13話【無能な召喚師】
◇無能な召喚師◇
僕は――何をしているんだろう。
今も嬲られるエミリアをただ見ていることしか出来ない。
ガクガクと身体を震わせて、恐怖に身を沈めている。
僕がこの惨状を目の当たりにし、あのコランディルって人が「“無能”」。
おそらく僕の事を話題にした直後だった。
◇
「エ、エミリアっ……」
(ど、どうする。どうすればっ!エミリアはどう見てもケガをしてる。それに、なんでメイリンさんが……?)
何故この場にメイリンがいるのか。近くに倒れるアルベールは大丈夫なのか。
影に隠れ様子を伺う様に顔を出す。すると。
「――はっ!?」
エドガーは瞬時に身を隠す。
三人の中で一際ガラの悪そうな男、イグナリオと一瞬、目が合ったのだ。
するとその男は「ちっ!!」と舌打ちし、コランディルに話かけ始めた。
(な、なんだ?一体どうしたんだ……)
コランディルは公爵家の人間だ。
イグナリオは確か、その従者だったはず。
なのに、今は主に命令するみたいな言動をしている。
(なんだ?他の二人が静かになって……)
イグナリオがコランディルとマルスに命令をする。
二人はこれに逆らうことなく従い、エミリアに迫っていく。
(あっ!エミリアっ……くっ、行かなきゃ!助けに……)
「――っくそぅ!!」
(怖い……怖い怖い、足が動かない……!)
エドガーも、気持ちは今すぐにでも駆け付けたい思いでいっぱいだった。
でも、動かない。恐怖と不安で足が竦み、身体が言うことを聞かない。
足や腕に傷を受けているエミリアは、それでも懸命に、メイリンを守ろうとしている。
でも、身体の元気な自分は何も出来ない。
(――!!あぁっ!エミリアっ!メイリンさん!)
エミリアがメイリンと共に吹き飛ばされて、瓦礫に突っ込む。
土煙を上げて、ゴゴゴゴゴっ!と瓦礫が崩れる音と共に、あの三人の笑い声が響く。
(最低だっ……!僕は……僕はっ!)
◇
ガラガラと崩壊した瓦礫の山。
その中には投げ出されるようにして、少女の四肢がだらりと力なく尽きる。
「……へぇ。庇った女を咄嗟に投げ飛ばしたのか……」
瓦礫の山にメイリンの姿はない。
エミリアが、ぶつかる直前にメイリンを投げ飛ばし、共にぶつかる事を防いだ。
しかし、分散されるはずの衝撃はエミリアが一人で受け持った。
「……」
完全に意識を失ってしまったエミリアをマルスが確認する。
「……どうだ?」
「完全に伸びてるわねぇ」
気絶を確認したイグナリオは、コランディルにアルベールを縛り上げろと命令し、コツコツと歩く。
一定の距離を歩き。突き刺さったままのエミリアの槍を抜き取ると、入口付近に思い切り投げやる。
一部始終を見ていたであろうエドガーに。
「……よう。出て来いよ……当然、まだいるんだろ?どんな気分だよ?自分の知り合いがボコられるのを、ただ見てるってのは。いい趣味だよなぁ……“無能召喚師”よぉ」
震える足のまま、ゆっくりと影から現れるエドガー。
「どうした?行かないのか?死んでるかもしれないぞ……?」
自分の首元から、親指を瓦礫に向け。
すぐさま今度は、顔の前でその指を下に向ける。
「……くっ」
「クハハッ。悔しいか?いっちょ前に悔しいのかよっ!ああんっ!?」
こんな屈辱は、今までの人生で何度も何度もあった。
でも今回の事は、エドガーが受けてきた侮蔑差別の中にはない。
被害を受けているのは自分じゃない。大切な人達だ。
アルベール。エミリア。メイリン。
この国で、自分に良くしてくれる数少ない人たちが。
傷を負い、倒れている。
「おぉ?なんだ、そんな顔も出来んのかよ」
今、自分はどんな顔をしている?怒り?悲しみ?そんなものだろうか。
違う、絶対に違う。確かに怒りも悲しみもあるだろう。
でも、そうじゃない。――そうじゃないんだ。
情けない自分への後悔と苛立ち。才能のある人たちへの劣等感、羨望感。
「もう……やめてください」
何も出来ない、じゃない。
ずっと、しなかっただけなんだ。しようとしてこなかった。
する努力を怠っていた。逃げていた。
「なんだって?聞こえねぇよ!!」
――勇気。勇気が欲しい。
この人たちに立ち向かう勇気が。
この悪魔のような人たちと、戦う勇気が。
「う……」
「はぁ……?」
「――うわぁぁぁぁぁっ!!」
人から見たら、凡そカッコいいとは言えない掛け声と走り出した姿。
拳を構え、イグナリオに立ち向かう。なけなしの勇気をぶつける。
そして、エドガーの放った右ストレートは、無防備なイグナリオの顔面に見事にヒットし。
それ、だけだった。ただ、当たっただけ。
腰も入らない。体重も乗らないパンチが、イグナリオに当たっただけ。
「……で?何?これから何してくれるんだ?楽しませてくれるんだろ?」
「……くっ!」
エドガーは後ずさる。
イグナリオは一切痛がるそぶりを見せず、小指でポリポリとその箇所を掻いている。
「なんだよ驚いたりして……まさか、そんなへなちょこパンチがマジで効くと思ったのかよっ!おらよ。パンチってのはな、こうやんだよっ!!」
エドガーには見えなかった。
イグナリオの右腕が動いて、気付いた時には腹に激痛を感じていた。
「――がっ!ぁぁ、ぅあっ……うぇっ」
ガクリと膝を崩して、地面に倒れる。
自分の口からこんな声が出るなんて、初めて知った。
「はーっはっはっはっは。見ろよお前ら!この地べたを這いつくばる虫をよぉ!」
イグナリオにつられて、他の二人も笑い出す。
「あっはっはっはっ。ひぃっひっひ……あー、面白れぇ」
笑い声とは打って変わり、その顔は一切笑っていない。
その笑い声が響く中、エドガーの耳に入る声。
「――エ、ド……それで、いいんだ」
コランディルに縛られていたアルベールが、声を発した。
「ん……?おっ、ロヴァルトぉ、目ぇ覚ましたかよ」
「――ああ、おかげ……さまでな」
精一杯の皮肉を込めて言う。【月の雫】の効能で傷は完全に塞がっているようだ。
血を流しすぎ、貧血と体力の低下で声を出すのが関の山だが、エドガーに届けば、と。
「エド、聞こえるか……お前、よくこんなとこに来たな」
アルベールは、エミリアが戦っていたことを知らない。
「今までの、お前が。こんな事態を知ったら、さ……きっと、家で震えてただろ……?」
アルベールは、エドガーが陰に隠れていたことを知らない。
「――お前がさ……助けに、来てくれたなんて……嬉しいよ」
それでもアルベールはエドガーを信じている。だからこそ。
「エド……今すぐ、家に……帰れ、お前は……こんな事、しなくて……いいんだ、俺が、お前を……守るから、さ」
アルベールは、エドガーが【召喚師】として輝く時を信じている。
これからも、ずっと。
「……アルベール、くっ!」
エドガーは、力を込めて立ち上がる。
「ちぃっ!つまんねえんだよ!お前らはっ」
イグナリオは舌打ちし、アルベールの方へ歩いていく。
「何とでも言えよ……コランディル」
意識が朦朧とするアルベールは、イグナリオが仕切っていることに気がつかない。
「ふん。まあいいぜ、こっちにも都合があるんでな……おいマルス!……ロヴァルトを抱えろ」
「ええ……分かったわぁ」
「おい“無能召喚師”。一日だ、一日くれてやるよ。明日の夜まで待ってやる」
フラフラとしながらも立ち上がったエドガー。
腹部を押さえて、イグナリオ精一杯睨む。
「あ、す?」
「明日の夜までに【月光の森】に来い……いいな。【月光の森】だぞ、来なければロヴァルトを殺す、必ず殺す。いいな?」
何故か念を押してイグナリオが言う。
すると突然、イグナリオの右腕に埋め込まれた《石》が明滅し輝きだす。
「クソがっ!時間だ。行くぞ、お前ら」
イグナリオが腕を振るうと《石》から霧が発生し、三人とアルベールの姿は消えてしまう。
一人意識を保つエドガーは、必死にエミリアとメイリンに近寄る。
「大丈夫だ、二人とも息はある……よかった」
倒れているメイリン、そして瓦礫に倒れ掛かるエミリアを傷つけないように引っ張り出し、何とか平地に寝かせた。
「お嬢様っ!!エドガー様っ!」
(この声……フィルウェイン……さん)
心配してきてくれたのだろうか。
ロヴァルト家のメイド、フィルウェインの声が聞こえ、走ってくる姿を確認する。
その後ろからはナスタージャの姿も見える。
「よか……った……」
エドガーはメイド二人の姿を確認して、パタリと気を失った。




