144話【本領】
◇本領◇
メルティナを待つ間、サクラは何か思いついたように駆られ、長椅子を机代わりにして何かを書き始めた。
鞄から取り出した大学ノートに、愛用のシャープペンシルで、スラスラと書き始め、舌をぺろりとさせている。
「《石》次第で理想の車が出来そう、キャンピングカーみたいなのもいいねっ!人数はエミリアちゃんとかも含めて、結構乗れる方がいいから……ワゴン車もありかも。馬車よりは大きくしないと」
「……どのくらいの物を作るつもりなのだろうか……あやつは……」
「さぁ。けれど……やる気があるのはいい事でしょう?」
「そ、それはそうだが……わたしには不安しかない」
「……私は楽しみだわっ!異世界の馬車……あぁ、私も行きたいなぁ……」
「……ローマリアはダメよ。せめて休日になさい」
「うぅ……ローザが言うなら、諦めます……」
サクラの様子を見るサクヤ、ローザ、ローマリアの三人は、口々に物を言って話をしていた。
王女はどうしても一緒に行きたいようだが、流石にローザにもダメと言われて諦めてくれた。
「……それにしても、ローザ殿はどうして場所を探しているのだ?」
ローザが戦える場所を求める真意を知りたいと、サクヤは聞く。
言いたいことは分かる。
サクヤはきっと【召喚の間】を使えばいい、と言いたいのだろう。
【召喚の間】は歴代の【召喚師】が使用してきた特殊な“魔道具”だ。
大掛かりな“召喚”を行う際に使用されてきたその場所だが、エドガー程の“召喚”、【異世界召喚】をしたものはいない筈だ。
【召喚の間】、その最大の特徴は、物凄く頑丈だという事。
特殊な専用の鍵があり、それを使うことで異常なほど頑丈な壁を作り出して、外であろうが内であろうが、その扉は【召喚師】にしか開けられなくなる。
それは、ローザの炎であろうと、メルティナの銃火器であろうと破れはしない。
「【召喚の間】は、私と相性が悪いわ……防壁を重ねても、炎の威力が下がるわけではないし、部屋の広さが取れる訳でもない。とにかく、私が最適に戦える場所は……広い場所。なのよ」
「そういうものか……?」
「そういうものよ。毎日のように訓練しているのだから、なんとなく気付きなさいよ……」
「うぐッ!」と、サクヤは喉を詰まらせる。
もう既に、朝の訓練は日課に近い。
ローザ、サクヤ、エドガーの三人は、早朝トレーニングと称して訓練することが増えてきている。
その時ですら、ローザは剣しか使っていない。
迂闊に使えないからだ。
それほど、ローザの《魔法》は広範囲、高威力なものばかりだった。
ロザリーム・シャル・ブラストリアは、剣士ではない。
――魔法使いだ。以前の戦いで使用していた【炎の矢】【防火の壁】【炎で覆う柱】は、《魔法》ではなく、ただ単に炎を発生させていただけ。【炎の剣舞】は、剣を動かす念動力に近い。
つまりローザは、この世界に来てから全力の炎は使用していない。
ただ撒き散らかしていたのだ。【消えない種火】から産まれる、炎を。
「――私が本気になるには、この街は密集しすぎている……これでは、全部燃やしてしまうわ……幾ら炎を制御できるとは言え、見えない範囲の燃えるものを識別はできないもの……」
ローザの炎は、自由自在に消す事が出来る。
逆を言えば、並の人間にはローザの炎を消すことは出来ない。
水を掛けようが砂を掛けようが、ローザの意思が全てだった。
「なるほど……わたし達の世界とは、随分と規模が違うのだな、ローザ殿のお力は」
サクヤは、戦国の世と比べて「うむむ」と考え込む。
「ふふ、そうよ。ただ……」
(その《魔法》を使う為の魔力の枯渇と――私自身の弱体化が、最大のポイントなのよね……今のままでは、アレを一発撃てるかどうか……か)
「ただ?」
「……あ、いえ、なんでもないわ――ほら、エドガーとメルティナが来たようよ」
「おお。本当だ……あ、主様……?」
サクヤに返答せず、ローザは自分自身の問題を心に仕舞う。
この先魔力が回復できても、弱まっていく自分が、どこまでエドガーの役に立てるのかと、思わずにはいられなかった。
◇
メルティナは大きめの木箱を抱えていた。
その後ろから来たエドガーは、ガックリと肩を落として、絶望すら滲ませているように見える。
これは、相当コレクションを持ち出されたのだろう。残念ながら。
「お待たせしましたサクラ。【心通話】でも伝えましたが、この位あれば宜しいでしょうか……」
「――え~っと……うん!あたしの方も設計図描いてたからさ、これを見て作ってくれる?」
サクラは箱の中身を確認して、メルティナに大学ノートを渡す。
車の図形が描かれ、見事にびっしりと埋められていた。
「これは……張り切りましたね」
「まあねっ」
サクラは、メルティナが持ってきた木箱をガサゴソさせながら、想像を膨らませる。
「正直、魔力がどうとかはよく分からないけどさ……数を増やせば何とかなるかな?」
「……はは……もう好きにしていいよ……」
エドガーは、もう完全に諦めていた。
少し申し訳なさそうにするメルティナが、エドガーの頭を撫でる。
その様子を見てローザが眉根を寄せたが、気付いたのはローマリアだけだ。
「安心してくださいマスター。《石》が有効に使えれば、《石》そのものよりも素晴らしいものが作れるのです。きっと、マスターもお気に召すはずです」
「……そうなのかな?」
子犬の様に、エドガーはメルティナを見上げる。
エドガーはしゃがみ込んでいる為、メルティナは中腰状態だったのだが、エドガーの視線はメルティナの心臓を動揺させるには十分だった。
「そ、そそ、そうです……です、す」
<……可愛い!マスター。年頃の少年の、困った顔が、す、素晴らしい……!これがマスター・ティーナの言っていた、尊いと言うものでしょうか……!>
メルティナは、前マスターのティーナ・アヴルスベイブをベースに身体を生成されている。
肉体年齢は、凡そ21歳。そして残念の事に、その趣味嗜好までが反映されてしまっていた。
つまり簡単に言うと、年下好きなのだった。
<感情が駄々洩れよ?メルティナ>
<へぇー、へぇー>
<確かに、主様は可愛らしいところもある>
<我にはよく分からぬが、この【心通話】は興味深いな、念話の様なものだろうが……>
「はっ!――!?ワタシは、口にしていましたか?……それとも【心通話】に?」
イラっとしてそうなローザが。ニヤニヤするサクラが。
同意して頷くサクヤが。そして、初の【心通話】にもすんなりと対応するフィルヴィーネが、狼狽するメルティナを見ていた。
幸い、エドガーには【心通話】は届いていなかったようだ。
心が弱っているからだろうか。
「ノー!!ち、違います!」
「――えっ、何が?」
状況理解をしていないエドガーは、突然否定的な言葉を発したメルティナに驚いて声を上げるが、そのメルティナは。
「マ、マスターには関係性は皆無です!」
「ええぇ……」
エドガーは、更にへこんだ。
何故かローマリアが、エドガーの肩を叩いた。ポンポンと慰める様に。
それを見て、他の異世界人達は笑う。
「……想定外です」
「でしょうね」
ローザが前と同じ台詞を言う。
「あたしは想定してたけどねぇ」
「わたしもだ」
「噓でしょ?」
「――なぜお主はそういう事ばかり言うのだぁ!」
サクラは、自分に同意するサクヤを疑う。
フィルヴィーネはもう興味なさそうにしていた。
「――と、とにかく!【クリエイションユニット】起動します!」
メルティナは、手足に付けられたリングを宙に浮かせて連結させる。
人間サイズ以上に大きくなったリングは、空中でゆっくりと回り始めて、やがて停止する。
「サクラ。設計図を!」
「あはは、あ。はい……」
まだ笑っていたサクラはメルティナの剣幕に押されて、素直に大学ノートを渡す。
「……インストール開始……終了」
早い。
「はっや!」
「続けて作成を開始します……」
どうやらもう、メルティナは全員を無視する事にしたようだ。
そもそも自滅だったが。そんなにもダメージを受けたのか。
サクラは苦笑いを浮かべながら、メルティナの隣に立って宥める。
ローザはエドガーを慰めるローマリアの隣に。
サクヤも、関心がありそうに【クリエイションユニット】を見ていた。
見事にバラバラ、協調性の欠片もなかった。
そんな人間達を、“魔王”フィルヴィーネだけが見ていた。
(――あほらしい……が。退屈はしなさそうだ。これから、大いに期待させてもらうぞ)
そう心で呟き、自身の膝の上で眠る、“悪魔”リザを撫でたのだった。
◇
作業は淡々と続き。
「終了まで残り三分。想定よりも大きくなったため、【クリエイションユニット】のゲートを広げます」
空中に浮かぶ【クリエイションユニット】は、スライドギミックにより幅を広げた。
連結した4機は、ひとつひとつが可動して、大きくなる。
4機の【クリエイションユニット】は連結を解除して、レーザーで繋がれる様に変化しており、少し触れたら崩れそうに感じる。とは、エドガーの意見だ。
しかしその間に、しっかりと作成は完了した。
後は完成品を出現させるだけのようだとメルティナが言う。
「――完了しました。多少距離を取ってください」
メルティナの言葉に従い、エドガー達は離れる。
すると【クリエイションユニット】は小さく振動し始めて、レーザーで作られた薄い膜の中から、巨大な物体が出現する。
「――えっ!?」
エドガーは、完全に馬車を想像していた。
木と鉄で出来た、無骨なデザインを。
しかし、現れたのは想像とは真逆。
流線形のフォルムに、馬など付ける場所など全くない完全な金属製。
木の車輪ではなく、黒い材質の塊。
「「す、凄い!!」」
エドガーとローマリアの現地民は目を見開いて驚く。
それは、数人いた通行人も同じだったが、どちらかと言えば恐怖しているように見えた。
しかし意外にも、サクヤはそうでもなかった。
「あんた、驚かないのね。絶対エド君と同じ反応するかと思ってたけど……」
「……」
「【忍者】?」
「あ、ああ。何というか……想像していたものと同じ過ぎて、驚きがなかった」
「……は?」
サクヤが想像していたものと、同じ。
それは、サクラが設計したものと同じだという事。
(どういう事?……時代的に、この子があたしと似たような造形を考える事なんてできないでしょ……)
「ん?」
(……とぼけた顔して……憎たらしいわね)
真剣に考えるサクラに対して、サクヤは然程気にしていない様子。
(……あたしと同じ魂だから思考が同じ?――いやいや、この【忍者】にそんな考え無理でしょっ)
何気に失礼だ。
サクヤの発想は、失礼だが幼稚で稚拙だ。
戦闘面に関しては言う事は無いが、それ以外は、正直子供以下だとサクラは思っている。
――本当に失礼な話であった。




