129話【王女と王女】
◇王女と王女◇
不機嫌な気分に眉根を寄せて、私はストローを使って飲み物を飲む。
ずずずっ――と、底まで一気に吸い上げてやって、あっと言う間に完飲する。
「……はぁ……最低だわ……」
自分の最低な行動に、私は心底情けなくなりながら、何度も何度もため息を吐いていた。
自覚はある。私は、確実に弱くなった。
さっきも、《石》の飛び出しに反応もできずに、頭突きなんかを貰ってしまった。
「……自分の決めた道……か」
自分自身を言いくるめた言い訳に、見苦しさまで感じてしまって。
本当に嫌になった。
しかも、私は逃げ出した。新人の挑発に、私は屈した。
怖かった?違う、絶対に違う。
負ける可能性は、もう分かっている。
今の私では、確かにメルティナには勝てないわ。
もし、【孤高なる力】なんて寂しい能力がなければ、負ける事はないと思うけれど。
でもそれは、言っても仕方のない事。あの時、私が言い出した事だ。
◇
~謎の空間~
『こ、ここは……――!!』
少年の願いに答え、私は自身の炎で焼き尽くされた。
そう思っていたけれど、どうやらその前準備って所かしら。
何もない虚無と言ってもいい程の悲しい場所。
そう感じて、私は前に踏み出そうとした。
『――!』
気配を感じ、炎の魔力で後方を薙ぎ払う。
魔力に任せた、軽い一撃。だが、人間を焼き尽くす程度は出来るはず。
けれど、対象の人物?は、無傷でそこに立っていた。
『ヒドイコトヲスルモノダ』
ポンポンと、肩に付いた煤を掃う仕草に、私はイラっとする。
『貴様……何者?人間には見えないわね……』
“天使”?“悪魔”?それとも“神”?“魔王”?
全身を光に包まれた真っ白い塊、ただ人間の形をしているだけに見えるそれは、私に言う。
『キミハエラバレタンダ、ロザリーム・シャル・ブラストリア。キミニハ、コレカライセカイニイッテモラウ』
『選ばれた?異世界?』
異世界――この世とは違う、他の世界。
この光の塊は、私を選び、あの塔から連れ出した?
いや、私はあの少年の言葉に頷いた。決してコイツの願いではないはず。
『ソウダ、ソレニトモナイ、キミニ【イノウ】ヲサズケヨウ……サァ、ドレガイイ』
並べられる、【異能】とやらの光の玉。
赤、青、黄、緑、様々な色の玉は、どれもが爛々と輝いているが。
どれもパッとしないわね。正直言って琴線に触れるものがないわ。
そうして、私は何を思ったか。
『要らないわ。私には【消えない種火】があるから』
右手に輝く《石》を見せ、【異能】を断る。
『ソウカ……ソレモセンタクノヒトツナノダロウ。シカシ、ソウモイカナイノダトイワネバナラヌ。ワタシモ、コレガシゴトデネ……カッテダガ、コチラデエラバセテモラオウ』
勝手に選ぶとか、それはもう押し付けではなくて?
そんな事を考えながらも、光の塊はどーれーにーとか言いながら、適当に選び始めた。
『ウム……コレニシヨウ。【ココウナルチカラ】……キミニピッタリノハズダ……』
『じゃあ、それで』
私は効果など聞かずに、その赤い光玉を受け入れる。
光玉は、私の胸に吸い込まれるように入り込み、すぅっと馴染んで溶けた。
『イイノカナ?タメサナクテモ……』
『いいわ。使わないから』
私は、出口?と見られる赤い魔法陣に向かう。
『ホウ、ヨクワカッタネ……』
『あの少年が描いていたものと、同じだったから……』
この空間に入ってすぐに、気付いてはいたのよ。
貴様が出てこなければ、そのまま向かっていたわ。
『ヨイイセカイライフヲ……――ンド……ドガ――イッ……ザ……』
そうして私は、エドガーのもとに旅立っていった。
背後で光の塊が何か言った気もしたけれど、私は振り向かなかった。
そしてまさか、使わないと言った能力が、常時発動するものだとは思いもせずに。
◇
「……ちっ」
思い出して、舌打ちをする。
すると、その舌打ちに反応する人物がいた。
「――ん?」
気付かなかった?私が?
ああ、そうか、感覚も鈍くなっているのね。
「何をしているの?……王女様?」
私は今、宿の一階、食堂に隣接する休憩所にいる。
先程、紫水晶を追い詰めた場所ね。
そこに、こっそりと私の反応を伺う、桃色の髪の少女がいた。
「や、やぁ……ロザリーム殿、お久しぶりになるわね……」
この国の第三王女ローマリア・ファズ・リフベイン、どうしてこの子が?
「何をしているのかしら……護衛の一人もいないようだけれど?」
この子がいるという事は、エミリアもいると思ったけれど、どうやら本当に一人のようね。
不用心ったらないわ。
第三王女付き【聖騎士】、王女護衛騎士。
それがエミリアの肩書らしいけれど、今いないんじゃ意味なくないかしら?
「実は、散歩をしていたの……それで、ここが目に入ったから、エドガーの様子でもと思って……見に来たの。でも、いない……のよね?」
絶対嘘ね。
第一、ひとりで散歩が許される王女なんているわけ――ああ、私か。
「エドガーは地下ね、他の子たちも一緒よ……因みに、【召喚師】の関係者しか入れないから」
なんだか行きたそうな顔をしているので、先に潰す。
「そ、そうなの……残念だわ」
何をしに来たのかしら、この子。
そもそも【聖騎士】は何をしているの?
前回訪問してきた【聖騎士】は、確かこの子の専属だったはず。
確かメイド服を着た、ノエルディアだったかしら。
「だから早く城に戻りなさい。騎士達が心配しているわよ?」
多分ね。この王女がこの王都の民に姿を見せたのは先日が初めてらしいし、まだそんなに認知度は高くないのかもしれないけれど、これ以上私が構ってやる義理はないのだから。
そんな事を考えていたのがいけなかったのか、ローマリアは左右の指をツンツン合わせながら。上目遣いで言ってくる。ああもう、嫌な予感しかしない。
「それなのだけど……私、ロザリーム殿ともお話をしたくて……」
「……」
妙にしおらしいと言うか、城でもその態度だったら、大層おモテになりそうだわ。
その筋の人間には、だけれど。
私は、ため息を更に吐くことになる。
けれども、こちらからも聞きたいことはあった。
あの日聞いたことの復習と、再確認をしなければと思っていたのだ。
「……私の部屋でいいかしら。ついてきて」
そう言って、私は二階に行く。
二階の客室の一つ、202号室。そこが私の部屋。
――仕方がないから、相手をしてあげる。
この王女の話は興味もあるし、エドガー達に聞かれたくない事も、聞けるかもしれないし、ね。




