135話【見た目はちんまり、頭脳はポンコツ、その影は蜃気楼】
◇見た目はちんまり、頭脳はポンコツ、その影は蜃気楼◇
【召喚の間】で、フィルヴィーネを“召喚”する最終的な準備を終えて、待機していたエドガーは。
突然、胸を締め付けられたような感覚に眉を寄せる。
「マスター。どうかしましたか?心拍が上昇しましたが……」
エドガーの心拍数を秒単位で計測しているメルティナが、一瞬で跳ね上がった主を気にして声を掛けた。
そのエドガーは少し間を置いて、メルティナに笑顔を見せる。
「いや……何でもないよ。少し緊張してるのかな……?」
痛みにも似た感覚は、心を蝕むように、黒く黒く、染め上げそうになる。
(……何だこの感覚……どす黒い、怒りの様な)
まるで自分が何かに怒っているかのように、沸々と煮え上がってくる。
胸を押さえて、上手く背を向ける。少女達に悟られないように。
(もしかして、“魔王”を“召喚”しようとしてるから……とか?)
“魔王”=闇という安直な答えのせいにして。
エドガーは胸の痛みを誤魔化した。
「主ど……主様。そろそろ良いのではないですか?」
エドガーは“召喚”の本を読んでいた。
初めて【異世界召喚】をした際に読んだ、“精霊”が描かれた本だ。
パタンと本を閉じて、サクヤの言葉に頷く。
「そうだね。フィルヴィーネさんも……自分の世界でやる事あると思って時間を取ったけど」
上に一人でいるローザの事も気になる。
“魔力切れ”で未だ眠るサクラも早く運んであげたい。
そう考えて、エドガーは手作り感満載の木の椅子から立ち上がる。
「それじゃあ、始めようか」
「イエス。サポートします」
「はい!お手伝いします」
「――!?」
「――!!」
ギリリ――と、睨み合うメルティナとサクヤ。
どうやら二人共、エドガーを補助しようと考えていたらしい。
しかし、無情なる主人の一言。
「――いや、メルティナにお願いするよ」
「ガーン!!何故ですかっ!?主様ぁぁ!」
エドガーにすり寄って泣くサクヤ。
なぜ忘れているのだろうか。自分の右手に何がついているのかを思い出してほしい。
「ちょっ……サクヤ、君は魔法陣の中央に立たないとダメなんだから、手伝いはそれだよ?」
エドガーに言われて、サクヤはハッとする。
「……そう、でした。わたしは……呪われていたのでした」
ガックリと肩を落として、絶望に拉がれる。
どうやらサクラの魔力吸収で、仕事を終えた気になっていたらしい。
それでも、この【忍者】は《石》と《石》をくっつけただけだが。
「サクヤが一番重要なんだからね?」
エドガーから受けた言葉に。
絶望から一転、一気に顔を笑顔にするサクヤ。
「わたしが……一番――わたしが!?」
「え……う、うん。そうだね」
背伸びをしてまで、エドガーに切迫するサクヤに、思わず身を逸らしてしまうエドガー。
それでもズズイと顔を近づけるサクヤの笑顔は、本当に嬉しそうだった。
例え、一番の意味を履き違えた勘違いであろうとも。
◇
紫水晶を持つサクヤが中心に到着すると、魔法陣内に自然と微量の振動波が発生した。
ピリピリ感を肌に纏わせながら、サクヤは中心部でそわそわしている。
視線も、どこを見ればいいのかと彷徨っていた。
何もしなくていいと頭で理解していても、どことなく不安なのだろう。その不安が和らげるようにと、エドガーは声を掛ける。
「大丈夫だからねサクヤ……メルティナ、一応周囲の警戒……頼むよ」
優しくサクヤに目配せをして、メルティナには警戒を強めて貰う。
その言葉で、サクヤも胸を撫で下ろしてくれたようだ。
「イエス。お任せください」
【悪魔の心臓】を持つ役目があるメルティナは、それが入れられた木箱をもつと、サクヤのもとに向かう。
「どうぞ、サクヤ」
「……はい?」
意味が分からず、首を傾げるサクヤ。
そう言えば、説明もしていない。
「この【悪魔の心臓】は、フィルヴィーネの身体を形成する魔力に使われると思われます。【女神の紫水晶】と共にある事で、成功確率が上昇し……より元の世界の状態に近づける、そう推測されます……しかし、【悪魔の心臓】の性質上、暴走の危険性がありますが……《石》である【女神の紫水晶】は対象になりません。他の“魔道具”は、それなりの危険性がありますので、中央に集めた方が最も効率がよろしいかと」
「……――す、すまぬ……分からぬっ!!主殿……じゃなくて様!」
もうそのままなのだが、サクヤには難しかったらしい。
メルティナは、何故分からないのです?と言いたそうにサクヤを見ていた。
「そ、そんな目で見られても、分からぬものは分からぬのだっ!」
「あはは……メルティナ。もっと分かりやすく、簡潔にお願いするよ」
渇き笑いをしながらも準備が整ったのか、エドガーは魔法陣の正面に。
丁度、サクヤとメルティナを見据える形になっていた。
メルティナはほんの少し頬を引きつらせて、目を細めつつも承諾する。
もしかして、不服だった?
「イエス……この方が、サクヤの安全性が高いと思われます」
「……え?それだけ?」
「簡潔にしろと要求したのはサクヤでは?」
「そ、それはそうなのだが……頼むから、その蔑む目はやめてくれぬかっ!?」
背が低く、メルティナに見下される形のサクヤは、蔑むようなメルティナの視線に涙ぐむ。
どうも、自分が疎い事には気付いているらしい。
「ノー。別に蔑みはしていません。ただ――「覚える努力はしろよチビ助」と思っているだけです」
「「……」」
滅茶苦茶辛辣だ。
涙目で完全に固まるサクヤに、エドガーは声を掛けられない。
指で頬をポリポリ掻き、どうすればいいだろうと、思い悩むくらいしか出来なかった。
「……それくらいにしてあげてよ、メル。多分、幾ら言っても、難しい事は分かんないからさ、そいつは」
「……サクラ!お主目が覚――ではない!サラリと酷い事を言うな!!」
「良かった。もう目が覚めたんだね……どうだい?具合は」
助け船が来たと、エドガーはそう思ってサクラのもとに駆け寄る。
「……う~ん。ちょっとまだクラクラするかな」
「あはは」と、笑って返事をするサクラ。
エドガーは、まだ寝たままのサクラの手首で脈拍を測り、顔色を窺う。
「うん。顔色はいいね……気分はどうかな?」
“魔力切れ”で倒れたこともあり、身体的な心配よりも精神的な心配の方が色濃く出る。
「平気平気……フィルヴィーネさんは?」
「まだ、これからだよ。サクラがよければ部屋まで送るけど……」
気を使っての事だが、サクラは首を横に振るう。
「ううん……見る。エド君の“召喚”……【異世界召喚】を」
「わたしだって本当は見る側がよかったのだぞ!?」
「――黙っていてください」
魔法陣の上からサクヤの抗議が。
メルティナは、動き出そうとするサクヤを抑えていた。
なんだか、どこか疲れているように見えるが。
「うるっさいわね――よっ……と。あ、ごめんエド君……ありがと」
起き上がろうとするサクラを、エドガーは支えて起こす。
ぐぐぐっ――と、腕を伸ばしてサクヤを見る。
「あんたは深く考えたらダメだって……いいとこが消えちゃうから。【忍者】、あんたはエド君の影なんでしょ?なら、エド君の考えを理解できなくてもいいから。ただその眼で、脚で……エド君を支える気持ちを持てばいいのよ」
「――サ、サクラ……」
まさか、サクラが目覚めざまにこんなことを言うとは。
全員、意外だった事だろう。
戦闘経験豊富なローザがいる。最先端AIのメルティナに、自分も少しは頭が回る。
エミリアとアルベールの兄妹や、マークスだっている。
サクヤができない事は、他が補ってやればいいだけだ。
そう言ったのだ、サクラは。
普段のサクラなら、恥ずかしいからとか言いながらこんなことは言わなさそうだが。
もしかして、《聖女》のなりきりがまだ続いているのだろうかと、エドガーは考えていた。が。
「――違うから。ただ、あいつが馬鹿だと……あたしまで馬鹿だと思われそうで嫌なの……それだけ!」
「そ、そっか……」
エドガーは笑顔を見せる。顔を背けてしまうサクラの頬は、ほんのりと赤い。
それがエドガーには、どう見てもサクヤを慰めているようにしか感じなかった。
しかし、その励ましを受けたサクヤというと。
「……――な、な、なんだとぉ!!何故だ!わたしだって主様のお考えを理解したいに決まっているだろうがぁ!お主!少し頭が出来るからって、重宝されるとは限らんのだぞ!?ですよね!主様!」
「――本当に落ち着いてください。魔法陣が削れます」
メルティナに抑えられなければ、サクラのところに飛んできていそうだ勢いだ。
「……」
無言で頭を抱えるサクラ。サクヤは、頭を使わせると動きが鈍る。
最善の行動をできるようにと、サクラなりに気を使ったのだが。
「……この……ポンコツ馬鹿【忍者】ぁぁぁぁぁっ!!」
小さなくノ一は、どうやら脳も小さかったようである。
――今更だが。
だが、エドガーは見ていた。
サクラの言葉を聞いていたサクヤが、クスリと、ほんの少しだけ唇の端を上げたのを。
それはエドガーにしか見れなかったが、サクヤなりの答え(照れ隠し)だったのではないかと思うエドガーだった。




