116話【想いは刃となって】
◇想いは刃となって◇
熱いくらいの痛みと、一瞬の恐怖。
その二つに戸惑い、ほんの少しよろめいただけだった。
瞬きするよりも短い、そんな事だけで、命取りになった。
片目を閉じ、視界に映らない敵は何処にいるのか。
ローザの視線と叫びで、それが何処にいるか気づいた。
でも、それは遅かった――
「……ぇ……?」
「――がちゅっ……ぐちゅっ……――えみぃりゅわぁぁぁぁ!!」
溢れ出る己の血と、激痛。
拉げた顔でエミリアを見上げる――セイドリックの顔。
「――エミリアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
槍で受けた傷口に噛みつかれたと気づいたのは。
エドガーが悲痛の叫びをあげた時だった。
ぐらつく意識と、僅かな抵抗心。
「こ……の……ぉ……」
鮮血は舞台を赤く染め上げ、その出血は異常に多く、エミリアが意識を保っている事の方が不思議なほどだった。
「――エミリアを――離しなさいっっっ!!」
顔を怒りに歪ませるローザがセイドリックを攻撃して、解放されるかに思えたが。
エミリアは解放されなかった。
セイドリックは、ローザの【炎の矢】を寸でで回避し、エミリアを宙に蹴飛ばした。
噛みついた口元を離し、一瞬浮かんだエミリアの身体を、思い切り蹴り上げたのだ。
「――がっ!――」
その、人間離れした力で。
◇
「――エミリアぁぁっ!!くそっ!くそぉぉぉっ!!」
エドガーがむやみやたらに火球を放つ。
火球は、エミリアを空中に蹴りあげてバランスを崩していたセイドリックに直撃する。しかし。
「ギャバあぁぁあぁあああああ!!――フェルドスゥゥゥゥゥ!!」
セイドリックは、燃え上がる身体を無視して、“悪魔”と化した部下フェルドスの名を叫ぶ。
“悪魔”バフォメットは、その言葉に応えて、漆黒の翼を羽ばたかせる。飛べないと思っていた、その翼を。
「まさかっ!?――エミリアを!」
ローザの直感は正しい。
「――エミリアぁぁぁ!!」
エドガーの叫びも虚しく、跳躍するように空へ舞ったバフォメット。
上空では、エミリアが丁度滞空を終えて、落下に入る直前だった。
意識は――無い。
◇
薄っすらと見えた幼馴染の顔は、泣き顔だった。
上空に投げ飛ばされ、急激な遠心力に意識を手放した。
大切なはずの槍も、いつの間にか手から零れていた。
「……ェ……エド……約束……し、たの……に……」
約束。一緒に戦うって。一緒に倒すって。
セイドリックを倒して、帰るって。
「そう……言えば……あの人……とも、約束……した……ん、だっ……た」
戦いが終わったらゆっくり話をしようと、彼女に告げていた。
あの日、路地裏で会った。
迷子になったような、悲しい目をした、緑色の彼女と。
「――イエス。そうです……約束を守っていただくまで……死は許されません」
迫るバフォメットは、エミリアを噛砕こうとする寸前で、何かに弾かれる。
バチィィン!!――と響いたバフォメットの牙は根本から数本折れた。
それこそ、何本も折れたフェルドスの剣の様に。
瀕死のエミリアは、空中で誰かに抱き留められた。
優しく、けれどもしっかりとした感触のある、人の身体だ。
「……メ……ル……?」
緑の髪を空に靡かせ、銀の瞳でエミリアを映す。
その人、異世界人メルティナ・アヴルスベイブを、エミリアのなけなしの意識が認識した。
「――イエス」
既に懐かしさを覚えるほどに。
元の世界でのマスターである、ティーナ・アヴルスベイブに酷似した少女を抱き留め、メルティナは優しく笑ったのだった。
◇
あの日、エミリアに路地裏で声を掛けたメルティナは。
『イエス……質問があります』
暗い顔のまま、メルティナはエミリアに近づこうとするが、ハッとしてその足を止める。
余りにも存在感が似ていた。
姿形ではない。
その存在が。オーラが。
彼女を形成する何かが――瓜二つだった。
『質問……?あ、貴女って……新しい異世界の人……だよね?』
エミリアは、メルティナを見据えている。
その仕草も、本当に似ていた。
『イエス。ですが質問するのは当機です。質問に質問で返さないでください』
『――あ、ごめんなさい』
少し怒気が込められたセリフに、エミリアは「たはは」と笑う。
そんなエミリアは、話をするならと、重ねられた木箱に座り込んだ。
その座り方すらも、操縦席に座るティーナ・アヴルスベイブに――そっくりで。
『マス……いえ、エミリア・ロヴァルト……質問を続けます』
一瞬マスターと呼びかけたが、寸でで止まりエミリアを呼ぶ。
『何ですか?』
メルティナは、「ティーナ・アヴルスベイブを知っているか」「エドガー・レオマリスはどんな人物か」などを質問した。
しかし、当然ティーナ・アヴルスベイブを知ってはいなかったし、勿論本人でもなかった。
なにせ体格が既に違う。
ティーナは二十一歳だった。身長や体重も全然違っていた。
どちらかと言えば、ティーナ・アヴルスベイブを模して身体を構成した、今のメルティナの方が似ている。
二つ目の質問、エドガーについては、メモリーから煙が出るのでは?と思うほど惚気られた。
別に恋人ではないようだが、エドガーをかなり慕っている事だけは120%伝わった。
⦅収穫は無し……無駄でしたか。ですが――本当に似て……⦆
マスターに似た少女を見ながら、メルティナは空に飛び帰ろうとする。
しかし、エミリアが。
『――あっ!そうだ……』
エミリアは、ポンッと手を叩いて木箱から降りる。
やはりその仕草も、そっくりだった。
『ねぇ……メルティナさん……私達――』
目の前が、目に見えて明るくなった。
システムは正常で、何のエラーもない。
ただ、このエミリアのセリフは、メルティナにかけられていた《マスター》と言う枷を解くには十分だった。
『――私達……友達になろうよ――』
その後、メルティナは何も言わず、逃げる様にエミリアの前から姿を消した。
エミリアは去り際に。
『ごたごたが片付いたら、ゆっくり話そうね~!――約束だよ!!約束したからね~!』
メルティナに掛けられたその言葉は、自動的に記録されていた音声ファイルを再生させる。
それは、人工知能【M・E・L】が、初めて声を掛けられた時の言葉だった。
『戦争の為に造られたあなただけれど……私とあなたは、友達になれる気がするの……ううん――なりましょう……友達に……』
『――マスター……マスター……マスター……!!』
迷子になった子供のように、親を探すメルティナは、そのまま翌日を迎え。
今朝ローザに受けた【心通話】の内容を忠実に守り、戦いの間、ずっと上空でエドガーとエミリアの観察を行っていたのだった。
◇
上空でエミリアを抱えるメルティナを確認して、エドガーとローザは安堵する。
それと同時に、高く舞い上がっていたバフォメットは――ドスゥゥン!!と墜落してきた。
「メ、メルティナさん……どうして彼女が……」
「空で待機とは言ったけれど……まさかエミリアを助けるなんて」
ローザも予期していなかったようなメルティナの行動。
「エドガー・レオマリス。聞こえていますか?」
上空にいるとは思えないメルティナの大音量の声に、キーーーンと耳鳴りを起こす。
メルティナは内蔵機器であるスピーカーから声を出していた。
エドガーは驚きつつもエミリアの安否をまず確認する。
「――!?メルティナさん!ありがとう!エミリアはっ!?」
「大丈夫です。外傷はありますが……【メディカルキット】で癒します」
エドガーは【メディカルキット】が分からなかったが、メルティナが癒すと言ってくれたことで、治療してくれたんだと分かった。
「ありがとうございます!メルティナさん!出来れば……そのままエミリアと逃げ――っとぉ!!」
「ーーギャバ、ギャハハハ!【ショウカンシ】!!ギャハハハ!」
「……セ、セイドリック……なのか?」
バフォメットが落ちて煙舞う中から現れたのは、既に異形と化したセイドリックだった。
口元をエミリアの血で濡らすセイドリックは、エドガーを攻撃してきて、会話が遮断される。
しかし、メルティナもエドガーの言いたいことを理解していた。
大音量のスピーカーから、エドガーに向けて返事をする。
「……ノー。約束を果たすため……その依頼は聞けません」
「そ、そんな……!」
「――ギャバアアアア【ショウカンシ】ィィィィ!!」
「クッソぉ!なんなんだよ!いきなり!」
セイドリックの標的はエドガーに変わったのか、執拗にエドガーを攻撃し始める。
一方で、メルティナから叩き落されたバフォメットは、黒い翼を振動させて再飛翔しようとする――しかし。
「――させないわよっ!【炎で覆う柱】!!」
前回【大骨蜥蜴】に使用した時とは違う、自身を守る炎ではなかった。
炎柱は、バフォメットの足元から発生して、その全身を焼く。
「ルオォォォォォォ!!」
ローザは、引火しない大理石の舞台に感謝する。
しかし、バフォメットも獲物が上空にいることを忘れてはおらず、右腕から不思議な液体を出して攻撃する。
物凄い勢いで、液体ではなく直槍を投げたのではないかと思う勢いだ。
しかし、ローザの知識の中にもそれはあった。
「――溶解液ね!そんなものは、当たらなければ――なっ!?」
ローザの後ろには、アルベール達がいた。
このまま避ければ、確実に直撃する。
何故そこにとは思わない。
エドガーもローザも気付いていた、アルベールは、メイリンとサクラ、サクヤを庇いながら、ナルザと戦っていたのだ。
「くっ……あの傭兵……しぶといわねっ!」
ローザは、バフォメットが発射した溶解液を、大剣を猛回転させて防ぐ。
いろんな場所に飛び散りそうだが、大剣に纏った炎が、それを蒸発させていた。
◇
「【メディカルキット】使用……治療完了まで60秒と予測……」
メルティナは、【クリエイションユニット】から造った【メディカルキット】をエミリアの腹部に使用した。
傷は深いが、傷もなく治るはずだと計算が出ている。
「……エミリア・ロヴァルト。失礼します」
「――痛っ!」
メルティナは、エミリアの傷口から血液を採取する。
最後の確信を持たせる為に。
「検査開始……データベースから、ティーナ・アヴルスベイブの遺伝子情報をロード……終了。続いて、エミリア・ロヴァルトの遺伝子情報を照合します……――……完了しました」
結果は。
「検査結果……100%……本人と一致……しかし、両親や微細なデータは照合率0.1%……つまり、この娘は……」
導かれたメルティナの答えは。
「この娘、いえ……正確にはロヴァルト家の人間は……ティーナ・アヴルスベイブの――子孫……そしてエミリアは、転生体だと認識します」
非科学的な論理だ。
しかし、それが一番しっくりくる。
今日まで考え出した予測は。
元の世界でティーナ・アヴルスベイブを逃がした未開惑星。
それが、この星――【リバース】だとしたら。
しかし初め、データは一致しなかった。
この星は、自分のデータにはない。
だが、何年も何百年も、何千年も経っていたら――生態系は容易に変わる。
自分のデータに無くても、それ自体が異常な進化、あるいは異常な退化をしていれば。
データが一致することは無いのではと。
ティーナ・アヴルスベイブは、未開の星に降り立った。
一人寂しく、孤独と戦いながら、現地の人間と出逢い。
恋に落ちて、子を産んで――何百年も何千年も経っているのでは――と。
「また……友達になれるでしょうか……ワタシ達は……」
「――なれるさ!!絶対にっ!!」
「――っ!」
メルティナの小さな呟きに、叫びに乗せて、エドガーは言葉を紡ぐ。
どうやらメルティナの考えが、エドガーの【能力複製】で、サクラの【心内把握】とメルティナの【記憶領域増大】が合わさり、今の推測を聞かれていたようだ。
「つ、通信傍受とは……いただけませんね……エドガー・レオマリス」
メルティナはエミリアを抱えたまま、下にいるエドガーにスピーカーで返す。
しかし、意外と嫌悪はない。初対面時とは大違いだ。
「――あははっ!初めてあった時、メルティナさんも僕とサクラの会話を聞いていたじゃないか、お相子だよっ!」
エドガーは、異形化したセイドリックの攻撃を避け防ぎ、笑いながら話を進める。
「メルティナさん……いや、メルティナ!エミリアはきっとまた君の友達になる。それは絶対言える、約束する!……彼女はそういう子だ!」
「……」
メルティナは、腕の中で眠るエミリアの顔を覗く。
傷は完治し、破かれた服からは傷の癒えた白い素肌が見えていた。
「エドガー・レオマリス。向かって左です……まず先に、あの一団を襲う弓使いを排除するべきです」
「……あの一団って……アルベール達かっ!」
セイドリックの攻撃を防ぎつつ、エドガーはアルベールやサクヤ達を見る。
アルベールは、盾のおかげでナルザの弓を防いではいるが、サクヤサクラが動けない為、不動の盾と化していた。
「――おらおらぁ!出て来いよ黒髪のちびっ!!この前の借りを返してやるからよぉぉ!」
「クソ……コイツ……何本矢を持ってんだよ!!」
矢を打ち続けるナルザは、腰、肩、脚に矢筒を掛けていて、エドガー達が戦っている間は矢を尽くすことはなさそうだった。
「あ、兄上殿……わたしが行く……ううぇ!」
「お、おいこらっ!吐くなよ!?」
「ふふふ……案ずるな……大分よくなった方ううぅうぅえええ~~~~~~っ!」
ああ、無念サクヤ。キラキラ補正だ。
「……ちょっと!【にん】じゃぇぇぇぇ~~~~~っ!」
サクラにも、貰いキラキラが入ってしまった。
二人はふざけてはいない、【魔石】の共鳴反応が、それだけ三半規管にダメージを与えているのだ。
「――お前らなぁ!!」
「だ、大丈夫!?二人共!?ほら、しっかりして……掴まって……」
アルベールはツッコミを入れて、メイリンは二人の背中を擦っていた。
本当にいいお姉さんだ。
◇
「……なんだろう、サクヤ達を見てたら、なんだか全部うまくいく気がしてきたよ……!」
「――気が合うわね!――私もよっ!!」
エドガーに返事をするついでに、ローザが大剣でバフォメットを吹き飛ばす。
勢いが凄すぎて、バフォメットは騎士学校の外壁に突っ込んだ。
そこはエドガーの妹、リエレーネが勉強する教室だと、エドガーは大分後に知ることになる。
「……まずは、あの傭兵ね……私が行くわ。その後は“悪魔”を叩くから、エドガーはあいつを……」
エドガーに、任せてもいいと思った。
ローザは素早く動き出すと、エドガーが返事をする前にナルザのもとへ向かっていた。
「……任せて。ローザ」
ローザの言葉を背に受け、エドガーはセイドリックに向けて剣を構える。
「ギャバババァァ……【ショウカンシ】……エミリアァァ!!」
「……そんなになってまでエミリアを……確かに、貴方の思いは本物だったのかもしれない――でも、それは認められない、認めてはいけない思いだ!ここで終わらせる……その歪んだ執着心の向かう先は――地獄だっ!!」
エドガーが構える赤い剣は、想いを纏うように形を変えていく。
赤、白、黒、緑と、四色の光を放ちながら、ドンドン形を変え大きさを変えて、エドガーの想いを形にする。
それは、ローザの使うような長剣でも、大剣でもない。
【片手半剣】。
片手でも両手でも扱えるその剣は、片刃の剣。
しかし特徴的なのは、柄の側にも同じ剣がついているという事だ。
つまりは両刃剣。
【片手半両刃剣】だった。
【大骨蜥蜴】との戦いで、一時的に強化された時の剣とはまるで違う、完全に手に馴染んだ剣だ。
「――こ、これは……!!これなら……出来る!戦えるっ!――守れる!!」
分離、合体を可能にしたその剣を、エドガーはセイドリックに向ける。
「ギャハ、ギャハハハ……エミリア……俺は……オレは……本気で君をぉぉぉぉ!!」
セイドリックは叫びながら突進する。
【二股槍】を突き出して、エドガーを――【召喚師】を打倒しようと。
「――うおぉぉぉぉぉっ!!」
エドガーは、大切な幼馴染を、友人を。
新たに出来た仲間たちを。守れる力を求めていた。
それは、刃となって具現した。
そして、【召喚】にも近しいこの力で――みんなを守りたいと。
エドガーの剣は、高熱を持ってセイドリックの槍を容易く切断する。
ローザの熱量は、生きている。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
瞬時に、柄の連結部分を解除して二刀流になると、思い切り振るい、セイドリックの両腕を斬り落とした。
その二刀は、黒と白。サクヤとサクラの《石》の色だ。
「――ガアアアアアアアアアア!!」
両腕を切断されてもなお叫び、エドガーに噛みつこうとセイドリックは向かってくる。
「――まだだあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
二刀の峰を片刃ずつ合わせると、その剣は合体して大剣となった。
まるで機械の様に――メルティナの翼の様に輝く機工を以って。
エドガーは、それをセイドリックに突き付ける。
「――ギャバ……ア……ア……アァァ……エ、ミリ……――ァ」
「……終わりだ」
合体した大剣で貫き、そしてもう一度分離する。
その瞬間に、セイドリックの身体は弾け飛んだ。
エミリアの名を呼び、異形化したセイドリック・シュダイハは、執着心を爆散させ、その命を散らせていった。




