140話【気まずい昼食】
◇気まずい昼食◇
遅めの昼食を取ろうとして、エドガー達は全員で食堂に移動して来ていた。
皆が皆、無言で食事をとる光景は、中々にカオスな雰囲気を醸し出している。
フィルヴィーネは、病み上がりだという事で部屋で休んでもらっている。部下のリザがまだ目を覚まさないと言うのもあるが。
実はまだ、ローザとフィルヴィーネの話は途中だった。
そんな話を切り上げて食事を取るのだ、空気も重くなるだろう。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
カチャカチャと、食器の音だけがなる食堂の空間で。
皆が気まずそうに食事をしている。
サクヤですら、エドガーとローザを気にして、黙って硬いパンを齧っている。
「――これは一体、どういうことでしょうか?」
「ぁ!」
地下の残存魔力の回収を終えたメルティナが戻ってくると、食堂は静まり返っていた。
居た堪れなさそうにするローマリアが、それに気付いて近付き、声を掛ける。
「えっと……メルティナさん、だったわね……」
王女とメルティナは、合うのは二回目だ。
初対面はエミリアの【聖騎士】正式発表の日。それ以来だ。
「イエス。プリンセス・ローマリア……何があったのでしょうか……?」
「ええっと……それは……」
そうして、ローマリアはメルティナに説明をする。
先程フィルヴィーネが休む部屋であった、ローザへの依頼について。
◇
『い、依頼?ローザに、ですか……?』
ローマリアは、ローザに依頼をすると言った。
エドガーを介さず、直接ローザに、だ。
『ええ、これは……私からの依頼です』
王家は関係ない、と言いたいのだろう。
『それで……内容は?』
なんだか、もう既に受ける感じでいそうなローザに、思わずサクラは。
『――ちょっ!なんでそんなに乗り気なんですかっ!?』
ベッド脇の椅子に座っていたサクラは、向かいにあるテーブルに身を乗り出してローザに問いかける。
『なんでって……話を聞かなければ何も分からないでしょう?』
髪の毛を弄りながら、誤魔化すように視線を逸らす。
『……ローザさん?』
不自然で、らしくない態度のローザに、サクラは違和感を感じるも、ローマリアが話を進めてしまう。
『私は、ローザに親しみを感じています……それは、ローザがこの【リフベイン聖王国】の始祖である……勿論それもありますが……』
ローザ自身がそもそもの始祖ではないが、血筋で言えば確かにそうなのだろう。
きっとリフベイン王家の血筋が、生き残ったブラストリアの血筋なのは、ローザがローマリアに対する態度で分かる。
ローザが、不意に笑みを零す。
『――私の子孫じゃないわよ……?』
エドガーに向けて。
『それは……わ、分かってるけど』
ローザが男性経験がない事を聞かされているエドガーは、少し顔を赤らめて返事をする。
『――続けても?』
ローマリアがローザとエドガーに。
少し熱が入っている感じだ。視線を向けられた二人は揃って。
『『ど、どうぞ……』』
と、押され気味だった。
『では……私はローザに、指南役になっていただきたいと思っています』
『指南役?』
『……ですか?』
『そう!!……です』
ローザとエドガーの受け答えに、ローマリアは一瞬だけ興奮した様子を見せるも、直ぐに気を持ち直して話を進める。
『何をするのかしら』
⦅ローザ……なんでそんなに⦆
進んでローマリアの話を受けるローザに、エドガーも違和感を感じる。
だが、そんなことを考えている暇もなく、話はドンドン進んで行ってしまう。
『私も王家の端くれ……教養も多少、多少はあるつもりです……お転婆と言われても、【ビコン】と言われても、私はブレずに進んでいこうと思います』
【ビコン】とは、【リフベイン聖王国】の森林地帯に生息する、猿だ。
顔が赤く、“あほ面”と言われる動物である。
それが分からず、きょとんとする異世界人達だが、ローザだけがクスッと笑った。
どうやら、ローザの時代にも【ビコン】が生息していたようだ。
『フフッ……貴女、自分の国の関係者にそんなこと言われているの……?今も真っ赤よ?』
『……今はいいんです!』
『フフ……そうね。続けて』
顔を赤くしてプンプンするローマリアを見て笑うローザの顔は、本当に楽しそうに笑っていた。
それを、エドガーと他の異世界人は不思議に思う。
二人は、周りを気にしないかのように話を進めていく。
『……はい。それで、私を指導してほしいのです。城に来て』
『……』
エドガーは、無言のローザを見る。どこかで思っていたのだ、ローザは断ると。
少しの距離であろうと、自分の傍から離れる事は無いのだと。
しかし、その思い込みは一瞬で踏襲された。
『……いいわよ』
『――ぇ?』
『ええっ!?』
『ローザ殿……』
今はここにいないメルティナだけが、その理由を予測する事が出来ただろう。
ローザは、エドガーを、異世界人達を避けようとしている、と。
自分の能力が原因で。
『ローザ!なんで……』
『いいでしょう少しくらい……ローマリアは、私に依頼してきているのだし』
『ちょっとローザさん!こっち見て言ってよ!!』
『サクラ落ち着けっ!』
決して視線を合わそうとしないローザにサクラは叫ぶが、サクヤが何とか押さえる。
『――離して馬鹿【忍者】!ローザさん!!』
サクラが叫んでも、エドガーは何も言おうとしない。
だから、サクラは何度でも叫ぶのだ。エドガーの代わりに。
『ローザさんっ!答えてよっ!……【召喚師】を蔑んだ王家の、そんな事が……』
『――っ!!』
言葉が繋がらず、途切れ途切れのサクラの声を、ローザは聞こうとしていない。
サクラだって、ローマリア自身が悪くない事は分かっている。
協力的である事も、エミリアの主である事も。
それでも、サクラは納得していなかった。
それがここで、爆発してしまった。サクラは依頼を簡単に許諾するローザの本心が分からない。
サクラにとっての優先度は、エドガーが一番であり、二番目は仲間、同じ【異世界人】だ。
今の言葉でローマリアが心を痛めたのが分かっても、自分の考えは曲げられなかった。
『す、すまない……私は、無神経な事を言っているわよね……』
ローマリアの視線と言葉は、エドガーに向けられている。
サクラの言葉で気が付かされた、自分のしていることが、“王家と【召喚師】の確執”を、更に悪化させる可能性がある事に。
『いや……僕は、気にしていませんから……これは、ローザと殿下のお話なのですから……』
気まずそうに視線を逸らすと、静観していたフィルヴィーネと目が合う。
優し気に部下の“悪魔”、リザを撫でるフィルヴィーネは、微笑みを崩さぬまま言う。
『――この話は、良い事のように感じるがな……』
『えっ?』
『はぁ!?』
『い、痛い痛いっ!』
静観していたと思っていたフィルヴィーネも、キチンと話は聞いていたようだが、この国の情勢と【召喚師】の事をまだ知らない彼女が、何を言うのかエドガーは少し気になった。
サクラは怒っているが。小脇を抑えるサクヤの頭を鷲掴みにして、グリグリしている。
ポニテの根元が引っ張られていて、地味に痛いヤツだ。
『落ち着け小娘……まったく、よく考えろ。この話にはな、メリットしかないのだ――エドガーが、我慢さえすればな』
『僕が?』
『エド君が我慢?』
『痛い痛い!』
『小娘。お前は本当に賢さが売りの女なのか……?考えれば分かるはずだ。ほれ、答えて見せろ』
フィルヴィーネは、今のは完全にサクラの早計な判断だと言っている。
ローザが乗り気な事に苛立ったせいで、冷静な判断が出来ていないという事だ。
『――うっ……そ、それは……あたし達の中で一番、戦いや国政、王族や貴族について理解をしていて……王女様が心酔していて。エド君……【召喚師】との間を結ぶ事が出来る……可能性を持っている』
『それはつまり?』
フィルヴィーネは『もう分っているのだろう?あまり我儘を言うな』と言いたげにサクラを見る。
サクラも、自分で口に出して理解する。本当は既に分かっていた事だ。
それを、ローマリア王女から言ってくれたことが、どれだけ大きい事か。
『――ああ!もうっ……――【召喚師】と王家とのいざこざを、内側から調べて……解決できるかもしれない……』
『そういう事ね。私は……そうするつもりよ。ローマリアが協力してくれるなら、都合がいいと思ったのよ』
サクラが出した答えに、ローザは答える。
初めから、ローザはエドガーの事を考えていたのだ。
それで険悪な雰囲気になっても、未来が明るければいいと。
そう思って。
『分かる……分かるよ。分かるけどっ……エド君!』
『……』
止めないの?サクラはそう言いたいのだと、言われずとも伝わった。
でも、エドガーは言えない。行って欲しくはないと、その一言を口にはできなかった。
◇
「……そういう事ですか」
「え、ええ」
ローマリア王女から事情を聞いたメルティナは、食堂を覗く。
今、二人は食堂から出て、ロビーの階段に座っていた。(紫の影をサクラが見た場所)
「不器用ですね。皆」
「いや、元はと言えば、私が余計なことを言ったからで……」
「ノー。プリンセスのお言葉は、我々にとってはかなりの優先度をしています」
【召喚師】と王家のいざこざが無くなれば、エドガーが“不遇”に扱われる理由がなくなる。
それは、エドガーが望むことでもあるはずだし、エミリアやアルベールの兄妹も【異世界人】の少女達もが望むことでもある。
それを理解していながらも、ローザが離れていくことを危惧したサクラが、搔き立てられてしまったのだろう。
「そうかしら……」
「イエス。そういう事です」
メルティナは、予測出来ていた。
王家が【召喚師】に接触してくることを。
エミリアが【聖騎士】に成った時点で、何通りもの結果をシュミレートし、その中に、“王家との確執を解消する”と言うものがあった。
まさかそれが自ずからやってくるとは思っていなかったが。
「そういう事ですので。是非とも進めてください。マスターには、ワタシが言い聞かせますので」
「……分かったわ」
「……はっ――くしゅっ!!」
食器の音だけが鳴る食堂で、誰かがくしゃみをした。
そのタイミングに合わせて、メルティナとローマリアは戻っていった。




