれだけ自分の強さに自信を持っているのかと。
少なくとも、今の自分を遥かに超える力を持っているのは確かだ。
それでも、ローザは挑まなければならない。
この“魔王”フィルヴィーネに。そうしなければ、自分の矜持が許されない。
例え負けることが前提でも、無様な戦いを、エドガーに見せる事だけは出来ないのだ。
◇
エドガーとメルティナ、そしてローマリアは、【ランデルング】から降りていた。
ローマリアを送っていく為だ。
「それじゃあメルティナ。ローマリア殿下をよろしくね」
「イエス。城に届けた後、全速力で向かいます。フィルヴィーネに【ランデルング】の有能性を見せなければいけません。ですので飛行許可を、マスター」
まるで王女を荷物の配達か何かの様に言うメルティナに、苦笑いを浮かべながらも、エドガーは許可を出す。
「……う、うん。なるべく見られないようにね……?」
「イエス、マスター。心得ました」
「名残惜しいけど……私も帰らねばならないのね。非常に残念だわ……」
ローマリア王女は、しゃがみ込みながら地面に指で文字を書いていた。
非常に分かりやすくいじけていて、少し申し訳なくなる。
「殿下、また今度……次はちゃんとお誘いしますから、エミリアやハルオエンデさんも誘って行きましょう」
「――本当!?」
「え、ええ。勿論ですよ」
ぎこちなくも笑いかけるエドガーに、ローマリアは喜ぶ。
が。その時が来てしまった。
「ではプリンセス。参りましょう」
「――え、あ!ちょ……まだ話は……あっ!!」
メルティナはローマリアを小脇に抱える。
随分とぞんざいな扱いだ。本当に荷物の様に持つとは。
「ではマスター。行ってまいります」
「ちょっ、もう少しゆっくり――あ!!――あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
背中の《石》を発光させて、メルティナは緑色の光翼を展開させる。
あっと言う間に上空に舞い上がって、メルティナはそのまま王城方面に向かっていった。
王女の悲鳴を完全に無視して。
◇
メルティナを見送ったエドガーのもとに、ローザやフィルヴィーネ達全員が【ランデルング】から下車してくる。
「あれ、どうしたの?」
「……転移するから、降りろってさ……」
答えたのはサクラだったが、何だかとても疲れているように見える。
もしかして、何かあったのだろうか。
「……やるなら早くしなさいよ。“魔王”なんでしょ?」
「急くな。全く……どうしてそう生き急ぐ、そこまで我に嬲られたいのか?」
「――はぁ?」
「――んん?なんだ?今ここでやるか?」
「もぉぉぉぉ!またそうやって揉めるー!エド君とメルが降りて数分で、三回目だよ……はぁ、疲れる」
ローザとフィルヴィーネの関係性は、どうやら一筋縄ではいかないようだ。
サクラも、きっとエドガーのいない時は苦労する事だろう。確定だ。
「フィルヴィーネさん、よろしくお願いしますね……――ローザもさ、戦う本番前に無駄に絡まない方がいいよ――って、ローザが一番分かってるよね。ごめん」
「……」
ローザは無言だったが、それ以上フィルヴィーネに突っかかることはなかった。
背を向けてサクラと話をし始めている。エドガーの言葉が、やはり一番効果があるようだ。
「……はぁ、仕方が無いな。我も《契約者》の言葉に逆らう気はないしな……我が引こう」
「ありがとうございます、フィルヴィーネさん」
そのフィルヴィーネの言葉に、ローザは小さく舌打ちをしたが、幸いサクラがローザに話しかけていてくれたおかげで、小競り合いが再開されることは無かった。
「――北の門、その前でよいな?」
「はい。でも……どうして?」
フィルヴィーネの言う転移なら、もしかしたら瞬時に荒野まで行けるのではと、若干甘めの考えを持っていたエドガーは、“魔王”様の返しに反省する。
「我も出来るのならばそうするがな……エドガーよ、折角小娘と機人の民が作ったこの鉄屑を、有効活用せずどうする。勿体なかろう」
「確かに、そうですよね……」
フィルヴィーネにどういう意図があるかは分からないが、折角サクラとメルティナが生み出してくれた、この【ランデルング】を、蔑ろにする訳にもいかない。
「それじゃあ北門の外まで、お願いします……その後は、ローザが操作するってことでいいんだよ、ね?」
「そだね」
「ええ、そうよ」
「わたしも参加したかったです……主様」
「うん……つ、次ね?」
随分と大人しかったサクヤだが、内心は参加したかったようだ。
エドガーの隣にこそっと来て、ひっそりと告げた。
エドガーも次の機会を与えること約束したが、サクヤに何をさせる気なのか。
「では《転移魔法》を展開する――【魔核】よっ!」
フィルヴィーネは、自身の武具である宝珠を《魔法》の空間から取り出す。
宙に描かれた小さな魔法陣に手を入れ込み、そっと抜き出す。
すると、フィルヴィーネの手には、竜をあしらった豪勢な宝珠が置かれていた。
「……それは!まさか……!」
ローザが驚く。
この宝珠、【転竜の玉石】は、《天界》に伝わる《神器》だ。
元は【紫月の神ニイフ】の所持品だと、ローザは【バカ天使】に聞いていた。
この《神器》のおかげで、“天使”達は《転移魔法》が使えるのだと。
まさかそれが、目の前に出てくるとは。
「――【転竜の玉石】……【空間竜ディメンジョンドラゴン】の力を宿した《神器》だ……流石に知っていたか。【滅殺紅姫】」
「知っているも何も、それは秘宝中の秘宝のはず……どうして“魔王”が所持しているのよ!」
ローザは、あれ程呼ばれたくないと言っていたあだ名で呼ばれたことをスルーする程、驚愕していた。
「どうしてと言われてもな……これは我の物だしな。初めから」
「は……――はぁ!?」
意味が分からなかった。
だがしかし、分かることもある。
それは、《神器》は、所有者しか使えないという事。
つまりフィルヴィーネが【転竜の玉石】の所有者であり、“神”であると言う事だ。
隠す事無く、フィルヴィーネは自分の事を話した。そもそも【真実の天秤】のせいでエドガーには隠せなくなっていたが。
「元……だがな」
「か、“神”様っ……?この露出狂が!?」
「おい小娘、せめて言葉を選ぶがよい……」
サクラも理解して驚くが、違うベクトルで驚いていた。
それを言ったらローザも当てはまってしまうが。
「あ、すみません」
「あとそっちの小娘もだ。何をしている」
サクヤは、フィルヴィーネに土下座、と言うより平伏していた。
「ははー」と、崇める様に。
「しかし、へるびいね殿、いやへるびいね様は……」
「ちぃと待て、なんだそのヘルビイネというのは……誰の事だ!」
サクヤは相変わらず横文字に弱い。
慣れてくれば言えるらしいが、フィルヴィーネはメルティナよりも更に言いにくそうだった。
「やや!申し訳ございませぬ!へる……びぃね、様?ははー!」
「……いや、まぁいい……好きにせよ。それよりも、行くのだろう?」
「……え?」
「あれ!?」
「いつの間に……」
フィルヴィーネはサクヤとの会話を投げた。
しかしそんなことを言っている間に、【ランデルング】は姿形もなくなっていた。
「準備完了だ……ま、北門までは向かわねばならぬがな」
フィルヴィーネは《神器》を空間に仕舞い、手をパンパンと叩く。
「凄い……本当に、“神”様みたいだ」
「元だと言っているであろうエドガーよ、お主なら、我が嘘偽りを述べていない事が分かるであろう?その紋章でな」
ローザが滅茶苦茶怪しんでいる目を向けていた。
それを嫌がったのか、フィルヴィーネはエドガーに言う。【真実の天秤】で確かめろと言いたいのだろう。
「……うん。本当みたいだ……紋章は何にも反応しないよ」
(なんだろう……さっきよりも右手が熱い……紋章、かな?)
「そ、そんな……」
エドガーの言葉だけは信じられるローザ。あからさまにショックを受けていた。
「さて、向かうぞ。そのなんとか荒野に」
こうしてようやくエドガー達一行は、【ルノアース草原】もとい、【ルノアース荒野】へと向かうのだった。




