126話【紫水晶捕獲作戦】
6月29日。
この126話から、ルビを少し減らしております。
◇紫水晶捕獲作戦◇
「――ああああああ~っ!ダメダメダメダメ!ダメだよローザさん!!」
独りでに動き出した《石》。紫水晶におちょくられた怒りに、ローザがまさかの“魔人”と化しそうになったのを何とか鎮めるサクラ。
メルティナはローザが“魔人”化出来る事を知らないので、サクラの行動に疑問符を浮かべていたが。
「――ふぅぅ……冗談よ」
「噓だぁっ!本気の目だったでしょ!?」
「冗談だって言っているでしょう。しつこいわね」
ローザは、クシャクシャッとサクラの頭を撫でる
そして静かに、ローザの目は元の青い瞳に戻った。
「それよりも、あの《石》を何とかしましょう……逃げ出されても厄介になりそうだし。ここで決着をつけないとね」
“魔道具”【女神の紫水晶】を、外に出してはいけない。
それは分かってはいるが、【召喚の間】を抜け出した紫水晶は、どこへ向かうのか。
「イエス。ですがどうしますか?あの紫水晶は、《石》とは思えない弾み方をしていました。一筋縄では行かないと推測します。この場で捕らえられた方が最適でした」
もしも《石》が悪意あるものだった場合。外に、【福音のマリス】から出すことは避けたい。
それでなくても、最近決闘のせいで、下町内では目立ち始めてきている。
外出は極力避けているのだ。
特にサクラは、“下町のアイドル”状態なのだから、これ以上目立ちたくない。
「それはそうね」
(魔力が残っていれば出来たけれど……こんなカツカツな状態で、日常生活ですらキツイのに《石》に魔力は割けないわ)
ローザは、悔しそうに唇を噛む。
この世界に来て、ローザは一度も全力を出して戦っていない。いや、戦えていない。
全力で戦えない環境ではあるが、それは“契約者”エドガーの意志でもある。
しかしそれ以上に、ローザが得た【異世界能力】にも起因していた。
【孤高なる力】
効果は、独りでいればいる程強くなる。だ。
つまり逆を言えば、仲間が増えていくたびに、ローザは弱体化していくのだ。
新しい異世界人の仲間が増えていく中で、ローザはこの弱体化の感覚とも戦っていた。
その弱体化を実感したのは、【魔人導入】を使ってしまった瞬間だ。
ローザ自身の魔力を極端にすり減らし、【消えない種火】の蓄えた魔力を一気に使った事で、自然発動する【魔人化】。
エミリアの明るい性格のおかげで、恐怖や畏怖を与えずに済んだし、エドガーに責め苦を与えないで済んだのは、どう考えてもエミリアの手柄だ。
だがその後、ローザの力は弱まって来ている。
サクヤとサクラが“召喚”され、メルティナが“召喚”された。
その時点で、三人分の弱体化が行なわれている。
加えて、ローザ自身が仲間だと思っている人物
――エミリアの分も、弱体化は進んでいた。
エドガーが異世界人との契約で上昇効果を得ている反面。
ローザは逆に、どんどん弱くなっていた。
魔力は勿論、反応速度、腕力、思考能力も、全てにおいてグレードダウンをしている。
それは、彼女が焦りを覚えるほどに。
「――さん?……ローザさん!?早く行かないと《石》が……」
「……!え、あ……ごめん。行きましょう」
(今考えても仕方のない事ね……これは――私が選んだ道なのだから……)
「……」
歩き出したローザに続くサクラだが。
「ん?……メルどしたの?」
「――ノー。何でもありませんよサクラ……行きましょう」
【召喚の間】の出口へ向かうローザを見つめるメルティナの視線は、何かを怪しむような、疑いを持つような、そんな視線だった。
◇
メイリンを送り届けたエドガーは、サクヤと合流して宿の前まで来ていた。
【心通話】でサクヤに連絡を取ったのだが。
同じ【下町第一区画】内に居たとしても、結構な距離だったはずなのだが、サクヤは【鑑定屋】からあっと言う間にエドガーの所にやってきた。
後ろから「主殿!」と声をかけられた時は、分かっていても驚いてしまった。
「――さて、それでどうなさるのです?主殿……」
「うん、そうだね……」
うーんと腕組みして考えるエドガーの隣で、嬉しそうに尻尾を振る忠犬。
しばし考えていると、宿の地下にいるサクラから【心通話】が届く。
<――エド君!そっちは今どこ!?【忍者】は合流した!?――あ、そっちいった!メル!ローザさん上!>
「<――うわっ……サ、サクラ!?どうしたんだい、そんなに慌てて。サクヤは一緒だけど……>」
サクラから来た【心通話】は、とても慌ただしかった。
余裕がないのか、ローザやメルティナに指示を出しているらしい声まで聞こえてくる。
きっと向こうでも声を出している事だろう。
<サクラ、落ち着いて話せ。主殿がお困りではないか……>
サクヤがサクラに言う。
<あ、【忍者】?丁度いいから手伝って。あ、違いますそっちじゃない!メルの後ろぉ!>
「「……」」
エドガーとサクヤは顔を見合わせるも、どうも要領を得ない。
ただ、現場が混乱している事だけは十分に伝わった。
その後、ローザから冷静な説明を受けたエドガーは。
「<分かった。その《石》……【女神の紫水晶】を捕まえればいいんだね>」
《石》が勝手に動いていると言う怪奇な事には触れずに、エドガーは新しい《石》に鼻息を荒くする。
「……あ、主殿……物体がひとりでに動くという事を注視してください……」
サクヤが、なんと比較的まともな事を言った。
「――いや、だってサクヤ!動く《石》だよ!?欲しいに決まってるじゃないか!だって僕は知らないんだ!そんな《石》!」
「しかしですね……ローザ殿が言うには、影らしきものが入り込んだと……つまりは憑依でしょう、敵の可能性だってあるのではありませぬか?」
「そうなったら皆でやっつけよう!その後に《石》を回収して、コレクションだ!」
その《石》が何処から来たかの疑問も持たないまま、エドガーは完全にコレクターモードだった。
流石にサクヤも引き気味だ。
宿の前で待機する二人は、聞こえてくるドタバタに耳をやり。
「……ガタガタやってますね……あ、サクラが叫んだ」
「だ、だね」
ローザが言うには、エドガーとサクヤには、入口を見張ってていてほしいとの事。
現在は地下から上がり、一階の大浴場を封鎖。
客室を通る廊下を抜けられ、ロビーの方へ向かったらしい。
「<袋小路に追いやれれば捕まえられる。ロビーを抜けたなら、階段を封鎖して!厨房にも二階直通の階段があるから、入れないように!>」
そうなれば、後は一階東(食堂の南)の休憩所と、西の娯楽室だけだ。
その二部屋には抜けられる通路はない。完全な袋小路だ。
<ローザさん!そっち行きました!な、何かさっきより……はやっ……>
<サクラ、二階への階段は封鎖済みです。ターゲット、食堂・休憩所方面へ向かいました>
<確認したわ、今休憩所に入った。二人とも来なさい、追い詰めるわよ!エドガーとサクヤも、休憩所の窓を見張っていて>
<了解>
<承知した>
紫水晶は、動くたびに機敏になっていたが、逃げ場を失くしてしまえばこちらのものだ。
<サクヤ。分かっているわね!>
ローザが名指しでサクヤを指名する。
<――!?……ああ、そういうことか。任せよ!>
本人には伝わったようで何よりだ。
そして、宿内の声も聞こえる距離に近付き。
「ローザさん、あいつ早いよ!?どうするの……?」
「決まってる。燃やして――」
「だだ、だ、駄目だよ!?」
窓の外からの声に、ローザはクスクスと笑い。
「冗談よ」
本当に?
「ノー。声のトーンが下がりました。これは本気です」
少し遅れて合流したメルティナが言う。
「ちょっ!ローザ本当に駄目だよ!?」
「だ、大丈夫だよエド君……メル笑ってる、こっちも冗談だよ」
呆れつつ、ネタ晴らしをするサクラ。
メルティナがローザに合わせて冗談を言うとは。そちらも地味に驚きだ。
「そろそろいいかしら……」
「なんでそんなにあっさり……ローザが言い出したんじゃないかっ」
窓の中から、クスクスと笑うローザの柔らかな声に、隣にいたサクラは安堵する。
(さっきまで棘だらけだったのに……エド君と話しただけで、安定した……?)
笑うローザの様子を気にしながら紫水晶を見る。
正直、先程まで薄っすらと炎を溢れ出していた人物と同じに思えず、顔が引きつりそうだ。
「……準備完了しました」
メルティナが休憩所の扉を閉め、完全に密室となった。
逃げられる可能性は窓だけ。それも破らなければならない。
飛び回る《石》ならば可能だろうと、外にはエドガーとサクヤが待機。
そしてそれこそが、ローザの考えだ。
「行くわよ。三方向から回り込んで……窓に誘導しなさい」
「了解しました」
「分かりました」
じりじりと、紫水晶を追い詰める。
椅子の下に隠れていた紫水晶は、ピョンっと跳ねて大テーブルの上に。
しかし、先にはメルティナがいる。
丁度、テーブルの上には窓から射す光が当たり、紫水晶には光明に見えた事だろう。
勢い良く、紫水晶は飛び跳ねる。
窓は強化ガラスという訳ではなく、よく近所の子供にも割られたりする安い窓ガラスだ。
勢いをつけた《石》なら容易に割れるはずだ。
パリーーーーン!!
予想通り、紫水晶は簡単に窓ガラスを破壊し、外に飛び出した。
待っていたと言わんばかりに、ローザは合図をする。
「今よ!――サクヤ!」
「承知!【魔眼】よ――時を止めろっ!!」
言っておくが、サクヤの【魔眼】に時間を止める力はない。
ただ、サクラの【スマホ】で見た【アニメ】のキャラが似たようなことをしていたから、真似ただけだ。
しかし、ふざけているように見えても【魔眼】の効力はしっかり紫水晶に効いていた。
――ポスンと、動きを止めた《石》は芝生に落ちる。
すたすたと歩くサクヤは、それを右手で掴み、掲げる。
「召し取ったりぃぃ!」
と叫んだ。
宿の敷地内とは言え外だ、そりゃあ、通行人は見るさ。




