143話【劣化した世界】
◇劣化した世界◇
全員が宿の外に出て、広いスペースを確保したエドガー達は、メルティナとサクラが中心になって事を進めていた。
サクラの案である、自動車を作成するためだ。外に出て来てはいるが、少し通行人の視線が痛い。
特に“魔王”フィルヴィーネだ。サクラが鞄から用意した服を着てくれてはいるのだが、自分が着やすいように勝手にアレンジをしてしまって、超露出していた。
もう言っても効果がないと分かって、誰も言わなくなったが。
「……ではサクラ、《石》に接続しましょう」
そんなこんなで、メルティナは自身の背にある《石》、【禁呪の緑石】を囲む装置から、細長いコードを引き出した。
「あえて聞くけど、痛くないよね?」
「イエス。物理的な痛みはないはずです」
「……はずが怖いんだけど」
サクラは前髪を上げて待機していたが、ほんの少しだけ不安そうにしている。
【朝日の雫】に、小さな吸盤の様に、きゅぽッと接続されるコード。
サクラの額の《石》は縦長の形で、髪の生え際から2センツ(2cm)程しかなく、横幅は1センツ(1cm)も無い。
そのどこに力があるのだとサクヤが言ったり、エドガーも元の【朝日の雫】の面影がない事に対して、色々と感じてはいたが。
ローザの見解は――『頭の中にあるのでしょう?』と一言。
それはつまり、元は手のひらに収まるサイズだったものが、頭の中にある。と言う事だ。
その事を想像したサクラは丸一日寝込んだりしていたが、もう平気なようだ。
ヤケクソとも言うが。
実際は、魔力によって凝縮され、その小さなサイズになっているのだが、その事実を知るのはローザ、メルティナ、フィルヴィーネだ。
三人共教える気はなさそうだが。
「抽出開始――作業終了は、三分間です」
「三分ね」
「分って、こっちだと刻だっけ……?」
エドガーの問いにサクラが答える。
「だね。1刻が1分、1時が1時間……秒は同じかな。1ヶ月の日数が違うから、ちょっと数えにくいけど、それは慣れかな。あはは……」
どうやら時間の数え方は、サクヤ以外の【異世界人】が共通のようで、エドガー達の数え方は多少の違和感を感じるらしい。
しかし今いる時間から数えて、過去の世界から来たローザとフィルヴィーネの数え方までが違うとは思わなかったが。
「……わたしの所は、主様のものと近いですが……」
「あ~、そういえばそっか……何だっけ、干支?十二支を使った数え方なんだよね。でもそれを言えばさ、あんたの2時間が1刻って、ややこしいことになるから、こっちの時間に合わせなさいよ?」
「むぅ……仕方が無いな……主様に合わせる努力はしよう」
パンを齧りながら、サクヤが渋々納得する。
ローザに突っ込まれたパンだった。勿体無い精神で食べているらしい。
メルティナとサクラの作業に興味が沸いたのか、フィルヴィーネはスタスタと二人に近寄って、まじまじとサクラの額を見る。
「思念解析か……確かに小娘の世界に興味はあるが……」
「フィルヴィーネさんも出来るんですか?」
エドガーも三人に近寄り、声を掛ける。
フィルヴィーネが言った思念解析、それが気になった。
きっと今のメルティナと、似たような事が出来るのではないかと。
「出来なくはないがな。定めた情報だけを抜き取るのは少しばかり面倒くさいな……纏めて取ればよかろう?」
「――ワタシにも定められた容量が有りますので。サクラの脳内情報量は標準の7倍です。サクラの心に配慮して、自動車の情報だけをインストールしているので、これだけかかっています」
「メル……ありがと」
嬉しそうにするサクラ。
メルティナがまさかサクラの心を配慮するとは。
少しばかり意外で、エドガーも嬉しそうにする。
「面倒だな……人間は」
「フンっ」と鼻を鳴らして、フィルヴィーネは踵を返した。
そのまま地べたに座って、こちらを観察するように見ている。
もしかして、見定めようとしているのだろうか。
あと、一応長椅子があるから、そっちに座ってほしかった。
「……インストール完了……」
「メルティナ?」
「どしたの?」
情報を取得したメルティナだが、何故か黙ってしまう。
気になったエドガーとサクラは、顔を伺う。
「――ノー。大丈夫です。設計法は分かりましたが……しかし素材が全くありません。外装やエンジンはともかく、燃料がありません。この世界には“ガソリン”が存在していないようです」
「石油、ガソリンかぁ……合成できない?」
「可能性は無くはないですが、今は無理でしょう……」
「う~ん……どうしよ」
サクラとメルティナは、二人でいろいろ考えてくれていた。
エドガー達の住むこの世界、【リバース】は、極端に劣化している。
サクラの住んでいた《現代日本》からは考えられないほど、エネルギー問題や環境問題が多い。
それは“魔道具”が補っているが、もしかしたら数年で退廃する未来だってあるかも知れない。
今それを考えても意味は無いかもしれないが、サクラとメルティナが理解できる範囲で、やれることをするしかないと、二人は考えていた。
エドガーは、全く話についていけていないが、ローザが。
「――燃料の代わりがあればいいのよね?」
「え?」
「イエス。その通りです、ローザ」
ローマリア殿下と二人で、先程から黙って見ていたローザが声を発し。
心当たりがあるのか、フッと笑い、立ち上がるとエドガーを見て言う。
「燃料なら作ればいいわ。お誂え向きなものがあるでしょう?……この家の地下に――沢山ね」
嫌な予感をさせたのは、当然エドガーだった。
地下にあるもの。それは、エドガーのコレクションであり、大切な“魔道具”と――《石》だ。
「……いや、ちょっ」
「――そっかっ!魔力だ!“魔道具”!《石》!!」
「なるほど。元の世界の設計ではなく、この世界に合わせるのですね」
聞いてくれそうにない。駄目そうだとエドガーは肩を落とすが、それすら見てくれない。
「そっかそっかぁ、そうだよね!この世界にない物質やエネルギーは、別に元の世界と同じでなくてもいいんだっ!他で補えばいいんだよ、ガソリンがないのは驚いたけどさ、もしかしたらそれ以外も無い物は沢山あるんだろうなぁ……」
なんだか、非常に楽しそうにするサクラ。
彼女は、元々勉学に勤しむ女子高生だ。
両親から褒められたいと言う一点で勉強をしてきたから、目標とかが無かったのだ、でもやはり、探究心などは強いのかもしれない。
「――じゃあ、《石》の力を動力エネルギーに変えるとして……燃料は、そうだ!魔力そのものを注入できればいいね!」
「イエス。それはいいですね、魔力がキーになれば、この王都では動かせるのはワタシ達だけになります。盗難される心配もありません」
「鍵が要らないってのはいいね。《石》も結構な数があるし、動力もいろいろ試せるかも!――早速持って来てみようか」
「――それならば、ワタシが行って来ましょう」
「え!?……ちょ、ちょっ!――ちょっと待って!!――メルティナぁぁぁ!!」
スタスタと歩いて行ってしまうメルティナを、エドガーは焦りながら追っていく。
このままでは、大切なコレクションが使われてしまう。
もう、今更とも言えるのだが。
「……うん!!ローザさん、これなら、夕方には行けますよ」
一人頷き、何かを納得するサクラ。
どうやら、完成形が見えたらしい。
「そう。期待しているわよ……」
ローザもにこやかに返す。その様子を、フィルヴィーネだけはつまらなそうに見ていた。
まるで「こんな事に時間をかけおって……」と言いたそうに。
事実そうなのだろう。フィルヴィーネはきっと、全員を纏めて移動させる手段があるのだ。それを使えば、ほんの一瞬で。
だが、頼られない以上使うつもりもないし。
感を取り戻すまでは、フィルヴィーネは表立って行動するつもりもない。
手足に付けられた枷を忌々しそうに見ながら、呟くのだった。
「――くだらぬな、まったく……」と。




