147話【真実の天秤】
◇真実の天秤◇
「じゃあどうするのよっ!?そのなんとか荒野って場所――どうやって行くの!!」
「――い、一応【ルノアース草原】が正式な名前なんですけど……もう、荒野かなってだけで」
ローザが座席でフィルヴィーネに憤っている。
そのローザの言葉を、ローマリアが訂正した形だ。
【ルノアース荒野】。
元・草原の広大な地だ。【ルド川】の北東にある、絶大に広い大地。
この草原、いや荒野があることで、北国から来る来訪者は皆無。
ローマリアの記憶によれば、数年前まではまだ草原だったはずだ。
エドガーは行ったことはないし、母が生前嘆いていたことがあったという程度でしか知らないが。
荒れ果てる前は緑豊かな草原であり、【リフベイン聖王国】の北方からも王都へ来客する数も多かったとか。
謎の旱魃と飢饉が起こり、草原に栄えていた小さな村や町は滅びた。
しかし、その住民たちのその後は――不明。
王都に移住してきたものはおらず、生死も不明である。
それなのに、聖王国は原因を調べもせず、剰え公表もしていない。
だから、エドガーやロヴァルト兄妹も把握していない。
何故ならば、王都民のそのほとんどが、外に出ないからだ。
例外は、【ルド川】に水を汲みに行く【下町第一区画】の住民達だが、わざわざ北東に向かう物好きはいないだろう。
広大な敷地一帯に荒野が広がっている。
その事実を知るのは、王族の人間と、外の人間だけだ。
外、つまり国外の人間は、それをわざわざ言いに来るわけではない。
そもそも北にある隣国【エルタント公国】の人間が、数日も無謀に命をかけて、だだっ広い荒野を旅して来るはずがなかった。
「そこに行くにも、この馬車……じゃなくて装甲車をどうにかしないといけないよね……壊すしかないのかな……?」
エドガーは、名残惜しそうに車内を見渡す。
そうなる可能性が高いだろう。こんな人通りの多い場所に、こんな大きな車体を置ける訳が無く。自然と、片付けなければならない話は出てくるはずだ。
「ええっ!?勿体ないよ……!」
「――って言われても……門を通れないんじゃ、どうしようも……」
空でも飛べれば、とはメルティナの考えだが。
それも、下町民の視線がある以上ダメだろう。
人一人ならともかく、こんな大きな物体が空を飛ぶ時代ではない。
ましてや、【召喚師】一行となっているのだ、また変な噂が出る(もう出てる)。
「……そうだ。フィルヴィーネさん、何とかなりませんか?」
何故かエドガーは、一人余裕を持って笑うフィルヴィーネを頼った。
「――無理だな……どうして我に聞くのだ?――それに、そこの機人の民に聞けばよかろう?――この鉄くずを作ったのだからな」
「マキナの……って、メルティナのことですよね?その事も詳しく聞きたいですけど……今は――ローザの要望を叶えたいと思って……」
「エドガー……」
素で驚くローザ。
エドガーが、自分の我儘を考えていてくれたことが、意外だった。
「そ、そんなに驚かなくても……確かにさ、初めに言いだした時はビックリしたよ。無理だとも思った。でもさ、サクラとメルティナが頑張って作ってくれたこの装甲車……【ランデルング】だっけ……無駄にしたくないんだ。だから、フィルヴィーネさんなら、何か知っているんじゃないかって。ローザも、フィルヴィーネさんと戦うのが目的なんだよね?なら、戦いが始まるまでは、フィルヴィーネさんは同じ異世界人の仲間だよ。頼ってもいいと思う……駄目、ですか?」
視線は、ローザとフィルヴィーネを見据える。
「……やめよ。我は力は貸さぬぞ……」
「――でも、フィルヴィーネさんはローザと戦うのを楽しみにしていたんですよね?このままだと、ローザは本気で戦えませんよ?」
「――な、なにっ!?真実かっ!?」
それにはフィルヴィーネも驚いた。
エドガーの予想通りだった。フィルヴィーネは、結果がどうであれローザと戦うつもりでいたのだろう。それは場所など関係なく。
ただ戦う。それだけだったはずだ。
しかしローザは違う。
「本当ですよ。ローザは僕と約束……をしています。炎を使わないって……それは、街に火が回る心配を、僕がしているからですから、外に出なければローザは全力を出しません」
「……何だと!?力を持っているのに、今まで空撃ちしていたと言うのかっ!」
フィルヴィーネの視線はローザに。
コクリと、縦に首を下ろすローザ。
「そうね。約束、したから……」
「くっ……ならば、我と【滅殺紅姫】だけが移動すればよいであろう!」
「それはやめてって言ってるでしょっ!!」
声を荒げるローザを抑えるエドガー。
「ダ、ダメですよ。僕がいないと、ローザもフィルヴィーネさんも……潜在能力が極端に下がるはずです。それと、逆に僕がついていっても、サクラとサクヤ、メルティナを残していけませんから」
「……意外と姑息だな、エドガーよ……お主、初めから知っておっただろう……?」
「いえ。違いますよ……僕はただ、この紋章から得ただけですよ……情報を。フィルヴィーネさん持つ能力の一端を、少しだけね」
笑顔で右手を見せる。赤と紫の紋章を。
エドガーの右手の紋章は、しれッとパワーアップしていた。
それはエドガーにしか分からないものだったが、先程この【ランデルング】内を見学している時に気付いた。
【真実の天秤】。
エドガーが得た、新たな力だ。
ローザの赤の紋章と、フィルヴィーネの紫の紋章が合わさった事で得た、真実と噓を見破る力だ。
それは、吐こうとしたことも反映される。
代わりに、その対象は異世界人に限られる。
言わば、身内内の噓発見器だ。
身内に裏切られたローザと、身内を愛しすぎるフィルヴィーネ。
同じ世界からやって来た、二人の紋章が合わさってもたらされた力。
エドガーはフィルヴィーネに向けてにこりと笑う。
もう、エドガーに嘘は吐けない。
噓と冗談の境界線は曖昧だが、少なくとも大事な局面で、誰かに裏切られることはなさそうだ。エドガーは誰の事も疑ってなさそうだが。
「……仕方がないか。全く、とんでもない《契約者》だ……その代わり、責は負ってもらうぞ?」
「ええ。勿論です」
初めからそのつもりだ。エドガーは異世界人の《契約者》なのだから。




