114話【決闘~三回戦~】
◇決闘~三回戦~◇
不思議と、心根はやけに落ち着いている。
それは昨日からそうだった。
唯一、自分以外の試合でハラハラしている。
アルベールとサクラが戦った一回戦と二回戦中は、夢中で応援していた。
エミリアの為に、何が何でも勝たなければならない事実と。
【召喚師】として、“不遇”と相対する覚悟。
その二つの狭間で――悩みながら。
エドガー・レオマリスに――試合の勝ちはない。
それは昨日の時点で、既に承知だった。
ローザに言われて、その可能性はかなり高い。いや、確実だろうと思った。
それに加えて、審査員の導入で疑惑は前進させた。
三人の|審査員はご老公だ。つまり老人。
その齢は六十~七十歳。【召喚師】を“不遇”職業と定めた、先代の王と同世代の貴族達だ。
つまり、手が回されている可能性が非常に高かった。
「……そろそろだ」
エドガーは、清掃される舞台を眺めながら、対戦相手を見る。
既にエドガーは一人になって、待機していた。
向こう側でも、次の対戦相手であろう男性が、指折り何かを数えていた。
「何してるんだろ……これから戦うって言うのに」
◇
シュダイハ側の三番手の選手。
フェルドス・コグモフ。
古くからシュダイハ家に仕える使用人の一人。
フェルドスは今、不安に駆られていた。
それも、同じメンバーのカリーナ・オベルシアが、あんな負け方をしたからだ。
手足に開いた無数の穴からは、大量の出血が見られ、ダメージとショックで気を失ったカリーナを見た時、フェルドスは完全にカリーナが死んだと思った。
しかも、それを見ていた主人であるセイドリックは、吞気に果物を食べていたのだ。
自分も負ければ、あんな風に簡単に切り捨てられるのではと、疑心暗鬼になっていた真っ最中だ。
「……これはダメ、あれは……ダメだ……ダ、ダメだ……」
指折り数えているのは、自分の貯蓄。
もし、対戦相手であるエドガー・レオマリスに負けた時、シュダイハ家をクビになるのではと、家にある財産をどれだけ売ればいいかを計算していたのだ。
(僕も……カリーナみたいに……切られるのか)
実際にカリーナを解雇するとセイドリックが言った訳ではないが、その態度がフェルドスを不安に駆る。
横目でちらりとセイドリックを見るが、相変わらずメイド達に果物を食べさせてもらっていた。そんなに食べて大丈夫なのだろうか。戦いの前に。
セイドリックが小声で言った「使い物にならん」という言葉は、カリーナが負けた瞬間に出た言葉だった。それを真後ろで聞いていたフェルドスは戦慄した。
「――おいっ!フェルドス」
「はひゃいっ!な、なんでしょう!セイドリック様……」
ちらりと様子を見た瞬間に名を呼ばれ、フェルドスはしゃくりあげながら返事をする。
直ぐにセイドリックの傍まで寄り添いに行き、両手を合わせて主人に遜る。
金髪の前髪を、息でふぁさふぁさとさせて。
「なんだ……気持ちの悪い……それより、お前は無様に負けるなよ?期待しているのだからな」
「……え」
意外な言葉だった。
てっきり、負けた後の事を宣言されるとばかり思っていたフェルドスは、意外そうな顔でセイドリックを見ている。
「なんだ……意外そうな顔をして……解雇状でも突き付けられたような顔だぞフェルドス」
「――!い、いえ……ありがたきお言葉……誠心誠意。いえ、絶対に勝って見せます!!」
顔を伏せ、セイドリックに宣言する。
伏せられた顔は、にやけ面が止まらない。
(――ま、まさかセイドリック坊ちゃんが……僕をここまで買ってくれているなんて!)
少し勘違い気味だが、セイドリックに取っては丁度良かった。
「――ああ。頑張れ……クックック……」
(まあ、フェルドスが負ける事は無いのだがな……――例え命を落としたとしても……なぁ)
セイドリックは、メイドに持たせている箱を見る。
厳重に封をされた箱には、禍々しささえ感じるほどだ。
よく見れば、箱を持っているメイドは息苦しそうにしていた。
いそいそと待機場所に戻るフェルドス。
しかし、セイドリックの視線はその先に向いている。
「ああ。エミリア……僕の女神……待っていてくれ、僕はこの力で、君を【召喚師】なんていう“生ゴミ”から救ってあげるからね……」
エミリアを舐める様に見据えて、セイドリックはほくそ笑む。
(……そうだ。初めからこうすればよかったのさ……そう、決闘なんて、最初から関係ないんだ)
メイドに持たせた不気味な箱を手に取り。
不敵に微笑んで、その思考を巡らせた。
◇
特別に用意させた、騎士学校の屋上にある観覧席で、王女二人は楽しげに会話をしていた。
因みに、本当に楽しげなのは一人だけだが。
「面白かったわねぇローマリア。あの炎を吹く盾も……あの娘の持っていた不思議な武器も……」
「え、ええ……そうですね……エリス姉上……」
一回戦も二回戦も、勿論見ていた。
テーブルの中心に置かれた特大の水晶は、広域拡大“魔道具”【フォトンスフィア】と呼ばれるもので、遠くにある映像を映し出す事が出来るものだ。
今、スフィアには【召喚師】エドガーが映し出されている。
「――相変わらず……締まりのない顔だこと……」
ぼそりと呟いた第一王女セルエリスだが。
今のセリフを、第三王女ローマリアが聞き逃すはずは無かった。
「あ、姉上……エドガーをご存じだったのですか?」
「……何の事……?」
「何のって……今、相変わらずっておっしゃいましたよね!?」
ローマリアは反対側に座る姉に詰め寄ろうとしたが、セルエリスの騎士ヴェインに止められる。
「ローマリア殿下、ご自愛を……」
ローマリアは――ぐっと堪える。
ヴェインの強さは未知数だが、第一王女の護衛騎士である時点で、ローマリアは理解する。
ローマリアがこれ以上肉薄した時点で、ヴェインはローマリアを躊躇なく斬る――と。
肉親であろうが、セルエリスは容赦しないだろう。
自分の非になる事は、ことごとく排除する。
それが、陛下の代わりに国の中枢を握る実力者。
セルエリス・シュナ・リフベインと言う女だ。
「……」
「ほらローマリア……試合が始まるわよ……?」
「……はい、エリス姉上……」
そうして、屋上に設けられた特別観覧席で、ローマリアは姉とエドガーの関係を気にしつつも、その試合を観戦し始めたのだった。
◇
ソイド・ロロイアは、進行役と審判を兼ねていた。
しかし今は、その舞台から降ろされて、舞台の下にいた。
先程、選手の紹介直前に騎士達がやって来て、審判を特別に用意したと言い出した。
何も聞いておらず、不服を申し立てた彼だが、シュダイハ家側の大将、セイドリックが《王家》の二人に声を掛けたことで、それがすんなりと許可された。
ロヴァルト家側の選手、【召喚師】エドガー・レオマリスもそれを許容した。
しかし、エドガーに浴びせられたブーイングには本当に度肝を抜かれた。
ソイドも、【召喚師】を知らないわけじゃないが。
仕事として挑む以上は、平等に審判を務めようと思っていた――
なのに。今、ソイドはそのことも忘れて試合を見ていた。
その理由は。
【召喚師】エドガー・レオマリスが――強すぎたからだ。
開始早々、先制しようとしたフェルドスの剣は、エドガーの赤い剣に真っ二つにされた。
追撃を試みようとしたエドガーだったが、直ぐに《待った》がかけられて、フェルドスは武器を交換した。
それを許可したのは、特別審判員、ジュリオット・ベルタスムーン。
古き先王の時代の、【元・聖騎士】だった。
◇
「……姑息な手を使ってくるものね」
エドガーの試合を見ながら、ローザはイラつくのを抑えるために両の拳を握りに握っていた。それこそ、血が滲むほどに。
「ロ、ローザ……落ち着いて――って、熱っつ!?」
エミリアはローザの拳を解こうとしたが。
その熱量に、自分の手が火傷をしそうになるも、続けた。
「ローザってば!!」
「――っ!?――な、何やってるのよエミリア!」
ジュウゥ――と音を鳴らすエミリアの手に、ローザは気付いて手を|払《》う。
「……何って……ローザが怒ってるから……止めようと」
「バカなの!?貴女はこれから試合があるのよ!?……大事な手を……」
五試合目の大将であるエミリア。
四人目がいないロヴァルト側は、エミリアを二戦出すと言う作戦を用意していた。
それこそ、先程のセイドリックの様に《王家》に声を上げて。
舞台上では、エドガーがフェルドスの四本目の剣を叩き折っていた。
声を発する訳でもなく、淡々とした動作でフェルドスの剣を折っていくさまは、まるで熟練の剣士のようだった。
「大事……だけどさ……ローザが怒ってたらダメだよ。ローザには、冷静でいてもらわないとね」
手をひらひらとさせながらエミリアは笑う。
自分の未来が懸かっていることなど、眼中にない笑顔だった。
「……貴女……」
そのエミリアの笑顔に、ローザはハッとさせられる。
この手の熱さは――自分の怒りだけではない事を。
右手の《石》から伝わる熱さは、エドガーの怒りでもある事を。
「……そうね。彼は必死に抗っている……“不遇”に扱われても、理不尽を押し付けられても……必死に、ひたむきに……」
その怒りを、胸に秘めて。
◇
観客席では、ブーイングの嵐だった。
【召喚師】への罵倒は当然ながら巻き起こっているが。
フェルドスの無力さもまた、ブーイングを引き起こす発破材となっていた。
「……み、耳が……」
四人で観戦していたエドガーの妹、リエレーネ・レオマリス一行は、耳を劈く奇声に顔を顰める。
「……ひっどいなぁ」
ラルンは、席にふんぞり返りながら呟く。
すると、隣の席にいた中年の男性観客が。
「――だろう!全く酷いものだ……【召喚師】だか何だか知らないが……こんな一方的な試合、楽しくもなんともない!何かズルをしているに決まっている!」
「……あ、そっすね」
(……そうじゃねーっての)
さらに隣や後ろの観客たちも、皆同調していた。
「……っ!」
「リエ……」
「リエちゃん……」
身内であるリエレーネは、レイラとピリカに肩を叩かれながら、暗い顔を上げて頷く。
「ありがとう……レイラ、ピリカにラルンも……」
「ほら、エドガー先輩を応援しましょう!このまま行けば、判定勝ちですよ!」
「うん。そうだね!」
ピリカは、現在七本目の剣をぶった切ったエドガーを見て喜々としながら言う。
残り時間は数刻(数分)。
しかしそれは、定められた敗北。
エドガーの反則負けが告げられる時間の、はずだった。
◇
ガギン――と音を鳴らせて、剣が折られる。
半ばから切断された剣は、まるで溶解されたかのように溶けている。
「くぅぅ!……ひぃぐっ!」
フェルドスは尻餅をついて、折れた八本目の剣の根元を見る。
その断面を見て、顔を強張らせる。
エドガーは何も言わず、無心でフェルドスの剣をへし折って来た。
八度もフェルドスの心を折ったのだ。
「……こ……」
不意にフェルドスは叫ぶ。
「――降参だっ!!もういい!僕の負けだっ!!」
エドガーはちらりと、審判を見る。
しかし、特別審判員ジュリオット・ベルタスムーンは、首を横に振るい。
「何を言うか……己はまだ戦えるではないか。ほれ、替えの剣を取れ……ワシが審判を務める以上、降参などは認めぬよ」
「……そ、そんなぁ。く、くそぉぉ!!」
へっぴり腰のまま立ち上がって、自陣の方にある予備の剣を取る。
無謀にも、二本を。
「……」
片手剣でもまともに扱えているようには見えなかったフェルドスだが、実は剣技の実力はエドガーとそう変わらない。
ただ単に、エドガーの剣である【赤い剣】の威力が高すぎるだけだ。
「……もう終わらせましょう……場外に出てください、それなら……きっと」
エドガーの言葉に、もう完全に心の折れたフェルドスは。
「そ、そうか……場外――」
しかし、特別審判員はそれを許可しない。
「駄目じゃよ……戦いは己が身で着けるべきじゃ……認めぬ」
「――く、くそう……くっそぉぉぉ!!」
エドガーが降参したり場外に出た場合、きっと直ぐにでもフェルドスを勝者とするだろう。
心の折れたフェルドスに戦いを強制する行為に、エドガーは不快感で一杯になった。
「……なら……決着をつける……戦闘不能にして、終わらせる!」
そのエドガーの言葉は、フェルドスにカリーナ・オベルシアの敗北シーンを思い起こさせた。
赤い剣で切断される自身の身体を想像するのは容易だった。
「――い、い、嫌だ……嫌だぁぁぁぁぁ!!」
シュダイハ家への忠誠など、とっくに折れて摩耗している。
フェルドスに残されたのは、生きたいと言う生への執念だけだった。
「はぁっ!」
エドガーは剣を振るった。
フェルドスは既にエドガーに背を向けて逃げ出そうとしていた為、剣はフェルドスの背中を少し斬るだけに至った。
しかし、それでもフェルドスの恐怖心を増長させるには十分だった。
「あがっ!――がぁぁぁぁ!背中……背中ぁぁぁぁ!セ、セイドリック様!どうか、どうかお許しをぉぉぉ!」
フェルドスは、いとも簡単に場外に飛び出した。
会場はざわつくが、特別審判員は場外負けを宣言しない。
まるで見てもいないかのように、無言を貫いている。
(このまま行けば……あと二刻(二分)で、僕の判定負けだ……なら追いかけてでも――いや、その場合は、僕が場外負けになるんだろうな)
理不尽としか形容し難い状況に、エドガーは仕方なく剣を高く掲げる。
それは、火球を発射する動作だった。
フェイクではあるが、それでセイドリックがフェルドスを思いやってくれればと、エドガーは言葉を述べた。
「さあ、負けを認めてください!セイドリック・シュダイハ……これが放たれれば、貴方も……その部下の人も……火傷じゃ済まないっ!」
セイドリックは、すり寄ってくるフェルドスを一頻り見下すと。
「――ちっ……仕方が無い。フェルドス、お前はもういい……負けでも勝ちでも……こうするつもりだったのだからな」
「セ、セイドリック様?な、なにを……」
セイドリックは、再び箱をメイドから受け取ると、その封を切る。
乱暴に蓋を開けると、そこに見えたのは――《石》だった。
黒紫色のオーラを漂わせる、不気味な《石》
――【魔石】だった。




