121話【ノエルディアの加担】
◇ノエルディアの加担◇
驚愕というよりは、困惑に近かった。
ここには居るはずのない、エドガーの妹。騎士学校の後輩だ。
――リエレーネ・レオマリス。
あの日、騎士学校で行われた決闘が終わったあと、注目を浴びない様に、エドガーがローザやサクヤ達、異世界人を連れて帰った。それこそ逃げる様に。
“悪魔”バフォメット戦後、相談をして、エミリアとアルベールが残って後処理をしているところに、一人の【聖騎士】がやってきて事の顛末を話したのが、このノエルディア・ハルオエンデだったのだ。
「――な、なんでリエちゃんが……ここに……!?」
リエレーネは、どうやら脱走癖のあるローマリア王女の身代わりをしていたようだ。
そうなると王女は何処へ?と考えるはずが、あまりにも驚いてしまい、王女の事はスポッと抜け出てしまっていた。
「ふふふ、驚いたでしょう!ロヴァルト妹!」
後ろから声を掛けるノエルディアを、エミリアはジィッと睨む。
「お前の仕業か!」と叫ばないだけマシだったかもしれない。
「……はぁ……どういうことですか?ハルオエンデさん」
「……う、うん。その前に睨むの止めて、ホントにびっくりしたから……」
“悪魔”を退治したと思っているのは、何も住民だけではない。
エミリアの槍を知っているノエルディアも、その力で倒したのでは?と思っていた。
真に倒せる人物たちを知っていても、エミリアもその倒した人物の一人の内なのは変わらないのだろう。
「ほら……あの後、あんた達ロヴァルト兄妹は直ぐに帰ったでしょう?」
「――?……あ、ああっ!あの後ですか……あの後にリエちゃんをそそのかしたんですねっ!!」
ピンときた。あの後とは、リエレーネがエドガーを心配して騎士学校に戻ってきた後の事だろう。
エミリアがリエレーネの質問に「エドは逃げた」と不本意ながら誤魔化して、アルベールと共に帰ったのだが、そういえばノエルディアが残っていた。
「そ、そそのかしてないって!人聞き悪いこと言うなっ!」
ノエルディアは、相変わらずメイド服を着ている。
最近は王城内でも見慣れて来たらしく、第一王女ですら何も言わないらしい。
「何が違うんですか!?リエちゃんがここに居るの、ハルオエンデさんが関係してるんでしょ!?」
怒り気味に、エミリアはノエルディアを責める。
ここに居る事を責めているのではなく、ノエルディアが巻き込んだのではないかと責めているのだ。
「だ、だから私じゃないってば!いや、スカウトしたのは私だけど……あっ!」
「スカウトぉ!?……ま、まさか……リエちゃん、ハルオエンデさんの【従騎士】に……?」
恥ずかしそうに頷くリエレーネに、一人ムッとしているのが、エミリアの後ろで待機していた【従騎士】レミーユだった。
ノエルディアは自分の失言を理解してか、そ~っと部屋から出て行こうとする。
が、急に扉が開いて、思いっきり顔をぶつける。
「――うんぐっ!!」
キィっと開いた扉からは、【聖騎士団・副団長】オーデイン・ルクストバーが。
エミリアは一瞬でカーテンをスライドさせて、リエレーネを隠した。
ノエルディアが、絶対に副団長には言っていないだろうと踏んで。
「何をやっているんだい、君たちは……この忙しい時に」
オーデインは書類を抱えていた。
結構な量で、大変お疲れのようだった。
ローマリアの机にそれを置き、カーテンの向こうに声を掛けるオーデイン。
「殿下……今日のお仕事はこれで最後です、どうかお早めにお願いします。ルゴラス卿のご子息の誕生会、お出になるとおっしゃっていましたでしょう?」
第三王女ローマリアは、エミリアとアルベールの【聖騎士】昇格正式発表の式典の場に顔を出した。
それは王都民に大いに喜ばれ、これからは王家の仕事もこなしていくと宣言もした。そしてその仕事の山が、この現状だ。
「わ、分かっているわ。お、置いておいて」
カーテンの奥のローマリアに、オーデインは一瞬だけ顔を顰めるも「承知しました」と言って部屋を出る。
そして、ノエルディアとすれ違う瞬間。
「――やりすぎるんじゃないよ……?」
と、釘を刺して。
「――ひぃっ!」
流石に、オーデインには完全にバレていたようだ。
それでも、問い質してこないだけマシだとノエルディアが思おうとしたのだが。
「あ!そうそう……ノエル――後で私の部屋に来なさい。話がある……いいね?」
「……は、はぃ」
やはり、温情すらなかったようだ。
オーデインが出て行ったあと、顔面蒼白のノエルディアを無視して、エミリアはカーテンを開ける。
「……あ」
「あは……あはは……エミリア先輩~……」
そこでは、王女になりすましてしまったと言う罪悪感で、ノエルディアよりも顔を青くし、涙するリエレーネ・レオマリスがいたのだった。
◇
【リフベイン城・東廊】に設けられた【白薔薇の庭園】。
休憩所も兼ねられた、ローマリアが管理する東廊だ。
静かに冷水が流れる造園であり、そこでエミリアは、リエレーネと二人きりになる。連れ出したのだ、話をするために。
造園の入り口では、レミーユが見張りをしているが、こちらをチラチラと気にしている為、見張れているのかはかなり怪しいものだが。
「――どうぞ、リエちゃん……」
「あ、どうも……先輩。いいんですか?」
エミリアはリエレーネにサンドイッチを渡した。
「いいのいいの」と言いながら笑うエミリア。
昼食がまだだった様なので、これは後で食べようと思っていた軽食分だった。
あの後直ぐに、ノエルディアはとぼとぼとオーデインの自室に向かった。今頃叱られているだろう。
「で、どうしてハルオエンデさんの【従騎士】に……?」
リエレーネは背筋を伸ばして答える。
「はい……実はあの後、ノエルディア様にいろいろと聞き及んで……」
色々と言うワードに、エミリアは嫌な予感をピンピンさせる。
「お兄ちゃんが……その、色んな女の人と一緒に暮らしているとか。その女の人たちは、もれなくお兄ちゃんの事が好きだとか……」
「――ぶっ!!……ごほっ、ごほっ!」
余りにも酷すぎて、咽るエミリア。
心の中で「ノエルディアぁぁ!」と叫んだ。
「だ、大丈夫ですかっ!?先輩……?」
リエレーネは立ち上がってエミリアの背を擦る。
しかし、急に待ったの声がかかる。
「――エミリア様に近づかないで!!は、離れて~!」
「え?――きゃっ……」
見張りに立っていたはずのレミーユが、エミリアを心配して駆けつける。
エミリアとリエレーネの間に入り込み、小さな身体をねじ込んできた。
「ゲホ、ゲホっ……レ、レミーユ、見張りは!?」
休憩所とはいえ、第三王女の住むエリアに変わりはない。
職務放棄と見なされたら、クビなど直ぐに飛ぶだろう。
「だってエミリア様がこの女に!――えっ?」
ムッとしながら、レミーユはリエレーネの胸元をトンっ!と押した。
リエレーネは「きゃっ」と一歩下がるが、流石に騎士学校の優等生だった。
見事にレミーユの腕を取ってねじり、地に伏せた。
――ドスン!!と、レミーユはいつの間にか抑え込まれていた。
「――い、いだだだぁっ!ごめん、ごめんなさいぃぃ!」
「……ちょっと!二人共っ!!」
意外にも、あっと言う間に降参したレミーユ。
リエレーネも、咄嗟だったので悪かったと思ったのだろうか。
エミリアの声に、バッ!と離れる。
「あ、ごめんなさい!つい……」
実はリエレーネ。格闘技、特に関節技が大の得意技だった。
得物も、籠手型のナックルだ。
因みにエドガーは、リエレーネが剣を使っていると思っている。
騎士学校に通い始めて二年。リエレーネが開花したのは、この護身術がきっかけだったのだ。
「痛いですぅぅ……エミリア様ぁ」
肩を押さえて痛がる少女に、エミリアは優しく手を伸ばす。
「ほら、レミーユ……大丈夫だからもう泣かないの。【従騎士】なんでしょ?」
「リエちゃんも、ごめんね」とエミリアがもう片方の手を顔の前に持っていって謝る。
今後増えることになる、【従騎士】同士のトラブル。
なんと第一号は、エミリアの【従騎士】と、エドガーの妹だった。
「すみませんでした……」
「うん。もういいから、持ち場に戻りなさい」
謝罪するレミーユを見張りに戻し、エミリアは話を続ける。
「で、どこまで……ああ、エドが色んな女の……」
自分で言ってて馬鹿らしくなり、死んだ目になるエミリア。
リエレーネも慌てている。
「――あ、ごめん」
「い、いえ……それでですね、ノエルディア様が、私が【召喚師】の妹だって知ったら、声をかけてくれて……それで」
「ハルオエンデさんは何を考えているのだろうか……」
思わず口から出た。
新設されたばかりの【従騎士】の制約は、今のところないに等しい。
騎士学生であろうと、卒業したての騎士であろうと、貴族の子息令嬢であろうとも入れるのだ。今のところは。
「ダ、ダメでした、よね……私なんかが……」
「――違う違う……そうじゃなくてね、エドは?エドは知ってるの……?」
その事が、最も気がかりでもあった。
エドガーが【召喚師】として“不遇”職業扱いされていることは、妹のリエレーネだって当然知っている。それでも、この王城で働こうとするのか、と。
「お兄ちゃんには言ってません!お兄ちゃんがあのおっぱいさんと知り合いだったなんて知らなかったし、言われてないもん!」
「もん!」と可愛らしく拗ねる。そこはまだ、16歳の少女だった。
「仕返し……ってとこなのかな……?」
(……それにしても、相変わらず変な呼び方するなぁ。癖なのかな?)
「あはは、そうかもしれませんね」
おっぱいさん。は完全にローザの事だろう。
エミリアも、昔はエミィちゃんと呼ばれていたが、何故か「絶対やめて……」と拒否反応が出た。子供っぽさが加速しそうなのだ。
リエレーネがそんな変な呼び名で呼ぶことを、癖と割り切るエミリア。
それにしても、リエレーネはローザ達が異世界人だと言うことはまだ知ってはいないらしい。
ノエルディアも、そこだけはきちんとしていたのかと安堵する。
リエレーネはただ、一人暮らしをしていたはずの兄のもとに、押しかけて来た女が複数いると、それも好意を抱いて。
妹として、兄の不純に怒っているのか、それともただ単にブラコンなのか分からないが。どうやらそれに反発しているらしい。
エミリアは後者だと思っている。
自分がエドガーの妹に好かれているという大きなアドバンテージを、再認識した。
そして、時間はあっという間に過ぎて、エミリアとレミーユは自室へ、リエレーネはノエルディアを迎えに行ったのだった。




