127話【感応】
◇感応◇
「さぁて……どうしてくれようかしら。まずは削る?それとも一気に破壊する?じわじわと溶かされる方がいいかしらぁ?」
宿の外に出て来たローザは、サクヤが手に持つ紫水晶を睨んで告げる。
やはり、おちょくられたことが余程頭に来ていたようだ。
しかし当然、エドガーはそのローザの冗談とも本気ともとれる行動に困りながらも。
「――じょ、冗談って言ってたよねっ!?」
エドガーは、ローザの言葉を本気と取って、貴重な《石》を守るべくローザの前に立つ。
勢い余って、紫水晶を持つサクヤごと抱きしめてしまう。
そんな守り方をするのは、どう考えてもいただけない行為だが。
「あ、ああ、主殿っ……!?」
恥ずかしそうに縮こまるサクヤに、ピキッと青筋を立ててイラっとするローザ。
「エドガー……退きなさい」
「――ひぃっ!」
しゃくりあげるサクヤ。どうしてサクヤにあたるのか。
エドガーにあたるべきを言い出せない所は、まだまだエドガーに甘い証拠だ。
なんだか趣旨が変わってきている気もするが、エドガーは。
「――嫌だ!退かないっ!!」
ゴゴゴォ――と両者は譲らない。
そもそも、エドガーは何でサクヤを抱きしめたのか。
それは勿論。新しい《石》の事しか考えていないからだ。
「――ちょちょ、ちょっとぉぉ!」
遅れて外に出て来たサクラが、慌てて間に入る。
キチンとサクヤをエドガーから剝がす事も忘れない。
「ローザさんもエド君も、変なとこで本気にならないでよ!今はコレ!この《石》、なんでこの《石》が動いたか、あの影は何なのか!そうでしょ!?」
サクラは、サクヤの手を持って言う。
二人の目の前に出された《石》は、薄紫の水晶の中に、紫紺の揺らめきを見せていた。
「う……た、確かに」
「――っていうか、ローザさんのは冗談だって言ったでしょ!エド君も冷静になってよね。《石》のことになると、冷静保てないの、悪い癖だよ!あと、どさくさで【忍者】に抱きついたのはあたしも怒ってるから」
「――ごめ……えっ!?僕、そんなことしてないよっ!?」
「したわよっ」
「したよっ!」
「しました。記録映像もあります」
「……う、うぅ~」
遅れてきたメルティナも参加して、エドガーの行動を見たと証言する。
サクヤだけは三人を無視して照れているが。
「そ、そうなんだ……ごめん。サクヤも、ごめんね」
三人の女性に言われてしまえば、認めざるを得ない。
証拠もあるので、エドガーは非を認めて謝る。
「い、いえ……わたしは平気です!少し驚いただけで……その、主殿。いや……主……様!!」
急に、主殿は主様に進化した。
「え、あ、うん」
サクヤは結構気合を入れて呼び方を変えたのだが、エドガーは動じてくれなかった。
若干へこみながらも、めげないと気合を入れてグッ!と拳に力を入れる。
<エエイ、強ク握ルナ!割レル!!>
「――!……ね、ねぇ、あんた今、なんか言った?」
サクラは、恐る恐るサクヤに聞く。
「主様と……」
「そっちじゃなくて!……その、声がね……聞こえない?」
「――いや、私は特に言っていないし聞こえないが?」
首を傾げるサクヤ。
その眼は「何を言っている」と語っていた。
「ワタシにも聞こえません。現在、周辺の音響を精査しても、大きく発せられた声はここ一帯。ワタシ達の周りだけですが、ワタシ達以外の音の反応は皆無です」
「私も聞こえなかったわね。どうかしたんじゃ……って、そういえばそうね、これが貴女の……【朝日の雫】の力なのかしら」
メルティナもローザも、サクラが言う声は聞こえていないようだが、ローザが気付くサクラの能力の可能性。
【朝日の雫】は、【消えない種火】や【禁呪の緑石】にはない力がある。
それが、見えないものが見えたり、聞こえないものが聞こえたりと、本人にしか分からないようなものだ。
「そっか……《石》の力を使えばいいんだ……慣れないと、霊感が強くなったって勘違いしそうだよ……」
額の《石》を触りながら、サクラは集中する。
<オイコラッ!小娘ェェ!強ク握ルナ!>
「……」
<――ン……?ナンダソッチノ小娘!ナニヲ見テイル!>
サクラの顔は、見る見るうちに不審なものを見る顔に変わる。
眉間に皺を寄せて、こう言う。
「――あんた、何?」
<ナ、何トハナンダ!!コノ我ニ向カッテ、口ヲ慎メヨ!小娘ガ!>
サクラが、紫水晶に話しかけた事で全員の視線が《石》に集中する。
それにしても、かなり偉そうな態度だと、サクラは思った。
「やっぱり、これから聞こえているみたいね」
<オイコラッ赤髪!コレトハナンダ!我ハ……?ン?オ主……ヨク見レバ……>
《石》は、ローザを見て?様子を変える。
「――なに?あんた、ローザさんの事を知ってるわけ?」
<知ッテイルモ何モ、コノ娘ハ……イヤ、ヤッパヤーメタ。ココデ言ウノハ勿体ナイシナ!>
急に勿体ぶる《石》に、サクラは。
「は、はぁ!!何よ《石》の癖にぃ、勿体ぶらないで言いなさいっ!」
「――ちょ!わっ、サクラ!止めぬかっ!腕がぁぁ」
サクラは、紫水晶を持つサクヤの手をブンブンと振り回して、《石》から聞き出そうとするが。
それ以上、ローザの事は話すつもりはないようだ。
<イ・ヤ・ダ!アッカンベー!!>
「はあっ!?舌なんかないでしょうがぁぁ!!それになによさっきから変な加工音声みたいな声出して!イラつくわねぇぇぇぇ!」
「サ、サクラ~!!頼むから腕を振るのは、何卒、何卒やめてくれぇぇ!」
肩が外れそうなサクヤ。
そして皆が思った事を、メルティナが代弁する。
「……ではサクヤ。その《石》を離してはどうでしょうか。そうですね、ローザに渡すのは危険なので、ワタシかマスターに渡すことを推奨しますが」
その通りだった。サクラはサクヤの手を見て会話していたのだが、傍から見て、かなり奇妙な光景だった。
具体的に言えば、通行人がこちらに不審な目を向けるくらいには怪しかった。
「う、うむ……そうしたいのは山々なのだが……主様。これはどうすれば取れますか?」
「「「「――は?」」」」
サクヤが手に持つ、紫水晶は。
右手にぴったりとくっついて、離れなかったのだった。
◇
急いで【召喚の間】へ逆戻りした面々。
今度はエドガーもちゃんといる。
「ちょっとあんた、【忍者】に何したのよっ!」
サクラは紫水晶を睨みつけながら言う。
<……>
しかし、《石》は答えない。
頑固だ、《石》だけに――
「主ど、様ぁ……」
「う~ん。どうしようか」
サクヤの手にくっついた《石》は、幾ら力を入れて取ろうとしても、ローザが【破邪炎掌】を使っても取れなかった。
<クックック……貴様ラ如キニ、コノ残虐の魔王ノ呪イガ解ケル訳ガ無カロウ>
「――なっ、呪い!?」
サクラの驚きに、ローザは考え込む。
(破邪の力でも解けない呪い……だとしたら、かなり強力なものね……厄介な……)
自分の力で解決できずに、不甲斐なさを感じる。
いっそサクヤの手ごと斬り落とそうかと、物騒な事を考え始めていると。
メルティナが言う。
「――では、斬り落としましょう」
と、【クリエイションユニット】から【コンバットナイフ】を作り出す。
刃先が振動する、超切れ味のある粉砕式ナイフらしい。
「――い、いやだぁぁぁぁぁっ!!」
サクヤは、紫水晶を持つ手を腹に抱えて、球体の様に丸くなる。
<オイコラッ小娘!見エンダロウガ!!ソコヲドカンカッ!!>
「ねぇ【忍者】……《石》が退けって言ってるわよ?」
丸くなって身を守るサクヤの背をさすりながら、サクラは優しく言う。
「ほら、あたしらが昼に食べた牛丼。あんたお米食べたがってたでしょ?おにぎり握ってあげるからさ……」
「……サ、サクラ……お主」
涙目で、「いいところもあるのだな」と思っていそうなサクヤの心境は、次のサクラの言葉で、一気に反転する。
「――うん!だから――斬り落としちゃいましょう!」
「……――う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
サクヤは消えた。
一瞬で消え去り、ローザに捕まって、縛られた。
三コマの静止画のようだった。
「ほら、取り敢えずサクヤに謝って。三人共悪ノリしすぎだよ。完全に疑心の目だからね……今のサクヤは」
謎の【忍者】スキルで、天井に張り付くサクヤ。
ローザの縄から抜け出した直後、瞬時に逃げたのだが。
もう完全に疑っていて、降りてこようとしない。
「悪かったって、ごめんね【忍者】」
「申し訳ありませんサクヤ。少し、はしゃぎ過ぎました」
「そ、そうね……貴女の反応が面白くて――つい。悪かったわ」
三人共が上を見上げて、首を痛そうにしながら言う。
「――サクヤ。僕も謝るからさ、降りてこようよ……それで、その《石》を取れるように一緒に考えよう?」
「主殿……あ、様」
そこは言い直さなくてもいい気がするが、サクヤのこだわりなのだろうか。
エドガーの言葉を聞いてサクヤは降りてくるが、エドガーの傍から離れようとしなかった。
「……失敗した、かな」
「イエス。愚策でした」
「……この子をからかうのは、控えなければダメね」
からかい甲斐はあるが、どうも猜疑心の強いサクヤは、何でも信じすぎてしまう傾向がある。
三人の間で《サクヤからかいやりすぎ禁止》のルールが決められた瞬間だった。
落ち着いたサクヤは、エドガーの右隣に座っている。
そのサクヤの横にサクラが座り、《石》から話を聞きやすい状況を整えたのだが。
「――反対側は、ワタシが座ります」
「は?」
突然、メルティナが主張し始めた、エドガーの反対側。
何気なくローザがエドガーの左隣に座ろうとしたのだが、その腕を掴んで、メルティナが制したのだ。
「何のつもり?」
「……いえ。相談もなく座ろうとしたので、異を唱えます」
「なんの相談が必要なのかしら……貴女にそれが必要?笑わせないで。エミリアならともかく、貴女がここに座る権利があるとでも?」
なんだか権利がどうとか、話が大きくなっているような気もする。
サクラも「ちょっとちょっとぉ」と焦っていた。
「イエス。権利の主張をします。今時点で、一番マスター……エドガー・レオマリスを守れるのは……ワタシでしょう。なにか意見がありますか?」
「……はぁ?よく回る口になったわね……私に勝つって、そう言ってるのよね」
眼光鋭く、メルティナを睨むローザの目は、本気だった。
しかし、メルティナも折れなかった。なにか自身があるようなそんな顔で、ローザに述べる。
「イエス。そう言っています――今のローザにならば、完勝できます」
「――!!――っ」
「今の」を強調して、メルティナは続けようとする。
だが、ローザがそうさせなかった。
「――もういいわ!私は気分が悪いから……上に行く。何かあったら……【心通話】で教えて……」
強く言い放って、ローザはスタスタと【召喚の間】を出ていく。
「――ちょ、ローザ!……って、行っちゃった……」
エドガーの言葉も聞かずに、ローザは出ていった。
メルティナと戦えば自分が負ける。
その事実に背を向ける様に、ローザは、まるで逃げる様に【召喚の間】を後にした。




