117話【禁呪の緑石】
多少過激な言動が含まれております。
◇禁呪の緑石◇
身体をバラバラにさせたセイドリック・シュダイハは、死を迎えたことで変貌させた姿を元に戻した。だが、その命は戻らない。
エドガーの新たな剣の前に絶命したセイドリックの遺体は、もう完全に肉塊状態だった。
その肉の塊は分解され、ひたひたと大理石を濡らしていた。
「……」
無言のまま、悲痛な面持ちでその遺体を見つめるエドガーを、上空で意識を取り戻したエミリアは見下ろす。
「……エ……エド……」
エドガーに人を――殺させてしまった。
エミリアの心中は、自分の結婚や人生の事など、最早関係なかった。
最愛の人に、人を殺させてしまったと言う罪悪感と自身の無力さ。
この二つが、同時にのしかかってくるようだった。
「――ノー。彼は最善を尽くしたと結論。それに……対象セイドリックは、既に人間ではなかったと推察出来ます……エミリア・ロヴァルトが気に病む事ではありません」
メルティナは言う。
しかしメルティナ自身、人を殺したことはない。
メルティナは【惑星外生命体】と戦う為に作り出された兵器、人工知能だ。
得体の知れないモンスターは何百、何千と殺してきたが、殺人はしていない。
そんなメルティナが、エドガーの気持ちが分かるのかと言われれば、答えはノー。
【機動兵装ランデルング】の搭載インターフェースであったメルティナには、図りえぬ感情だ。
それでも、殺人の咎を理解する事が出来るのかと言えば、答えはイエスになる。
何度も、何度も説かれた禁忌の説明。
人間だったら、耳に胼胝ができると言い出すくらい、メルティナは学習している。
マスター――ティーナ・アヴルスベイブによって。
「エドガー・レオマリスの心境は、彼にしか分かりえぬでしょう……それでも、殺すという事がどれだけの咎なのかは、当機も学習しているつもりです」
「メルティナさん……」
抱きかかえられたまま、エミリアはメルティナを見上げる。
どこか物憂げで、だが何も感じていないような、無機質な表情。
「そろそろ降りましょう……戦いも終局で――!……いえ、まだのようです……」
メルティナの視線の先には、学校の外壁に埋もれた“悪魔”バフォメット。
エドガーがセイドリックと戦い、ローザがアルベールを援護している間、瓦礫に埋もれていたバフォメットは、ようやくそこから抜け出すと咆哮を上げる。
「――ルオォォォォォォン!!」
「……!!」
咆哮にハッとし、“悪魔”を見るエドガー。
ナルザを一撃で昏倒させたローザも、彼をアルベール達に預けてエドガーに合流する。
「エドガー!よくや――いえ……まだ終わっていないわよっ……」
一度は褒めようとしたのだろうか。
ローザは、頭を撫でようとした手を引っ込めた。
「――分かってる。ありがとう、ローザ……」
今この場にいるメンバーの中で、唯一エドガーの心境を知り得る者。
ロザリーム・シャル・ブラストリア。
ローザは、エドガーを褒めるも称えるもしない。
初めて人を殺めた心境を、胸に刻んでほしい、そう思ったのだ。自身と同じ様に。
「……倒そう、あの“悪魔”を」
エドガーはローザを一度だけ向き、“悪魔”を見据える。
「ええ、そうね……」
二人が向き合うのは、主人を亡くした“悪魔”バフォメット―
◇
瓦礫を押しのけるのに時間がかかったのは、《石》の所有者が何度もダメージを受け、そして死んだからだ。
“悪魔”と化したフェルドス・コグモフの意識は、セイドリックが死んだ事でほんの少しだけ覚醒する。
しかし、変貌が治まった訳ではなく、声を出すこともできない。
セイドリックだったものを見ても、涙すら流すことは出来ず、ただ吠える事しかできなかった。
黒山羊の目で、セイドリックだったはずの肉塊を視界に入れる。
目に映る光景は、“悪魔”となった自分が言うのもおかしいが、悲惨なものだった。
殺したのは、【召喚師】エドガー・レオマリス。それだけは確実だった。
だから、フェルドス・コグモフ――バフォメットは叫ぶ。
「ルブオォォォォォォ!!」
その咆哮は、主を亡くした悲しみか。
はたまた怒りの威嚇か。
既にそれを考える思考能力は著しく低下しており“本能”と呼べるものでエドガーを睨む。
自分の対戦相手であり、恐ろしく強く感じた“不遇”職業――【召喚師】。
バフォメットは、それを殺すと決めた。絶対に生かしてはおかないと。
「――ブルォォォォォ!!ルォォォッ!!」
「……来るわよエドガー!散会してっ!」
「分かった!」
ローザとエドガーは、二人離れてバフォメットを挟撃しようと行動している。
だが、バフォメットにはエドガーしか見えていない。
ローザに目もくれず、バフォメットは一心不乱にエドガーを追う。
「――ちっ!エドガーの方に……!!」
先程までは自分と戦っていた経緯もあって、ローザは自分を狙ってくるものだと思っていた。
感が外れて、ローザは移動していた脚に急ブレーキをかけて止まる。
ブーツがキィィィ!と音を鳴らして、ブレーキ痕を残す。
「――来るならこいっ!」
エドガーは、新たに得た【片手半両刃剣】を二刀流に変形させて構える。
<――コロシテヤルゾッ!――>
「――なっ!何だっ――声!?」
不意に聞こえて来た殺意の籠った心声に、エドガーは一瞬戸惑うも、迫るバフォメットの拳を二刀流で防ぐ。
拳を金属で防いだはずなのに――ガキィィィン!と音を鳴らすエドガーの剣。
「!!」
バフォメットの右腕に纏わりつく溶解液は、剣と衝突したことで弾け、エドガーの身体や顔にも降り注いだ。
「――ぐっ!――ああぁぁぁっ!!」
皮膚が溶けていく感覚にダメージを受けながらも、叫びながらもその剣を離さない。離してしまえば、その拳を直撃させてしまう。
意を決して、エドガー後ろに跳ぶ。
バフォメットの大きな拳は、当然力の入らなくなったエドガーを難なく吹き飛ばした。
――ガッシャーーーン!!と、エドガーは誰もいなくなった観客席にぶち込まれる。
「……ぅ……ぐ、ってぇぇ……」
仲間達の声が聞こえる。ローザも叫んでいる、具合の悪いサクラサクヤもだ。
アルベールとメイリンですら、危険を顧みないで叫んでくれているみたいだ。
そして――
「――エドぉぉぉ!!」
上空から降ってくるような声。
「……え?」
聞こえた大事な幼馴染、エミリアの声に、エドガーは辺りを伺う。
しかしいない。すると、それが見えていたらしいサクヤが叫ぶ。
「――あ、主殿!上!上!う、うぅぅっぷ!!」
叫びながら、またリバースしてしまいそうになって口を押える。
そして最早当然の様に、隣の人物にも移る。
「あ、あんたねぇ……うぷっ……!」
しかし、二人共もう何も出ないようだった。
「あ――……う、上!?」
一瞬ジト目で二人を見てしまったエドガーも、直ぐに気を取り直して上空を見上げる。
――ギリギリだった。
「――う、うわっ!!――エミリアっ!?……っっとぉ!」
ガシッと、エドガーはエミリアを抱きかかえた。
しかし、上空から降ってきた人物を何もなしに受け止められるほど、準備も体力も残っていなかったエドガーは、エミリアを抱えてそのまま倒れる。
「うっ――ぐっ!!」
「――きゃあっ!」
ザクッ!と何かが背中に刺さった気がしたが、今は気にしている場合ではない。
「エド!エド!!大丈夫!?」
「エ、エミリア……良かった、傷は大丈夫みたいだね……」
「う、うん!エド……は?」
むしろ今が痛いとは言えず。
「へ、平気だよ。さ、“悪魔”が来る……エミリアは――」
エドガーはバフォメットを見る。
どうやらローザがバフォメットを引き付けてくれていたようだが、力を増したバフォメットの溶解液に苦戦している。服がボロボロだ。
「ううん、私も戦う!……戦わなきゃっ!」
そう言って、エミリアは先程自分がやられた場所に向かう。
落ちている槍を拾う為に。
「――ちょっ!エミリア……い、いや……言っても無駄か……」
言っても駄目なら、守るしかない。上空にはメルティナもいる、エミリアを守ってくれると言う安心材料になるはずだ。
だから今度は、今度こそは、この剣で。
◇
「――コイツっ……さっきよりも速い!それに……見境なしに溶解液を!!」
両手に持った大剣で、溶解液を防ぎつつ反撃をするローザだったが、攻め手に苦をしていた。
バフォメットは、確実に強化されている。
本来、《石》の所有者が死んだのだから力は弱まるはずだが、何故そうなっているのか、ローザにも見当がつかなかった。
「ローザ!!ごめん……カバーありがとう!」
エドガーが合流する。
しかしバフォメットはそれを見て「ルオォォ!」と吠える。
「――やっぱり、僕を恨んでるんだね……」
「恨んで!?――そうか……贄になった男の、潜在意識……!」
バフォメットの基となったフェルドス・コグモフの意識、それがエドガーを狙う理由だ。
「……主をエドガーに倒されたから、怒っていると言う訳ね」
決して殺した――とは言わずに、遠回すローザ。
「――ありがとう……ローザ」
横目で見るエドガーは、何かいつもと違う風に見えた。
やはり、進んでしまったのだろうか。
「当然でしょう……私は、キミと契約したのだから」
契約の異世界人、ローザはそれを多大に理解していた。
理解していてもグロッキーな二人もいるが。
「――それは、当機も含まれているのですか?」
「!?」
「メルティナ……」
もう一人の異世界人、メルティナが上空からゆっくりと降りてくる。
背中と脚のブースターを静めながら、エドガーの前に降り立った。
「メルティナ……さん」
「メルティナで構いません……もしくはメルと」
上空からエミリアが降ってきたという事で、メルティナは何をしているのかと思っていたが。
どうやら手に持つソレを準備していたようだ。
「――戦ってくれるようね、メルティナ」
ローザが言う。コクリと頷くメルティナは、バフォメットを黙視すると、両手に持つ【エリミネートライフル】を連射する。
――いきなりだ。
「――ルオッ!ル!ルオォォ!」
三発着弾。
残りの七発は黒い翼で防がれた。
「コンプリート。全ての情報を取得しました」
「……い、いきなり攻撃する?」
エドガーの疑問に、メルティナは首を傾げる。
「あのモンスターは、完全なる敵勢力と認識。警告の必要は無いと判断しましたが……」
「そうね。確かにその通りだわ」
メルティナの意見に、ローザが激しく同意する。
そして、コンプリートとは?
「……モンスター……個体名バフォメット。皮膚の硬度は【アーモ鉱石】程度、背の翼のみ、【エリミネートライフル】を防いだことから、【ルソルメタル】並みの硬度だと断定。速度は【ランデルング】の足元にも及びませんが、右腕部から分泌される溶解液は、当機の装備も溶かす恐れがあります」
いきなりペラペラ話し出したメルティナ。
しかし、エドガーも気付く。
「……それって、もしかして“悪魔”の情報……?」
分からない用語が多すぎて、正直余り入ってこなかったが。
「そうみたいね……分からない単語が多くてちょっと混乱しそうだけれど」
ローザにも分からないらしい。
どうやら、異世界人同士であろうとも、全ての言葉が変換され理解できるようではないらしい。
「――ルオォォ!ルオォォ!!」
「あら、怒っているわよ?さて、エドガーにかしら、それとも貴女にかしら?」
「奇声の度合いから推測するに、エドガー・レオマリスの可能性が高いと思われます」
エドガーは「だ、だよね」と言うが、攻撃したのはメルティナなのに、と内心思った事だろう。
そんなエドガー達を睨みつつ、バフォメットは息を荒くして跳躍する。
「――飛んだ!?……いや、跳んだのかっ!」
「このっ」
「攻撃開始!」
ローザの炎弾、メルティナの銃撃をギリギリで回避すると、バフォメットは着地する。
その場所は、槍を取りに向かったエミリアの頭上を超えた先。
――セイドリックの遺体が散らばる場所だった。
「な!なんであそこにぃっ!?」
エミリアは、急いでエドガー達のもとに合流する。しかし、そんなに急がなくても大丈夫だった。何故ならば。
「……くっ」
「……」
「……うぅっ」
「……食べているわね……主の遺体を……」
サクラとメイリンは見ない方がいい。絶対に。と、それを理解しているのか、アルベールがメイリンを、サクヤがサクラを目隠ししていた。
「なんで……セイドリックを」
主だった者の亡骸を、その胃に落とし込むバフォメット。
「ルオォォ!」と泣き叫びながら、全てを食べきった。
「泣いてるの……?」
「そう、だね……そう見える」
バフォメットの、フェルドス・コグモフの意志だろうか。
“悪魔”は泣いていた。
「ルブオォォォォォォ!!」
ズシン――と、一際大きく足音が鳴る。
ズシン――ズシン――と、一歩一歩エドガー達に近づくバフォメットは、雰囲気をガラリと変える。
視線は、エミリアとエドガーを交互に見ているように感じられた。
しかし、エドガーには殺意を、エミリアには何か別の物を与えているのか、バフォメットの空気は別物だった。
「――《石》の力が……統合されました」
「ちっ……やはり、そういうことね……」
メルティナの言う事に、ローザだけが理解できた。
《石》の本体はバフォメットの体内だ、しかし、《石》の本来の所有者はセイドリックだ。
「つまり……所有権が、全て“悪魔”になった……ってこと?」
エドガーとエミリアは、嫌な予感をさせながらローザを見る。
その結果。
「……そう言っても構わないわね……残念ながら……」
想像はつく。強くなるのだ、“悪魔”が。
本来の“悪魔”の《石》の力を得た、完全なるバフォメットとなって。
「――来る!!」
「ルゴゥ!!」
バフォメットの飛び出しは速かった。
エドガー達の攻撃の間をすり抜け、ローザを左腕で殴る。
「――ルゴォォォ!!」
「くっ……」
ガギン!と、防ぎながらも吹き飛ばされるローザ。
二本の大剣で防いだが、パワーアップした威力に押されて背中から落ちた。
「……このっ――なっ!?」
ローザは、地面にくっついていた。
文字通り、剣ごとバフォメットの左腕に纏われた液体で。
「“悪魔”の伝承通りなら……左腕は凝固液です。右腕で溶かし……左腕で固める、それが本来の能力の筈です」
銀の翼を広げ宙に浮くメルティナの言葉に、ローザは悔やむ。
「――ぐ、油断した……!」
知識としては知っていたはずなのに、右腕ばかりに気を取られていた。
直ぐに炎で解こうとするが、残り魔力が少なく、なかなかに上手くいかない。
「ローザ!待ってて!――うわっ!!あぶっ……」
エミリアが、槍の炎で解除の協力しようと移動するが、バフォメットはエミリアの進行を阻むように溶解液を飛ばす。
「こっちだ――“悪魔”ぁ!」
跳躍したエドガーが、大剣状態の剣でバフォメットの背中を斬りつけようとする。だが、バフォメットは左腕で防いだ。
「うおぉぉっ!!」
剣を合体させて大剣にし、威力重視で、重い一撃だ。
剣の熱は、凝固液を蒸発させるが、魔力を消費し続けるエドガーの魔力も尽きようとしていた。
「くそっ……剣が!!」
凝固液に纏わりつかれた【片手半両刃剣】の連結部分が固まっていく。
離れるエドガーに、バフォメットは追撃したが、上空から援護される銃撃のおかげで、エドガーはバフォメットから離れる事に成功した。
「――すみません!メルティナ」
「謝罪は不要です……マス――!?」
ハッとした。今――何を言おうとした?
自分は今、この少年をマスターと呼ぼうとした?
「そんな……当機のマスターは――ティーナ・アヴルスベイブだけです!」
メルティナは加速し、バフォメットを攻撃する。
上空から【エリミネートライフル】を乱射し、バフォメットに迫ると【クリエイションユニット】から作り出した【ミサイルポッド】を放つ。
因みに、【クリエイションユニット】は手足四つ分の装置が連結して大きく一つになっている。
「すごっ!」
ミサイルの爆発に、バフォメットは「ゴォォォ!」と叫ぶ。
煙が巻き散る中、メルティナは上空に滞空すると頭を振るう。
自らの言葉を、否定するように。
「違う……違います……当機は……ワタシは……!――なっ!!」
煙の中から、伸びてくる物。
無防備だったメルティナはそれに巻きつかれる。
それは、バフォメットの――腕だった。
「――の、伸びたぁ!?」
「くそっ、メルティナ!」
エミリアは驚いていた。
エドガーも、体勢を整えてメルティナを心配するが。
「――し、心配はありません……これくらい、当機の……パワーならば……」
メルティナは、全身近くに巻きつかれてなお、余裕を見せる。
だがそれは、《石》だけは例外だった。
「な……何故……パワーが、ぐ、ああ……ああああっ!!」
メキメキと音を鳴らすメルティナの装甲と、焼ける人工皮膚。
巻きついてきた腕は、右腕だ。
溶解液が、メルティナの全身を溶かし始めていたのだ。
「――メルっ!!」
「メルティナ!」
「――防ぎなさい!――メルティナァァァ!!」
エミリアの協力でようやく凝固液から脱したローザは、メルティナを縛り付けるバフォメットの腕に炎を撃つ。
「【炎熱爆発】!!」
バフォメットの右腕付近、メルティナの目の前に作られた火種は、キィィィィン――と音をさせて、一瞬で爆ぜた。
怒濤の爆発。
瞬間的に大爆発を起こしたローザの一撃は、バフォメットの腕を吹き飛ばす。
物凄い爆発だったが、標的が上空にあったことが幸いして、建造物に被害はない。
だが、バフォメットの右腕から解放されたメルティナは落ちる。
ヒュルヒュルと不軌道を描き、煙を上げて落下してきている。
どうやら、ローザの言葉通りに直撃は避けたらしいが、装甲やユニット、翼が無くなっていて、それを盾にして防いだのだろう。
「……ぐっ……!」
(……魔力が……キツイっ)
「ローザ!?」
「私はいいからっ……行きなさいっ!」
魔力不足で倒れるローザを心配するエドガーだが、ローザが叫んだことで目標を変える。
「……くっ――分かった!!」
「――メル!!」
エドガーとエミリアは駆け出す。
落下地点へ、一直線に。
受け止めたのは、早く着いたエミリア。
しかし、その勢いと重さは、エミリアが受け止められない衝撃だった。
「ぐっ……受け止められな――」
後ろは、バフォメットが突っ込んだ騎士学校の外壁。
――瓦礫の山だ。
踏ん張って耐えきろうとするエミリアだが、足元の小さな瓦礫がそれを邪魔した。
「……だめ、ぶつか――」
ドシャッ――!!と、瓦礫に突撃するエミリアとメルティナ。
「……。……え?――エド!?」
ぶつかったのは、二人を受け止めたエドガーだった。
追い付き、後ろに回って二人を庇ったエドガーは、瓦礫を背に受けて止まる。
その背は、流血で真っ赤になっていた。
「……どう、して……貴方が……」
メルティナは、不可解なエドガーの行動に戸惑った。
だが、そんなメルティナに、傷を負ったエドガーは言う。
「……決まってるじゃないか……君が、僕達の仲間で……エミリアの……友達、だか……ら」
その一言で、メルティナの意識は覚醒する。
枷になっていた悩みが吹っ切れ、マスターの言葉と、エミリアの言葉が、記憶領内でリフレインする。
『――友達になろうよ――』
『なりましょう……友達に……』
呼び起される、マスターの記憶。
この世界に来る直前、自分が自爆する直前に聞いた、ティーナ・アヴルスベイブの言葉。
――その最後の言葉を。
『ねぇメル。私は、生まれ変わっても、きっとあなたの傍にいるわ……例え、私が私でなくなっても……きっと隣にいるから――友達、だものね』
「――あ……ああ、ああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「メ、メル……!?」
頭を抱えるメルティナのメモリーから消えていく、ティーナ・アヴルスベイブ。
メルティナの機械的思考は、停止していたのだ。
マスターと言う枷と、友達と言う呪いで。
当時、メルティナは理解できていなかった。
優れた《AI》の知能でも、分からなかった。
理解していないまま、友達と言う言葉だけを捉えていた。
人工知能【M・E・L】の本体は、その《石》にあった。
【禁呪の緑石】
惑星【リヴァシウス】で発掘された、奇跡の《石》。
たったの一つだけ、完全なる原石のまま採掘された物が【M・E・L】に、このメルティナの専用回路として使われた。
その《石》は、メルティナの“召喚”の触媒に使われたものだ。
しかしその《石》の出自は、エドガーも知らないものだった。
だけどもう、そんな事は関係無かった。
理解した。友達と言う言葉を。存在を。価値を。
メルティナは上空を見上げて、止まってしまっていた思考回路をリスタートさせる。
それは、人工知能【M・E・L】としてではなく。
異世界人――メルティナ・アヴルスベイブとして。
「――ワタシが守ります――友達も……マスターも……!!」
振り返り、見据えるのは。
――隻腕の“悪魔”バフォメットだ。




