142話【ブーメラン】
◇ブーメラン◇
堂々と全裸で食堂を闊歩する《残虐の魔王》フィルヴィーネさんは、自然とローザの正面に座った。
歩いている間、サクラとサクヤの二人が、大事な所を隠す謎の役目を担っていたけど、僕は目を閉じていたから見てはいない。本当だよ?
「――お願いだから服着てぇ!」
「五月蠅い小娘だ……そんなに着て欲しくば、用意せよ」
「――なぁんで上からぁっ!?」
ローザの正面という事は、実は僕の真隣になるのだが、僕は顔を逸らしてフィルヴィーネさんの裸体を極力見ない様にしていた。
それは、ローザから無言の圧力をかけられていたからだったからだけど、フィルヴィーネさんはそれに気付いてか、「ほれほれ」とローザをからかう。
――ああ、嫌な予感が。
「お~お~。随分とご執心ではないか、【滅殺紅姫】よ……」
「……その名前は止めてくれないかしら。虫唾が走る」
「ん?何故だ。カッコイイではないか」
ローザは、フィルヴィーネさんが自分を【滅殺紅姫】と呼ぶことを嫌がっている。
僕達はまだ知らぬことだが、【滅殺紅姫】とは、ローザが元の世界で呼ばれていた異名だったらしい。
赤い髪を靡かせて、《広域殲滅魔法》で、跡形もなく滅ぼす。
その光景を見た、どこぞの“天使”が付けた異名は、あっと言う間に世界中(《人間界》《魔界》《天界》)に広がった。
まさか《魔界》にまで知れ渡っていたとは、ローザも思っていなかったと後に聞いた。
「いいから止めて。嫌いなの」
「ほほう、それなら……――余計に止められぬなぁ」
「――ちっ!!」
憎たらしい程の笑みにローザがキレた。
「……ほっ」
一瞬で持っていたパンを投げ、見えない速さで飛ぶパン。
ヒュー―――ン!がぼっっ!!
「――!!――もがっ!?」
しかしフィルヴィーネさんは軽く避けて、パンは背後にいたサクヤの口に突き刺さった。
「【忍者】ぁぁぁ!?」
スットーーンと、綺麗に後ろに倒れたサクヤをサクラが介抱する。なんだかオーバーアクションだ。
だから、これは二人共がふざけていると直ぐに分かった。
僕は二人を静観した。正直それどころではないし。
「むが……むむ……がくっ」
「死ぬなぁぁ!に、【忍者】ぁぁ!!」
パンを咥えたまま、ガクリと崩れるサクヤ。
サクラは悲痛に叫び、涙を見せる。というかよく涙出せるね。怖い。
悪ノリを続けるサクラに、メルティナが脳天にチョップをする――バシッと。
「……ふざけている場合ではありません。サクラ」
「ってて……わ、分かってるわよ」
片目を瞑り、頭を擦りながら言うサクラ。
分かっているならやめてほしかった。
「……どうするつもりでしょうか。あの二人は」
メルティナの言葉に、サクラは真剣な顔で返す。
「あたしは取り敢えず、フィルヴィーネさんに服を着て欲しい」
僕もだよ。どこ見ていいか分からないからね。
――いや、見てないよ?ローザが睨むから。
「――エドガー。聞きなさい」
「え、あ。う、うんっ……何?」
フィルヴィーネを警戒しながら、ローザは僕を呼んだ。
意表を突かれて変な声を出した僕は、ローザを見る。
「お願いがあるわ……戦える場所を用意して」
「――え、ええっ!?」
戦える場所。まさかフィルヴィーネと戦うつもりなのか、ローザは。
「ローザさん!ど、どうしたの、急に」
「ローザ。落ち着いてください」
「そうだよ!なんで戦いなんて……」
サクラ、メルティナがローザを止める。
僕も当然そんなのおかしいと思ってるから、止める。けどローザは。
「この変態を……少し黙らせるだけよ……」
全裸のフィルヴィーネを視野に入れて、ローザは僕に笑う。
え、ちょっと待って。ローザの今の言葉、かなりブーメランじゃないかな?
「ローザさんだけは言えないでしょ、全裸の人を変態って……」
僕が言う事を我慢したのに、サクラが言っちゃったよ。
ツッコミ気質なサクラには、言わざるを得なかったのかな。
そのツッコミに、一瞬だけローザの片眉がつり上がった。
どうやら、自覚はあったのかな。僕は思ってないよ?本当に。
「と、とにかく……戦える場所、それも広範囲で炎を使える場所がいいわ」
誤魔化した。視線も躱して、僕たちを見ない。
「……でも、広く戦える場所なんて……僕には心当たりないよ?」
僕だけじゃなく、この【王都リドチュア】に生まれた今の若い人は、王都から出たことがない人が大多数を占めているはずだ。
それはこの王都が、下町と貴族街、合わせて10区画の街が合わさった大都市だからだ。
下町の一区画から六区画までだけで大抵の物は揃うし、子供達が遊ぶ公園や、大人が集まる飲み屋なども、全区画にそれぞれある。
無駄に広いこの王都を、出る理由がなかった。
しかし、武力に関する施設は、この王都にはなかった。
騎士学校【ナイトハート】ですら、訓練施設が限られており、演習には公園や空き地のようなところで行っていた。
つまり、ローザが求める“広くて戦える場所”など、王都内には無いんだ。
「――そう。なら……ローマリア、貴女はどうかしら」
「――えっ!?」
ここは出番ではないな。殿下の今の返事からは、そういう色が見えた。
「わ、私ですか……?」
「そう。貴女はこの国の王女でしょう?……なら、多少は知っているのではない?」
確かに、ローマリア殿下は第三王女だけど。
国の地理を知っているのは当然なのだろうが、この王女さまは、最近まで公務を一切してこなかった事情があるから、王都外の事など知らないのでは?
「え、えーっと……しょ、少々お待ちくださいね……?」
やっぱり。
必死に思考を巡らせる姿は可愛らしいが、少し気の毒だ。
申し訳ありません、殿下。
「「……」」
ああ、ローザとフィルヴィーネさんが睨み合ってる。
ローザは完全にフィルヴィーネさんを敵視しているし、フィルヴィーネさんはフィルヴィーネさんで、ローザをからかう気満々だ。
「――あっ!そうか、そうだわっ!」
殿下は何処か見当があるらしい。
大変嬉しそうにはしゃぐ。ピョンピョン跳ねて、なんか、何というか。
――子供の様だ。
「ローザのご要望、私には心当たりがあるわっ!」
なんだか最初から知ってましたみたいに言うけど。
数刻(数分)待ちましたよ、殿下。
「あら。じゃあ聞きましょうか、ローマリア王女」
笑顔で言うけどローザ、若干顔が邪悪だよ?
「……【下町第一区画】の北門を抜けると、【ルド川】があります」
それは僕も知っている。最低限、下町民はここで冷水を汲むんだ。
冷たく綺麗な水は、下町の住民には使用する場所がなかった。
貴族街には、王城の“魔道具”から湧き出る水が流れ、それが河となって回っている。
しかしその河は、円形状になっていて下町には流れてこないのだ。
「【ルド川】のさらに北東に、何年も何年も放置されたままの平原がありました。その平原は、今はもう枯れ果てて、荒野となっているはずです……」
「荒野ね。都合がいいわ」
燃えるものがない。確かに、ローザには都合がいいかもしれないけどさ。
僕は、問題を口にする
「しかし殿下……行くにも時間がかかります。【ルド川】に行くのも結構かかりますし……その平原、荒野に今から行ったとしても、着くころには夜近いのでは?」
僕達下町の住人は、朝早くに【ルド川】に水を汲みに行くけれど、往復で大体二時(二時間)はかかる。それも馬車を使ってだ。
今はこの人数だし、【福音のマリス】にこの人数を乗せられる馬車はない。
精々、荷台付きの小さな馬車しかない。
しかも馬はレンタルだ。
「そ、そうね……そう言われればそうかも。う~ん……そうなると……」
ローマリア王女が、また考えてくれているが。
「――マスター、ワタシが運びましょうか?」
メルティナが言い出してくれたけど、それもあまり良くない。
ローザとフィルヴィーネだけを運ぶ訳にはいかないからね。
【異世界人達】は、《契約者》の僕がいないと力が弱まるらしいし、例え僕がついていっても、サクラとサクヤを残してはいけない。
長い距離を離れられないからだ、いろいろな意味でも、バラバラになる事は出来ないよ。
「いや、メルティナには……殿下を送ってもらわないと」
そう。ローマリア王女殿下をここに残しても置けないし、ましてや連れて行くことなんて言語道断だろう。【召喚師】の所にいると言うだけで、誹謗が来そうだ。
「……む~」
いやいや殿下、そういう顔はやめてください。
「まさか、ついていく気だったんですか……?」
「――!……だ、ダメなの!?」
「――勿論、ダメです」
「そうね。流石に」
ダメですよ。僕が誘拐犯にされてしまう。
【聖騎士】の誰かがいてくれれば、少しは可能性もあったかもしれないけどさ。
「……メル。確か……なんか作り出せるよね」
今まで黙って聞いていたサクラが、メルティナに何かを言っている。
もしかして、何か思い当たるのかな。
「【|クリエイションユニット《コレ》】の事でしょうか?」
メルティナの武器とかを作り出してた、あの金属の輪っかの事かな。
「そう!それ!……それで、作れないかな?……車。……自動車を」
自動車?馬車とは違うんだろうな、サクラが言うんだ。
きっと、異世界の乗り物だ。
「――そういう事ですか。確かに、作れはするでしょう……ですが、ワタシの世界に……自動車は存在しませんでした。ワタシ達が運用していたものは宇宙船ですから」
「ん~。なら、あたしから情報抜けない?この《石》からさ」
「……成程。やってみる価値はありそうです」
「……なんだか、サクラとメルティナで話が進んでいるけれど、これは行けるってことでいいのかしら?」
ローザは僕を見る。
「……た、多分ね」
こうして、ローザとフィルヴィーネさんが戦うという話が、ドンドンドンドン広がっていったんだ。
でも、異世界の乗り物、自動車は正直楽しみだし、【ルド川】北東の荒野。
そこに行けるかもしれないって言う好奇心で、実は僕もワクワクしていたんだ、この時は。




