プロローグ【喧騒の薄紫】
◇喧騒の薄紫◇
エミリア・ロヴァルトと、セイドリック・シュダイハの結婚を懸けた決闘から二十日。ロヴァルト兄妹の【聖騎士】昇格正式発表から数えて、十三日後の今日。
【火の月54日】(約5月24日前後)。
【リフレイン聖王国】の夜空に弾ける、火炎。
霧散する炎弾は、チリチリと光って落ちていく。
ここは、【王都リドチュア】から北に少し出た場所【ルド川】。
更に北東に抜けた先にある【ルノアース荒野】。
夜になったこの場所で、異世界人ローザとメルティナが、ある人物と戦っていた。
「――フハハハハハ!そんなものか!?【滅殺紅姫】!!効かぬぞ!そんなへなちょこな炎は!!」
「――ちょっ!!……へ、へん、変な名前で呼ばないでっ!!」
地にいるローザを長ったらしい名で呼び、上空から見下ろす人影。
その人物の言葉に、ローザが珍しく狼狽していた。
紫紺の髪を膝元まで伸ばし。
露出の激しいボンテージ服を着た妖艶な女性。
右手の甲には、薄紫の宝石【女神の紫水晶】を付けた新たな異世界人。
ローザと同じ位置に《石》を持つ女性は、ひどく騒ぎ立つように笑う。
「アッハッハッハァ!――こっちの緑の鳥の方が、幾分マシではない、かっ!!」
そう言って、その女性は背後から迫る蹴りを受け止める。
「――そ、そんな……完全に裏を――あぁっ!!」
ローザに集中していたと思われた女性、その背後を完全に取ったメルティナだったが、その女性は片手一本でいなし、足を掴投げ飛ばす。
ドッシーーーン!!とぶつかるローザとメルティナを、遠目から見る黒髪の少女二人は、飲み物を飲みながらおしゃべりをする。
「……すっごいわね、あのドエロい人……」
「エロ……そう言う言い方はやめた方がよいのではないか?サクラよ……」
エロの意味を覚えた《戦国時代》の少女は――ハムッと焼き菓子を口にしながら言う。
二人は、少し離れた場所で吞気にお菓子を食べていた。
上空の戦闘は“魔道具”【簡易フォトンスフィア】で見ている。
一般には普及していない、小型のもので。
「だってさぁ……どう見ても女王様でしょ……あれ」
際どい水着の様なボンテージに、片手には鞭。
笑いながらローザとメルティナを手玉に取るさまは、確かに女王様のようだった。
――SMの。
「女王なのは確かなのだろう?……ではいいではないか、好きにさせたら」
「だから~!あんな服着てエド君の横に居られてみなさいよ……バカ【忍者】!」
「――はっ!……そ、そういうことか……」
サクラの考えにやっと気づいたサクヤ。
お菓子を食べながら唸る。
「うむむ……」
「――何を言ってるんだい……二人共」
乾いた笑みを浮かべながら、異世界人の“契約者”。
エドガー・レオマリスが、薪を持って帰って来た。
「――ぬわぁっ!!主殿!」
「あ、おかえりエド君」
「ただいま……――まだやってたんだね。あの三人」
エドガーは、【簡易フォトンスフィア】の映像を見ると、疲れたように呟く。
エドガーもサクヤとサクラの隣に座り、自分で淹れた紅茶を飲む。
暫く観戦していると、戦いが終わったのか静かになった。
そして歩いてくる、紫紺の髪の女性。
「は~、スッキリした」
にこやかに笑う女性の両肩には、ローザとメルティナ。
女性は、グロッキー状態の二人を投げ飛ばすと、ドカッと座る。
「――では、話をしようか……我を呼び出した――【召喚師】エドガーよ……」
この女性は、異世界の魔王。
――フィルヴィーネ・サタナキア。
エドガーに好意的な態度をとる、新たな異世界人。
そんな喧騒なる彼女との出逢いは、それはもう簡単に始まってしまったのだった。




