145話【ランデルング】
◇ランデルング◇
【クリエイションユニット】が動きを止めた。
それに合わせてレーザーが消失して、4機の【クリエイションユニット】はメルティナのもとに帰る。
「……具現終了。サクラ、いかがでしょうか?」
「え、ああ……見よっか」
ドヤ顔するメルティナに声を掛けられたサクラは、考えを切り替えて完成した車を見る。
エドガー達は、もう走り回って確認していた。凄く楽しそうにして。
ローザですら「へぇ……」と、興味ありげに見ている。
それを見たサクラは、ちょっとだけ誇らしいと感じていた。
「……」
一周、ぐるりと回って見てみたが。
「――ね、ねぇメルさん?……なんかさぁ、あからさまにあたしの設計図と違う場所があるんですけど!?」
サクラが確認しただけでも、数ヶ所あった。
自分の考えた作例とは、所々が違う。ボンネットや、バンパー、リアにサイド。
至る場所に、何かを取り付けられるハードポイントらしき物があった。
そんな疑惑の目を向けてくるサクラに、メルティナは。
「……――付けました」
「なんでっ!?」
どうやら、メルティナの独断だったようだ。
サクラは、極力かわいいデザインにしたつもりだったが、それも若干違っている。
「完成した喜びで言わなかったけどさぁ!――色も違くないっ!?あと後ろ!なんかブースターみたいなの付いてるしぃぃ!」
興奮気味に、腕をブンブンと振り回して言うサクラ。
「イエス。これで高速で移動できます。それにサクラの設計通りでは、そもそも戦闘ができません」
「――戦闘しないしっ!しかもあんな【バカデカブースター】つけるような高速移動しないよっ、この世界に道路ないんだからねっ!――あと、街中じゃ絶っっ対走れないけど、どうするの!?」
捲し立てるサクラ。二人の間で、かなりの見解違いがあったようだ。
「……――想定外」
周りを確認するメルティナ。
一間開けて、驚いたように口にする。
「でっしょうねぇっ!あんた本当に高性能AIなの!?」
そして思わず辛辣なツッコミをいれるサクラだった。
「――そ、それは言いすぎです、サクラ!!機能に誤作動はありません!ま、まだこのボディに慣れていないだけです!」
自分のミスを認めないメルティナは、慣れていないだけと言い訳をして、本当は上手くいくはずだったことを主張するも、サクラの疑惑の視線は止まってくれない。
メルティナの行動に頭を抱えたくなるサクラ。
まさか、メルティナが戦闘を考慮して作るとは思わなかったのだ。
メルティナによると、所々に設けられたハードポイントには、メルティナの銃火器を装備できる設計なのだとか。
背部のブースターは、自分が機動兵器だった頃の装備で、装甲も流用したらしい。
その本体がまだ残っていたのが不思議だが、名前も既に【ランデルング】に決まっていた。
という事は、このトレーラーの如く大きな車は、完全にメルティナの世界の素材で出来ている?
そう感じたサクラは、ある疑問を持った。
「――メル。まさか、運転席は……コックピットみたいにしていないでしょうねぇ……」
当然の疑問だった。
戦闘を最優先に考えているメルティナの発想上、外装はともかく内装までも変えられているのではとサクラは思った。しかしメルティナは。
「ノー。内装及び運転席は、材質上不完全な状態です。運転席は辛うじて、《石》で稼働すると思われますが……」
「……そ、そっか」
(よかった~)
「イエス。中を確かめましょう。《石》も試してみないといけませんから」
「そ、そうだね。行こっか」
少しだけ安心して、サクラはドアを開ける。
ガシュゥゥン――と、自分の知る車の音とは全く違う音を鳴らして、ドアは横にスライドする。
二重ドアになっていて、二枚目の内部ドアはどう考えても防弾だった。
数段ある階段を上がると、中はかなりの空間を広げていた。
これには、説案者のサクラもにっこりだ。
「――凄い!これが馬車!?」
「殿下、馬は何処にもいませんから、馬車ではないのではありませんか!?」
「ん?おー!そうか、それもそうね!」
興奮気味の現地民。
完全に金属でできた内部構造を見渡して「硬そう」「痛そう」とか言っているが。
それはそうだ、まだ椅子も何も無いのだから。
出来たのは見た目だけで、内装は揃っていない。
「いやいや、引っ越したての家みたいなもんだからね。そりゃ何も無いよ~」
「これから徐々に作って置くんだよ」と言い、サクラは進んで行く。
その奥には、厳重な扉があった。
「――おおっ!シャワー!設計通り、ナイスぅ!」
サクラが重点的に設計した場所。
それがシャワールーム。水は要補給だが、設備次第でお湯にもなるはずだ。
サクラは早速、木箱をガサゴソと漁り《石》を探す。
取り出したのは、ローザの【消えない種火】とは比べるまでも無い、小さな小さなルビーだった。
「あつっ……と言うよりは、温い?かな……丁度いいや」
ローザのものよりも遥かに小さく質も悪いが、しっかりと熱を感じた。
やはり異世界。地球の《石》とは違う。
しかし、これが路傍の石ころと同じ扱いをされているのは、本当に不思議だ。
「サクラ。目的がズレ始めています。先ずは運転席へ」
「――あ……そ、そうね。ごめんごめん……」
メルティナに窘められて、サクラは思い留まる。
水もないのに、シャワールームから始めに手を付けるところだった。欲望丸出しである。
「それじゃ運転席に……って、まるで新幹線の連結部分みたいね、もしくは航空機のコックピット……」
自分で言っていて、嫌な予感がしたのだろう。
サクラは急いで、重厚感のある扉を開け放った。
「……」
「……どうしましたか?」
どう見ても普通の運転席ではなかった。
よく言えば航空機。
悪く言えば、完全にアニメに出てくる機動兵器のコックピットだった。
「メル!言ってる事とやってる事が違くないっ!?普通の運転席って言ったよね!?」
「――イエス。普通の運転席です――ワタシからすれば」
「……」
(……や、やられた)
ニヤリとするメルティナに、サクラはガックリと膝と両手を着き、ショックを受ける。
メルティナからすれば、これが普通。それもそうだった。
失念していたのだ。シャワールームに気を取られて。
「……はぁ~……でも、運転は誰がするの?」
「――イエス。それはワタシが……」
「王女様は誰が送っていくの?」
「――イエス。それもワタシ……――でした」
ガクリと、サクラと同じ体勢になるメルティナ。
本当にこの女性は、元AIなのだろうか。
サクラが言いたいのは、メルティナがローマリア王女を送っていくことが決まっている以上、誰が運転をするという事だった。
公道がなく、運転による法律もない以上、サクラが運転するつもりでいたのだが、それはあくまでもサクラが設計した、【地球】の車の運転席でだ。
異世界のロボットのコックピットなど、誰が操縦できるものか。
サクラは天才パイロットでも、ましてや初操縦で戦果をあげるニュータイプでもない。
ただの【女子高生】だ。
「……どうすんの?あたしこんなの運転できないよ……?ってかさ、そもそも動くかまだ試してないしね……」
「――イ、イエス……先ずは起動チェックを」
二人は揃って、簡易的に置かれたコックピットチェアに座る。
木箱を漁り、ガラガラと音を鳴らす《石》。
コックピットの様々な機械の中には、サクラが設計した《石》を置く装置がある。
サクラとメルティナは、色々な《石》を試していく。
その様子を背後から一人見つめる“魔王”フィルヴィーネは、ふと。
「これとこれと、これだな……」
フィルヴィーネは二人の間から顔を出し、《石》を三つ掴んで台に置く。
「うわっ、フィルヴィーネさん……」
「……は、反応が……」
「いいから使ってみよ。うまくゆくぞ?」
サクラとメルティナは顔を見合わせて、フィルヴィーネが選んだ《石》を正面の機材に繋げる。
一つ目は【トルマリン】。通称、電気石。
二つ目は、【石炭】。ガソリンの代わりとして使おうと言うのだろうか。
三つ目は、【パイライト】。守り石と呼ばれる、守護の力を持つと言われる《石》だが。
一見適当に選んだのではないかと思っていたサクラだったが、【トルマリン】は電気を、【石炭】は燃料に、【パイライト】は熱や衝撃を抑える役目を持っている。
「それぞれ大きさはバラバラ、形も整えられてない……まあ、石炭はどうしようもないけどね」
消費する【石炭】は補充する必要があるかもしれないが。
それでも動く可能性があるなら、何でも試さなければ。
「……設置完了だね、で?どうしよっか……」
鍵を回せば起動するだろうか。
しかしエンジンは無し。燃料も無しで、本当に動くのだろうか。
自分で設計したはずだが、サクラは不安だった。
「――《石》の代わりは多くあります。駄目なら他を試しましょう」
「ええいじれったい。早く鍵を回すがいいっ……貸せっ」
「あっ」
パシッ!と、サクラから鍵を奪い、鍵穴に差し込むフィルヴィーネ。
そのまま回して、普通なら――ブルルゥゥン!と、音を鳴らすのだろうが。
「……え?鳴った?」
静かに、けれども振動する車体。
コックピット周りの機材も、所々光を放っていた。
「すっご……ホントに動いた!?エンジンも燃料も無いのに!!異世界すっご!」
今それを言うのか、サクラ。
【地球】では絶対に動きはしない謎理論に、サクラは興奮気味だ。
「“魔道具”が全てなのだ。このような衰退した世界ではな……今後も“魔道具”が、全て代わりを補うはずだぞ――それに、気付ければな」
【トルマリン】【石炭】【パイライト】。
この三つも、小さい力とは言え立派な“魔道具”だという事だ。
【異世界人】が持つ名持ちの《石》では無いかもしれないが、決して侮れはしない。
「それは分かりましたけど。で、でもさ……誰が運転するの?」
「それは……」
「流石に我には無理だな。魔力もまだまだ足りぬし、リザを放ってもおけぬからな」
二人は揃ってフィルヴィーネを見たが、首を横に振る“魔王”様。
いまだ目を覚まさない“悪魔”リザは、フィルヴィーネの胸元のポケットに入れられていたが、フィルヴィーネが首を振るたびに揺れていた。
「――私がやるわ」
「え?」
「ほう……」
「……ローザ」
一頻り内部を見物していたローザが、エドガー達を置いて運転席、もといコックピットにやって来た。そして開口一番に告げた。
自分が、この【ランデルング】を動かすと。




