133話【共通点】
◇共通点◇
「イメージ。イメージ。イメージか……」
サクラは目を瞑り、正座をしながら魔力(MP)の高そうな人物を想像する。
イメージするのは、ゲームのキャラクターだった。
元の世界で、もうすぐ発売される筈だったゲーム。その登場キャラクターが、【聖女】と呼ばれるヒロインの女性。
以前から雑誌で面白そうと思っていたのだが、結局どうなったのだろうか。
「……って違う違う、雑念に飲まれそうだった」
「――集中してください」
メルティナに釘を刺された。
「……わ、分かってるよ」
【聖女】は【勇者】と一緒に旅をする。
その道中で恋に落ちて、二人は逃げるように戦いからドロップアウト。
しかし祖国はそれを許さず、逃げる二人を追い詰める。
そんなところから話がスタートする。だったはず。
PV、面白そうだった。
「――サクラ。話がズレています」
「ごめん~……だってやりたかったんだもん!!【ドラゴニック・ファイナル】!」
口惜しそうに、元の世界での後悔を言葉にする。
その言葉に一番驚いたのは、メルティナだった。
耳に聞こえないほど静音の新型内部関節をキュィィンと鳴らして、一歩足を踏み出すが、止まる。
「――今、なんと?……い、いえ……しかしそれどころでは……」
サクラの口から出たまさかの言葉。
それは、メルティナの前マスターが遊んでいたゲームのタイトルだった。
不意のワードに驚くも、サクラの【ハート・オブ・ジョブ】が不完全だと、マスターであるエドガーの“召喚”に支障をきたす恐れがある事を承知しているメルティナは、いったん保留する。
だが、絶対に聞き出さなければならない。
メルティナの世界と、サクラの世界は完全に別物だと想定していたが、意外なところで繋がりを見つけた。
全く同じタイトルなだけの可能性もあるが、メルティナの知る【ドラゴニック・ファイナル】にも、【聖女】は存在していたはずだ。
もう偶然同じ――では、済ますことは出来ない。
「サクラ。この話はいずれ落ち着いたらゆっくりすることにしましょう……今は、集中を」
「……」
「――?」
サクラは、メルティナが少し思考をずらしている一瞬で集中していた。
スーッと息を吸い、ハーッと吐く。
瞼を開けた時、既にサクラは――【聖女】サクラになっていた。
「……エドガー様、わたくしの準備はよろしいですよ。フィルヴィーネ様、よろしくお願いいたしますね」
『……エドガーヨ、我ニハ別人ニシカ見エヌノダガ……?』
「……ははは……そうですね、始めましょうか」
エドガーとフィルヴィーネが声を漏らす。
因みに、今はサクヤが手を離しているので、エドガーとフィルヴィーネは会話をしていない。
サクラの変わりっぷりに驚いたエドガーが、反射的に敬語になってしまい、フィルヴィーネの言葉に答えたようになっただけだ。
そんな中、メルティナが【解析】で確認すると。
「……どうやら成功のようです……魔力が極端に上昇、1500オーバーです」
魔力(MP)1500。これは、メルティナの約三倍、ローザをも超える数値だ。
『……ソノヨウダナ、物凄イ精密デ濃密ナ魔力ヲ感ジル……』
にこやかに笑みを向けるサクラを見て、フィルヴィーネの声は上擦る。
どうやら、異世界の魔王でも驚くことはあるようだった。
◇
準備は簡単だった。サクヤが、紫水晶を持つ手をサクラの額の《石》に当てる。
つまり通訳時と何ら変わらない。ただそこから、フィルヴィーネが《石》を介して魔力を吸い取るという事だけだ。
『デハ始メルゾ……良イナ?小娘、頼ム』
「ええ、いつでもどうぞ。フィルヴィーネ様……サクヤ様も、始めますよ?」
「あ、ああ……承知してい……ます」
小娘と呼ばれた二人、サクヤとサクラは向き合って息を吞む
呑んだのはサクヤのみだったが、多分雰囲気の変わったサクラに緊張しているのだと思われる。
「――ゆ、ゆくぞ、サクラ」
「ええ、いつでもどうぞ……サクヤ様」
「……」
怪訝な顔をしてエドガーを見るサクヤ。
エドガーは、(分かるよ。気持ち悪いんでしょ?)と、若干失礼にも取れる思いを巡らせる。
苦笑いを抑えて、エドガーはサクヤの背に手を添え。
「さ、今はとにかく進めよう。苦情は、サクラが元に戻ったらね」
「――は、はい」
サクラの喋り方に不自然を感じているであろうサクヤも、エドガーに言われてはこれ以上先延ばしにはできないと、左手でサクラの前髪を上げる。
ゆっくりと、紫水晶を持つ右手を【朝日の雫】に近づける。
チリチリと、通訳の為に接触させていた時とは違う感覚に、産毛が逆立つサクヤ。
(こ、この感覚……先程とは全然違う、これではまるで――本当に別人だ……本当に、お前なのか?)
【朝日の雫】から発せられるサクラとは別の波動に、サクヤは敏感に反応する。
同じ魂を持つサクヤだからこそ、瞬時に気づくことが出来る事だろう。
エドガーやメルティナは安心して見守っているが。
どうも信用できないサクラの力。もし、このままサクラが戻らなかったら――と、どうしても考えてしまう。
「――サクヤ様?……早くしてください。時間が惜しいですわ。それとも、怖いのですか?」
「――違わいっ!!」
(誰のせいだと思っておるのだ……この頓珍漢は!!)
【聖女】になりきっても、どことなくサクヤにアタリがきついサクラに、少しだけ安心してしまう。
「――ゆくぞっ!」
【朝日の雫】に、【女神の紫水晶】が触れた。
『――オオッ!!何トモ濃イ魔力ダ!!ダガ、聖ナル者ノ魔力ハヒサシブリダ!ムゥ……チト……合ワヌナ……シカシ、ソレデ充分!!』
光を放つ二つの《石》の現象に、エドガーは目を輝かせる。
そんなエドガーを横目で見るメルティナは、少し呆れながら。
「サクラの魔力(MP)が大幅に減少しています。このままでは、“魔力切れ”を起こしますが……」
『安心セイ……モウ直グ終ワル。エドガーヨ、我ハ一旦帰ルガ……我ヲ“召喚”セネバ、コノ小娘ニ掛ケタ呪イハ解ケヌカラナ!努々忘レルナヨッ!?』
「――は、はいっ、絶対に……!」
『良イ返事ダ!デハ、マタ逢オウ――』
ィィィィン――と光は収まっていき、ゆっくりとサクラが身体を傾ける。
「おっと!――サクラ!!」
倒れかけたサクラを、サクヤが支える。
メルティナとエドガーも直ぐに駆けつけて、サクラを運ぶ。
「……お疲れ様、サクラ」
眠る様に、と言うか本当に寝ているが。
“魔力切れ”を起こすサクラ。
「大噓ではないですか」
「は、はは……」
フィルヴィーネは大丈夫だと言っていたが、どうやらギリギリまで魔力を吸収したようだ。
でもそのお陰で、フィルヴィーネは元の世界に帰れた――のか?
「サクヤ。もう一度【朝日の雫】に……」
眠っているサクラには悪いが、確認をしなければ。
「はい、主様」
サクヤは、もう何度目かのサクラの額に《石》を付ける。
「フィルヴィーネさん」
返事は無い。
エドガーとメルティナは頷き合い。
「サクヤもういいよ。ありがとう……サクラを少し離れた場所に運ぶから、手伝ってくれるかな」
こうして、異世界の魔王は元の世界に帰った。
この直ぐ後に、本体でご登場するのだが。
まさか、この王都を出てまでの事に発展するとは、誰も思いもよらずに。




