122話【再出発】
◇再出発◇
ルーリア・シュダイハ、元子爵令嬢。
結論から言ってしまおう。
シュダイハ子爵家は、爵位剝奪、そして家名ごと取り潰された。
“悪魔”騒動の主犯である、嫡子セイドリックは死亡、当主デトリンクは、主犯であるセイドリックの罪の責を取って投獄された。
残された娘のルーリアは、跡目を継ぐとは言わずに、誰もいなくなったシュダイハ家は、そのまま取り潰しとなったのだ。
父デトリンクの責任は非常に重かった。
ある日の事情聴取で、セイドリックが使用した【魔石】を入手したのは、デトリンクだったと判明。
しかしそれを問い質されても、憶えていないの一点張りだった。
そして、リフベイン王家の催し物である決闘。
これを台無しにしたことが、最大の責になった。
爵位は剥奪の上、投獄。処刑されないのは、尋問の為だ。
そんな顛末がある中で、ルーリアは。
「……お世話になりました」
近いうちに取り壊されるであろう屋敷に、深々と頭を下げる。
「お嬢さん……」
ルーリアの元・恋人、ボルザ・マドレスターも、ルーリアに合わせて礼をする。
一刻(一分)ほど礼をして、ルーリアは顔を上げた。
晴れ晴れした顔だった。弟は死に、父は投獄。
残された資産は銅貨1枚もない。
だが、悲観はしない。
この状況を望んだのは、自分でもある。
確かに、家族を失ったことは悲しい。悲しいが、自分を命がけで助けてくれた人もいる。
家が取り潰されると聞いた時も、不思議と驚かなかった。
新しい一歩を踏み出す為に、自由になる為に。前を向く。
「――さ、行こっかボルザ……雇い主が待ってるわよ!それと、私はもうお嬢さまじゃないから、呼ぶときは名前になさいっ!」
笑顔を見せて、ルーリアは笑う。
屋敷で働いていた使用人たちには申し訳ない気持ちがあるが、ここ【貴族街第四区画】を取り仕切っていたシュダイハ家が潰れた以上、第四区画は生まれ変わるはずだ。
――快楽街ではなく、歓楽街に。
「は、はい!……ルーリア!」
そうして向かうのは、【鑑定屋】だ。
【鑑定師】マークス・オルゴが経営する、“魔道具”の鑑定を主に置いた店。
サクヤの口利きで、ルーリアは店員として、ボルザは警備員として雇ってもらえたのだ。
マークスも、店員を雇うつもりでいたらしいので、手間が省けたと喜ばれた。
因みに、賃金は意外と安めの一日銀貨2枚と銅貨5枚。ボルザも同じだ。
そんな【鑑定屋】の前に、黒髪の少女が居た。
「……遅いではないか。ルーリア、ボルザも……待ちくたびれたぞ」
箒をかけながら、店の前を掃除する黒髪の少女に、ルーリアは謝る。
「ご、ごめんねサクヤ。まさか代わりに掃除してくれているなんて。あ、ありがと」
サクヤから箒を受け取ると、店の中からイラっとした声が。マークス店長だ。
「――おせーんだよお前らが!だからそいつにやって貰ってただけだろーが……」
「す、すんません旦那!すぐに準備しますんで……」
店内からは「おうっ、早くしろ」と、マークスが言う。
マークスの方が年下なのだが、それは雇用主と従業員の関係性だろう。
もしくは、ボルザがそういうタイプなのかだ。
「サクヤは、どうしてここに?」
気まずそうに、サクヤはぼそりと言う。
「――逃げて来た」
「――えぇっ!?な、何から!?」
ルーリアは箒をカランと落として驚く。
あの強いサクヤが何かから逃亡してきたこと自体が、ルーリアには驚愕だったのだ。
「そんなに驚くことではないぞ。わたしだって何も物凄い強さなわけではない――鬼畜がいじめるのだ……わたしをっ!」
「あ、ああ……あの子ね……」
両手を上げて、まるでお手上げと言っているかのようにサクヤは言う。
ルーリアも、先日初対面したサクラを思い出す。
「……それにしても」
ルーリアはサクヤの左眼を見る。
その片目は、眼帯で隠されていた。
デフォルトされた黒い龍のパッチが付いた、可愛らしいものだった。
「……な、なんだ?変な目で……【キモイ】ぞ」
ルーリアが眼帯を見ていることに気づき、覚えた《現代日本》の言葉を口にする。
サクヤは、サクラの【スマホ】で動画を見るのが趣味になっていた。
だが、電波がどうとか通信魔力がどうとかで、中々見せてくれない。
だから掃除から逃げて来たのだ。抗議の意味を含めて。
「だって……折角綺麗なのに、もったいないなぁって……別に痛くないんでしょ?」
そう言って、ルーリアはサクヤの眼帯をめくる。
その下には、綺麗な眼が。宝石の様に輝く眼がある。
「うむ、痛くも痒くもないな……ただ、目立つことは出来ぬから、そのかもふらあじゅと主殿は言っていた」
これは、異世界人全員がする事になった。
ローザも右手に手袋をすることにしたし、サクラは帽子をかぶることが増え、サクヤはこうして眼帯をしている。
メルティナのみ、背中に《石》がある為、服を着るだけで済んでいるが。
「へぇ……大変なんだね……って、私も喋っている場合じゃなかった……!」
「うむ、励むがよいぞ」
ルーリアは店内に入っていく。
「おら!おせーぞ!」と怒鳴る店主の声が聞こえるが、最早サクヤには関係なかった。
「――頑張れ。ルーリア……ついでにボルザもな」
サクヤは、真剣でサクラから逃げて来てはいるが。
その理由は、ルーリアの新しい門出を祝う為でもあった。ボルザは本当についでだが。
サクヤは、ルーリアを気に入っていた。
家族に蔑ろにされた境遇に、シンパシーを感じていたのだ。
微笑みながら、店内を覗くサクヤ。
マークス店長にこき使われるルーリアとボルザは、焦ったり困ったりしてはいるが、何だかとても楽しそうだった。
「まったく、もう少し優しく言えぬのか……【鑑定師】殿は……――っと!この気配……メル殿か?」
ルーリアの仕事を見ていたサクヤだったが、急に気配を感じ上空を見る。
「――メル殿!あまり空を飛ぶなと言われてはいなかったか~!?」
空からゆっくりと降りてくるメルティナに、サクヤは言う。
そんなメルティナは、服の隙間から器用に光翼を閉まって降り立つ。
「ノー。大丈夫です……この世界の人間は、そもそも人が空を飛ぶとは思っていません。上を見てはいませんよ」
そういうものだろうか。
しかし、メルティナには高度センサーなどもあるし、大丈夫なのだろう。
「……メル殿が大丈夫と言うならいいのだろうが。ところで、どうしたのだ?」
現在は、サクラとエドガーと掃除をしていると思っていたが、まさかメルティナも逃走を?と考えるサクヤ。
「違いますよ」
考えを読まれたのか、先読みして否定された。
「そ、そうか……では何故か?」
「はい。サクラに頼まれまして」
「――え」
固まる。それはもう綺麗に固まった。
自分に【魔眼】を掛けたのではないかと思えるほどに固まっている。
「伝言を再生します……『サクヤ……あたしから逃げるなんていい度胸ね、昼の食事担当が誰か忘れたの?』」
ハッとするサクヤだが。
「『……あんたの昼ごはんは――無いからね』……以上です」
メルティナの頭部(耳元)レコーダーから発せられたサクラの声に、サクヤは一際焦る。
それにしても、完全にメルティナが喋っているように見えた。
実際、メルティナの口からサクラの声は聞こえた。
「――そんなぁぁぁ!殺生な!メル殿!伝言はどうやって送るのだ!」
縋るサクヤに、メルティナは。
「【心通話】をすれば良いでしょう」
と、あっさり流し、伝言を受け取ってはくれない模様。
「さ、さっきからやっているのだ!?遮断しよるのだあやつめっ!ちょ~っと上手くなったからと調子に乗りおってからに!サクラのド鬼畜め!!少しばかり胸が大きいからとバカにしよって!それにあの牛乳女もだ!乳がでかいのがそんなに偉いのか!!――こんちくしょぉぉぉぉ!!」
膝をついて泣く。
思念がこもった言葉だったが。
「……伝言、完了しました」
「――!?――メ、メル殿……?もしや、今の……」
「……イエス。伝言を頼まれましたので」
そう言えば、嫌だとは言っていなかった。
「ではサクヤ。失礼します」
《石》が発光し光翼を広げるメルティナ。
「――え、え?――冗談であろう?嘘であろう!?――メ、メルティナァァァァァァァァァ!!」
伸ばすサクヤの右手は、飛び立つメルティナの足をかすめた。
そんな絶望するサクヤを一切振り返ることもなく、メルティナは帰って行ってしまった。
最悪の伝言を持って。
それにしても、サクヤ史上最長の横文字、メルティナって言えるようになったらしい。
「ああ、わたしは愚かだ……」
サクラの悪口ならいざ知らず、ローザのことを裏では牛乳女と言っている事がバレてしまう。
崩れるサクヤを、店の中から様子を見ていてくれたルーリアが慰めてくれた。
昼食は、ここでルーリアと共に食べよう。
◇
ガタゴトと揺れる馬車内で悪態をつく男を、窘める少女がいた。
場所は、西国【魔導帝国レダニエス】を出た、隣国【リフベイン聖王国】内。
国境に近い場所だった。
「んっだようるせーな!」
「だから、場所を取りすぎですってば!殿下が狭そうにしているでしょ!!」
態度のでかい男。レディル・グレバーンに怒るのは。
リューネ・J・ヴァンガード。
元の名を、リューグネルト・ジャルバンと言う、聖王国出身の少女。
帝国に移った際、名を変えたのだ。
養父であるレイブン・スターグラフ・ヴァンガードの姓を貰い、公爵令嬢ともなった。
しかし、帝国皇女エリウス・シャルミリア・レダニエスの部下はやめなかった。
安心して暮らせる場所も、地位も与えられたが、恩を返すため、エリウスに忠誠を誓っている。
「いいのよリューネ……レディルのことはもう諦めているから」
「……ですって」
エリウスの言葉に、リューネはレディルを見て言う。
「――るっせ!」
帝国に帰って十日後。
エリウス達は、また聖王国に入った。
エリウス達、【魔導帝国レダニエス】の希望。
シュルツ・アトラクシア軍事顧問の要請で、エリウスは再び聖王国の【王都リドチュア】に向かっている。
休みなくいけば、あと七日で着くはずだ。
「……はぁ」
何気なく、エリウスはため息を吐く。
シュバッ!!と姿勢を正すレディル、顔を緊張させるリューネ。
馬車を引くカルスト・レヴァンシークも緊張したのだろうか、一瞬だけガタンと揺れた。
「エ、エリウス……俺が悪かった」
「い、いえ……しつこく言った私が……」
「――は?」
エリウスは分かっていない。
自分からドス黒いオーラが出ていたことを。
それもこれも、帝国での事柄が起因していたのだが。
その原因になった男たちはここにはいない。
命令をした軍事顧問も、偉そうにするリューネの養父レイブン・スターグラフ・ヴァンガードもだ。
レイブンは、軍事顧問と話がある。と帯同してはいない。
その代わりに、娘となったリューネをお付きにつけたのだ。
それが、エリウスには腹立たしくてしょうがなかった。
(まるで、そのためにリューネを利用しているようだわ……)
前回、シュルツ・アトラクシア軍事顧問の指示で、エリウスは【リフベイン聖王国】で幾つかの任務を受けた。
一つ目が、聖王国、特に【王都リドチュア】に、無数の《石》をバラまく事だった。その結果は、一つの《石》が異世界人を招く事になり、二つの【魔石】は“悪魔”となって、【召喚師】を苦しめた。
二つ目が、軍事顧問の古くからの知り合いである、レイブンを迎えに行く事だった。そしてそのついでに、軍事顧問か固執する【召喚師】が、どのような力を持つかを調べるつもりだったのだが。
結果は、貴重な【魔石】を二つも失った。
更には、部下が一人死んだ可能性がある。
それしか、得られなかった。いや、得たとは言えない成果だろう。
「エリウス様……」
小声で、主を心配するリューネ。
エリウスは、そんな視線に気づくことなく、窓から景色を眺め、その青い髪を風に靡かせていた。




