128話【我、汝ニ願イ賜フ】
◇我、汝ニ願イ賜フ◇
「ど、どうしよっか……エド君」
気まずい雰囲気の中で、サクラは先陣を切って発言する。
どうしても、今のローザとメルティナのやり取りが頭に残ってしまう。
ローザが出て行ってしまっても、今追いかける訳にもいかないという事を、サクラが一番分かっていた。
「――いや、続けよう。まずは紫水晶を何とかしないとね」
と、エドガーはサクヤの手を取って笑顔を見せる。
「あ、主様……わたしは感動です、全て許します!」
「現金ね……まったく……」
サクラのツッコミに、エドガーは笑う。
しかし、ローザを気にしてるのも伝わってはいるだろう。
そんな原因を作った一人でもあるメルティナにも、エドガーは言う。
「メルティナもいいね?何があったかは……聞かないよ。その方がいい時もあるだろうし、でも――聞かせてもいい、聞いてほしいって思ったら、すぐに言ってくれると……助かる」
真剣だった。エドガーには、メルティナのさっきの行動を問い質すことは出来る。
でも、それはローザにも失礼だとエドガーは思う。
勿論、ローザにも聞かなければならない事だが、今は違う。
エドガーはローザを信じている。ローザもそうだと信じているから、《石》の事を優先できるのだ。
そのエドガーの言葉を聞いて、メルティナも少し反省したのか。
「イエス……申し訳ありませんでした、マスター……気を付けます。それと、ローザにも謝罪するつもりです」
「うん。それでいい」
メルティナは、ローザの異変に気付いている。
ローザを挑発するような行動に出たのも、外に出た時に【解析】を使って、ローザのステータスを見たからだった。
(あのステータスは、異常です……強さもですが、《能力》の数が多く、把握していないものが多くあります……それに……)
メルティナは、網膜プレートにローザのステータスを再表示させる。
【解析結果】
・ロザリーム・シャル・ブラストリア/【王女】
・【孤高なる力】-4
|LV:128
|HP:35478/35480
|MP:212/1207
|STR:1278(-400)
|INT:1462(-400)
|VIT:992(-400)
|MEN:897(-400)
|AGL:789(-400)
・【孤高なる力】
・【炎熱操作】
・【魔人導入】
・【強耐性】
・【天使の加護】(範囲外)
・【殲滅魔法】
・【ジュエルスキル・消えない火種】
(【孤高なる力】-4。ですか……ステータスもこの効果で下がっていることが分かりますが……先程の態度――ローザ、あなたは……いったい何に怯えているのですか?)
メルティナだけが知るローザの近況。
しかしそれを、メルティナは理解出来なかった。
弱気なところを見せないローザも、端から言うつもりはないのだろうが。
自分が招いたとはいえ、不協和音になりつつある現状に、メルティナは気持ちを切り替えてエドガーの隣に座った。
サクラは、紫水晶を持つサクヤの手を取って、自分の額の《石》にくっつける。
「これでどうかな……」
「それで聞こえるのか?」
「分かんないけど、何もしないよりいいでしょ?試してみないとね。トライ&エラーよ」
何度か色々な事を試したが、同じ《石》である事を考えて、共鳴を利用しようとサクラは考えた。
その上で、紫水晶の“声”が聞こえるのはサクラだけというものあり、【朝日の雫】とくっつけてみることにしたのだが。
『何ヲサレテモ、我ハ呪イヲ解カンゾ!』
「……おぉ……聞こえる聞こえる」
「《石》から声が……」
「随分態度の大きな《石》ですね……」
『ナ、ナンダト!?聞コエルノカ!』
紫水晶も驚く。
それにしても、サクラにしか聞こえなかった声の性格が、こんなに偉そうだとは。
まあ、外でサクラがキレかかっていたり、苛立っていたことを考えれば納得だが。
『オオ、コレハイイ!主ヨ、我ノ話ヲ聞クガイイゾ!!』
「あんたさっき、何をされてもとか言わなかった!?」
『ソレトコレトハ話ガ違ウデアロウッ!小娘ガ!!』
プチっと、サクラから何かが鳴った。
「あぁんっ!?」
「――落ち着いてください」
ガシッと、わざわざエドガーの隣から移動してきてサクラを止めるメルティナ。
苛立ちを隠さないサクラを置いておいて、エドガーは紫水晶に問い掛ける。
「それで《石》……いや、アメジストさん?それとも、呼べる名前とかありますか?」
《石》にしても、名前で呼んだ方がいいのかと律儀な事をするエドガーに、紫水晶は気を良くする。
『クックック……何トモ殊勝ナ心掛ケヨ。主ニハ、我ノ名ヲ呼ブコトヲ許ソウ……――我ノ名ハ!残虐ノ魔王――フィルヴィーネ・サタナキア。ソノ人ナリ!!』
「あ、はい。フィルヴィーネさん、ですね。それで、相談なんですが……」
『……』
「……ふっ」
『――ゴラァァ!小娘ェェ!笑ッタナ!オドレガァ!!』
自己紹介を軽く流され、変な空気になるフィルヴィーネを鼻で笑うサクラ。
そのエドガーは「え?あれ?」と、分かっていなかった。
「あーはいはい。その魔王さんが、どうして《石》なんかになっているんですかねー」
額につけたまま話しているので、どうやら声が大きく聞こえているらしいサクラは、耳に指を入れながら聞く。聞くつもりあるのか?それは。
『オノレ小娘、後デ覚エテオレヨ……イ、イヤ、ソレヨリモ。エドガートイッタナ、主ハ魔術師カナニカカ?』
「いえ、僕は……その……」
《石》とは言え、フィルヴィーネにいきなり【召喚師】などと話してもいいものかと、不安になるエドガー。
しかし、そんな心配は必要ないと言わんばかりに、フィルヴィーネは饒舌に語り始める。
『クックック……我ハナァ、魔王ナノダゾ!?凄イデアロウ!?世界デ三人ダケノ魔王ダ!』
相槌や返答を待たぬまま、フィルヴィーネは続ける。
『我ノ《石》ガ盗マレテナ……探シテオッタノダガ……暫クシテ、見ツケタト思ッタラ、コノ小娘ドモガ追イカケテ来テナ』
フィルヴィーネがサクラを見ている気がする。
「……追いかけたのはメルが先じゃ……」
「サクラ。こういう時は、鶏が先か卵が先か……です」
首を振って否定するメルティナ。
「何で哲学になるのよ……」と言うも、結果的に追いかけまわしたことには変わりないので、サクラは言うのを止めた。
『我ハナ、今ハ魔王城ニ居ルノダガ、ドウモ退屈デナ……ソコデダ!エドガー、我ヲ具現化出来ル方法ヲ探スガヨイ!ソウスレバ、コノ娘ノ呪イハ解イテ……――ン?ドウシタノダ……』
「……ぇ……それって」
「……えぇ!!」
「……そう来ましたか」
「……ん……?」
《石》、具現化、そして【召喚師】。
偶然にしては、出来過ぎている気もする。
しかし、これが最善ではないかという不思議な感覚。
ザザ――ザザザ――
「……――っ!!――な、なんだ……?」
一瞬だけ、遠い遠い記憶の様に思い出される、映像。
白い翼を広げ、誰かに抱かれた赤子に、涙を流して別れを告げる女性。
「……て、“天使”……?」
「主様?」
「――あ、ああ。何でもないよ」
目の前にあるのは“魔王”の《石》だ。
決して“天使”じゃない。エドガーは頭を振るい、考えを振り払う。
「フィルヴィーネさん。僕は――【召喚師】です。もしかしたら貴女の願い、僕なら叶えられるかも知れません」
その言葉は、エドガーを強くする為の贄に。
そして――ローザを弱くする呪いでもあった。




