137話【命と向き合う】
◇命と向き合う◇
取り敢えずこのままにはしておけないと、エドガーはフィルヴィーネと思われる女性を背負い、【召喚の間】から出ようとする。
「――あぁっと……メルティナっ!」
背負って準備を整えたエドガーは、何かを思い出したようにメルティナに声を掛ける。メルティナも、分かっていますと言いたげに返事をする。
「――イエス。残存魔力の回収は、ワタシがしておきます」
フィルヴィーネを“召喚”した際の、【悪魔の心臓】から漏れ残った魔力が、今もこの場に漂っている。
それをそのままにしては置けない為、誰かがやらなければならないのだが。
どう考えても、メルティナしかいなかった。
因みに、小人はサクヤが両手で包み込むように抱えている。
「ごめん、ありがとう!!頼んだよっ」
エドガーは振り返ることなく、扉を出ていく。
信頼の表れでもあるのだが、少し先が思いやられる程の人柄だとメルティナは思う。
そんな事を思うメルティナは、【クリエイションユニット】を起動しながらエドガー達を見送る。
サクラも「先、行ってる~」と、残らず行ってくれた。
メルティナが率先して残ったのは、魔法陣を早い内に消して、【クリエイションユニット】からある装置を作り出す事が目的だった。
「――マスター達は行きましたね。では、【クリエイションユニット】起動完了。続けて連結……完了……そのまま【マジック・アブソーバー】の作成に取り掛かります……完了まで、30分」
4機の【クリエイションユニット】は、連結して大きなリングとなった。
その大きさは、すっぽりと人間がくぐれる大きさだ。
分かりやすく言えば、機械で出来たフラフープに近い。
「――マスター……少し、ワタシは悪い子です……」
そう言って、メルティナはフィルヴィーネを“召喚”した魔法陣を記録し始めた。
些細な箇所を逃すことなく、エドガーが描き上げた魔法陣の意味を予測しながら、魔法陣の内側に書かれている文字【ルーンス文字】を、一文字ずつ記録し、解読する。
それはまるで、敵の弱点を探る為に密かに行われているようだった。
エドガーが想定してはいないであろう、最悪の事態を、想定して。
◇
地下から長めの階段を上り切り、大浴場の傍に出る。
なんだかとても長く地下にいた気分だが、しめったれた事を言っている暇はない。
「取り敢えず一番近い部屋に……102号室だ、そこに行こう!」
大浴場の廊下から直進した場所にある、一番手短な客室だ。
「――主様っ!この小人、だんだん冷たくなっています……!」
「うわっ――ホントに冷たっ!エド君、これやばいんじゃない!?」
実際、フィルヴィーネもだった。
エドガーの背に感じるはずの熱が、全く感じられていない。
「――急ぐよっ!……そうだサクラ!ローザを呼んできてっ」
「――?……あ、オッケー任せて!直ぐ連れて行く!……――って【心通話】繋がんないし!」
熱と言えばローザだ。サクラも直ぐに気付いて向かっていった。
そのローザと【心通話】で連絡を取ろうとしたサクラだったが、繋がらずに、ムッとしながら走って行く。
「――ああもうっ!食堂?それとも二階の部屋?」
もしかしたら、サクラも感じているかもしれない。
本当は今の状況で、あまりローザに手伝ってもらう事を避けたかった。
だが、そうも言っていられなくなってしまった。
(ローザにとっては、この人は“魔族”……敵なんだもんな。でも……僕は)
肩越しに見る青白い顔のフィルヴィーネを、死なせたくない。
既にフィルヴィーネは、エドガーの《契約者》――仲間だ。
ローザとだって絶対に上手くいくと、いかせてみせると、エドガーは考えていた。
大浴場から直線に走って、廊下を曲がらずに進む。
サクラは曲がってロビーの方に行った、二階に行くにも食堂に行くにも、ロビーを通らなければならない。
「102号室ね!」と、サクラはダッシュで駆けて行った。
エドガーとサクヤはそのまま直進して、102号室へ。
「サクヤ!その小人さん、一旦寝かせて僕のコートからマスターキーを出して!」
フィルヴィーネにかけられた、エドガー愛用の深緑色のロングコート。
「ま、ます、たーき?」
「鍵だよ!僕がいつも使ってるやつ、お願い!!」
「しょ、承知しました!」
流石に、サクヤもパパッと行動する。
小人を一旦、部屋前の台置きに寝かせて、フィルヴィーネにかけられたコートを弄る。
直ぐに鍵は見つかり、急いで扉を開ける。
「あ、開きました!主様……!」
「よし、ありがとう。フィルヴィーネさんはベッドに……その小人さんも隣に寝かせてあげてっ」
「――はいっ」
ベッドに寝かせたフィルヴィーネは、息を荒くしていた。
隣に寝かせた小人も、身体を寒そうに震えさせている。
「くそ……!とにかく暖をとって……って、今は夏前で暖房器具は寄せたばっかりだ!」
自分にツッコミを入れて、エドガーは急いで部屋備え付けの収納から、ありったけの毛布を取り出しフィルヴィーネに掛ける。
サクヤも、自分の上着を脱いで小人をくるんでいた。
チラチラとエドガーを確認していることもあり、真似をしている。まるで親の真似をする子供だ。
「――僕も炎を自在に操れれば……!」
エドガーの能力である【能力複製】は、ローザの能力である【炎熱操作】を使う事が出来る。しかし、その力量は別物だ。
エドガーが使う剣、【片手半両刃剣】は、熱は持てるが炎は出せない。
そして火球は出せても、人肌を温める適度な熱は出せない。
結局何も出来ないのかと拳を握り、無力感を滲ませるエドガーに、部屋の入口から声が。
「――そう簡単に使われたら、私の価値が下がってしまうでしょう?」
「エド君!お待たせ!」
振り向き、待ち人に願う。
「ローザ!お願いだっ……この人を――って、ローザ?」
サクラに連れられてローザがやって来たが、エドガーをスルーしてフィルヴィーネを見た。
「……“魔族”、それも“魔王”ね……」
フィルヴィーネの額や手首を確認しながら状態を見るローザ。
どうやら、ここに来る前にサクラに色々聞いたみたいだ。
「こっちは大丈夫。まだ馴染んでいないだけよ……時期に良くなるわ。問題はそっちね……――はぁ~~」
「……ローザ?」
肩を落とし、深~いため息。
エドガーは恐々しながらも、ローザに問う。
「……キミからの【心通話】は届いていたし……色々サクラに聞いたから、まぁ理解した。でもまさか――その“悪魔”まで助けるつもり?」
ローザは、エドガーと目を合わせることなく淡々と口にする。
「……あ、“悪魔”?」
サクラの呟きに、隣にいたもう一人の少女、ローマリア・ファズ・リフベインが驚愕する。
「“悪魔”だとっ!?そ、それは本当なのですか!ローザ!!」
「……え――で、でで殿下!?何でここに……」
エドガーはもちろん驚く。
ローザ以外は地下に居た為、国の王女が何故ここに居るのか分からない。
「あたしと同じ驚き方してるし……」
「そりゃ驚く……じゃなくて、何でローマリア殿下が【福音のマリス】に……?」
「ひ、久しいわねエドガー、元気していた?」
ローマリアは気まずそうに視線を逸らしながらも、エドガーに声を掛ける。
そのエドガーはキョロキョロとしている。
おそらく護衛の【聖騎士】を探しているのだろう。
「お、お久しぶりです……けど、今は……」
「ええ、分かっているわ。私もローザについてきただけだから、気にしなくていいから」
「そ、そうですか……助かります、あ!でも、落ち着いたら話聞きますからねっ!?」
ローマリアはコクリと頷き、全員がローザに注視する。
「……そんなに見なくても、分かっているわよ」
ローザはため息を吐いて、人差し指を小人にあてがう。
「……魔力がほぼ空ね……“悪魔”は魔力を糧に生きる存在でもあるわ。何があったかはわからないけれど、何か……抵抗、したのかしら……無理矢理削られたような、そんな感じね」
「どうすれば!?」
「落ち着きなさいってば……エドガー。本当に助けるのね?……この“悪魔”は、キミが戦ったバフォメットと同じような存在よ。敵の可能性だってある。それでも――助けると言うのね?」
ベッドを挟む形のエドガーとローザの問答に、他の少女達は一切口出しできなかった。
それだけ緊迫していることもあるが、エドガーの選択を、自分達も知りたいと言うのが本心だろう。
ローマリアだけはローザを心配そうに見ているが、それは誰も気づかない。
そして、エドガーの返答は。
「――助ける……敵ではない可能性だってあるなら、尚更だよ」
真剣に、真摯に、思いに乗せて。
エドガーは命を尊ぶ。それが例え“悪魔”であろうと。
彼女もまた、エドガーの魔力で構成された《召喚者》なのだから。
「……はぁ……分かったわ。キミの選択を尊重する。エドガー。キミの魔力を分けてあげなさい……やり方は、もう知っている筈よ?」
小さくウインクをして、ローザはエドガーの答えを受け入れる。
サクヤとサクラも、無言だがお互い見合って頷いていた。
「ありがとう……!でも、魔力をって……」
「そっかエド君!魔力の譲渡だよっ!!」
「ああ!そうかっ!」
サクラは気付いた。ローザの言いたいことが。
以前ローザにしてもらった、エドガーの魔力を回復させた方法。
自分の魔力を分け与える、譲渡。
それをしろと言っているのだろうが「ローザはやらないの?」とは、エドガーは思わなかった。なるべく頼らないようにと、率先してエドガーは準備をする。
「“悪魔”の小人さんを、フィルヴィーネさんの枕元に……同じ“魔族”なんだから……効率がいい筈だ!」
優しく、“悪魔”の小人を両手で掬い上げるように抱えて、仕えるべき“魔王”様の近くに寝かせる。
「後は……手?」
手を繋ぐ、もしくは肌の接触だろうか。
この工程を知っているサクラが、サポートするように声を掛ける。
「エド君。フィルヴィーネさんの紋章は、右手でしょ?ならいっそのこと、その人形――じゃなくて、“悪魔”を手の甲に乗せたら?」
「そうか、そうだね……!」
そう言いながら、サクヤが小人を抱えて。
「――ど、どうぞ!主様」
「ありがとう。サクヤ」
ベッドに置かれたエドガーの右手の甲に、サクヤはゆっくりと小人を乗せる。
肌の接触が必要らしいので、サクヤは小人をくるんでいた自分の上着を取る。
(――!……私の紋章が変わって――いえ、違うわね……この“魔王”のものが、同じ位置に――か……)
赤と紫の紋章は、ローザの炎を模った円形の赤い紋章を、フィルヴィーネの紫色の二つの月の紋章が、重なるような形で描かれていた。
ローザの中では、この新しくなったエドガーの右手の紋章は、一体どう見えているのだろうか。




